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骨格作り

セラフィナが去って、しばらくたった。ルーベルトはいつの間にか起きており、朝食や昼食を食べ、雑談をしていた。


その時、扉のノック音がした。


「ど~ぞ~」


リュートが答えた。


扉が開いた。リュートは視線だけで確認した。

廊下に立っていたのは、騎士だった。一人ではなかった。三人。全員、甲冑の上から白い外套を纏っている。胸の紋章は、オルディナシス王国の紋章だ。その後ろに、もう二人。一人は変装を一切行っていないセラフィナ、あとの一人は謁見式で出会った王様だった。


リュートは少し目を細めた。


・・・セラフィナの親父か。


「父上」


セラフィナが言った。声のトーンは変わっていなかった。感情も、表面上は変わっていない。ただ、背筋が少し変わった気がした。


「セラフィナよ。彼が・・・」


「はい。この二方が私やアリア嬢を守ってくださいました。謁見の際にお会いしたリュート様と、父上は初めてお会いしたルーベルト様でございます」


「そうか」


男がセラフィナを見て、それからリュートとルーベルトを見た。値踏みでもなく、警戒でもなく、ただ確認しているだけの目だった。


「リュート・アルスか」


「左様でございます」


「ガルシア・オルディナシス。この国の王だ」


リュートはベッドの上で少し体を起こした。肩が鈍く痛んだが、それは表に出さなかった。


「伺っております」


「余計なことは言わなくていい。時間がない」


ガルシアが椅子を引いて、ベッドの脇に腰を下ろした。騎士三人は扉の内側に立ったまま動かない。セラフィナが王の隣に立った。


リュートはその光景を見ながら、頭の中で考えていた。この人間が動いた、ということの意味を。

オルディナシスの王がわざわざ病院まで来た。しかも護衛の騎士を三人連れて、夕方に。事前の連絡はなかった。


つまり、急いでいる。あるいは、急ぐ必要があると判断した。あと四日という状況で、国の頂点が直接動いた。それが何を意味するかは、難しい計算じゃない。


「ヴァルドの組織の動向に、変化があった」


ガルシアが言った。


「変化とは?」


「三日前まで確認できていた組織の主力が、昨夜から姿を消した。国境付近の偵察部隊が、それを報告してきた」


「姿を消した・・・」


「ああ。街道に散らばっていた小規模な集団が、一斉に引いた。三十人以上が移動した形跡がある。ただ、移動先が分からない」


リュートは少しの間、それを頭の中で整理した。

ヴァルドの組織が動きを隠した。五日前まで確認できていた動向が、突然消えた。それが何を意味するか。


「集結している可能性がございますね」


「そうだ。セラフィナからも同じ見解が来た」


「何方に集まっているとお考えでしょうか?」


「二つ考えられる。一つは、国境の外。王都から離れた場所で戦力を整えて、一気に攻め込む準備をしている可能性。もう一つは、既に国内に入っている可能性だ」


「どちらだとお思いでしょうか?」


ガルシアは少しだけ沈黙した。


「私は後者だと思っている」


「私めも同じ考えでございます」


ガルシアが少し目を動かした。リュートを再度確認するような目だった。


「理由を聞こうか」


「ヴァルドが五日後に戦争を仕掛けると仰いました。そして、五日後という期限をご自身で区切られました。

これは、仕掛けるタイミングが既に決まっていることを示しております。そのタイミングに向けて動くのであれば、事前に戦力を配置する必要がございます。

外から一気に攻め込む形では、王都に到達するまでに時間がかかりますし、距離を考えますと今から集結させても、間に合わないと存じます」


「なるほど。つまり、既に国内のどこかに潜んでいると」


「そう考えた方が、期限の意味が通ります」


「同感だ」


ガルシアはルーベルトを一度だけ見た。ルーベルトは黙って聞いていた。表情は落ち着いていたが、目が動いていた。考えながら聞いている目だ。


「では作戦の話をする。セラフィナ」


「はい」


「お前が昨日、私に送った報告書の内容を、ここで話してくれ」


セラフィナが少し前に出た。


「まず、戦場を二つに分けて考える必要がございます。外側、すなわち国境または城壁の外から攻め込まれた場合と、内側、すなわち既に国内に潜伏している勢力が動いた場合でございます」


「外側の場合は?」


「城壁の外から仕掛けがある場合、こちらにとってはむしろ動きやすいと考えられます。

場所を特定でき、騎士団を展開することも可能です。民衆を城壁内に避難させた上で、外部で対処することができます。

ただし、問題は規模にございます。ヴァルドの組織が三十人以上であれば、正面から対峙するだけで被害が生じる恐れがあります。

したがって、城壁の外に出させないことを優先すべきでございます」


「具体的には?」


「城門を三か所、正門、北門、東門を厚くします。この三か所に騎士団の主力を配置して、入口を塞ぎます。外から力を押し込む場合は、そこで抑えます」


「そうだな」


ガルシアが頷いた。


「ならば外側の問題は、城門よりも城壁そのものだ。魔法があれば、城壁を迂回する手段はある。上空から、あるいは土魔法を使えば城壁の下を抜けることも不可能ではない。そこをどう対処するか」


