夜の研修(2)
時系列適当にしてるため、ズレてる箇所があれば指摘してください。
食後、生徒たちは施設の外にある広場に集められた。
夜の空気は冷えていた。昼間より体感温度が明らかに落ちている。防寒具を着込んでいる生徒もいれば、まだ出していない生徒もいた。アランは早々に上着を羽織っていた。虫のことで頭がいっぱいで寒さまで気が回らないかと思っていたが、そうでもないらしい。
月が出ていた。雲が少なく、コルネットの木々のシルエットが夜空を背景に浮かんでいた。静かだった。遠くで虫の音がしていた。アランが聞こえているはずだが、今は黙っていた。
ルグが広場の中央に立った。エルンスト先生だ。
ルグと同じく、セレナやティオの学園時代の級友だ。戦争の時に騎士団の指揮に関わっていた人物で、リュートは授業以外、直接話したことはないが、遠目に何度か見ていた。強い、というのは戦争の時に把握していた。ただ、こんな場所で顔を合わせるとは思っていなかった。
ルグが口を開いた。
「夜間研修の内容を説明します。内容は一つ。今から三時間、コルネット内のどこかに転送されます。その状態から、この施設まで自力で戻ってきてください」
生徒たちがざわめいた。
「ただし、条件が一つあります。エルンスト、彼が召喚した強力な魔物が十体、皆さんと同じくコルネット内に展開されます。その魔物に捕捉されないようにしながら、施設に戻ること。これが今夜の課題です」
「ちょっと待って、強力な魔物って何ランクですか?」
誰かが声を上げた。
「それは教えません。ただ、皆さんに危害を加える意図では動きません。コルネット周辺に生息している虫型の魔物は、エルンストが召喚した十体の存在によって行動が抑制されています。つまり、今夜のコルネット内で皆さんを脅かす存在は、その十体だけです」
アランが小声でリュートに言った。
「捕まったらどうなるんやろ?」
「聞いてろ、」
ルグが続けた。
「捕捉された場合、または三時間が経過した時点で施設に戻れていない場合は、エルンストが現在地に関わらず全員を施設に転送します。その後、自身の立ち回りについて百字以上の振り返りを提出してもらいます」
広場が一瞬静かになった。次の瞬間、あちこちから小さなため息が漏れた。
「百字ってマジすか・・・」
「書くことないわ」
「てか三時間って結構長くない?」
「振り返り書くのやだな・・・」
生徒たちの反応は、おおむね同じ方向だった。課題の内容そのものより、捕まった時の罰則の方が引っかかっているらしい。百字以上の振り返りというのが、思ったより嫌がられていた。
アランが心底嫌そうな顔をした。
「百字って何を書けばいいんよ。虫が嫌で動けませんでしたって書いてもいいんやろか」
「書いたら次の日に個別指導が入りそう。やめとけ」
「・・・書かんとこ」
「それなら虫を克服するしかないぞ?」
「それだけはない。絶対に。」
ケルビが「まあ、捕まらなければいいだけだよ」と静かに言った。アランが「捕まりたくないのは当たり前やけど、虫の海の中でどうやって動けっちゅーねん」とぼやいた。
ルグが生徒たちの反応を一通り見渡してから準備の指示の言葉を送った。リュートも準備を行おうとした矢先、ルグに呼び止められた。
「リュート・アルス。君には一つ伝えておくことがあります」
「はい」
「君には今夜、別の役割を担ってもらいます」
「別の役割、ですか?」
「君は六歳から冒険者として活動してきた歴があります。夜間の屋外行動については、今ここにいる生徒の中で最も経験が豊富です。今夜は試験官側として、他の生徒の動きを私とエルンストと共に観察してもらいます。転送対象からは外します」
それを聞いたアランが小声で「え、ずるくない?」と言った。ケルビが「まあ、経験の差だよ」と返した。
リュートは少し考えた。
