選択肢
今日は話が短いです
「まず聞きたいんだけど・・・」
アラドは草地に座ったまま、ヴァルドを見上げた。
「貴方、今何か悩んでるでしょ?」
「何故分かった?」
「気配。何か大事なことを考えてる気配がした。それも、ずっと考えてて、答えが出てなくて、しかも答えを出すのが怖~い感じの気配」
「・・・」
「当たってる?」
「続きを話せ。お前が話したいことがあると言ったはずだ」
「華麗にスルーされたし。」
アラドが膝を抱えながら、話し始めた。
「私ね、今ある研究をしてるんだよ。協力者がいて、二人で進めてる。その協力者が誰かは言えないんだけど、それなりに優秀な人だから信頼してる」
「どんな研究だ?」
「魔物の発生を止める研究。正確には、魔力の歪みそのものを根本から解消する方法の研究」
ヴァルドは少しだけ眉を動かした。
「歪みを解消する方法が、今はないのか」
「勇者や覚醒勇者が安定させることはできる。でもそれは一時的なものだし、勇者や覚醒勇者がいない場所では対処できない。根本から歪みが発生しない状態にする方法は、まだ確立されていない。でも、今のところいくつかのプランがあるんだけど、聞く?」
「聞く」
アラドが指を一本立てた。
「一つ目。歪みの発生源を特定して、発生源ごとに封印の仕組みを作り出すこと。
地面に埋まってる魔力の溜まり場みたいな場所が、歪みの発生を促進することが分かった。そこに事前に封印をかけておけば、歪みが蓄積されにくくなるんだよね。
でも、場所の特定に時間がかかるし、全部の場所に対処するのは現実的じゃないんだよね・・・」
「二つ目は?」
「二つ目。魔力制御の技術を広めること。
魔法使いだけじゃなくて、戦士とか剣士とか、魔力を持つ全ての者に基礎的な制御訓練を義務付ける。歪みを作りにくい体質に近づけることができれば、発生する魔物の数が減るけど、これも時間がかかる。一世代か二世代はかかるかもしれないからね」
「三つ目は」
「三つ目。魔力という人類の呪いを取り払うこと。
人類すべてが魔力を捨てたら、魔法使いはおろか、魔法の歴史がすべて消え失せてしまうけど、これが確実に魔物の発生を減らす。それどころか、魔物が一章発生しなくなるかも。
そのケースだっていたしね。例えば、君たち全員を一度殺したレインが其れに当たる。でも、何故MPが0になった人間が生まれたのは未だ分からない。
ま、MPが極度に少ない奴からも魔物は発生しないらしいから、完全に取り払わなくてもいいかも」
アラドはそこで一度口を止めた。
「この三つが今研究中のプランで、どれか一つじゃなくて全部同時に進めたいと思ってる。で、どれも二人じゃできないから、協力者を探してる」
「それで、俺に話しかけたのか?」
「そう。あなたの気配が、この研究に関わる可能性がある人の気配だったから」
「俺が魔力の歪みを発生させやすい側の人間だから、ということか」
アラドが少しだけ目を細めた。
「知ってたんだ、自分で」
「最近、指摘された」
「そっか。うん、そういう理由もある。でもそれだけじゃなくて、あなたが弱者を守ることを考えてる人だから、というのも大きい。この研究は最終的に、弱者が魔物に殺されない世界を作ることに繋がるから」
ヴァルドは少しの間、黙っていた。
空が完全に橙色になっていた。山脈の稜線が、暗くなり始めていた。
「もう一つ聞いていいか?」
「ど~ぞ」
「歪みを発生させやすい者を排除するという考えについて、お前はどう思う」
アラドが少しだけ顔を上げた。
「排除、というのは・・・」
「殺すということだ」
静かになった。風が草を揺らした。遠くで鳥の声がした。
アラドは少しの間、何も言わなかった。ヴァルドを見ていた。
「・・・昨日、そういうことを考えたの?」
「・・・考えてた」
「正直だね」
「言わなくても意味がない」
「そっか」
アラドは膝を抱えたまま、少し考えるような顔をした。
「率直に言うと・・・その考え、案としては悪くない」
ヴァルドが少し動いた。
「悪くないと言ったか?」
「うん。論理としては成立してる。歪みを発生させやすい者を排除すれば、魔物の発生は減る。弱者が魔物に殺される確率は下がる」
「・・・」
「でも、没だね」
「理由は?」
「効率が悪い」
ヴァルドはアラドを見た。
「効率が悪い、とはどういう意味だ」