「城壁の外側に、感知の魔術式を展開いたします。魔力の動きを感知できれば、城壁に近づく人間を早期に察知できるようになります。

騎士団の中には魔法使いが六人おります。その六人を城壁の周囲に配置し、感知を担わせる所存です」


リュート、ルーベルトはセラフィナの作戦を聞きながら、ざっくり、頭の中で地図を描いていた。

王都の形。城壁の位置。城門の数。内部の構造。


入院してからの数日で、窓から見える範囲と、医師や看護師から聞いた情報を合わせれば、大雑把な地図は作れる。


「内側の場合はいかがでしょうか?」


リュートが口を開いた。全員がこちらを向いた。

とりあえず、俺がそれを聞いた理由を説明することにした。


「内側に既に潜伏しているのであれば、感知の魔術式は意味が薄くなります。既に城壁の中におられる方々は感知できません。それに、内側から動かれる場合、ヴァルドの組織は一斉に動かない可能性がございます」


「一斉に動かない?」


ガルシアが聞いた。


「ヴァルドが昨日ルグ先生のご話で伺ったところによりますと、ヴァルドは戦力を散らして動かすと聞いております。各自が判断するという形であると伺っております。

組織が一か所に固まって動く戦い方ではなく、分散して各場所で同時に動くので、そうなれば騎士団が一か所に集まっていることも意味がなくなると考えられます」


「散らして対処しろ、ということか」


「対処するには、散らさなければなりません。しかし、散らすと個々の戦力が低下いたします。恐らく、それがヴァルドの狙いになる可能性がございます。そのため、散らし方を検討しなければなりません」


セラフィナがリュートを見た。続けろ、という目だった。


「優先度を決める必要がございます。守るべき場所を絞る。全部を守ろうとすれば、全部が薄くなります。だから、内側から仕掛けてきた場合に、絶対に守る場所と、そうでない場所を分けます」


「絶対に守る場所とは?」


「民衆が密集している場所でございます。市場、広場、宿場。それと、学園。ヴァルドの組織が内側に入っていたとして、彼らの目的は民衆への被害を出すことではないはずです。ただ、戦闘が大きくなれば巻き込まれます。その可能性を潰します」


ガルシアは少し考えてから、口を開いた。


「学園を守ることに、理由はあるか?」


「ございます。ヴァルドは学園の生徒を、守るべき弱者と認識している可能性が高うございます。ただ、感情的に乱れた組織の構成員が動いた場合、意図しない被害が出ることがあります。過去の事例でも、組織の統制が崩れた時に起きた被害は民間人に向かっております」


「それに」


ルーベルトが、静かに口を開いた。全員がルーベルトを見た。


「学園に生徒を集めて避難させた方がよろしいと存じます。ヴァルドの組織が内部にいる場合、戦闘が始まった際に市街地を歩いている生徒様が最も危険でございます。学園にお集まりいただき、建物の中においていただく方が安全かと存じます」


「そうだな」


セラフィナが頷き、ガルシアが立ち上がりながら話し始めた。


「学園への連絡は今日中にできる。明日の朝から、外出を控えるよう通達を出す。理由は魔物の目撃情報とする。それなら生徒も不審に思わない。この工作をセラフィナに頼もうと思う」


ガルシアが少し口の端を動かした。笑ったのかもしれなかった。それとも考えていただけかもしれなかった。


「セラフィナは昔から嘘の理由を作るのが上手い。」


「実用的なので。」


リュートは二人のやり取りを聞きながら、この親子の関係を少し読んでいた。


感情的な近さはないが、言葉の間合いが近いな。互いに余計な説明をしない。それは、長い時間一緒にいた人間の間合いだ。ただ、一緒にいたのが温かい時間だったかどうかは、この短いやり取りだけでは分からないが。


「話を戻す」


ガルシアが言った。


「外側と内側、両方に対処するとなれば、騎士団の戦力は二分しないといけない。城壁周辺に外側対処の部隊を置き、市街地の要所に内側対処の部隊を散らす。だが、これでは個々の戦力が薄くなると今言った」


「薄くなるのは仕方がないことでございます。その代わり、連絡を早くする必要がございます」


「連絡を早く?」


「どこかで戦闘が始まった瞬間に、他の部隊がそこに向かえる体制を作ります。散らして配置しているのは、感知のため。見つけたら、すぐに報告して、近くの部隊が集まります。そうすれば、個々の戦力が薄くとも、対処できます」