六歳から十二歳まで。六年間、冒険者として動いてきた。最初は村の周辺の簡単な依頼から始めて、レベルが上がるにつれて難易度の高い依頼もこなした。夜間に動いた回数は数えきれない。それが今夜の研修の目的と比べると、確かに前提条件が違いすぎるな。
転送されて魔物を避けながら施設に戻る、という課題は、俺にとってあまり練習にならない。それよりも、他の生徒がどう動くかを観察する方が、今後の模試戦闘大会を含めた判断材料になりそうだ。
ルグの判断は合理的だ。
「分かりました」
生徒全員の準備が終わった。
「では、転送開始の前に、エルンストから補足説明があります」
エルンストが一歩前に出た。
「転送先はコルネット内の十か所にランダムに分散されます。班ごとにまとめて転送されるため、班員が離れ離れになることはありません。ただし、どの地点に飛ぶかは事前に知らせません」
「召喚した十体の魔物は、それぞれコルネット内を巡回する形で動きます。行動パターンに規則性はあります。ただし、それを読めるかどうかは皆さん次第です。捕捉の判定は、魔物が皆さんの体に直接触れた時点とします。触れた瞬間に、その個人を施設前に転送します」
「触れたら即アウトなんですか?」
誰かが確認した。
「そうです。触れる前に距離を取れれば問題ありません。魔物は追跡を続けますが、一定以上の距離が開けば別の対象に切り替えます」
エルンストが静かに全体を見渡した。
「三時間後、捕捉されていない全員を一斉に施設前に転送して終了です。施設に自力で戻り着いた班は、戻り着いた時点でクリアとします。以上です」
ルグが引き取った。
「質問がなければ、転送を開始します」
広場がざわつき始めた。アランが振り返ってリュートを見た。
「リュート、俺たちのこと見ててくれるんやろ?」
「そ~なるね」
「捕まったら笑うなよ?」
「さあね~多分笑わないよ~。」
「・・・本当に?」
「笑わないよ。採点はするけど」
「結局見られんのか・・・」
「見るけど、よほど無様な捕まり方をしない限り、笑いはしないよ。ちゃんと見てるから、動き方に気をつけろ」
アランが少し神妙な顔をした。
「なんか、そう言われたら逆にプレッシャーやな」
「それでいい。緊張感を持って動いた方が、身になると思うぞ?」
「・・・分かったわ。頑張る」
ケルビが隣でゆっくりと息を吐いた。
「僕も頑張ります」
「ケルビはそんな心配しなくていいと思うが」
「そうですか?自信はあまりないんですが」
「落ち着いて動ける人間は、こういう状況では強いからね」
ケルビが少しだけ口の端を動かした。
クラウスは少し離れた場所で、他のクラスの生徒たちと混じって立っていた。先ほどの茶会から戻ってきたらしく、表情は穏やかだったが、少し疲れが見えた。リュートと目が合った。
「リュート君は転送されないんですね」
「そうなった」
「なるほど。では、私たちの様子をよく見ておいてください」
「分かりました」
クラウスが静かに頷いた。
エルンストがリュートの横に並んだ。
「準備はいいか?」
「はい」
「始めたら、魔力感知で全体の動きを追ってもらう。君の感知精度と持続力があれば、同時に複数人の位置を把握できるはずだ。データを私とルグに共有してくれ」
「分かりました」
「捕捉された生徒の立ち回りで、特に問題があったと思ったものがあれば、後で教えてほしい。振り返りの内容と照合する」
「了解です」
エルンストが少し間を置いた。
「君のことは、ある程度聞いている。戦争の時のことも含めて」
リュートは何も言わなかった。
「今夜は別の形で動いてもらうが、こういう経験は後になって意味を持つことがある。覚えておいてくれ」
「はい」
ルグが広場全体に向けて言った。
「では、転送を開始します」
エルンストが静かに魔法を展開した。
広場が一瞬、白く光った。
次の瞬間、リュートとルグとエルンストを除いた全員の姿が、そこから消えた。
静けさが戻った。
コルネットの虫の音が、遠くから流れてきた。月の光が広場を照らしていた。
