学園内戦闘(2)
もう一回書いとくわ。
E:電界(電場の強さ)
E_eff:実効電場。電離やストリーマ進展を考慮した、実際に放電が起こる際の有効な電場強度
ΔV:電位差(電圧)。単位は V。二点間の電気的なポテンシャル差
V:電圧。式 E=VIt における電位差そのもの
I:電流。単位は Aアンペア
L:距離。ここでは術者から目標までの長さ(m)
t:時間。単位は s(秒)。ここでは放電の継続時間
W:放電エネルギー。単位は J
学園の門をくぐった瞬間、静けさが来た。外の戦闘の音が塀で遮られ、市街地の騒ぎも、遠くなっていくのを三人は感じた。
学園内には、校舎と中庭が見えたがどこにも生徒がいなかった。
いつもならこの時間帯の生徒は、校舎で授業を受けているか、昼食を食堂や中庭で食べているはずだ。だが、誰もいなかった。掲示板の前も、廊下の窓も、教室内も、ベンチも、全部空だった。
「・・・誰もいないね」
ティオが周囲を確認した後、中に入って行った。
「・・・こっちだ。この先に、ホールがある。其処なら邪魔されない」
「何で、ヴァルド君と戦う前提で話しているのよ。」
ヴァルドは学園の奥へ進んでいった。その様子を見ながら、ティオとセレナはしぶしぶ、周囲をかk人しながらヴァルドの後を付いて行った。
【リュート・アルス】
リュートは三人の後ろをこっそりつけていた。足は光魔法で治してはいるが、まだ完全ではなかった。最低限戦えるぐらいしか、リュートの足は治っていない。
学園の門をくぐりながら、念話を繋いだ。
リュート(ルーベルト、聞こえるか)
ルーベルト(聞こえるよ。リュート、どこにいるの?)
リュート(今、学園の門に着いた。生徒がいないが、どういうことだ?)
ルーベルト(ああ、それはセラフィナの指示だよ。セラフィナが倒れる前に、万が一の時の対処をアベルに頼んでたみたい)
リュート(具体的には・・・)
ルーベルト(アベルが「魔物が王都の近くに現れた、町に向かってくる可能性がある」って誤情報を学園中に流した。それで、戦闘ができない生徒は全員体育館に避難させて、今も体育館に集まってる)
リュート(嘘の情報で動かしたのか)
何処まで読んでんだ・・・あの女は。
ルーベルト(本当のことを言ったら混乱するでしょ。嘘っぱちだけど、結果として生徒が安全な場所にいるからよかったと思う)
リュート(確かにな。んで、アベルは今何処にいる?)
ルーベルト(念話係として体育館の外にいるよ。僕は今、北棟の廊下にいるけど)
リュート(とりあえず、合流できるか?)
ルーベルト(できるよ。何処にいる?)
リュート(中庭)
ルーベルト(少し待って)
念話が切れた。
リュートは中庭で待った。校舎の窓から、朝の光が差し込んでいた。生徒がいない学園は、思ったより広く感じた。
二分ほどで、ルーベルトが走ってきた。左腕に包帯が巻いてある。さっきの戦闘でやられた傷だ。だが、顔色はよさそうだ。普通に歩けているし、問題ないだろ。
「来てくれたんだね・・・足、大丈夫そう?」
「一応、応急処置はしたからな、歩きまくれるさ。」
「ならいいんだけど・・・」
ルーベルトが少し口の端を動かした。
「で、僕に合流してほしかった理由は?」
リュートは少しの間、学園の建物を見渡した。校舎と校舎の間の空間、中庭の広さ、建物の配置、視界の通り方。
「昨夜考えた計算、覚えてるよな?」
「念話で概要を聞いたやつ?四属性で電気を作る話」
「ここで使えるかもしれない!」
ルーベルトが少し顔を変えた。
「今すぐ、ってこと?」
「ヴァルドを止める方法として、使いたい。でも、前提として一つ確認したい。付き合って貰うけど、良いか?」
「いいよ。それで、確認って?」
「ヴァルドを殺さずに止める必要がある。力で止めるだけでは根本が解決しないし、情報を手に入れられなくなる。それは分かってるよな?」
「・・・分かってる。ルグ先生の話も、リュートから聞いた話も、ある程度は把握してるよ」
ホント、話が早くて助かるよ。一体誰に似たんだか。
「りょーかい。昨夜の計算をもう一度整理するぞ」
リュートはアイテムボックスから計算式の紙を取り出した。
「まず全体の原理から。火属性で空気を局所的に加熱してプラズマ化する。同時に風属性でその高温領域を細長く引き延ばして、目標地点まで連続した電離経路を作る。これがPhase1だ」
