夜の研修(1)
二回目の練習戦が始まった。
アリアは言葉通り、先に仕掛けてきた。最初の踏み込みが一回目より深かった。さっきの戦いでリュートの間合いの感覚を把握した上で、それを上回る距離から来ていた。学習が速い。
リュートはそれを横にずれて外した。アリアが追ってくる。二合、三合。
一回目と比べて、アリアの剣の軌道が少し変わっていた。肩が下がる癖を、すでに意識して修正しようとしていた。完全には直っていないが、一回目よりも読みにくくなっている。指摘したことを即座に戦闘に反映できる、という時点で、アリアの適応能力がかなり高いことが分かった。
なかなか手ごわい・・・
リュートは少し踏み込んだ。アリアが受けた。押し込もうとすると、アリアが体を回して力を逃がした。正面から受けるのではなく、流す形で対処する方向に切り替えていた。一回目の反省を踏まえている。
やることが増えたな。
七合目で、リュートが隙を見つけて剣を入れたが、アリアが辛うじて弾いた。八合目は逆にアリアがリュートの腕を狙った。当たらなかったが、かなり際どかった。
二回目はリュートが辛うじて制した。
三回目は負けた。
アリアの踏み込みがさらに深くなっていた。修正した癖を完全に消してきていた。リュートが軌道変更を試みたが、アリアがそれを読んでいた。一回目の終わり際に使った手を、もう学習されていたか。
剣の先がリュートの首元で止まった。
「今のは、やられた」
「一回目で教えていただきましたから」
「おっそろし・・・」
そこから試合を重ねた。
一回毎に戦い方が変わった。アリアは一試合毎に何かを修正してくる。リュートは修正されたことを把握しながら、別の手を探す。どちらも学習しながら戦っていた。
結果は十二勝九敗だった。
勝った試合の中でも、危うかったものが何度かあった。逆に負けた試合は、アリアに完全に読まれて対処できなかったものだ。剣一本で戦う限り、実力はほぼ互角だということが、数字にも出ていた。
「今日はここまでにしましょう」
アリアが剣を収めながら言った。呼吸が上がっていた。リュートも同じだった。
「そうだな、にしても12対9・・・」
「次は五分五分に持っていきます」
「それは困るなぁ・・・」
「何故ですか?」
「俺が負けるから。」
「私も、負けるつもりはありませんよ」
「そこはお互い様だな」
二人は揃って、運動場の端の方に移動した。他の生徒たちもそれぞれの練習を終えて、ぽつりぽつりと休んでいた。
体を動かして分かったことがある。アリアとの練習は、ただの練習戦以上の意味があった。こちらが何かをすれば、アリアがそれに対応する。対応されたことで、こちらは別の手を探す。その繰り返しの中で、自分の剣のどこが甘いかが、戦いながら浮き彫りになってくる。
リュートは首筋の汗を拭いながら、今日見えた課題を頭の中で整理した。
踏み込みの変化に対する対応が、まだ少し遅い。剣の軌道を変える時の重心の移し方が、一瞬だけ外から読めてしまう。アリアはそこを三回目以降に狙い始めていた。修正する必要がある。
ルグが全体に向けて声をかけた。
「今日の練習はここまでです。各自、部屋に戻って休んでください。夕食は施設の食堂で一時間後に取ります。夜間の野外研修については、食後に詳細を伝えます」
生徒たちが動き始めた。
夕食の時間になった。
施設の食堂は、思ったより広かった。長いテーブルが並んでいて、各班ごとに分かれて座るようになっている。料理は施設の厨房で作られたもので、種類は少ないが量は十分だった。
リュートはトレーを取って、アランとケルビのいるテーブルに向かった。クラウスの姿がなかった。
「クラウス様は?」
アランが少し申し訳なさそうな顔をした。
「いや、俺も一応誘ったんやけどな・・・」
「誘ったのか」
「そしたら、なんか王位継承候補の人たちと強制的な茶会があるらしくて。そっちに行かなきゃいけないって」
「茶会か・・・うん・・・」
「研修先でも貴族はそういうのがあるんやね。大変やね」
ケルビが静かに言った。
リュートは少し考えた。宿泊体験学習の場でも、クラウスの立場に付きまとう義務がある、ということだ。公爵家の次男で王位継承候補の一人であるクラウスにとって、こういう集まりは断れないものなのだろう。部屋では穏やかに話していたが、その外側ではまた別の顔が求められる。
面倒だな。クラウス自身がどう感じているかは分からないが。
「まぁ、後で土産話でも聞こうか」
「そうやね」
三人でテーブルに着いた。食事を食べながら、今日の練習の話になった。
「リュートは誰と組んどったと?」
「アリア」
「あ、アリア嬢と・・・どうやった?」
「剣一本で十二勝九敗で俺の辛勝だった」
アランが少し目を丸くした。
「それ、結構ぎりぎりやん?」
「そうだな。剣一本で比べたら、ほぼ互角だった」
「アリア嬢、そんなに強いとやか。見た目やと、そこまで強そうには見えんよな。失礼ながら」
