学園内戦闘(3)
なんか、最近ヤケクソ気味に感じる…
中庭に出た。
朝の光が広い空間を均等に照らしていた。校舎が四方を囲んでいるため、風が北から南に流れている。それだけが、さっきルーベルトと確認したことだ。
ヴァルドが後ろからついてきた。中庭の真ん中あたりで、リュートは立ち止まっって、すぐに振り返った。
ヴァルドが数メートル先に立っていた。剣はまだ下げたままだ。でも、いつでも抜ける姿勢をしていた。
「で、話とは何だ?」
「順番があってな、先に一つ聞かせてくれ」
「何だ?」
「ヴァルドが守りたいのは、弱者だって言ってたよな?」
「そうだ」
「弱者を守るために、排除という手段を選んだ、それであってるよな?」
「そうだ」
「クロカワは弱者じゃなかった。でも、死んだ。」
ヴァルドは何も言わなかった。
「ヴァルドが守ろうとしていた世界の中で、守るつもりがなかった人間が死んだ。それについて、何か考えたことはあるか?」
「・・・ある」
「どう考えたんだ?」
「俺のやり方が正しければ、起きなかった死かもしれない、と思った」
「正しければ、ね」
「そうだ」
「つまり、間違っている可能性があることは、分かってるんだな」
「そうだ。でも止まれない」
「なんで?」
「胸の中にあるものが、止まるなと言っているからだ」
「・・・悪魔が強化したやつか」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。どちらか、自分では判断できない」
「判断できないのに従ってるのかよ」
「従うしかない状態になってるんだ」
リュートはヴァルドを見た。
本当のことを言っている目だ、と思った。嘘をついている人間の目には、何かが余分に入っている。ヴァルドの目には何もなかった。ただ、疲れていた。
そうか。疲れてるんだな、やっぱり。
ルグ先生が言ってたことが、今になって形を持ってきた気がした。一人で背負いすぎていた。限界が来た時に、手っ取り早い答えを探し始めた。そして今、その答えすら自分で選んだのか分からなくなっている。
「なぁ、ヴァルド」
「何だ?」
「俺の前の世界に、こういう言葉があった」
「前の世界?」
「俺は転生者だ。別の世界から来た」
ヴァルドが少しだけ目を動かした。明らかに動揺しているみたいだ。ルーベルトはもちろん、セレナさんもティオさんも驚いていた。
「その世界で、俺が信頼していた人間が言ってた言葉があるんだ。
道具は、使う人間が何を目的にするかで、全く別の意味を持つ、って」
「・・・」
「ヴァルドが持ってる力は、道具だ。排除するために使えば排除の道具になる。守るために使えば守る道具になる。でも今、その道具をどう使うかを、自分で決められなくなってるだろ」
ヴァルドが黙った。
「悪魔が強化したものが本当にヴァルド自身のものなら、その力はヴァルドが選んだ方向に使えるはずだ。でも、今のヴァルドは止まれないと言った。それは、誰かに使わされてる状態と、どう違うんだ?」
「・・・」
「答えなくていい。俺が言いたいのはそこじゃないから」
「では、何が言いたい?」
「一回、止まってほしい」
ヴァルドが少しだけ眉を動かした。
「止まれないと言った」
「だから、止める。」
その瞬間だった。
ルーベルト(Phase1、安定した。いつでもいけるよ)
念話が来た。
リュートはヴァルドから視線を外さないまま、少しだけ位置を調整した。一歩、右に動いた。ヴァルドが真正面になるように。
「何をした?」
「位置の調整だ」
「罠、と言っていたな」
「そうだ」
ヴァルドが剣を抜いたその瞬間、北側の校舎の方向から、何かが来た。音はなかった。
でも、空気が変わった。北から南に向けて、細い何かが伸びてきた。肉眼では見えない。でも、熱が来た。空気の密度が変わった。
プラズマ経路だ。
「な・・・」
ヴァルドが何かを感じて一歩引いた。でも遅かった。
ルーベルト(Phase2、展開中。あと十五秒)
中庭の空気が変わり始めた。地面が微かに振動した。土属性の固定が入っている。空気中のイオン密度が上がっていた。水属性が働いている。
「これは・・・」
「電気だ。この世界に電気の魔法はないけど、物理の法則はある。魔法がなくても物理は動く。でも・・・まさか一発で成功するとはね、」
ヴァルドが横に動こうとした。リュートが前に出た。
「退いていろ」
「どかない」
「今の状態で俺を止められるか?」
「止める気はないけど、時間を使わせてもらうぞ」
ヴァルドがリュートを見た。本気で戦う気のない目だ、ということは読めたはずだ。でも、どかないのも本気だった。
「・・・お前は」
「なんだ?」
「何がしたいんだ?」
