学園内戦闘(1)
王都の市街地。
「改めて、話したいことが・・・」
ヴァルドが何かを話そうとしたその時、爆発音が聞こえた。鈍くてとても重い音だった。遠くないな。王都の中心部から、500mも離れていない。
全員が音の方向を見た。そこには黒い煙が上がっていた。
ヴァルドが顔を変えた。
「・・・ギルドの方向だ・・・クロカワが襲われたのか?」
「お前の差し金じゃないだろうな?」
「レイン、だったか?この爆発は俺の指示じゃない」
「お前の部下の暴走もありうるだろ?」
「・・・そうだな。行ってくる。もし、俺の部下だったら説教をしないといけない。ま、最も、今絶賛、戦争中だがな」
「俺は、少し体を休ませるから、行ってら」
ヴァルドが走り出した。セレナとティオが後を追った。レインが、無言でその後を追った。
リュートは四人が遠ざかっていくのを見ていた。
走れない。足がまだ言うことを聞かない。体の内側から、じわじわと疲弊が滲み出してくる。この体の重さは初めてだった。
「糞が・・・勝手に動いて、勝手に暴れて、後始末を押し付けるわ、本当にクソ能力だな。」
声に出たが誰も聞いていなかった。
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、煙が流れてきた。受付が崩れていて、壁の一部が抉れていた。窓ガラスが割れて、外の光が斜めに差し込んでいた。
ギルドにいた人間が、入口付近に固まっていた。誰も奥に向かおうとしていなかった。
ヴァルドが奥に進んだ。
作業室の扉が歪んでいた。蝶番が外れかけている。押すと、重い音を立てながら開いた。
中を見た。
「・・・!これは・・・」
書類が散らばって、棚が倒れていて、窓が内側から割れていた。
床に、クロカワが倒れていた。動いていなかった。
ヴァルドは近づいて、膝をついて、顔を見た。
目があった場所が、なかった。両目に、大きな穴が開いていた。焼け焦げた様子はない。溶けてもいない。ただ、くり抜かれたように、穴が開いていた。
呼吸がなかった。
「・・・」
ヴァルドは何も言わなかった。セレナが追いついた。中を見た。一瞬止まった。
「・・・クロカワ君」
声が小さかった。ティオが入ってきて、状況を確認した。何も言わなかった。ただ、剣に手をかけた。レインが入口で止まっていた。部屋の中ではなく、周囲の気配を確認していた。
「まだいるな」
レインが言った。全員が緊張した。
「どこだ?」
「上だ」
天井を見たが、何もなかった。
だが、空気が違った。さっきまでと、空気の質が変わっていた。重い。密度が高い。何かが、この場所に存在していた。
天井の一点が、ゆっくりと空間が歪んでいき、そこから降りてきた。
背丈は人間と変わらなかった。でも、形が違った。輪郭が、時々ぶれる。光の当たり方が、おかしい。影が逆に落ちている。
肌が黒かった。服を着ていなかった。全身が同じ色だった。目だけが光っていた。赤ではなく、白だった。白く、光っていた。
オーラが違った。
ヴァルドはSランク相当の戦士だ。強い人間の気配は分かるが、これはその上だった。上、という言い方が正確かどうかも分からない。ただ、違った。段階が違う。人間の強さとは、別の軸にある何かだった。
悪魔だ。
ヴァルドはそれを見た瞬間、判断した。
闇属性の魔法を使える存在。この世界の最悪にある存在だ。実在するという話は聞いたことがあった。でも、実際に見たのは初めてだった。
悪魔は、部屋の中の全員を見た。
何も言わずに、目がヴァルドに向いた。
ヴァルドは剣を構えた瞬間、悪魔が一歩踏み込んだ。
速かった。構えた剣ごと、ヴァルドの体が壁に押し付けられた。力ではなかった。何かが直接体に触れた感触があった。見えない何かが、体の外側を固定していた。
セレナが魔法を撃とうとし、ティオが割り込もうとしたが、二人とも、動けなかった。
悪魔の手が、ヴァルドの胸に当てられた瞬間、何かが入ってきた。
熱い、とも冷たい、とも違った。何かが胸の中心から入ってきて、全身に広がった。広がりながら、何かに触れた。何かに触れて、それを強くした。
信念という言葉が、頭の中に浮かんだ。
理由は分からない。でも、その言葉が浮かんだ。自分の中にずっとあったものが、濃くなっていく感触があった。今まで少しでも揺らいでいたものが、揺らぎにくくなった。
悪魔が手を離すと同時に、部屋の固定が解けた。ヴァルドの体が、壁から解放され、床に足がついた。
悪魔は、ヴァルドを見たが、何も言わなかった。
踵を返した後、窓を抜け、外に出た。足音もなく消えた。
「私は追うから後は頼んだ」
レインが窓から出た。足音が、すぐに聞こえなくなった。
部屋に三人が残った。
崩れた棚。散らばった書類。割れた窓。クロカワが、床に倒れていた。