「電離経路、ってのは電気が通りやすい道を作るってことかな?」
「そうだ。通常の乾燥空気の絶縁破壊電界は約300万V/mだが、既に電離した経路が存在する場合は電子アバランシェとストリーマ進展によって実効的な絶縁破壊電界が大きく下がる」
「・・・聞いたことがない言葉が多いけど、要するに、一度道ができれば、電気が通るってこと?」
「ま、そうだな。実効値で10万から30万V/m程度まで下がると見積もれる。目標までの距離を30mとすれば、必要な電位差は・・・」
リュートは紙に指を走らせた。
「実効電場を一辺として、E_eff × L。つまり、三十万V/mに30mをかけて、約300万Vから900万V。さらに段階的なストリーマ進展を考慮すれば、実用的な作動電位差は200万から500万V程度で済む」
「・・・それ、どうやって作るの?」
「Phase2だ。土属性で地面を安定した基準電位として固定する。水属性で空間中のイオン密度を増やして電荷の移動性を高める。さらに風属性で電荷分離領域を広げれば、空間全体に強い電位勾配を形成できる」
「・・・四属性全部使うんだね。」
ルーベルトは思考を放棄している。
「そうだ。ただし、全部を同時に制御する必要はない。Phase1を先に確立してから、Phase2を順番に展開する。Phase3の放電は、電離経路と電位差が揃った瞬間、物理的に自動で起きる」
「トリガーが要らないってこと?」
「そうだ。電位差が閾値を超えた瞬間、電気は必然的に流れる。制御可能な放電条件として、電流150A、継続時間100µsを想定してる」
ルーベルトが少し止まった。
「150A・・・って、どれくらいなの?」
「人体への影響を言えば、全身筋肉の強制収縮、神経系への急激な電気刺激、瞬間的な運動制御喪失とかで、戦闘継続はほぼ不可能な状態になる。放電エネルギーは300万Vに150Aと100µsをかけて、約4万5千J。因みに、自然の雷よりは小さいけど、人に当たれば十分すぎる威力が出るから、扱いには気を付けてね」
「でも、相手はSランク相当の人間だよ?これが効くか分からないんだけど・・・」
「そうだ。ヴァルドはSランク相当だから何らかの身体強化を持つ可能性がある。その場合は電位差をさらに上方修正することも視野に入れておく」
ルーベルトは紙を受け取って、しばらく計算式を眺めた。
「・・・四属性の同時制御は、一応できると思う。僕は七属性全部使えるから。でも、経路の直進性を保ちながら土と水を同時に展開するのは、集中力がかなり必要になるね」
「そこは課題の一つだ。風魔法による旋回気流で経路の外側を包んで、内部を安定させることで対処できる。竜巻の眼の中心に経路を置くイメージだ」
「なるほどね。竜巻の外側は荒れてるけど、中心は静かって話ね」
「それと、もう一つ確認したい。この中庭の気流の向きだ」
ルーベルトが空気の動きを確認した。魔力感知を薄く展開して、気流の方向を読んだ。
「北から南に流れてるね。校舎が風を受けて、中庭に流れ込んでくる形だ」
「なら土属性の固定は中庭の北側の地面を基点にして、風の流れに沿ってイオン化の領域を南に展開する方が効率がいい。経路が気流の方向と一致すれば、電荷分離が促進される」
「分かった。・・・何となく難しとしては。でも、試してみる価値はある」
ルーベルトは周囲を見た。場所を確認していた。
「この中庭でやるとして、ヴァルドをここまで連れてくる方法は?」
リュートはルーベルトの問いに対し、視線を中庭の入り口へと向けた。
「ヴァルド、ティオさん、セレナさんの三人は、この学校のどこかで殺りあっていた。だから、俺がヴァルドをここに呼び込こもうと思う」
「・・・え、今の状態で?」
「歩けるんだし、別にいいだろ。呼ぶだけだからな」
「それだけならまだしも、ヴァルドが来たら普通に戦闘になるんだけど・・・」
「なったらなった時だ。」
ルーベルトが少しだけ呆れた顔をした。
「分かった。リュートがヴァルドを引き付けてる間に、僕がPhase1から順番に展開する。でも一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「話し合う気があるなら、なんでわざわざそれで止めるの?先に話せばいいんじゃないの?」