「ヴァルドに、自分で選んでほしい。止まってから、もう一回考えてほしい。それだけのことだ」
「止まったら、何かが変わるのか?」
「分からない。でも、止まらないと何も始まらないと思うよ」
ヴァルドが剣を上げた。リュートに向かって踏み込もうとした。
ルーベルト(あと五秒)
リュートは動かなかった。動けない、じゃなかった。動かなかった。
ヴァルドがリュートの前まで来た。剣が来た。リュートは半歩だけ横にずれた。剣が掠めた。右腕に熱が走った。浅い。でも、切れた。
「・・・退け!」
「嫌だ!」
「何故だ!」
「ここにいた方が、ヴァルドが動けないから」
ヴァルドが一瞬、動きを止めた。その一瞬、空気が唸った。
北から南に向けて、見えない何かが走った。電位差が閾値を超えた。物理的な必然として、電気が流れた。
閃光が走った。中庭全体に白い光が満ちた。衝撃波が来た。リュートも吹き飛んだ。石畳に叩きつけられた。
「っ・・・」
体を起こした。
ヴァルドが倒れていた。膝をついていた。立ち上がろうとしていた。でも、手が震えていた。足が言うことを聞いていなかった。全身筋肉の強制収縮が起きている。神経系へのダメージで、一時的に運動制御が失われた状態だ。
「・・・なんだ、これは」
「電気だ。さっき言ったろ?」
「魔法ではないのか?」
「魔法じゃない。物理だ。前の世界の知識と、この世界の魔法を組み合わせた」
ヴァルドが歯を食いしばっていた。立とうとしていた。でも、体が動かなかった。
「・・・ずるすぎるだろ」
「そうかもしれない」
「これが、お前の言う止める、か」
「そうだ。」
リュートは立ち上がった。右腕が熱い。でも、動く。ヴァルドの前に膝をついた。同じ目線になった。
「ヴァルド」
「・・・」
「一回だけ聞く。ヴァルドが本当に守りたかったものは、何だ」
ヴァルドが少しの間、黙った。
中庭に風が通った。校舎の影が長く伸びていた。
「・・・弱者が、安全でいられる場所だ。力がないことで、消費されない世界だ」
「その世界は、排除で作れると思うか」
「・・・」
「さっきクロカワが死んだ。ヴァルドは守るつもりがなかった人間だったかもしれない。でも、ヴァルドが作りたい世界には、クロカワみたいな人間もいるはずだろ」
「・・・そうだ」
「なら、クロカワが死なない世界の作り方は、排除じゃない気がする。俺には分からないけど」
「分からない、のか」
「分からない。俺はこの世界に来てまだ日が浅い。この世界の構造も、弱者がどういう状況にいるかも、全部は把握できてない。だから、お前の答えが間違ってるとは言えない」
「では何が言いたい」
「一人で決めるな、ってことだ」
ヴァルドが少しだけ動いた。手が石畳についた。
「・・・一人で決めるな、、か」
「ヴァルドが守りたいなら、守りたい人間と一緒に考えろ。一人で全部背負おうとするから、止まれなくなるんだよ」
ヴァルドは黙っていた。体の震えが、少しずつ収まっていた。神経系が回復してきている。時間の問題で、また動けるようになる。
でも、今は動いていなかった。
「・・・お前は」
「何だ?」
「何者なんだ」
「転生者だ。さっき言ったはずだが」
「それだけか?」
「それだけだ」
「・・・なんで、俺にそんなことを言う?」
リュートは少し考えた。
「ルグ先生が、ヴァルドはまだ迷ってると言ってた。迷ってる人間は、まだ話せる。だから来た」
「迷っている、か」
「迷ってないか?」
ヴァルドは答えなかった。
答えなかった、ということが答えだった。
中庭に、しばらくの沈黙が落ちた。
北棟の廊下から、セレナとティオが走ってくる音がした。ルーベルトが校舎の影から出てきた。全員が、中庭に集まってきた。
ヴァルドはまだ膝をついていた。
リュートはその前に座ったまま、ヴァルドが何か言うのを待った。急かさなかった。
時間は、あるかどうか分からなかった。でも、今この瞬間だけは、少しあった。それで十分だ。
「・・・」
ヴァルドが、ゆっくりと顔を上げた。その目が、リュートを見た。
何かを言おうとして、止まった。また言おうとして、止まった。
「・・・分からなくなってきた」
「何が?」
「正しいのかどうかが」
「それでいいと思う」
「?」
「分からなくなった時が、考え直せる時だから」
ヴァルドが少しだけ、目を細めた。
疲れた目だった。でも、さっきまでとは少し違った。何かが、薄れていた。
「・・・続きは」
「続きは、体が動いてからでいい。今はゆっくりしてくれ」
「お前が言うか。」
セレナが近づいてきた。ルーベルトが来た。ティオが来た。全員が、中庭に立っていた。朝の光が、石畳に当たっていた。
風が一度、北から吹いて、通り過ぎていった。