「念話が使える方を連絡役に配置するのが一番早いかと存じます」


ルーベルトが言った。


「念話を使える者は何人いられますでしょうか?」


「騎士団の中に、三人。あと、セラフィナが使える」


「四人でございますか。それなら、城壁周辺に一人、市街地の中央に一人、学園に一人、それと動ける予備に一人。そう配置すれば、どこで何かが起きても他に伝えられます」


ガルシアは少しの間、黙っていた。リュートは黙って見ていた。


この人間がどう判断するかを、見たかった。国の王が、病室で一人の怪我人の話を聞いている。普通であれば、ここで「参考にする」と言って自分の判断を乗せるはずだ。立場がある人間は、そういう動き方をすることが多い。


ガルシアは少し経ってから言った。


「分かった。念話使いの配置はその案を採用する」


乗せなかった。

リュートは少しだけ、この人間の印象を修正した。


「ただし、一つ問題がある」


ガルシアが言った。


「ヴァルド本人だ」


部屋が少し静かになった。


「ヴァルドが動く場所を、作戦の段階では特定できない。組織の構成員に対処できたとしても、ヴァルド本人が動けば、騎士団の通常戦力では対処が難しい。推定戦力はSランク相当だ。それと正面から戦える者が、今この王都に何人いるか?」


セラフィナが静かに答えた。


「父上、私が知る限りでは、ルーベルトとリュート、対人戦だけならアリア嬢もかと」


ガルシアが二人を交互に見た。それから、小さくため息をついた。


「この三名が動けるとして、ヴァルド本人への対処はどう考える?」


「一対一で、正面からやり合うのは不利でございます。彼らの今の状態では特に」


「では?」


「ヴァルドが動く場所を、こちらが誘導できれば話が変わります。ヴァルドが来る場所をある程度絞れれば、そこで待てます」


「どうやって誘導する?」


「ヴァルドは戦闘を民衆に見せたくない、と昨日セラフィナから伺いました。その判断を逆手に使います。人が少ない場所に、私がおります。それがヴァルドに伝われば、ヴァルドはそこに向かう可能性が高うございます」


「つまり、お前を餌にする」


「言い方は悪うございますが、そうでございます」


セラフィナがリュートを見た。何も言わなかった。だが、その目が少しだけ動いた。


「そこで一対一、あるいはセラフィナが加わっての二対一で対処します。他の構成員への対処を騎士団と念話使いに任せている間、私たちがヴァルドを引き受けます。それが現状の最善かと存じます」


ガルシアが立ち上がった。


「分かった。骨格はその案で動く。細部は明日、改めて詰める。セラフィナ、残れ」


「はい」


ガルシアがリュートを見た。


「一つだけ言っておく」


「はい」


「お前がどういう人間かは、まだ判断していない。ただ、今日の話は筋が通っていた。それだけだ」


「ありがとうございます」


「礼を言うな。まだ何も終わっていない」


ガルシアが扉を開けた。騎士三人が後に続いた。扉が閉まった。廊下の足音が遠ざかっていき、病室に静けさが戻った。


リュートはベッドに背を預けた。肩が鈍く痛んでいた。さっきより頭が疲れていた。セラフィナはしばらく扉を見ていた。それから、リュートの方を向いた。


「父上の前で、お前が話したことについて」


「何だ?」


「お前を餌にするという案。私聞いていなかった・・・」


「考えたのが今さっきだったから」


「そういうことを、事前に相談してよね・・・」


「相談する時間がなかった」


「どんな状況でも、相談するのが先だよ」


「そうだな。次は相談する」


セラフィナは少し間を置いた。


「次は相談してもらう。それが条件」


「分かった」


「本当に分かっている?」


「分かっている」


セラフィナはそれ以上言わなかった。椅子を引いて、また腰を下ろした。窓の外はもう暗くなっていた。夕暮れが完全に落ちて、王都の明かりがぼんやりと見えていた。


ルーベルトがずっと黙っていたのが、ここで口を開いた。


「リュート」


「何だ」


「ヴァルドをどう止めるか、まだ分かってない」


「分かってない」


「言葉を用意するって昨日言ってた。どんな言葉か、少し考えてたりする?」


リュートは天井を見た。


まだ、何も出てこなかった。ルグ先生から聞いた話が頭の中にある。ヴァルドは疲れていた。一人で背負いすぎていた。何かが引き留めている。


でも、その先がまだない。


「何を言うかは、会った時に決める」


「それでいいのか?」


「いいかどうかは分からない。でも、会ってみないと分からないことがある。ヴァルドがどんな顔をしているか、その場で見てから決める方がいいと思う」


「根拠があるのか、ないのか、よく分からない判断だな」


「ない。感覚だ」


「感覚か」


「セラフィナには怒られるけど」


セラフィナが少しだけ目を動かした。


「感覚で動くことと、考えずに動くことは違う。その区別がついているなら、感覚を使うことは否定しない」


「区別がついてるかどうかは、俺にも分からない」


「だから余計に相談しろ」


「そうだな」


三人とも、しばらく黙った。


あと四日。

外の明かりが、石畳に細く当たっていた。作戦の骨格は出来た。ヴァルドへの言葉は、まだない。でも今日、この部屋でできることは全部やった。

それで今日は十分だ、とリュートは思うことにした。

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