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理不尽

王都の城門が、近くなっていった。


歩きながら、リュートは頭の中を整理していた。


今日起きたことを、順番に並べていた。ヴァルドとの戦闘。代行思考機構の起動。中庭でのプラズマ。レインの消息不明。護送の開始。悪魔と禍兎の襲撃。セレナとティオとヴァルドが死んだ。サタンとの奇妙なやり取り。傲慢という言葉。


並べると、異常な密度だ。


でも、頭が止まらなかった。止めても意味がないからだ。


クロカワのことも、頭の中にあった。


帰る途中、騎士団からの連絡が来た。

彼奴は戦争の最中に消息不明。だが、クロカワの執務室には本人の血でできた水たまりがあったらしいいから、恐らく・・・悪魔に殺された。


理由が分からなかった。


なぜクロカワが狙われたのか。悪魔にとってクロカワが何者だったのか。それが今もって分からないまま、ただ消えたという事実だけが残っていた。


理不尽、という言葉が浮かんだ。


でも、理不尽だと言っても何も変わらなかった。変わらないから、頭の中に残り続けていた。


「リュート君」


ラズロイが歩きながら言った。


「何だ?」


「今夜は、少し休んだ方がいいですよ」


「分かってる」


「と、言いながら、休まない顔をしてるが、」


「そう見えるか?」


「見える」


リュートは少しだけ黙った。


「休む前にやることがある」


「ルーベルトへの報告か?」


「それもある。あとセラフィナへの報告と、ガルシア王への報告。それと、レインのことが、まだ分かっていない」


「一度に全部は無理ですよ」


「分かってる。でも、ルーベルトへの報告だけは今日中にする」


「何故です?」


「セレナのことを、俺の口から伝えないといけない。それと・・・クロカワのことも」


ラズロイは少しだけ歩みを緩めた。


「クロカワさんとは、仲が良かったのか?」


「・・・そんなに長く話したわけじゃない。でも、あいつはギルドで真面目に動いていた。俺が来たこの都市で、最初の方に顔を覚えた人間の一人だ」


「ほう」


「彼は俺と同じ、アニメ好きの人間だった」


ラズロイは何も言わなかった。少しして、短く頷いた。


城門を抜けた。王都の石畳に、足が戻った。


---


ルーベルトは学園の中庭にいた。


リュートが念話を繋いだ時、すぐに返事が来た。


リュート(戻った。会えるか)


ルーベルト(うん。今どこ?)


リュート(城門を入ったところだ。中庭に来る)


ルーベルト(分かった)


