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肉体の異変(2)

代行思考機構が襲い掛かった。


最初の一撃は全員に向けて放たれた闇の魔法だった。連続で五発、扇状に広げて放った。一人を狙うためではなく、全員の逃げ場を消すための展開だ。


「散るぞ!」


ティオが言い、四人が四方向に分かれた。闇の塊が石畳を消していった。五発全て、人に当たらなかった。


「ターゲットを再設定します。」


四人の位置を確認している。距離と方角を処理している。その間に、セレナが大きな水の弾を叩き込んだ。代行思考機構の正面に当たった。


当たった。でも、止まらなかった。体が揺れ、一歩後退した。


「・・・硬い。あの時のリュートとは一切違うね・・・」


「魔力で体表を強化している可能性があるな」


「そんなことできるの?」


「あれが何なのかは分からない。でも、今の反応を見れば、体の外側に何らかの防御が働いている」


ティオが横から踏み込んだ。剣を横に払い、代行思考機構が腕でそれを受けた。ティオの剣と代行思考機構の腕が接触した瞬間、鈍い金属音がした。腕で受けて、金属音がした。


ティオが剣を引いた。


「腕が・・・金属か?」


「違う。魔力の密度が上がっている。体の表面の魔力濃度を上げれば、物理的な衝撃を分散させることができる」


エルンストならそう説明するだろう、とヴァルドは思いながら言った。


代行思考機構が再び踏み込んできた。今度はティオ一人に集中して襲い掛かった。速い。セレナが間に割り込む時間がない。ヴァルドが横から入った。


代行思考機構の腕を剣の腹で払いながら、軌道を逸らした。


ティオが即座に側面に回った。剣を入れ、代行思考機構の腕に当たった。また金属音がした。しかし、傷にはなっていない。


「何か別の手が要る」


「分かってるよ、ティオ」


セレナが考えながら言った。体表の魔力を突き抜ける手段。魔力の密度が高ければ、それを上回る魔力の攻撃か、あるいは魔力の防御が働かない方法か。


「ルーベルトが言ってた弱点の探し方・・・」


セレナがつぶやいた。


「今ここにいないのが痛いね」


セレナが魔力感知を展開した。ルーベルト(魔法の天才)ほどの精度はない。でも、大雑把な流れなら読める。


代行思考機構の体の表面に、魔力が流れていた。均一ではなかった。少し薄い場所がある。関節部分だ。肘、膝、肩、足首。体が曲がる部分は魔力の密度を保ちにくい。


「関節を狙って。少しだけ薄くなってる」


セレナが伝え、ティオが頷いた。ヴァルドが正面から圧をかけ、剣を連続で打ち込んだ。全部受けられたが、それがヴァルドの目的だった。


代行思考機構の注意が正面に向いた瞬間、ティオが膝の関節に剣の先端を差し込んだ。


浅い。でも、通った。


代行思考機構の右膝が、わずかに沈んだ。


「関節部に損傷を検知。補正を適用します。」


損傷を検知して、補正を入れる。その言葉通り、数秒後には動きが元に戻っていた。


「回復するのか・・・」


「だって、あの子(リュート)は光魔法の回復が行えるもん」


「厄介だな」


ヴァルドが言った。


その間に、レインが動いていた。誰も気づいていなかった。いつの間にか、代行思考機構の背後に回っていた。短剣を首の後ろに当てた。


頸椎の第二頚椎と第三頚椎の間だ。人間ならば、そこに刃を当てられた瞬間に動きが止まる。本能的な恐怖がある。





はずだった。





代行思考機構は止まらなかった。振り向きながら肘を後方に打った。レインはそれを体を傾けて外した。


「そこに本能はないの?」


「処理系の問題だ。恐怖という感情がなければ、急所への攻撃も回避行動の一つとしてしか処理されない」


ヴァルドが答えた。


「じゃあ、どうすれば・・・」


「止めるには、体そのものを動かせなくする必要がある」


「拘束か、」


「それか、意識を戻すか、」


「意識を戻す方法は?」


「分からない。そっち(セレナ)は分かるか?」


セレナは少し考えた。


「・・・リュートが戻ってくる条件が何なのか、今は分からないよ。アレがいつまで動くのかも」


「ならば拘束だな」


「方法は?」


「エルンストなら術式を使えたが、今ここにいない」


セレナは杖を構えながら、頭の中を整理した。


術式がない。拘束の魔法は複数人での同時詠唱ならできる。でも、今ここにある魔力でそれを実現するには。


「ねえ、あなた」


セレナがレインに向かって言った。


「何だ」


「MPある?」


「0だからないに決まってんだろ。」


「・・・それでいい。逆に都合がいい」


「どういう意味だ?」


「あのリュートは闇の魔法を使ってくる。魔力がある物に向かって特に反応が強い。あなたはMPが0だから、あの魔法の直撃を受けても、光が消えるだけで体そのものへの影響は受けにくい・・・はず」


