秘密の会議
NTE楽しすぎる。やっべぇ〜〜!
扉が閉まってから、しばらく誰も口を開かなかった。
ガルシアが残していった空気が、まだ部屋の中に漂っている気がした。王という存在がいた場所には、その人間が去った後もしばらく何かが残る。リュートはそれを感じながら、天井を見ていた。
大筋の作戦は出た。でも、出たのは骨格だけだ。骨格があっても、肉がなければ動かない。今日の会議で出てこなかった問題が、頭の中でいくつか引っかかっていた。
「実は、問題がある」
口に出したのはリュートだった。
セラフィナとルーベルトが、同時にこちらを向いた。
「はよ言え」
「はいはい・・・さっきの作戦の話、骨格は分かった。でも、穴がいくつかある」
「どこよ?」
「まず一つ目。念話使いを四ヶ所に配置して、連絡を早くするという案。でも、念話が使えるのはセラフィナを含めて四人しかいない。その全員を連絡役にした場合、戦闘が始まった時に念話使いが戦えない」
「念話使いは連絡だけに使うつもり」
「連絡だけで使うには人数が足りない。四人が四ヶ所に散らばれば、それぞれの場所で戦闘が始まった時、その場を支えられる人間が連絡役一人と騎士団の数名だけになる。ヴァルドの組織の構成員が一ヶ所に三人以上来た場合、その場が持たない可能性がある」
「なら念話使いを半分は戦闘に回すよ」
「そうすると連絡網が崩れるぞ?」
セラフィナが少しだけ黙った。ルーベルトはそのやり取りやその様子を、眺めていると、紙に何かを書き始めた。
「じゃあ、僕が念話の手順書を書くから、それを教科書みたいな感じで使うってのは?」
「あ~・・・案としてはいいが、それ全部やるのはアレだから・・・」
「原版があれば、私の所で印刷してこようか?」
「分かった。ありがとう、セラフィナ」
「そんで、二つ目は?」
「内側の問題。潜伏している組織の構成員が、五日前じゃなくて三日前か四日前に動いた場合、こちらの準備が整う前に始まる。騎士団の展開が完了する前に仕掛けられたら、穴が出る」
「相手の動くタイミングは分からないから、防ぎようがないじゃない」
「だから、こちらの準備を整えるスピードを上げないといけない。さっきの話では明日に連絡を出して、明後日から配置する予定だったはずだ。それを今日中に動かせないか?」
「今日中は無理。騎士団への指示を出すには、父上の承認が必要な手続きがあるし、最短でも明日の朝になる」
「じゃあ明日の朝から動く。それが三つ目の問題に繋がる」
「三つ目は?」
「ヴァルドが内側と外側を同時に仕掛けてきた場合だ」
ルーベルトが眉を少し動かした。
「同時に、ってどういうこと?」
「外から城壁を突破しようとする一団が現れると同時に、内側に潜伏していた一団が動く。騎士団は外側に引きつけられる。その隙に、内側の一団が市街地で動く。城壁の外と内を同時に対処する必要が生まれる」
「城壁を突破できる戦力が外にいた場合の話かな?」
「そうだ。可能性としてある」
「・・・」
セラフィナは立ち上がった。窓の方へ歩き、外を見た。王都の明かりが石畳に当たっているのが、暗い窓越しに見えた。
「同時に来た場合、外側の対処を騎士団に任せて、内側の対処を戦闘に長けた学生で対処する。勿論、リュートやルーベルトも」
「肩が治っていないんだが・・・」
「働け。」
「いや治ってないんだけど・・・」
「働け。」
「あ、はい。」
何なんだろ、俺とルーベルトのこの差は一体・・・
「そこは保留にして、次に行く」
「まだあるの?」
「ある。ヴァルドを誘導して一対一か二対一にするという案だったけど、ヴァルドがその誘導に乗らなかった場合の対処がまだない」
「乗らなければ、市街地で捕まえることになる」
「市街地で捕まえようとすると、民衆が見る可能性がある。昨日セラフィナが言った条件、戦闘が大規模になったらこの件を公開するという話があったよな。だとすれば、民衆に気づかれた場合はどうするんだ?」
セラフィナが振り返った。
「少人数の目撃者なら対処できる」
「どうやって?」
「記憶忘却機を使う」
「出た~・・・名前だけで物騒な機械」
「いや文字通り物騒な機械だよ」
記憶忘却機。
記憶忘却機とは、特定の人間の特定の時間帯の記憶を消去する装置だ。オルディナシス王国が五年前に開発し、魔石と術式の組み合わせで動く仕掛けなのだ。対象に向けて起動すると、指定した時間分の記憶が完全に消える。痛みもないし、副作用も、今のところ確認されていない。
