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穏便

今日から大修正祭始める。

セラフィナを入れた三人でポーカーを終わらせ、ベットで寝っ転がっていた。ふと、リュートは天井を見上げながら、静かに指を折っていた。


「あと五日・・・」


「何が?」


隣のベッドからルーベルトが顔を向けた。


「戦争まで」


「あ~・・・」


ルーベルトは視線を天井に戻した。二人ともしばらく黙った。


ここ数日でいくつかのことが分かった。ヴァルドという男は桁外れに強く、俺が今の状態で戦っても勝てる見込みはない。でも、骨が完全にくっつくまで安静にしろと医者には言われている。このままでは間違いなく詰む。


「ルーベルト」


「どうした?」


「ルグ先生の居場所、分かるか?」


「学校の教員室にいると思うけど・・・なんで?」


「聞きたいことがあるから。ヴァルドを止めた経験がある人間に、話を聞きたいと思って」


「止めた、じゃなくて止められなかった人間じゃないの?」


「それでも、一番近くで見ていた人間だから」


ルーベルトは少し考えてから、頷いた。


「僕も行く」


「お前は退院直前だろ?安静にしてろ」


「リュートだって肩が治りきってないじゃん。あと、一人だと抜け出すのを止められた時に言い訳できないでしょ」


「二人で捕まるより一人の方がマシだろ。」


「どんな理屈だよ。」


「ルーベルトが言い訳を考えるから、後は頼んだ」


「ほんと、人使いが荒いよね・・・」







協力者がいた。

ルーベルトが念話でセラフィナに連絡を取った。事情を話すと三秒で承諾が来た。


セラフィナ(面白そう)


リュート(それだけ?)


セラフィナ(それだけ。)


ルーベルト(え~・・・)


次にセラフィナが見張りに気づかれないルートを調べ、案内してくれた。


セラフィナが調べたルートは、病院の東側の洗濯物置き場を通り、裏口の死角を抜けるものだった。見張りの交代時間と重なるのが午後二時。その前後の十五分が窓の死角になっている。


その隙に、俺は裏口から抜け出した。偽装でルーベルトが土魔法で作った人形をベットに寝かせてある。これなら、しばらくは問題ないだろうな。


裏口を抜けた瞬間、秋の冷たい空気がリュートを包んだ。王都の午後の光が石畳に斜めに当たっていた。


「とりあえず、がんばろ」


リュートはアイテムボックスにある上着を着て包帯を隠しながら、学園へ向かった。





学園のルグの休憩室の前まで来た。

耳を澄ませ、話し声が聞こえないのを確認すると、リュートはルグを読んだ。


「ルグ先生」


少しの間があって、扉が開いた。ルグがいた。ぼさぼさの頭と、ずんだられた格好。それがいつも通りのルグだった。


「はい・・・君はリュート君か」


「俺で悪いか?」


「いいえ。それで何の用ですか?」


「実は・・・」




俺はまず、知っていることを全部並べた。

ヴァルドという男が一週間後に戦争を仕掛けてくること。直接戦って全く歯が立たなかったこと。ルグは黙って聞いていた。


「・・・まず、確認させてください。貴方たちは、ヴァルドと戦うつもりですか?」


「戦うしかないでしょ?」


「それは、覚悟して言っていますか」


「なんとなく言ってるわけじゃないです」


「分かりました。では話します。ただし、これは私の主観が多く含まれます。客観的な事実だけが聞きたいなら、資料を探した方がいい」


「主観でいいです。先生が見た話が聞きたい」


ルグは机の上に両手を組んだ。窓の外の夕暮れが、室内を橙色に染め始めていた。


「ヴァルドは、間違えた方法で正しいことをしようとしている人間です」


「間違えた方法で、正しいこと」


「そうです。弱者を守りたいという動機は本物です。未熟な魔法使いが弱者を傷つけるという観察も、間違えていない。でも、その答えとして排除を選んだことが、間違えでした」