セレナが膝をついた。クロカワの手に触れた。冷たかった。それだけで分かった。
「・・・」
ティオが何も言わなかった。ただ、剣から手を離した。
ヴァルドは胸に手を当てた。さっき、何かが入ってきた場所だ。今もまだ、その感触が残っている。
胸の中にあったものが、濃くなった。今まで持っていた考えが、揺らぎにくくなった。
いいことなのか、悪いことなのかは、分からなかった。ただ、今は一つだけはっきりしていることがあった。
「・・・セレナ」
「・・・何?」
「未熟な人は死んでもいいのか?」
「・・・は?」
セレナはしばらく何も言わなかった。
「未熟かどうかで人が死んでいいわけないでしょ」
「そうだよな」
ヴァルドは立ち上がった。
「お前たちに一つだけ話す」
セレナとティオがヴァルドを見た。
「俺が戦っている理由だ。聞くか」
「・・・今、話す気なの?」
「今じゃないといつ話すんだ?」
セレナは答えなかった。
「未熟な魔法使いが人を傷つける。それは止めなければならない。でも、それだけじゃない」
ヴァルドが少しだけ間を置いた。
「未熟な魔法使いを傷つけるのは、世界の仕組みだ。持っていない者は踏み台にされる。力がない者は消費される。それが、この世界の構造だ」
「・・・」
「それを変えたい。力がない者が安全でいられる場所を作りたい。そのために、邪魔をするものを排除してきた。排除することが、弱者を守ることだと思っていた」
「思っていた、って言ったわね」
セレナが言った。
「ルグから聞いたか?」
「直接話したことはないけど、話は聞いたよ」
「そうか」
ヴァルドは少しの間、クロカワを見た。
「俺が守ろうとしていた世界の中で、死んだ」
「・・・」
「守るために排除するという答えが、間違えていたのかもしれない。でも、今の俺には、胸の中にあるものが正しいと言っている。さっきの悪魔がやったことのせいかもしれない。でも」
ヴァルドが、セレナとティオを見た。
「もともと俺の中にあったものだ。誰かに書き換えられたわけじゃない。俺がずっと持っていたものが、濃くなった。それだけだ」
「・・・その違い、自分で分かるの?」
「分からない」
正直に言った。
「分からないまま、それに従うの?」
「従う。今の俺には、これしかない」
セレナが少しの間、黙った。
クロカワの手から、そっと自分の手を離し、立ち上がり、杖を持ち直した。
「・・・分かった。聞いたわ」
「止めるのか?」
「止める。当然でしょ?」
「そうだよな」
ティオが剣を抜いた。
「クロカワの弔いは・・・後でする」
ティオが言った。声が、いつもより低かった。
ヴァルドが構えた。
セレナが杖を前に向けた。
窓から差し込む光が、散らばった書類に当たっていた。クロカワが整理しかけていた書類が、床に広がったままだった。
風が窓から入ってきた。書類の一枚が、ゆっくりと床を滑った。
三人は、向き合った。
「「「・・・」」」
最初のヴァルドの一合は重かった。ヴァルドの剣がセレナの障壁に当たった。障壁が崩れなかったが揺れた。
ティオが横から入り、剣を払ったが、すぐにヴァルドがそれを受け流した。受け流しながら、もう片方の手で魔法を展開した。
圧縮した風が、狭い作業室の中で炸裂した。棚が吹き飛び、残っていた書類が散った。
三人は部屋の外に出た。廊下を抜けて、ギルドの受付を通り、外に出た。石畳に出た瞬間、朝の空気が入ってきた。ヴァルドが間を置かずに踏み込んできた。
ティオが受けた。重い。さっきより重い。
信念が強化されたことが、力に影響しているのか。それとも、もともとこういう戦い方をする人間なのか。ティオには判断できなかった。ただ、一合一合が、さっきまでとは密度が違った。
「セレナ、遠距離から援護してくれ」
ティオが言いながら、後退した。ヴァルドが追いながら、横に魔法を展開した。地面が隆起した。石畳が剥がれて、塊になった。それが飛んできた。
セレナが障壁で弾いた。弾いた瞬間、ヴァルドがティオとの距離を詰めた。
一合、二合、三合。
ティオが受け続けた。防ぐだけで精一杯だった。反撃を入れようとすると、隙を突かれる。
「セレナ、右から来る」
「分かってるよ!」
水の弾をヴァルドの右側に向けて撃った。ヴァルドが足を動かした。水の弾が掠めた。左腕の袖が濡れた。
「・・・当たったな」
「そうよ。次は当てるから覚悟して」
「そ~・・・かよ」
ヴァルドが剣の向きを変えた。今度は正面ではなく、足元に向けた。石畳に剣先を当てて、魔法を展開した。地面が割れた。
割れた地面から、石の柱が複数、斜めに生えた。ティオとセレナが後退した。石の柱が間に入った。視界が遮られた。
ヴァルドが動いた。石の柱の隙間を縫うように、こちらに来た。
「ティオ、後ろ!」
