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【閑話】 観測王の報告

カクヨムでも投稿しようかな?

ヴァルゼン帝国の首都、その中心部にある聖騎士団の団長室は、午後の日差しが入りにくい構造になっている。


北向きの窓。石造りの厚い壁。外の音が届かない静けさ。レティシアがこの部屋を団長室にしたのは、そういう理由だった。考えるために静けさが必要で、日差しは邪魔だ。世界律がうるさい頭の中に、外の音まで入ってくれば、それだけ処理が追いつかなくなる。


書類が机の上に三束ある。


一束は今週の騎士団の巡回報告。一束は国境付近で確認された不審な魔力の記録。もう一束は、帝国内に設置された封印の点検記録だ。最後の一束は自分しか読まない。覚醒勇者として担当している封印の状態を、自分自身で記録しておく習慣が卒業以来続いていた。


レティシアは書類に視線を落としたまま、頭の中の声を半分だけ聞いていた。


世界律はいつも何かを言っている。封印の状態、エネルギーの残量、各地で感知された魔力の歪みの位置。それが途切れることなく流れ込んでくる。うるさい、と思うことは今もある。ただ、慣れた。慣れたことと、好きになったことは違うが。


書類に署名を入れた。


次の書類に移ろうとした時、扉がノックされた。


「入れ」


「失礼します」


入ってきたのは副団長のマリウスだった。三十代の、剣だこがある実直な男で、レティシアが団長になった時から副団長を務めている。


「面会の方が来ています。事前の予約はないのですが、どうされますか?」


「誰?」


「ユリウス・ノインからです」


レティシアは書類から顔を上げた。


「通せ」


「よろしいので?」


「いい」


マリウスが扉を閉めた。足音が廊下を遠ざかる。レティシアは書類を机の端に寄せ、背もたれに体を預けた。


ユリウス・ノイン。

本名はユーラー・ユーリー。皇権極秘執行四統部の観測王。レティシアが裁定王という裏役職についてから、ずっとヴァルドの情報収集をしてくれている男だ。 その男が、今日ここに来た。


扉がまたノックされた。


「どうぞ」


「お邪魔します、レティシア団長」


入ってきた男は、完璧な笑顔だった。絵画に描かれた聖人のような、計算も感情も読めない笑顔。超イケメン、という印象よりも、その笑顔の整いすぎた感じが気になった。服装は旅装束で、剣は携えていないが、腰に短剣が一本ある。


「久しぶりだな」


「ご無沙汰しています。お変わりなく」


「座れ。それで、進捗は?」


ユリウスはそれを聞いて、少しだけ笑みを深めた。


ユリウス椅子を引いて、向かいに座った。その後、組んだ手を机の上に乗せた。笑顔は変わらなかったが、声のトーンが少し下がった。


「オルディナシス王国に、しばらく滞在していました」


「知っている。皇帝から聞いた」


「陛下がもう既に言ってたのかよ・・・サプライズとか、したかったんだけどな・・・」


「話を続けろ」


「はい。先日、オルディナシス王国に対して、正式な宣戦布告が届きました」


部屋が静かになった。窓の外で、遠くに鳥の鳴き声がした。それが消えた後、静けさだけが残った。


「ヴァルド?」


「そうです。ヴァルドがルグと接触した際に宣戦布告を。その後、ヴァルド・ハルウスの名義で、王都のガルシア王のもとに届きました。形式としては、王国宛の書状で、内容は五日後に戦争を仕掛けることを予告するものです」


「五日後」


「はい。書状が届いた時点での話ですから、現在では四日から三日ほどかと」


レティシアは天井を一瞬だけ見た。

頭の中で世界律が何か言いかけた。それを半分だけ聞いた。封印の状態に異常はない。ヴァルドがどこにいるかは、今の自分には分からない。世界律が教えてくれるのは封印の状態だけだ。


「絶魔教団の規模は把握しているか?」


「おおよそは。構成員は三十名を超えています。ただし、全員が前線に出るわけではないはずです。後方支援、情報収集の役割を持つ者もいる。実戦に出てくる可能性があるのは、二十名前後と見ています」