「なぜ間違えだと思うんですか?」


ルグは少しだけ間を置いた。

「・・・エルンストが言った言葉があります。弱者を守る者も、最初は未熟だった、と。その通りだと思います。未熟な者を排除する世界では、成長という現象そのものが消える。ヴァルド自身も、かつては未熟でした。その頃に誰かに排除されていたなら、今のヴァルドはいない」


「でも、ヴァルドはその論理に反論できた」


「できていません。自分がかつて未熟だったという事実から、目を逸らしていたんです。あるいは、気づいていたけど、止まれなかった」


「止まれなかった理由は?」


「疲れていたから、だと私は思っています」


ルーベルトが静かに口を開いた。


疲れていたって、どういうことなんだ・・・?


「一人で背負いすぎていた。弱者を守ることを、自分一人の責任として引き受けすぎていた。限界が来た時に、手っ取り早い答えを探し始めた。それが排除という考えだったと思います」


部屋が静かになった。

エルンスト先生が手元のメモから目を上げた。


「・・・ヴァルドと戦うなら、一つだけ言っておく」


「何ですか」


「力で止めるより、言葉で止める方が難しい。だが、力で止めても根本は変わらない。どちらを選ぶかは、あなたたちが決めることだが」


「言葉で止めることは、できると思いますか?」


エルンストは少しだけ考えた。


「ヴァルドは今でも迷っていると思う。完全に振り切れた人間は、仲間に会いに行かない。彼は会いに行った。それは、まだ何かが引き留めているということだ」


その言葉が、頭の中に入ってきた。何かが引き留めている。


「・・・先生」


俺はルグに向かって言った。


「ヴァルドが一番引き留めたかったのは、何だと思いますか」


ルグは少しの間、動かなかった。それから、静かに答えた。


「それは、私には答えられません。ヴァルドに聞いてください」


「ヴァルドが答えると思いますか?」


「・・・答えないかもしれません。でも、聞かれることには意味があると思います」


俺はそれを聞いて、少しだけ深呼吸した。肩が鈍く痛んでいた。でも、さっきより頭が整理された気がした。


「一つ分かったことがあります」


「何ですか?」


「ヴァルドに勝つためには、力だけ鍛えても足りない。それと同時に、聞く言葉を用意しないといけない」


「そうですね」


「でも、一週間は短い。」


「・・・そうですね」


二人とも、もう少しだけ黙った。


「それで?」


ルグが、表情を少し変えた。声のトーンが落ちた。


「今すぐ病院に戻れますか?」


「はい」


()()()()()、という意味で聞いています。戻るべきかどうかは別として、体力的に」


「歩ければ戻れます」


「では()()()()()()()