念話を切った。


ラズロイが隣を歩きながら言った。


「私は別の場所で待っておりますよ。最初はお二人で話した方がいいでしょうから」


「そうしてくれ」


「骨の件の手配も、並行して動いておきます」


「頼む」


ラズロイが別の路地に折れていった。その背中が、石畳の向こうに消えた。


リュートは学園に向かって歩いた。


城門から学園まで、それほど遠くない。でも、今日は遠かった。一歩一歩が、普段より重かった。


何を言うか、考えていた。


正確には、考えても仕方ないことは分かっていた。こういうことは、考えて言葉を用意しても、当てはまらないことが多い。でも、考えずにはいられなかった。


学園の門をくぐった。


中庭に出た。


ルーベルトがいた。


中庭のベンチに座っていた。リュートの足音を聞いて、顔を上げた。


顔を見た瞬間、分かった。


「・・・」


ルーベルトが立ち上がった。


「リュート」


「ああ」


「セレナさんは」


リュートは少しの間、ルーベルトを見た。


「・・・死んだ」


ルーベルトが、少しだけ動きを止めた。


「ティオさんも?」


「死んだ」


「ヴァルドも?」


「死んだ」


ルーベルトは何も言わなかった。立ったまま、何も言わなかった。リュートも、何も言わなかった。


中庭に、風が通った。


「・・・どうして」


ルーベルトが言った。声が、少し違った。いつもの柔らかい声とは、少し違った。


「悪魔と禍兎に襲われた。破滅級の魔物二体だ。騎士団も全滅した」


「セレナさんたちが死ぬ前に、助けに行けなかったの?」


「間に合わなかった。信号が届いてから急いだが、全員が食われた後だった」


「・・・」


「信号が来た時点で、全力で動いた。それでも間に合わなかった」


ルーベルトが少しだけ俯いた。


「セレナは最後まで動いていた。念話を封じられた状態で、信号魔法を飛ばすために時間を作った。俺たちが来れたのは、そのおかげだ」


「・・・」


「ティオも、最後まで前に立っていた。崩れ落ちながらも、剣を構え続けていた」


ルーベルトは顔を上げなかった。


「二人とも、最後まで自分たちらしかった」


「・・・うん」


声が、少し震えていた。


リュートはそれを見て、何も言わなかった。言うべき言葉が、見つからなかった。見つける必要があるのかも、分からなかった。


ただ、そこにいた。


しばらくして、ルーベルトが顔を上げた。


目が赤かった。でも、声は落ち着いていた。


「もう一つある」


リュートが言った。ルーベルトがリュートを見た。


「クロカワが、殺された」


ルーベルトが、止まった。


「クロカワ・・・」


「戦争の最中、ギルドの作業室で悪魔に殺された。今日、俺たちを襲った悪魔とは別の個体だ。事前に侵入していたと思われる」


「・・・クロカワは、戦争に関係ないじゃないか」


「そうだ」


「なのに、なんで・・・」


「分からない。理由も、目的も、まだ分かっていない。ただ、死んだ」


ルーベルトが俯いた。リュートも黙っていた。




二人がまた黙った。


中庭の光が、静かに広がっていた。リュートは頭の中を整理していた。


クロカワのことが、まだそこにあった。ギルドの作業室の光景が、頭に引っかかったままだった。散らばった書類。倒れた棚。白い骨。


そして、あの悪魔が何を目的にしていたのか、という疑問。


あの悪魔がヴァルドに信念の強化をかけた。クロカワを殺した。そこに何か繋がりがあるのか、それともクロカワは偶然そこにいただけなのか。


分からないことが多すぎた。


でも、今夜全部分かる必要はない。今夜できることを、できる範囲でやる。




ルーベルトがベンチに座り直した。リュートも、隣に座った。


中庭に、朝から変わらない光が差し込んでいた。今日、ここで何が起きたのかを知らないような、普通の光だった。


「リュート」


「何だ」


「サタンって悪魔、リュートに何かしたって言ってたよね。念話で少し聞こえてた。何を言ってたの?」


「傲慢だと言われた。俺が傲慢で、人間ではないと言った。意味が分からなかった」


「傲慢・・・」


「七つの大罪の一つだ。前の世界にそういう概念があった。傲慢、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、暴食、色欲。その筆頭が傲慢だ。さっきの悪魔は憤怒のサタンと名乗った。同じ系列の存在かもしれない」


ルーベルトは少しの間、考えていた。


「リュートが傲慢だって言われた理由、心当たりある?」


「一切ない」


「一切?」


「ない。俺は人間だと思っている。でも、サタンは違うと言った」


二人が少しの間、黙った。中庭の光が、少しだけ傾いてきていた。午後に近づいていた。


「レインさんのこと、まだ分からない?」


「分からない。消えたままだ」


「・・・探したい。でも、今すぐは無理だよね」


「ああ。まず今日のことをガルシア王に報告して、セラフィナにも伝える。それが終わってから動く」


「分かった」


ルーベルトが立ち上がった。


「一緒に行く」


「来るか?」


「セレナさんのことを、俺も報告したい。いてもいい?」


「来てくれた方がいい」


「・・・ありがとう」


二人が中庭を歩き始めた。


学園の門を出た。王都の石畳が続いていた。


「リュート」


「何だ」


「今日、ありがとう。間に合わなかったって言ってたけど、来てくれたことは、意味があったと思う」


「そうか」


「そうだよ」


リュートは答えなかった。答えの言葉が、見つからなかったからだ。


でも、ルーベルトが隣にいた。それだけで、少しだけ頭が静かになった。


頭の中に、まだ複数の人間が残っていた。


セレナ。ティオ。ヴァルド。クロカワ。


全員が、今日のこの世界から消えた。全員が、それぞれの場所で、それぞれの動き方をして、消えた。


理不尽だ、とまた思った。でも、理不尽だと思うだけでは足りなかった。足りないから、動く必要があった。


それが今の自分にできる、唯一のことだった。


王都の石畳を、二人は歩き続けた。

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