The Advent of the Lazy King(one)
2時間が経過した。
その間に、コルネット内の状況はかなり動いていた。
施設に自力でたどり着いた班は、一時間の時点での12班、2時間で25班まで増えていた。残りの班のほとんどは、まだコルネット内を移動中だ。捕捉された生徒の総数はざっくり67人。一組からは、結果的に一人も捕捉者が出なかった。
アランたちの班は、一時間十五分で施設に戻り着いていた。
感知で把握していた通り、魔物の巡回タイミングを見計らって動いた結果だった。戻ってきた四人の反応が施設前で止まった瞬間、リュートは小さく息を吐いた。悪くない結果だった。
アランは施設に戻るなり話しかけてきた。
「リュート、俺ら戻ったけど、見とった?」
「見てたぜ。タイミングの読み方は良かった」
「ほんとか!?よかったぁ~。途中で虫がめっちゃ多いとこ通って、クラウス様がめちゃくちゃ楽しそうにしてたんやけど、それが逆に怖かった。あいつ、暗闇の中で虫見てニコニコしとった」
「大丈夫。想定内。」
「想定内なんかい。あと、ケルビが冷静すぎて助かった。あいつ、魔物の動きを地面の振動で先読みしてたんやけど、なんかすごかった」
地面の振動か。魔力感知を使わない形での索敵手段として、勉強になる発想だ。ケルビが自分で考えたのか、あるいは以前から使っていた方法なのかは分からないが、有効な判断だ。
「ケルビに後で詳しく聞いとけ、絶対役に立つから。俺も聞きに行くけど」
「了解。ほんで、クラウス様は虫の魔物を見るたびに解説し始めようとするんやけど、それは流石に止めた。あの人、ここが研修中やってこと一瞬忘れかけてた」
「後でクラウスにも言っておくから、」
「頼む。それより、リュートは何してるん?」
「観察の続き。まだ戻れてない班があるから」
「そっか、頑張れ」
アランはケルビ、クラウスの方へと合流し、研修施設へと帰っていった。
走査を続けた。
残りの班の中で、一つだけ動きが止まっている班があった。施設から130mほどの位置だ。四人の反応が固まったまま、二十分以上動いていない。魔物の反応も近くにはない。
「施設北、130mの班が停止しています。20分以上動いていません」
「怪我の可能性は?」
「詳細は不明です。しかし、魔物は近くにいませんので、体調不良か、道に迷っているかだと、」
エルンストが少し考えてから言った。
「もう少し様子を見る。3時間の制限まではまだ余裕があるし」
「分かりました」
その班は、結局3時間の制限まで動かなかった。転送で施設前に戻ってきた四人は、全員無事だったが顔色が悪かった。後から分かったことだが、班の一人が足を捻って動けなくなったらしい。その状況で班全体が動かずに待機を選んだのは、判断としては悪くない。ただ、そこから助けを呼ぶ手段を持っていなかったことが問題だった。
施設に戻れなかった最後の数班が転送されたのと、ほぼ同じ頃だった。
2時間を少し超えた時点で、走査に引っかかった。
いや、引っかかった、というより、かすかに触れた、という感覚に近かった。
通常の走査では、人間の反応と魔物の反応は質感が違う。エルンストが召喚した十体の魔物は、密度の高い魔力として明確に感知できる。生徒たちは小さいが安定した人間の反応として把握できる。
それとは違う何かが、感知範囲の端近くに、ほんのわずかに触れた。
一周の走査で一瞬だけ拾えて、次の走査では曖昧になる。隠密をしているのか、あるいは意図的に気配を絞っているのか。どちらにしても、意識的に存在を消そうとしている何かだ。
だが、その質感に、リュートは覚えがあった。
密度の種類が違う。人間でも、エルンストが召喚した魔物でもない。もっと根源的な、この世界の生き物の魔力とは異質な感触。
憤怒。
あの時に感知した魔力と、酷似していた。
完全に一致しているわけではない。あの時のサタンはもっと圧倒的で、感知した瞬間に体が反応するほどの密度があった。今感じているのはそれより遥かに薄い。ただ、質が同じだった。根っこが同じ種類の存在だ。
「エルンスト先生」
「何だ?」
「感知範囲の端、施設から北北東およそ190mの位置に、不明な反応があります」
エルンストがこちらに向いた。
「人間か?」
「違います。エルンスト先生が召喚した魔物でもありません」
「なら、強力な魔物か・・・」
「それも違うと思います。隠密をしています。意図的に気配を絞っている」
ルグがこちらに来た。
「質感は分かりますか?」
リュートは少し間を置いた。
「・・・街道で遭遇した悪魔と存在と似ています。憤怒のサタンが持っていた魔力と、根が同じ種類だと思います」
二人が顔を見合わせた。短い沈黙があった。
エルンストが口を開いた。
「断言できるか?」