リュートは少し間を置いた。
「ヴァルドは止まれないと自分で言ってた。なら、物理的に止めてから話す方が早い。動けない状態なら、話を聞かせることができる」
「・・・それ、相手からしたら最悪だと思うけど。」
「最悪でも、話せないより話せた方がいい。」
「リュートって人の心ないよね。」
ルーベルトが呟くように言った。笑ってるのか呆れてるのか、判別しにくい声だった。その後、ルーベルトが少し口の端を動かした。
「じゃあ、場所を決めよう。僕は中庭の北側に入る。リュートはヴァルドを南側に誘導してきてほしい。Phase1を展開するタイミングは、ヴァルドが中庭に入った瞬間でいい?」
「そうだな。プラズマ経路が安定したら合図を出してくれ。俺が最後の位置調整をする」
「合図は念話でいいよね」
「頼む」
「・・・もし失敗したら?」
「ごり押しで倒す。」
「脳筋過ぎない?」
ルーベルトが立ち上がった。中庭の北側へ向かいながら、一度だけ振り返った。
「リュート」
「何だ?」
「ヴァルドに言う言葉、見つかった?」
リュートは少しの間、何も言わなかった。
「・・・まだわかんない。でも、会った時に決める」
「それ、前も言ってたね」
「言ってたな」
「・・・まあ、リュートなら何とかするでしょ」
根拠がないのに不思議と信じてくれるんだよな、此奴は。
「期待しないでいてくれると助かる」
「してるよ」
ルーベルトが、北側の校舎の影に消えた。リュートは一人、中庭の真ん中に立ったまま、少しの間、空を見た。
晴れていた。朝の光が中庭に差し込んでいた。戦争の日の空とは思えない、普通の朝の空だった。やれることをやる。それだけだ。
リュートは踵を返し、三人が向かった北棟の方向に歩き始めた。
北棟の廊下は静かだった。足音だけが石畳に響いている。遠くから、剣と剣がぶつかる音が聞こえた。まだ戦闘が続いている。
廊下を曲がり、ホール状の広い空間に行くと、三人がいた。
ヴァルドが剣を構えていた。セレナが杖を向けていた。ティオが剣を持ちながら横に回り込もうとしていた。
三人とも、消耗している。ヴァルドの肩に新しい傷がある。セレナの左腕の包帯が赤くなっていた。ティオの右腕の動きが、少し鈍い。
でも、ヴァルドは止まっていなかった。
「・・・ヴァルド」
リュートが声を出した。三人が一斉にこちらを向いた。
「リュート!?」
セレナが叫んだ。
「なんで此処にいるんだよ!動ける状態じゃないでしょ!」
「一応動けてる」
「一応ってなに!?」
ヴァルドが静かにリュートを見た。
「・・・また来たのか」
「また来た」
「懲りない奴だな」
ヴァルドが剣を構え直した。
「用件は何だ?」
「少し付き合ってほしいことがある。場所を変えてもいいか」
「場所?」
「中庭だ」
ヴァルドが少しだけ黙った。
「罠か?」
「罠だ」
「何故、認めた?」
「嘘をついても仕方ないだろ。ただ、話もある。場所を変えた方が、話しやすい」
ヴァルドはリュートを見た。
足の状態を確認していた。脇腹の傷を確認していた。今のリュートがどういう状態かを、一瞬で読んでいた。
「今のお前に、俺を動かす力はないぞ?」
「知ってる」
「なのに呼びに来たのか?」
「そうだ」
ヴァルドが少しだけ、口の端を動かした。
「・・・面倒な奴だな、本当に」
ヴァルドが剣を下げた。完全に収めたわけではなかった。でも、構えを解いた。
「分かった。付き合ってやる。ただし」
「何だ」
「話だけじゃ終わらないぞ」
「そのつもりで呼んでる」
ヴァルドが歩き始めた。リュートが先に立って、中庭への廊下を歩いた。後ろからヴァルドの足音がついてくる。
セレナが念話を繋いできた。
セレナ(リュート、正気?)
リュート(大丈夫、正気だよ)
セレナ(大丈夫じゃないでしょどう見ても)
リュート(ルーベルトには連絡しないでくれ。驚いてPhase1を失敗されると困る)
セレナ(・・・何かするつもりなんだね)
リュート(見ててくれ)
念話を切った。
廊下の出口が見えた。中庭の光が、向こうに見えた。リュートは少しだけ深呼吸した。
言葉はまだない。でも、向き合えば何か出てくる気がした。
そういう根拠のない感覚だけが、今の自分にあった。それで十分だ。
中庭に足を踏み出した。