「歪みを発生させやすい者が全員、ずっと歪みを発生させやすいままかどうか分からない。制御訓練で改善する者もいる。若くて未熟なだけで、時間が経てば問題なくなる者もいる。その全員を殺したら、将来的に歪みを発生させなかったはずの人間まで排除することになる」
「取り越し苦労のリスクがある、ということか」
「そう。それに、その考え方でいくと対象がどんどん広がる可能性がある。未熟な魔法使いだけじゃなくて、感情が安定しない者とか、魔力が不安定な者とか、排除の基準が曖昧だから際限がなくなる。その際限のなさが、最終的に目的と手段を逆転させる。
弱者を守るために始めたはずが、弱者を排除することになる。可能性として、それが一番怖い」
ヴァルドは黙っていた。アラドの言葉を、頭の中で確認した。
効率が悪い。取り越し苦労のリスクがある。際限がなくなる可能性がある。目的と手段が逆転する。
感情的な否定ではなかった。ただ、理由を挙げて、没にした。
「お前は、殺すことを否定しなかった」
「うん。殺すこと自体は否定しなかった。でも、この場合は有効じゃないと判断した。それだけ」
「・・・」
「あなたが昨日考えたことは、おかしい考えだと思う?」
「おかしい考えだと思った」
「そうかな、私はそう思わない」
「何故だ?」
「弱者を守ろうとして、そのためにどこまでできるかを考えたんでしょ。その先に出てきた考えだから、根っこは同じだよ。ただ、方向が歪んだだけ。根っこが腐ってるわけじゃない」
ヴァルドは返事をしなかった。
「方向が歪む原因は分かる?」
「魔力の制御が崩れていた。感情が混じっていた」
「うん。でも、それだけじゃないと思う」
「他に何がある」
「疲れてたんじゃない?」
ヴァルドは少し動きを止めた。
アラドが続けた。
「弱者を守ることを一人で背負ってると、限界が来る。その限界が来た時に、手っ取り早い答えを探し始める。昨日の考えは、そういう考え方だと思うよ。全部排除すれば問題が消える。それは疲れた人間が出しやすい答えだね」
「・・・」
「疲れてる?」
「分からない」
「正直だね」
「嘘をついても意味がない」
アラドが少し笑った。布越しでも、目の形が変わったから分かった。
「あなたって面白いね。すごく頑固なのに、正直だ」
「頑固と正直は矛盾しない」
「そうだね。」
しばらく、二人とも黙った。
夕暮れの色が、どんどん濃くなっていた。空の端が紫に変わり始めていた。
「話を戻すと、さっきの三つのプラン、あなたに関わってほしいことがある。特に二つ目、魔力制御の技術を広めることについて。あなたみたいに、強大な魔力を持ちながら制御と向き合っている者がいると、同じ立場の者に対して説得力が違うからね」
「俺が見本になれ、ということか」
「・・・」
「返事は今日じゃなくていいよ。考えといて」
アラドが立ち上がった。草についた埃を払いながら、布を整えた。
「最後に一つだけ言う」
「何だ」
「貴方は今、二つの考えを持ってる。弱者を守るために戦う、という考えと、弱者を守るために排除することも辞さない、という考え。どちらを選んでも、あなたの自由だ」
「自由・・・か・・・」
「そう。私はどちらかを押しつける気はない。ただ、どちらを選ぶにしても、自分で選んでほしい。疲れたから、あるいは魔力が乱れたから、そういう理由で流されて選ぶんじゃなくて」
「自分で選べ、ということか」
「うん。どっちを選んでも、貴方は貴方だよ。選んだ後で間違えたと思ったら、また選び直せばいい。一回選んだら終わりじゃない」
ヴァルドは何も言わなかった。
アラドが背を向けて歩き始め、街道から外れて、山の方へ向かっていった。その足音は、とても軽かった。
「会うかもしれないいから、その時は、返事を聞かせて」
アラドの姿が、夕暮れの中に消えていった。ヴァルドは街道に立ったまま、しばらくそちらを見ていた。
頭の中に、昨夜の考えは消えていなかった。ただ、昨夜よりは輪郭が少しはっきりしていた。
おかしい考えだ。それは変わらない。
でも、アラドはそれをおかしいとは言わなかった。効率が悪いと言って、没にした。その言い方が、何故か引っかかった。否定されるより、没にされた方が、頭に残る感じがした。
馬に乗り、北に向かって、歩き始めた。
空が完全に暗くなっていた。星が出始めていた。