レインは少しの間、セレナを見た。


「それを盾にしろということか?」


「そうじゃない。あなたが引き付けてる間に、私とヴァルドとティオで拘束の術式を組む」


「三人で組めるのか?」


「本来は四人必要だけど、ティオは詠唱補助ができる。三人でギリギリいける。多分。」


「多分、か。・・・不安しかないな。」


「多分。」


「・・・分かった。」


レインが代行思考機構に向かって歩き始め、代行思考機構がレインを認識した。


「MPゼロの対象を検知。魔法系攻撃の有効性低下を確認。物理攻撃へ切り替えます。」


迷いがなかった。




代行思考機構は物理攻撃を行った。素手の連撃だった。一発目がレインの頭部に向かった。


レインはそれを顎を引きながら頭を傾けて外した。二発目が腹部に来て、横にずれた。三発目が膝に来たた後、後退した。


速い。人間の速度ではない。闇魔法を扱うことから、恐らく悪魔の類・・・もしかすると、もっと最上位の悪魔なのかもしれない。


でも、レインが止まらなかった。


当たっていない。ギリギリで、全部外し続けていた。


「・・・」


ヴァルドはその光景を見ながら、セレナとティオと術式を組み始めた。


拘束の術式は、対象を特定して、その体の周囲に魔力の網を展開する。一度展開すれば、魔力を補給し続けない限り数十秒は維持できる。


でも、展開までに時間がかかる。


「集中して」


セレナが言って、ヴァルドが頷いた。ティオが詠唱の補助に入った。


レインが距離を取りながら、代行思考機構を引き付けていた。代行思考機構の拳が、レインの肩を掠めた。体が回転したが、その回転を利用して転がりながら距離を取った。


が、また襲い掛かって来た。


レインは短剣を抜いて、関節部の薄い部分に当てた。先ほどティオが通した場所だ。通った。浅い傷だった。


「損傷を検知。補正を適用します。」


「どうやら、回復を入れるのは時間がかかるっぽいな」


レインが言った。誰かに伝えるためではなく、確認するために。補正を入れている間、動きが一瞬だけ変わる。コンマ数秒のラグが生まれる。


それだけで十分だった。


「また関節に入れる。今度は深くだ」


今度は膝の内側に正確に差し込んだ。腸脛靭帯の下、膝関節の関節腔に入る角度だ。


通った。代行思考機構の膝が、今度は大きく沈んだ。


「関節部、重大損傷を検知した。移動速度に制限が生じる」


速度が落ちた。


「今だ」


レインが言った。セレナが術式を完成させた。光の網が、代行思考機構の全身に展開された。


「・・・」


代行思考機構が動こうとした。だが、光の網が締まっているのにも拘らず、止まっていなかった。ゆっくりとした動きで、抵抗し続けていた。魔力の防御が術式に対して反発していた。


「長くは持たないよ!」


セレナが息を整えながら言った。


「どれくらいだ?」


「三十秒から、一分ぐらい。でも、魔力の強度次第では押し切られるかも」


「その間に何かできるか?」


「・・・」


誰も答えなかった。リュートを意識に戻す方法が分からない。術式が崩れれば、また始まる。


ヴァルドは拘束された代行思考機構を見た。リュートの体だ。怪我がある。脇腹の傷、右肩の元からある傷。体が消耗している。


「お前・・・」


ヴァルドが言った。


「ご用件を確認します。」


「宿主の体の状態を把握しているか?」


「状態を把握。損傷内訳:脇腹に浅い裂傷、右肩に既存損傷。全身疲労の蓄積を確認。生命維持機能に支障なし。」


「今後も戦闘を続ければ、体の消耗が増えるぞ?」


「その点については既に認識しています。」


「宿主を守ることが目的だと言ったが、今の状態で戦闘を続けることは、目的に反するぞ?」


代行思考機構が少し間を置いた。


「演算処理を開始します。」


光の網の中で、何かが処理されていた。数秒が経った。


「現状の戦闘継続に伴う、宿主肉体への追加損傷リスクを算出。評価結果:戦闘を継続した場合、損傷リスクの上昇を確認。」


「ならば・・・」


「ただし、戦闘を停止した場合、周囲脅威が宿主へ向かう可能性を確認。当該リスクを計算条件に追加します。」


「まさか・・・今ここにいる全員が、リュートを殺そうとしていると思っているのか?」


「・・・」


「・・・俺はリュートを殺そうとしていない。今日の戦闘でも、殺せる機会があったが、そうしなかった」


「当該発言の信頼性を検証する手段は存在しません。」


「そうだな」


「しかし・・・」


代行思考機構が言った。


「宿主が本戦闘前に残した思考断片内に、貴殿への発言を確認。提示を希望しますか。」


ヴァルドは少し止まった。


「聞くぞ」


「目的:対象の停止。必要条件:発話による介入。しかし、適切な発話内容を特定できません。」


それだけだった。ヴァルドは、何も言わなかった。


「当該断片の意味は処理不能。感情領域は本機構の代行対象外。ただし、当該思考は戦闘前に宿主が保持していたものです。」


「分かった」


光の網が揺れた。


術式が限界に近づいていた。


「セレナ、もう少し持つか」


「・・・あと、十秒くらいだよ・・・」


「それで十分だ」


ヴァルドが代行思考機構に向かって言った。


「一つ聞く。宿主の意識を戻す条件は何だ?」


「終了条件を定義。宿主が自力で意識を回復した場合、代行は終了。または、宿主肉体が安全状態にあると判定した場合、代行の必要性は消失します。」


「安全な状態とは?」


「安全状態の定義。外部からの攻撃を受けるリスクが存在しない状態。かつ、生命維持機能に問題がない状態。」


「今ここで全員が武器を下げれば、お前は代行を終了するか」


「・・・演算処理を開始します。」


また処理が走った。


光の網がさらに揺れた。光の網の維持にセレナが歯を食いしばっていた。


「外部脅威が存在しないと判定された場合、代行継続の必要性は消失します。」


「ならば」




ヴァルドが剣を下げた。


セレナが杖を下ろした。


ティオが剣を鞘に戻した。


レインが短剣を収めた。




代行思考機構が全員を見た。


「武装解除を確認。外部からの即時攻撃リスクを再評価します。」


処理が走った。


光の網がついに崩れた。大量のMPの消費でセレナの体制が崩れた。


代行思考機構の動きが止まった。止まったまま、数秒が経った。


ゆっくりと、膝をついたまま、前に手をついた。頭が下がった。


「・・・」


誰も動かずに十秒が経った頃、リュートの体が、少しだけ揺れた。

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