リュートは魔力感知を展開した。出力を上げる。範囲を広げる。コルネット全域をカバーするのは難しいが、施設周辺から半径二百メートルの範囲であれば、複数の反応を同時に捉えることができる。
点々と、反応が広がっていた。
班ごとにまとまった小さな反応が、コルネットのあちこちに散っていた。
そして、その間を動く、大きな反応が十個。
夜間研修が始まった。
魔力感知を展開した。
通常の魔力感知は、術者を中心に球状に広がる。感知範囲内の魔力反応を同時に把握できるが、その分、遠距離になるほど精度が落ち、消耗も大きい。
だが、俺が今使っているのは、その改良版だ。
球状に広げる代わりに、縦長の板状に絞って展開する。その板を俺を軸にして一回転させる。ちょうどレーダーの走査線が円を描くような要領だ。
球状展開と比べると、情報にタイムラグが生じる。一回転に要する時間の分だけ、各地点の情報が遅れて入ってくる。
ただ、その代わりに感知距離が大幅に伸びる。球状では精度を保てる限界が半径30m程度だったものが、この方式では半径200m近くまで引き延ばせた。発動時間も、以前の十秒から三十秒まで伸びている。
戦争の前後、少しずつ試しながら調整してきたやり方だ。完成とは言えないが、今夜のような広域観察には向いている。
走査が一周した。
反応が入ってきた。
班ごとにまとまった小さな反応が、コルネットの各地に散らばっていた。施設から一番近い班は100m程度の位置にいる。一番遠い班は感知範囲の端に引っかかる程度で、細かい動きまでは把握できなかった。
そして、その間を動く大きな反応が十個。
どれも、通常の人間とは比べ物にならない密度の魔力を持っていた。Aランク以上はある。ランクを聞いても教えないとルグは言っていたが、感知で拾える情報だけでも十分に分かる。あれに正面から当たれば、今夜の生徒の中で対処できる人間はほぼいない。逃げ続けるしかない。
「反応は把握できましたか?」
エルンストが隣で言った。
「はい。生徒の班は全部で何班ですか」
「70班です」
「施設から最も遠い班が、感知範囲の端にいます。正確な位置の把握は難しいかと」
「それで構いません。範囲内の情報を随時教えてください」
「分かりました・・・って言っても、貴方方は必要ないですよね?」
「バレましたか。」
「バレたか。」
ルグが少し離れた場所で、施設の壁に背を預けていた。こちらに目を向けながら、静かに立っていた。
リュートは再び走査を始めた。
開始から五分が経過した頃、最初の動きが出た。
施設から150mほどの位置にいた班だ。魔力の大きな反応が一つ、その班に向かって動き始めた。
「南南東、150m先、魔物が接近しています」
エルンストが頷いた。
「どのクラスかは把握していますか?」
「人数で推定するなら、四人班です」
走査が一周する。
班の反応が移動していた。接近する魔物から離れる方向に、速く動いている。判断が早い。魔物の存在に気づいて、即座に移動を選択したらしい。
「逃げています。魔物との距離は広がっていますが、方向が施設とは逆側に向かっています」
「遠ざかっているということですか?」
「そうです。魔物を避けることを優先したため、施設から離れてしまっています」
エルンストが「なるほど」と言った。ルグがメモを取っている音がした。
逃げること自体は正解だ。ただ、逃げる方向が問題だった。魔物を避けながら施設に向かうルートを同時に考えられていれば、あそこまで遠ざかる必要はなかった。パニックになった時に、人間は反射的に障害物と逆方向に動く。それが必ずしも正しい方向とは限らない。
走査が続く。
別の班の動きが目に入った。
施設から100m程度の位置にいた班が、ほぼ一直線に施設に向かって進んでいた。魔物の反応がその班の近くにないことを確認しながら動いているようだった。動きが直線的すぎる気もするが、魔物と遭遇していない分、速度は出ている。