「ま、使用できるのは、王族と一部の騎士団上層部だけ。それに無制限に使える道具じゃないし、使用の記録は全て残る」
「でも、記録が残るだけで、使われた本人は気づかないんだっけ?」
「そう」
ルーベルトが少し黙った。リュートはルーベルトの顔を見ながら、この話の重さを整理していた。
記憶を消す。その行為が持つ意味を、ルーベルトは正確に感じ取っている。リュート自身も、その道具が存在すること自体に何かが引っかかっていた。でも今は、それより先に考えることがある。
「使用できる場面は限られる。少人数の目撃者への使用は、過去にも例があるし。戦時に準じた状況では、使用が認められる場合があるから」
「それを俺たちの件に使うとなれば、ガルシア王の承認が要るな」
「既に取ってある」
「はや。」
リュートは少し目を動かした。この女は、昨日のうちに動いていた。
「昨日の段階で?」
「いつ必要になるか分からなかったから、事前に承認だけ取った。使わないに越したことはない。ただ、選択肢として持っていた」
「・・・動くのが早すぎる」
「遅すぎるよりはいい。」
反論はできなかった。正しいから。
「まあ、それは一つの解決策として分かった。ただ、記憶を消せる対象の規模に限界はあるよな。もし戦闘が大きくなって、見ている人間が五十人や百人になった場合は?」
「それは無理。一度に対処できるのは十人以下が限界だ。それ以上の規模になれば、公開に切り替えることになるね」
「つまり、戦闘の規模を小さく保つことが前提になるから、ヴァルドを人の少ない場所に誘導する必要があったんだね」
「その通りだ」
リュートは少しの間、黙った。
問題の輪郭が整理された気がした。でも、整理されたことで、逆に問題の大きさが見えた。まだ考えるべきことがある。
「次の問題に行く」
「まだあるの?」
「まだあるよ。」
ルーベルトが少し疲れたような声で言った。
「騎士団の内側に、ヴァルドの組織の人間が紛れ込んでいた場合はどうする」
部屋が少し重くなった。
「根拠があるの?」
「根拠はない。可能性の話だ。ヴァルドの組織は、外側から攻め込むより内側に入り込む方が得意だということが、偵察部隊の情報からも分かっている。騎士団の中に情報を流せる人間がいれば、こちらの作戦が筒抜けになる」
「騎士団の身元確認は、入団の段階で全員に行っているよ。でも、入団後に接触された場合は、どうしようもないけど」
「なら、今夜決めた作戦の詳細を、騎士団全体に共有しない方がいい。命令系統を絞り、知っている人間を最小限にする」
「具体的に何人まで?」
「ガルシア王、セラフィナ、騎士団の上層部で信頼できる者を三人以内。それだけでいい。各部隊への指示は、抽象的な形で出す。どこに配置されるかは伝えるが、なぜその配置なのかは伝えないように」
「理由を知らないまま動かせるかな?」
「騎士なら動けるさ。理由を知らないまま命令に従えない騎士は、戦場では使えないし」
ルーベルトが少し手を挙げた。
「待って。リュート、それは言いすぎだと思うよ」
「そうか?」
「理由を知らないまま動くことを求めるのは一方的すぎるよ。騎士だって人間だ。何も分からないまま動かされれば、判断が鈍る。最低限の目的だけでも伝えた方が、現場での動きが良くなるんじゃないかな?」
「全部伝えれば情報が漏れる可能性が上がるんだが・・・」
「だからって何も伝えないのは違うと思う。最低限の目的と、動いてはいけない場所だけ伝えれば、情報の漏洩リスクを下げながら現場の判断力も保てるんじゃないか」
リュートはルーベルトを見た。
正しい、という判断が先に来た。自分が今言ったことは、効率だけを考えた案だった。でも、ルーベルトが指摘したのは効率の話じゃない。人間として動かすための話だ。それは、確かに違う。
「分かった。最低限の目的と禁止エリアだけ伝える。それで行く」
「それでいいと思う」
セラフィナが頷いた。
「採用する。次は?」
「次は、ヴァルドに対して使える手段の問題だ」
リュートは少し頭の中を整理してから、続けた。
「さっきの作戦では、ヴァルドを人の少ない場所に誘導して、俺やルーベルトといった、戦闘に長けた学生が相手をするという形だった。が、俺が孤立した場所にヴァルドが来た時、俺の肩がまだ治っていない可能性がある。その場合、正面からやり合えば叩き潰される確率が高い」
