練習試合
AIと(自称の人)が誤字脱字を修正してもらってるけど、もしかしたら見逃しているものもあるかも。
アリアが最初に動いた。
踏み込みが速かった。剣の先を低く保ちながら、ほぼ予備動作なしに間合いを詰めてくる。足の運びに無駄がない。重心が安定していて、踏み込みの瞬間まで意図が読めなかった。リュートはそれを一歩引いて外した。剣が空を切った。
速い。
アリアが即座に次の動作に移った。引いた勢いをそのまま使って、今度は逆側から剣を振り上げてくる。リュートはそれをパリィで受けた。
金属がぶつかる音が鳴った。
腕に伝わる衝撃が、想定より重かった。力任せに押しているわけではない。剣を当てる角度と、体重の乗せ方が計算されている。ただ打ち合っているのではなく、こちらの体勢を崩すことを目的として動いていた。
アリアが無言のまま、また踏み込んだ。一合、二合。リュートは受けながら、相手の動きを観察し続けた。
強い。
実力を言葉にするなら、そうなるな。ただ強いというだけでは、正確ではなかった。アリアの剣には、無駄がない。一つ一つの動作が洗練されていて、連続した動きの中に隙が生まれない。そして何より、感情が乗っていない。
戦闘中に感情を排除できるというのは、長い訓練の積み重ねとしか思えなかった。廊下で時折話していたアリアと、今剣を構えているアリアは、同じ人間とは思えない密度の差があった。
やっぱり、あの話は本当だったんだな。
少し前、セラフィナから聞いた話だ。
確か、あれは戦争の少し前のことだった。セラフィナがリュートを廊下の端に呼んで、唐突に言った。
「アリアのこと、知ってる?」
「グランツ家の長女だろ?」
「表向きにはね。でも、グランツ家は普通の辺境伯じゃないよ」
「どういうことなんだ?」
「表沙汰では一般的な辺境伯の家。だけど・・・裏では、オルディナシスの王を守るために動く、影の戦闘貴族なの。代々、裏で活躍することが家の役割になってる」
「・・・初耳なんですけど。」
「当たり前だよ。この情報はオルディナシス家の人間しか知らないから。まあ、貴方に話しちゃったから、今は知ってる人が一人増えたわけだけど」
「なんで俺に話したんだ?」
「知っておいた方が、アリアと関わる時に役に立つかもしれないから。あの子、剣強いよ。グランツ家の訓練は相当厳しいって聞いてるし、礼儀正しくてちゃんとしてるように見えるけど、戦闘になると別人みたいになるから、気をつけてね~」
「んで、本当の理由は?」
「・・・死亡リスクを抑えるため、無理矢理リュートを此方の陣営に加えたかった。あと、リュートが苦しむのを見たかった。」
「さすがサディスト公爵令嬢。おっそろっしぃね~。」
そう言うと、セラフィナは笑った。
なるほど。
あの時のセラフィナの言葉が、今になって意味を持ってきた。別人みたいになると言っていたが、確かにその通りだ。グランツ家が裏で王を守る戦闘貴族であれば、幼い頃から剣の訓練を積んでいることも納得できる。それが今の完成度に繋がっていたのだろう。
リュートは少し踏み込んだ。
アリアが対応し、剣を合わせてくる。力の入れ方が均等で、押しても引いても安定している。正面から力で崩そうとしても、簡単には動じない。剣の扱い方として、かなり高い水準にある。
剣一本で比べるなら、今の俺とほぼ互角だ。
リュートが剣を使い始めたのは転生後のことで、最初は木剣を握ったところから始まった。体系的な指導を受けたわけでもなく、戦闘の中で身につけてきた部分が多い。一方のアリアは、グランツ家の厳しい訓練を幼い頃から積んでいる。その差が、剣技の完成度として出ていた。
五合、六合。
互いに決め手がない。アリアの剣は正確だが、リュートは動きを読んで対処できている。リュートが攻めに転じると、アリアがそれを捌く。守りに回ると、アリアが間合いを詰めてくる。膠着しているわけではないが、どちらも一手で決めるには至らない状態が続いた。
「・・・やはり、強いですね」
アリアが少しだけ距離を取りながら言った。呼吸が若干上がっているが、落ち着いている。声のトーンも乱れていない。
「アリア嬢の剣も十分強いですっ・・・よ!」
「・・・お世辞は結構です」
「お世辞じゃない。剣一本でここまで対等に戦える相手は、学園の中にそう多くないと思うんですが・・・」
「・・・そうですか」
アリアが少しだけ表情を動かした。何を考えているかは読めなかったが、リュートの言葉が完全に空振りしたわけではなさそうだった。
短い間を置いてから、アリアがまた踏み込んだ。今度は明らかに違った。さっきより踏み込みが深い。距離を一気に詰めてくる。懐に入って剣の間合いを殺しにきていた。近距離で剣を扱えば、お互いの剣の長さの差がなくなる。そこで勝負を決めるつもりだろう。
リュートは横に動いた。間合いを保とうとした。アリアが追ってきた。速い。さっきより明らかに速い。
剣が肩の近くを掠めた。
当たらなかったが、かなり近かった。布が少し引っ張られる感触があった。
「・・・」
これが、アリアの本気か。練習戦という枠組みは維持されているが、アリアの中で何かが切り替わった。判断の速度が上がっている。動作の一つ一つが、さっきよりさらに洗練されていた。グランツ家の訓練で叩き込まれたものが、本気で動こうとした瞬間に出てくるのだろう。
だったら、こちらも少し変えるか。リュートは剣の握りを変え、力の配分を変えた。
魔法は使わない。スキルも使わない。剣一本でどこまでやれるかを確認するのが今日の目的だからだ。それに、魔法やスキルを使えばアリアとの練習にならない。相手に合わせた状態で戦う方が、今日は意味がある。
向き直った。
七合、八合、九合。