「見た目だけで判断したら痛い目を見る相手だ。グランツ家は剣の訓練が相当厳しいらしい。戦闘中になると別人みたいになる」
「ふーん。そういえばグランツ家って辺境伯の家やったっけ?」
「まあ、そういうことだな」
「・・・言い方が引っかかるんやけど」
「気のせい。」
「気のせい?」
「気のせい。」
「気のせい?」
「気のせい。」
「気のせいか!」
アランが少し納得いかない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「俺はエルナと組んでんけどな」
「どうだった?」
「正直、魔法の使い方が上手くてしんどかったわ。遠距離から細かく削ってくるんよ。近づこうとしたら足元に魔法来るし、離れたら連射してくるし。どう動けばいいか分からんくなった」
「距離の管理をされると、近接寄りの戦い方はやりにくいからな」
「それな。最終的に六勝十四敗やった」
「ケルビは?」
ケルビが顔を上げた。
「私はウォルターという人と。剣と魔法を組み合わせて戦うタイプだった。使い方が独特で、剣で間合いを作りながら同時に魔法を展開してくる。対処するのに時間がかかった」
「勝率は?」
「八勝十二敗。後半は少し慣れてきたから、もう少しやれば変わってたかもしれない」
「参考になるわ~」
三人でそれぞれの対戦相手の戦い方を共有した。こういう情報交換は、模試戦闘大会に向けて意味がある。他の生徒がどういう戦い方をするかを、今のうちに把握しておくことができる。
食事を食べながら話していると、アランがふと遠い目をした。
「そういえばさ」
「何だ?いきなり。」
「夜の野外研修、あるやん」
「あるな」
「あれ、夜に外に出るんよな?」
「うん。」
「夜に虫がもっと出てくるんちゃうと?」
「当たり前だろ。」
「やっぱ出てくるか。ですよね。知ってた。うん、知ってた。知っとったけど確認したかった」
「夜行性の種もいるから、昼より活動が活発になるものもあるかも」
「言わんでいい情報を言うのやめてもらえる?知りたくなかった」
「聞いたのはお前だ。それに、もしこの場にクラウスが居たらスパルタ昆虫教室が始まるわ。」
「うぅ……」
アランが頭を抱えた。ケルビが「大丈夫だよ、僕がいるから」と静かに言った。
「ケルビが守ってくれるって感じじゃないけど、なんか安心する。ありがとう」
「お安い御用」
リュートは食事を続けながら、夜間の野外研修について頭の中で考えていた。
夜の屋外は、それほど慣れていない人間には確かに不安な環境だろう。暗い、虫がいる、足元が見えにくい。そこにCランク以下とはいえ魔物もいる。アランが愚痴るのは理解できた。
ただ、リュートにとっては、夜の屋外は特別に不安な場所ではなかった。
転生後の最初の数年間は、屋外で過ごすことが珍しくなかった。村の仕事で夜間に森の周辺を確認したことも、冒険者として夜通し依頼をこなしたこともある。火の起こし方も、気配の探り方も、暗い中での移動の仕方も、体が覚えていた。
虫については、正直どうとも思っていない。魔物であれば危険度で判断するが、ただの虫であれば特に気にならない。アランにその感覚を共有するのは難しそうだった。
それに、夜間の魔力感知は、昼間より使いやすい部分がある。音と視覚の情報量が落ちる分、感知で拾える情報の比重が上がる。周囲の気配の把握という点では、昼間の野外より扱いやすいくらいだ。
「リュートは全然平気そうやな」
「慣れてるからね。君と違って。」
「・・・どんだけ野外で過ごしてきたんよ?」
「それなりに」
「・・・冒険者やっとったんか、そういえば」
「六歳から登録してた」
「ちっさい頃から夜の外におったんか。それはさすがに強いわ」
「そうでもない。最初の頃はそれなりに怖かったさ、」
「今は?」
「今は特に何も感じない。」
「怖。」
アランが半分呆れた顔をした。ケルビが静かに笑った。
食堂の窓から外を見ると、空が暗くなり始めていた。コルネットの木々のシルエットが、夕暮れの中でゆっくりと闇に溶けていくのが見えた。
夜になれば、虫の音が増える。Fランクの反応が、今よりさらに密になるだろう。アランにとってはそれが憂鬱なのだろうが、俺にとってはただの夜だ。
「まぁ、一緒に動けば何とかなるだろ」
「そうやな。リュートがいれば、最悪なんとかしてくれるやろし」
「できる限り。」
「できる限りじゃなくて、全力でお願いしますよ?」
「じゃあ、全部押し付けるわ」
「お前ホント畜生やな!!!!」
「冗談だから、安心しなはれ~」
アランが少し安心したような顔をした。ケルビが「アランは心配しすぎだよ」と言いながら、自分の食器を片付け始めた。
リュートも食器を持って立ち上がった。
夜間研修の詳細を、食後にルグから聞かされる。内容がどんなものかはまだ分からないが、どうにかなるだろうというのが、今のリュートの正直な感覚だった。
それが楽観なのか、経験に裏打ちされた判断なのかは、自分でも判断しにくかったが。