「じゃあ、リュートは万全じゃない状態でヴァルドと戦う可能性が高い。その場合に、正面からの打ち合いを避けるための方法が必要だ」
「どういう方法を考えているんだ?」
「周囲の地形を使う。ヴァルドを誘導する場所を事前に決めて、その場所に有利な配置を作っておく。視界を遮る場所がある路地か廃屋。動き回れる広さがあって、外から見えにくい場所がいいからね」
「市場の裏手に、使われていない倉庫街がある。石造りで壁が厚く、中は広い。周囲に人が来ない時間帯もある」
「そこを使う案なんだね」
「ただ、ヴァルドをそこまで誘導するには、ヴァルドがその場所を知っている必要がある。こちらが誘導しようとしていることを悟られれば、来ないだろうね」
「ヴァルドに、自分が選んだと思わせる形で誘導できればいいしね」
「どうやって?」
セラフィナが少し考えた。
「リュートが市内を移動し、ヴァルドの組織の目に触れる場所を意図的に通る。最終的に、倉庫街の方向に動いて、ヴァルドの組織がリュートを追えば、倉庫街まで引き込む」
「それは餌どころか、完全に囮だな。」
「問題がある?」
「俺は問題ない。ルーベルトが何か言いそうだけど」
ルーベルトが手を挙げた。
「リュート、それは肩が治った後の話だよね?治る前にやろうとしないでね」
「肩が治ってから、だ」
「本当に?」
「本当に」
「嘘くさいな・・・まあ、信じる」
セラフィナがリュートを見た。
「治ったと自己判断して動こうとした場合、私が止めるから」
「止められる前に動く。」
「動いた場合、その後は自分で医師に説明しろ。」
「それは困る。」
「なら相談してから動け。」
「分かった」
ルーベルトが少し息を吐いた。安堵と呆れが半分ずつ混じったような呼気だった。
「話を戻す」
リュートが言った。
「倉庫街での対処の話だ。俺が囮になってヴァルドを引き込む。セラフィナが別のルートで先回りして待つ。ヴァルドが倉庫街に入った時点で、俺が正面を、セラフィナが別角度から対処する。それでもヴァルドは強い。単純な力では押し切れない可能性がある。だから、その場所に何か仕込んでおく必要がある」
「何を仕込む?」
「拘束の魔術式だ。床か壁に事前に術式を刻んでおいて、ヴァルドが踏んだ瞬間に発動する。完全に動きを止めることはできなくても、一瞬でも止められれば、その間に対処できる」
「倉庫街の床に魔術式を刻む作業は目立つから、昼間にはできないよ?」
「夜中にやる」
「誰がやるのよ?」
「エルンスト先生に頼もうかな?あの人は魔術式が得意だって気がするし」
「エルンスト先生に頼んでこの作戦のことが広まる可能性があるけど」
「最小限の情報だけ伝えれば広まらない。それに、術式を床に刻む理由は別の話にする」
ルーベルトが少し手を挙げた。
「待って。エルンスト先生に頼む前に、ルグ先生に話してもいいかどうかをちゃんと確認しないといけないと思う。先生の立場もあるから」
「確認は俺がやる」
「僕もついていく」
「退院前だろ?」
「リュートだって肩が完全じゃないだろ」
「・・・分かった。一緒に行く」
「二人とも行くな。私が行く」
セラフィナが言った。
「セラフィナが行ったら先生が驚くだろ?」
「驚かせてもいい」
「よくはない」
「ああ~!!!もう知らん。私が行く!!!」
あ、吹っ切れたな。何もかも。
「次の問題は?」
リュートが言うと、ルーベルトが少し呻いた。
「まだあるのか・・・」
「最後」
「良かった・・・」
「ヴァルドを倒した後の話をしていない」
「倒した後?」
「ヴァルドの組織は、ヴァルドが倒れた後も動き続ける可能性がある。組織の目的は生きているから、指揮官がいなくなっても方針は変わらない。残った構成員が散らばって、また別の形で動き始めるかもしれない」
「それは今夜考えることか?」
「今夜考えておかないと、戦いが終わった後に対処が遅れる。勝った後に次が来れば、疲弊した状態で迎えることになるだろうな」
「ヴァルドの組織の残存戦力への対処は、騎士団と各国のギルドが連携して追う形になってるよ。それは陛下が既に手配している」
「済んでいるなら問題ない。ただ、追いきれなかった場合の受け皿が必要だな」
「受け皿?」