「ヴァルド本人の現在地は?」


「それは把握できていません。組織の動きは追えていますが、ヴァルド本人はここ数日で追跡が難しくなっています。意図的に気配を絞っているのか、あるいは既に王都周辺に潜入しているのか」


「後者の可能性が高いと私は思う」


「俺も同じ判断です」


ユリウスは言いながら、レティシアの顔を見た。値踏みでも観察でもない、ただ見ている、という感じの目だった。


「オルディナシスは対応していると思いますが、貴方はどうされますか?」


「帝国から動く。聖騎士団に外国への出動許可を下ろしてもらう手続きは既に進めていた」


「手続きが完了していなくても、貴方は動く気ですね。」


「ヴァルドの案件だから。」


レティシアは少し目を細めた。


「観測王というのは、そこまで見るのか」


「仕事なので。それに、貴方を見ていれば、そう読むのは難しくないですよ。卒業した時から、ヴァルドを探すと言っていた。その為に団長になった。手続きの完了を待つとは思えない」


「そうだね・・・何で知ってるの?」


「俺は色んな所に居ますよ。」


あっさり認めたレティシアを見て、ユリウスは笑みを保ったまま少し目を動かした。


「一つ聞いていいですか?」


「何」


「ヴァルドを止めるつもりで動くのか、それとも会いに行くつもりで動くのか?」


レティシアは少しの間、黙った。

窓の外で、また鳥の声がした。今度はもう少し近かった。


「その区別は意味があるか」


「あると思います。止めるために動く人間と、会いに行くために動く人間は、現地での判断が変わる。どちらで動くかによって、貴方が取れる選択肢が変わる」


「両方だ」


「両立はできますか」


「できるかどうかは分からない。でも、どちらかだけで動くつもりはない」


ユリウスはそれを聞いて、少しだけ間を置いた。


「難しい立場ですね」


「分かっている」


「世界律は何と言っていますか」


レティシアは少し止まった。


この男は世界律の存在を知っている。皇権極秘執行四統部という組織がどこまで知っているのか、その全貌は把握していない。ただ、観測王という肩書きを持つ人間が知らないはずがない、という判断は自然にできる。


「うるさい」


「何を言ってくるんですか」


「今はそれだけ教える」


ユリウスはそれを聞いて、また笑みを深めた。笑みの意味が読めないのは相変わらずだった。


「分かりました。報告は以上です」


「ご苦労だった」


ユリウスが立ち上がりながら、少しだけ間を置いた。


「それと・・・一つだけ、余談をよろしいですか」


「言え」


「私の仕事は観測することで、干渉することではありません。ただ、観測している側からすると、ヴァルド・ハルウスという人間は、今でも迷っています」


レティシアは無言でユリウスを見た。


「宣戦布告した人間が迷っているというのは矛盾しているかもしれませんが、私にはそう見えます。止まりたくなることと、止まれないことが、あの人間の中で同時に存在している。それは私の観測上の所見ですが、参考になれば」


「何故それを言う?」


「言わない理由がなかったので」


「観測王が情報を無償で提供するとは思えない」


ユリウスは笑みを崩さなかった。


「無償ではありません。貴方が今後どう動くかを観測することが、私の報酬です」


レティシアはしばらくユリウスを見てから、短く言った。


「正直だな」


「嘘をついても意味がないので」


扉が開いて、ユリウスが出た。


廊下の足音が遠ざかっていった。


レティシアは椅子に背を預けたまま、天井を見た。


ヴァルドが宣戦布告した。四日から三日以内に戦争が始まる。ルグとエルンストはオルディナシスにいる。セレナとティオは文通を行っているが、現在の居場所が分からない。


頭の中で世界律が、また何かを言い始めた。


「分かってる」


小声でそう言ってから、机の上の書類を手に取った。


帝国騎士団団長として動くための書類と、覚醒勇者として動くための判断。その二つを同時に処理しながら、一つだけ頭の中に残っていることがあった。


止まりたくなる、とヴァルドは言っていた。それはまだ変わっていない、とユリウスは言った。どちらが止まらせるかは、まだ分からない。


でも、今夜中に帝国を発てる準備は整えておく。それだけは決まっている。レティシアは書類に視線を落とした。


窓の外で、鳥の声がまた聞こえた。今度は少し遠かった。

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