互いに傷はない。でも、消耗が積み重なってきていた。アリアの踏み込みが、わずかに浅くなっていた。ほんの数センチの差だ。傍から見ていれば気づかないかもしれない。でも、向かい合っているリュートには分かった。蓄積した疲労が、踏み込みの深さに僅かに影響し始めていた。
そこを狙うのは、卑怯ではない。戦闘において相手の消耗を見逃さないのは、基本的な判断だ。
リュートは間合いを少し詰めた。アリアが剣を合わせにきた。
その瞬間、リュートは剣の軌道を変えた。
合わせにくる剣の方向を読んで、逆側に抜く動作を選んだ。アリアの剣が、空を切った。体重が前に乗りすぎていた。わずかな隙だったが、十分だった。
リュートの剣の先が、アリアの首の近くで止まった。
「・・・」
沈黙。
アリアが完全に動きを止めた。剣が宙で止まっている。数秒間、そのままだった。やがて、小さく息を吐いた。
「参りました」
剣を下ろした。
「ありがとう」
「最後の軌道変更、どうやったんですか?あそこで動きが変わるとは思っていませんでした。合わせにいった瞬間に外されるとは・・・」
「簡単な事、癖を読んだんだ」
「癖?」
「剣を合わせにくる直前、わずかに肩が下がる。それが毎回同じだった。そこに合わせた」
アリアが少し黙った。リュートの言葉を咀嚼している顔だった。
「・・・気づいていませんでした。長年のものですか?」
「おそらく。意識すれば直せると思うが」
「そうですね。教えてくれてありがとうございます」
「こちらこそ。久しぶりに剣だけで真剣に打ち合えた」
「ヴァルド以来ですか?」
「そうだ」
「・・・あの戦争のことは、詳しくは聞いていませんが」
アリアが少し遠くを見るような顔をした。
「学園に戻ってきた時から、リュート君が少し変わったと思っていました。強くなった、というより…何かが整ったような感じがして」
リュートは答えなかった。アリアもそれ以上は言わなかった。しばらくして、アリアが改まった顔でリュートを見た。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何を」
「リュート君は、剣以外を今日使いませんでしたよね。魔法も、スキルも」
「あぁ、そうだな」
「なぜですか?使った方が楽だったと思いますが」
「使える武器を全部使えば、相手に合わせた練習にならない。剣だけで戦える範囲を確認した方が、今日は意味があると思ったからだ。模試戦闘大会に向けて、自分の剣の現状を把握しておきたかった」
「なるほど」
「それに、魔法やスキルを使ったアリアの動きを崩しても、アリアの練習にならない」
アリアが少しだけ目を細めた。
「……そこまで考えていたんですか?」
「練習戦だから」
「普通は、勝つことを優先しますよ。私も、そう思いますし」
「勝つだけなら、方法はたくさんあるが、今日はそれが目的じゃなかった」
アリアは少しの間、リュートを見ていた。それから、静かに言った。
「強くなりましたね、リュート君」
「そう見えるか?」
「明らかに。剣の技術だけでなく、判断の部分が」
経験した出来事の量が違う。失ったものの重さが違う。それが今の自分に積み重なっているのは事実だが、それを強くなったと呼ぶのが正しいかどうかは、まだ分からない。
「アリアも強い。今日は辛勝だった」
「そうですか。でも、負けました」
「次は分からないかもよ?」
「そうですね。次は勝ちます」
「楽しみにしている」
アリアが少し笑った。普段の落ち着いた笑い方ではなく、もう少し素に近い笑い方だった。
「所で、一つだけ確認させてください」
「何だ?」
「グランツ家のことを、どこで聞きましたか?」
リュートは一瞬だけ間を置いた。
「あ~・・・まぁ、ある人から」
「名前は言えませんか?」
「言えない。言ったら俺、廃人になってるかも」
「・・・そうですか。」
アリアが小さく笑った。
「まあ、いいですよ。知られて困ることでもないので。ただ、誰から聞いたかは大体想像がつきます」
「そうなのか?」
「リュート君と親しい方で、そういうことをうっかり話してしまいそうな方は、一人しか思い当たりませんから」
リュートは何も言わなかった。アリアも何も言わなかった。
二人でどちらからともなく、運動場全体に目を向けた。
アランが別のクラスメイトと向き合って、剣を構えていた。構えがまだ少し甘いが、踏み込みには躊躇がない。持ち前の度胸で押しているのが傍から見ても分かった。
ケルビは遠距離から小さな魔法を精密に当てていた。派手さはないが、無駄な魔力を使わない丁寧な戦い方だった。
クラウスは相手を静かに観察してから、ゆっくりと剣を構えていた。その動きは慎重で、焦りが一切なかった。
運動場全体が動いていた。
コルネットの風が木々を揺らして、葉の音が遠くから流れてきた。剣と剣がぶつかる音に混じって、誰かの笑い声がした。誰かが転んで、周りが少し騒ぎになっていた。遠くでルグが何かを言っているのが聞こえたが、内容は聞き取れなかった。
普通のことだった。
これが模試戦闘大会で形になる頃、自分はどこまで仕上げられるだろうか。再来月というのは、長いようで短い。剣の課題は把握した。魔法との組み合わせについては、別の機会に確認する必要がある。対人戦の間合い感覚は、今日の練習で少し取り戻せた気がした。
やることは、まだある。
でも、今日のこの時間は、その入口として十分だった。
「次も相手してもらえますか?」
「こちらから頼もうとしていた」
「では、次は私から先に仕掛けます」
「分かった。待ってるから早く来なさい」
二人は向き直った。
コルネットの空の下で、一組の練習戦は続いていた。