「組織の構成員が全員、ヴァルドの考えに同意して動いていたとは限らない。中には、状況に流された人間もいるかもしれない。そういう人間が逃げ場を失った時、行き場がなければ再び別の組織に入ってしまうから、降伏した場合の受け入れ先を決めておく必要がある」
「・・・それは、今夜の僕たちが決める話ではなく、ガルシア王が決める話だよ」
「そうだね。父上への提言として、明日伝えればいい」
「分かった」
リュートは少し息を吐いた。
頭の中に並べていた問題が、一つずつ片付いた。全部に答えが出たわけじゃない。でも、問題の形は見えた。形が見えれば、当日に対処しやすくなる。
「全部で問題が七つあった。解決策が出たのが四つ、保留が二つ、父上への提言が一つ。今夜の段階では、これで限界だ。頭がパンクしそう。」
「そうだな」
セラフィナが椅子に戻った。
「一つ聞いていいか?」
リュートが言った。
「何?」
「保留になった二つ。セラフィナの肩の件と、騎士団の内部確認の件。これは明日どうする?」
「肩は、明日の朝に医師に確認する。動ける見通しが出れば作戦に組み込む。出なければ、私は後方支援に回る」
「後方支援で動けるのか?」
「念話が使えるし、ルーベルトが念話の手順書読ませて、念話が使える人間増やせば、指揮は取れるね」
「分かった。騎士団の内部確認は?」
「父上に一任する。私が指定した三名以外への情報制限を、父上の判断で実施してもらう」
「分かった」
ルーベルトが手元を見ていた。少しの間、黙っていた。
「リュート」
「何だ」
「一つ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「ヴァルドに言う言葉、本当にまだないのか」
リュートは少し止まった。この問いが来ることは、薄々分かっていた。でも、答えは今夜の議論の中でも出てこなかった。
「ない」
「ない、か」
「ルグ先生の話を聞いて、ヴァルドが疲れていること、何かが引き留めていることは分かった。でも、それに対して俺が何を言うかはまだ分からない。俺がヴァルドに言える言葉を持っているかどうかも、そもそも分からない」
「それは不安じゃないのか」
「不安だよ」
リュートは素直に言った。
「でも、言葉を先に決めて当てはめようとする方が、失敗する気がする。ヴァルドは頭がいい。用意した言葉は見透かされる。だから、会った時に見て、その場で決める」
「根拠のない感覚でも?」
「感覚でも」
ルーベルトは少しだけ考えるような顔をした。
「分かった。信じる」
「ありがとう」
「セラフィナは?」
ルーベルトがセラフィナに聞いた。
「感覚で動くことは否定しない、と言ったよ」
「信じてるんだな」
「根拠があるかどうかと、信じるかどうかは別の話だ」
ルーベルトが少し口の端を動かした。
「二人とも似てるよね?」
「「似ていない。」」
リュートとセラフィナが、ほぼ同時に言った。
「全く同じタイミングで否定した」
「偶然だよ」
「俺もそう思う」
またほぼ同時だった。ルーベルトが小さく笑った。病室に、少しだけ違う空気が入ってきた。
「今夜は終わりにする」
セラフィナが立ち上がった。
「そうするか」
「明日の朝、父上に今夜の内容を報告する。問題点への対処の方針も含めて。確認が取れたら、ルーベルトに連絡する」
「俺にも連絡をくれ」
「退院前に動くなよ?」
「連絡だけでいい。本当に動かない」
「本当に動かないな?」
「動かない。」
「信じる」
セラフィナが立ち上がった。コートを整えて、扉に向かった。
「一つだけ言っておく」
扉の前で、セラフィナが振り返った。
「今夜出た問題は、全部お前が出した。ガルシア王との会議では出なかった問題だよ」
「それは?」
「使える、ということだ。礼は言わないけど」
「お前の礼なんて一切要らない」
「知っている。おやすみ」
扉が閉まった。
廊下の足音が、静かに遠ざかっていった。ルーベルトがベッドに寝転んだ。天井を見上げながら、ぽつりと言った。
「セラフィナって、褒め方が独特だよね」
「独特すぎて一瞬分からなかった」
「でも、褒めてたよ」
「そう・・・なのか?」
しばらく二人とも黙った。
窓の外で、風が一度吹いた。王都の明かりが、石畳の上で揺れた。
あと四日。
問題の形は見えた。空白はまだある。でも、今夜できることは全部やった。
リュートはそう思いながら、目を閉じた。
次の話、また作者がとち狂って今度は電気工学入れてる。
だから、投稿止まるかも。