「施設に向かって直進している班がいます。北西の方向です」
「把握しました」
二十分が経過した。
状況が少しずつ動いていた。施設にたどり着いた班が一つ出た。ルーベルト率いる四人班だ。施設の入り口付近に反応が集まり、そのまま消えた。クリアの判定が出たのだろう。
「ルーベルト、お前ら早いな」
「君こそ、」
「あ、いや今日は試験官だから。」
「「「「???」」」」
捕捉された生徒も出た。
魔物の反応が急速に小さな反応に接近したと思った瞬間、その反応が消えた。転送された、ということだ。何人かは分からなかったが、班の反応が三つから二つに減っていた。
「南方向、捕捉が出ました。班が四人から三人になっています」
「把握しました」
「動きを見る限り、三人が固まって移動中です。ただ、残り三人の動きが少し乱れています。仲間が捕捉されたことでパニックになっている可能性があります」
エルンストが少し頷いた。
「そういった状況での立ち直り方も、観察対象です」
ルグが静かに言った。
「何かが起きた後に、どう立て直すかを見ています。失敗そのものより、その後の行動を・・・」
リュートは少し考えた。
確かに、失敗した後にどう動くかは、実戦では重要な部分だ。仲間が一人欠けた状態で、残りのメンバーが立て直せるかどうか。それを今夜の状況で試しているのか。
走査を続けた。
三十分後、リュートの感知範囲内にいた班の中で、アランたちの班の反応を捉えた。
施設から百八十メートルほどの位置だ。四人の反応がまとまっている。動きは遅い。速く動いていないのは、慎重に移動しているからか・・・あるいは別の理由か。
もう一周走査した。
遅い理由が分かった。
アランたちの班の近くに、魔物の反応が一つあった。その魔物は班の方向に向かっておらず、別方向を巡回していた。おそらく、魔物の動きを目視で確認しながら、魔物が遠ざかるのを待って移動しているのだろう。
「ふむ」
リュートは思った。
待機を選択したのは悪くない判断だ。無駄に動いて魔物に気づかれるより、タイミングを見計らって動く方が、消耗も少ないし捕捉リスクも下がる。ただ、魔物の巡回パターンを読み切れているかどうかは、この位置からでは分からない。
もう一周走査した。
アランたちが動き始めていた。魔物が遠ざかったタイミングで、施設に向かう方向に移動を開始していた。ゆっくりだが、方向は正しい。
悪くない。
慌てず、方向を間違えず、タイミングを見て動いている。アランが虫を怖がっていたことを考えると、このくらい落ち着いて動けているのは予想より上だった。ケルビが冷静に判断を補助しているのかもしれない。
「一組の班の一つが施設に向かって移動中です。方向は正確です。現在の速度と方向を維持すれば、四十分以内には到達できると思います」
「捕捉リスクは?」
「近くにいた魔物が遠ざかるタイミングで動いています。現時点では問題ありません。ただし、別の魔物が範囲に入ってきた場合は変わります」
「分かりました」
走査が続く。
一時間が経過した。
施設にたどり着いた班が四つになっていた。捕捉された生徒は合計で六人。一組からはまだ捕捉者は出ていなかった。
コルネットの夜は静かだった。虫の音は相変わらず遠くから流れていた。月が少し傾いていた。
リュートは感知を続けながら、頭の中で各班の動き方を整理していた。
施設に早く着いた班の共通点は、移動方向の判断が一貫していたことだ。魔物を避ける際も、施設から大きく外れる方向には動いていなかった。迷いが少ない。
捕捉された生徒の共通点は、焦って動いた結果、魔物に対して予測のしやすい動きになってしまったことだ。直線的に逃げ続けると、追跡する魔物に進行方向を読まれやすい。
「そういえば、君は観察が得意ですね。其れはどこで身についたものですか?」
リュートは少しだけ間を置いた。
「セレナとティオに、鍛えてもらいました」
「あの二人ですか・・・」
走査が続く。