「はい。」


「戻ってから」


ルグがゆっくりと立ち上がった。その表情が、教師のそれになっていた。


「戻ってから、今日のことを正直に担当医師に話してください。無断外出による体への影響を確認してもらうこと。それが条件です」


「・・・分かりました」


それ以上は言わなかった。でも、それだけで十分だった。




病院に戻ると、予想通り担当医師に捕まった。


「・・・説明してください」


「抜け出して、学校まで行って、先生と話してきました」


「正直に言えましたね」


「ルグ先生に言われたので」


担当医師はため息をついた。それから俺の状態を確認した。肩の状態が少し悪化していた。俺の退院は一日延びた。


「次は絶対に独断でしないこと」


「分かりました」


担当医師が部屋を出た後、病室に戻った。夕暮れが窓から差し込んでいた。


あと五日。

少しだけ、頭が整理された。それで今日は十分だと思うことにした。






翌日の午後、病室のドアが軽くノックされた。


「入っていい?入るよ?」


ドアが開いた。入ってきたのはセラフィナだった。いつも通り、変装をしている。セラフィナは変装道具をポイッと近くの棚に放り投げた。


「お前・・・もう少し準備とかそう言うのさせてくれませんかね!!!」


「やだ。」


「それに、ルーベルトはまだ寝てるから静かにしてくれ」


「はぁい・・・」


何だよ、その不満そうな返事・・・


セラフィナはリュートの向かいの椅子を引いて、音もなく腰を下ろした。責める気配はなかった。ただ、いつも通りの無表情だった。


「んで、話は?」


「あるよ。先に聞くけどルグの話を聞いて、何か分かった事ある?」


リュートは少しの間、天井を見た。


「ヴァルドは動機の人間だということが分かった。論理で動いていると思ったけど、根っこは感情。そして、疲れている」


「それで?」


「戦うだけじゃ足りない。何か言葉を持っていかないといけない。でも、俺が何を言えるかはまだ分からない」


セラフィナはそれを聞いて、短く頷いた。


「そうそう、私が来た理由もそこに繋がる」


「聞かせてくれ」


「ヴァルドとの戦闘について、一つ条件を出したいと思って。まぁ、父上考案なんだけど・・・」


リュートはセラフィナを見た。


「できる限り、民衆や学園の生徒に気づかれないようにすること。でも、誰かに見られた場合、あるいは戦闘が大規模になった場合は、この件は公開すること」


「公開、とは?」


「ヴァルドが何者であるか。何を目的に動いているかを、王都全体に知らせ、騎士団を動かす。そうなれば、ヴァルドの組織も動きにくくなるだろうし」


「できれば静かに終わらせたいということか?」


「そゆこと。派手にやれば民衆が巻き込まれてから、学園の生徒がわんさか出てくる。その中で戦えば、ヴァルドの組織も抑止が利かなくなる可能性があるし、それはヴァルドも望んでいないはず」


リュートは少し考えた。


「分かった。とりあえず、その条件は受ける」


「いい子だね~」


「あ?」


セラフィナはそこで一度、口を閉じた。用件は終わった、という空気だった。立ち上がる気配が少しした。でも、立ち上がらなかった。


リュートはそれを見て、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「一つ聞いていいか?」


「何?」


「なんで俺の傍にいるんだ、セラフィナは」


セラフィナが静かにリュートを見た。


「どういう意味?」


「俺みたいな人でなしの側にいる理由があるかと思って。まぁ、お前も十分、人でなしだけど・・・」


「あ?焼くぞ?」


「こわ。」


セラフィナはしばらく無言だった。考えているというより、どう言うかを決めているような間だった。


「う~ん・・・例えば、普通の執事や騎士を側に置くとする」


「はいはい」


「その場合、私への暗殺の試みで、側近が死ぬ確率と、重傷を負う確率を計算したことがあって」


「幾つだ?」


「状況によって変わるけどさ、年間で見ると側近の平均生存率は六割を下回る場合が多かったんだよね・・・」


リュートはしばらく黙った。


「それで?」


「んで、リュート・・・お前は今まで、死んでいない」


「・・・え?それだけ?」


「それだけ。」


セラフィナは静かにそう言った。極めて事務的な口調だった。まるで、とても合理的な選択をしたという話をしているような顔だった。


リュートは少し目を細めた。


「それ、普通に怖い理由・・・」


「合理的な理由って言ってくれると嬉しいんだけどな~」


「合理的すぎて引くわ。」


「そう?」


「そう。」


セラフィナは答えなかった。ただ、わずかに口の端が動いたような気がした。動いていないかもしれなかった。


「まあ・・・それが理由なら、死なないようにしないとな」


「当然。死ぬなよ?死んだら殺す」


「言い方」


「正確な表現だと思うけど」


「え~・・・」


リュートはため息をついた。肩が少し鈍く痛んだ。


「まぁ、どっちにしろ今は死なないし、死ぬ理由はないからな・・・」


「よし。」


「え?」


セラフィナが立ち上がり、放り投げた変装道具を持って、それをつけた。


「じゃあ、用があったらまた遊びにく」


扉が閉まった。廊下の足音が、静かに遠ざかっていった。


リュートはベッドに背を預けた。

セラフィナの言葉が、頭の中でまだ少し残っていた。死なないことが、誰かにとっての理由になっている。

それが妙に重かったが、悪くはない重さだと思った。

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