裁判結果
この次の話を結構多めに書くので今日は短めにさせてください。
戦争が終わった、と言えるような終わり方ではなかった。
ヴァルドが組織に撤退命令を出した。外の構成員が引いた。内側に潜んでいた人間が捕縛された。騎士団が散らばった残党を追った。それだけのことが、少しずつ積み重なって、いつの間にか戦闘の音が聞こえなくなっていた。
戦争が終わった、というより、静かに止まった、という感じだった。
裁判は三日後に行われた。
ガルシア王が主宰し、騎士団の上層部と各国の代表が立ち会う形だった。
ヴァルドは、誠心誠意を述べた。
何かを隠すつもりはなかった。組織を作った経緯、動機、手段、目的。全部を話した。弁明はしなかった。正当化もしなかった。自分がやったことと、その結果を、ただ並べた。
会議室は静かだった。
ヴァルドが話し終えると、少しの間、誰も何も言わなかった。
判決が出た。
死刑ではなかった。
「・・・」
ヴァルドはその言葉を聞いた時、少しだけ意外に思った。
自分でも、死刑になると思っていた。組織を率いて戦争を仕掛け、騎士団と衝突し、王女を攫おうとした。どう考えても、死刑が妥当な事案だった。
なぜ生かすのか、と思った。
答えは、少し経ってから分かった。
死刑にすれば、ヴァルドが動こうとしていた問題が消える。弱者が消費される世界の構造が、誰かが告発しなくなる。ガルシア王はその問題を、なかったことにするつもりはなかったのかもしれない。
あるいは、単純に、まだ使い道があると判断しただけかもしれない。
どちらでも、今は関係なかった。
「帝国にある隔離施設への無期懲役へと処す。以上だ」
その言葉を聞いて、ヴァルドは少しだけ目を動かした。
帝国。
その場所に、一人の人間がいるはずだった。
レティシア。
かつての仲間で、今は帝国の騎士団長となっている。あの日から、ずっと、連絡を取れない状態が続いていた。会えると思っていなかった。
また会える。
その事実が、頭の中に入ってきた。感情的になるつもりはなかった。でも、その一点だけは、予想外の方向から来た。
「・・・そうか」
声に出た。独り言だった。聞いている人間はいなかった。
護送は、判決の翌日に行われた。
セレナとティオが護衛についた。騎士団が数百名、前後を固めた。長い行列だった。
王都の城門を抜ける前に、ヴァルドは一度だけ振り返った。
何かを確認したかったわけではなかった。ただ、振り返った。
王都の石畳が、朝の光を受けていた。見慣れた街並みだった。長い間、ここを動かしたいと思いながら動いていた。その結果が、今の形だった。
正しかったのかどうかは、まだ分からなかった。
でも、分からないまま止まる、と決めた。それだけは変わっていなかった。
城門を抜けた。
長い行列が、帝国への街道を進み始めた。
城壁の上にある通路に、三人がいた。
リュートとセラフィナ、ルーベルトだ。
石畳の通路から、下の街道が見えた。騎士団の行列が、ゆっくりと動いていた。先頭にセレナの白い杖が見えた。ティオの背中が見えた。その中に、ヴァルドの姿があった。
「・・・行ったね」
ルーベルトが言った。
「そうね」
セラフィナが言った。その声は、いつも通り落ち着いていた。意識を取り戻してから二日が経っていた。体の状態は、戦闘前とほぼ変わらないところまで戻っていた。
「あれで良かったの?死刑にしなくて」
ルーベルトが続けた。
「父上が決めたことよ。私は関与していないし」
「でも、セラフィナはどう思った?」
セラフィナは少しの間、行列を見ていた。
「・・・死刑にすれば楽になる問題と、そうじゃない問題がある。ヴァルドが指摘していたことは、間違っていなかった部分もある。が、弱者が消費される構造は実際にある。それをヴァルドが消えることで、なかったことにはできない」
「だから、生かした?」
「父上の判断は、そういうことだと思う。私もそれが正しいと思ってる。感情的には色々複雑だけどね」
「そっか、お前ヴァルドにボコられてたな。」
「あれ、結構屈辱だったんだよ?」
「目撃者は誰もいないから、問題ないのでは?」
「それはそうだけど・・・」
ルーベルトが少し俯いた。
「それに、ヴァルドのこと、意外と嫌いじゃなかったんだよね。考え方が好きだったわけじゃないけど、あの人の根っこにあるものは、間違っていない気がして」
「そうだね」
「だから、余計に複雑。あの人が今日みたいな形になったこと」
ルーベルトは何も言わなかった。
リュートは行列を見ながら、ヴァルドの背中を目で追っていた。
行列は止まらなかった。一定の速度で、街道を進んでいった。
「ヴァルドが言ってた言葉、まだ頭に残ってる」
リュートが言った。
「どれ?」
ルーベルトが聞いた。
「弱者が安全でいられる場所を作りたい、ってやつ。それ自体は、悪くないと思う」
「悪くないね」
「ただ、方法が違った。方法が違ったから、今日みたいなことになった」
「・・・うん」
「ヴァルドがいなくなっても、問題はなくならない。誰かが別の方法で考えないといけない」
「それって、リュートが考えるってこと?」
「まだそこまでは分からない。でも、知っておく必要はある気がする」
セラフィナがリュートを見た。
「・・・お前は本当に、余計なことをよく引き受けるわね」
「余計かどうかは分からない」
「まあ、そういうところが悪くないわ」
「珍しく褒めてくれた」
「褒めていない。事実を言っただけよ」
「それが褒め言葉みたいなもんだろ」
セラフィナが少しだけ黙った。それ以上は言わなかった。
行列が、遠くなっていった。
騎士団の旗が、街道の先に見えなくなった。セレナとティオの姿も、小さくなって、やがて見えなくなった。
ヴァルドの背中が、消えた。
「・・・行っちゃったね」
ルーベルトが言った。
「ああ」
「また会えるかな」
「どうだろう」
「会えるといいな」
リュートはそれに答えなかった。
会えるかどうかは、分からなかった。帝国の隔離施設に入れられた人間が、出てくることは普通はない。でも、普通でないことはこの数日で何度も起きていた。だから、否定もしなかった。
城壁の上を、風が一度吹いた。
三人はしばらく、何も言わずに立っていた。
街道の先は、もう何も見えなかった。
それでも、しばらくの間、誰も動かなかった。