「完全には無理です。ただ、質が同じだと判断しています。違う、と言い切れない」
「分かった」
エルンストがルグに視線を向けた。二人の間で、短く何かが確認された。言葉ではなく、視線だけのやり取りだった。
ルグがリュートに言った。
「研修を中止します。残りの生徒は転送して施設に戻す。君は施設で生徒たちの防衛に回ってください」
「分かりました」
「私とエルンストが確認に向かいます。場所の案内を念話でしてもらえますか」
「誰に言ってる?ルグ」
「心配なさそうですね。」
エルンストが静かに魔法を展開した。コルネット内にまだ残っていた全ての生徒が、施設前に転送された。広場に一気に人が増えた。状況を把握できていない生徒たちが、ざわめき始めた。
「生徒の皆さん、研修を一時中止します。全員施設内に入ってください。詳細は後ほど説明します」
引率の別の教員が声を上げた。生徒たちが施設の中に誘導されていく。
リュートは施設の入り口に立った。
入ってくる生徒たちの顔を確認しながら、魔力感知を展開した。今度は範囲を施設周辺に絞る。出力を上げて、近距離の感知精度を最大にする。
アランが入ってきた。リュートの顔を見て、少し表情が変わった。
「何かあったと?」
「少し確認することがある。先に中に入ってくれ」
「分かった。でも、大丈夫なん?」
「今のところは」
アランが頷いて中に入った。
念話を繋いだ。
リュート(エルンスト先生。北北東方向、俺から見て百九十メートル付近です。ただ、隠密をしているためタイムラグがあります。正確な位置は走査ごとに確認します)
エルンスト(了解です。随時教えてください)
走査を続けながら、施設の入り口に立ち続けた。
全員が施設に入ったことを確認した。
リュート(エルンスト先生、全員施設内に収容完了しました。そちらの状況は?)
エルンスト(今、対象の位置に近づいています。もう少しです)
少し間があった。
エルンスト(見えました。ルグと確認中です)
それから、しばらくの沈黙があった。
リュートは施設の入り口に立ちながら、感知を続けた。北北東方向の反応は、まだそこにある。動いていない。エルンストとルグの反応が、その反応に近づいていくのが分かった。
念話が来た。
エルンスト(接触しました。状況を報告します)
【ルグ・ハルフェン】
木々の間に、人影があった。
月明かりの中で、その影はひどく気怠そうにしていた。木の幹に背を預けて、腕を組んで、こちらを一瞥した。
人間に近い外見だった。ただ、細部が違った。肌の色が微妙に異質で、目の色が月光の中でも分かるほど鮮やかすぎる。普通の人間が持つ魔力の質感とは根本から違う何かが、その存在から滲み出ていた。
エルンストとルグが足を止めた。
「ヨォ…」
その存在が言った。声は穏やかだったが、面倒くさそうだった。
「仕事ノ邪魔ダカラサア……悪イケド、帰ッテクレル?」
「仕事?」
エルンストが静かに言った。
「ここで何をしてる?答えろ」
「ダカラ、仕事。邪魔シタクナイシ、サレタクナインダヨネ。コッチモサッサト終ワラセテ帰リタイシ」
「どんな仕事だ?」
「教エタクナイナァ…」
その存在が小さくため息をついた。本当に面倒くさそうだった。
「君ラ、結構強イヨネ」
「答える気はありませんか?」
「ナイネ。ダカラ帰ッテ、ッテ言ッテルジャナイデスカ。仕事ノ邪魔シタクナイカラ、コッチモ穏便二済マセヨウトシテルノニ」
ルグが一歩前に出た。右手が、腰の短刀に伸びた。
「答えてもらえないなら、此処で動けなくさせます」
その存在が、初めてルグの方を真っ直ぐに見た。
「・・・ハハァ」
「それとも、協力してもらえますか?」
「協力ハシタクナイデス。動ケナクサレルノモ嫌ダシ、帰リタイシ、仕事ハ終ワラセタイシ、色々ト面倒クサい状況ニナッタシ…」
その存在が腕を組んだまま、少しだけ体を起こした。気怠そうな姿勢は変わらなかったが、さっきとは少し違う空気になった。
「ハァ…向コウガ来ルナラ…仕方ナイカ」
エルンストが魔法を展開した。ルグが短刀を抜いた。
その存在が小さく笑った。
殺すか
【リュート・アルス】
念話が来た。
エルンスト(戦闘になりそうだ。そっちはそのまま防衛を続けろ。生徒を施設の外に出さないように)
リュート(了解しました。状況は随時教えてください)
施設の中からアランの声がした。廊下の向こうで、生徒たちがざわめいている。
リュートは施設の入り口に立ったまま、魔力感知を続けた。
北北東の方向で、大きな魔力の動きが始まった。
エルンストの魔法の展開が感知できた。ルグの魔力も動いている。そして、それに応じるように、あの異質な感触が少しだけ大きくなった。
抑えていたものを、少し解放したのだろう。
リュートは入り口に立ち続けた。感知が届く限り、施設の周囲に異常がないことを確認し続けた。