セレナが叫んだ。ティオが振り返った。ヴァルドがいた。
衝撃が来た。今度は今まで以上に重かった。石畳を靴底が削った。押されていき、後退した。
「・・・学生時代より強いな、ヴァルド」
「ティオ、お前も強い。あの時よりも。でも、足りない」
「足りない、って言われたのは初めてだな」
「そうなんだな」
二人の攻防が続いた。
セレナが遠距離から連続で撃ち続けた。ヴァルドは全部をかわすか弾くかした。完璧ではない。二発に一発は掠める。でも、掠める程度では止まらなかった。
石の柱が増えていった。
魔法で地面を変形させながら、ヴァルドが動き回っていた。足場を変え、視界を操作し、常にこちらの想定より少し先の場所にいた。
「狭い場所は不利ね」
セレナが言った。
「広い場所に移動するか?」
「何処に・・・」
二人とも、考えながら動いていた。王都の市街地だ。どこに行っても人がいる。民衆への被害を避けようとすれば、動ける場所が限られる。
ヴァルドが大きく踏み込んだ。今度は横ではなく、正面から真っ直ぐ来た。
ティオが正面で受けた。受けた瞬間、体ごと押し込まれ、足が浮いた。
「・・・ッ」
石畳に叩きつけられる前に、体を回転させた。石畳に手をついて、転がった。起き上がった瞬間、ヴァルドがセレナに向かっていた。
「セレナ」
「分かってるよ!」
大きな障壁を正面に展開した。ヴァルドの剣が障壁に入った。障壁が揺れた。揺れながら、押し込まれた。
セレナが後退しながら、魔力を込め、障壁の密度を上げた。
ヴァルドが一瞬だけ止まった。セレナが全力で水の槍を障壁越しに押し込んだ。水の槍が障壁を通り抜けた。ヴァルドの腹に当たった。
重い一撃だった。ヴァルドが後退した。
「・・・今のはエルンスト以上の威力だ」
「そうでしょ?頑張ったんだから。あれから、ずっと」
「次は避けるからな」
「次も当てるから避ける必要はないと思うよ?」
「お前、こんな生意気な奴だったか?」
「変わってないわよ。失礼ね。」
ティオが起き上がりながら言った。
「セレナ、距離を取りながら誘導できるか?」
「やってみる」
二人が動くと同時に、ヴァルドが追ってきた。市街地の路地から路地へ、三人が移動しながら戦った。
ヴァルドの魔法が壁を抉った。ティオの剣がヴァルドの腕を掠めた。セレナの水の弾が、ヴァルドの足首を打った。
それでもヴァルドは止まらなかった。
足首を打たれながら、踏み込みの速度を落とさなかった。腕を掠られながら、剣の動きを変えなかった。一つ一つの傷が、この人間の動きを鈍らせなかった。
「・・・やっぱ止まんないか」
「止まる理由がない」
「そういう意味じゃなくてね。」
「痛くないのか?」
「痛い。」
「なのに止まらないのね・・・行くよ」
「ああ」
戦闘が続いた。路地から広場に出た。広場で人が逃げた。念話で騎士団に人払いの要請を出しながら、三人は戦い続けた。
広場から、また路地に入った。
路地が複雑に入り組んでいる区画だ。建物が密集している。ヴァルドの地面を変形させる魔法が、この区画では使いにくい。地面が変形すると建物の基礎に影響が出る。それを避けようとしているのか、この区画に入ってからヴァルドの魔法の使い方が変わった。
代わりに、剣技の密度が上がった。
「・・・剣だけで来るつもりか」
ティオが言った。
「ここでは魔法は使わない。民衆の建物を壊す趣味はないから」
「そういう区別をするのね」
「当然だ」
セレナは少し考えた。
ヴァルドが魔法を使わないなら、こちらは魔法を使える。でも、ここで大きな魔法を使えば建物が壊れる。民衆への被害が出る。
「私も使えないわね」
「そうか。」
「喜ばないで?」
「喜んでいない。公平だと思っただけだ」
ティオとヴァルドの剣と剣が再び合わさった。今度は長かった。
一合、二合、三合、四合。
拮抗していた。魔法なしのヴァルドと、剣技だけのティオが、同じ密度でぶつかり合っていた。
セレナが横から補助した。水の弾を細く絞って、ピンポイントでヴァルドの剣の軌道を狙った。ヴァルドが弾き返した。
十合を超えた。
どちらも傷が増えていた。ヴァルドの左肩に新しい切り傷。ティオの右腕に圧迫による青あざ。セレナの左手に魔法の使いすぎによる痺れ。でも、どちらも止まらなかった。
二十合を超えた。
路地が変わっていた。気づいたら、三人は路地から路地へと移動しながら、気づけば王都の南側に来ていた。
「・・・ここ」
セレナが言った。建物の向こうに、見覚えのある塀が見えた。学園だった。
「学園の近くまで来てしまったわね」
ヴァルドが少しだけ動きを止めた。
「・・・こっちにとっては不利な状況だな」
・・・だが何だ。この懐かしくも感じるこの高揚は・・・
三人が動き始めた。
ヴァルドが塀に向かって歩き始め、セレナとティオが後に続いた。




