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役目

翌朝、夜明けの光が砦の窓から差し込んだ時、レティシアはまだ起きていた。


眠れなかったわけではない。眠ろうとしたが、頭の中の声が邪魔をした。世界律は夜中も話しかけてくる。封印の状態、エネルギーの残量、次にやるべきこと。静かになる時間がない。


・・・うるさい。


心の中でそう言った。しかし、世界律は気にせず、引き続き話しかけてきた。


レティシアは壁に背を預けたまま、部屋の中を見渡した。

全員、眠っていた。セレナが毛布に包まって丸くなっている。ティオとヴァルドは壁際でそれぞれ背を預けて眠っていた。エルンストは床に直接横になっていた。クロカワは荷物を枕にしていた。ルグだけは、少し離れた場所でまっすぐ座ったまま眠っていた。


全員が、昨夜死んで、戻ってきた。

今こうして、眠っている。


・・・よかった。


素直にそう思えた。昨夜はそれを思う余裕もなかったが、今は思えた。

ただ。


全員が眠っていて、レティシアだけが起きている。その事実が、何かを示している気がした。言葉にはならなかったが、胸の中に引っかかるものがあった。


朝食を終えてから、全員が作戦会議室に集まった。

ラズロイも戻っていた。今度は酒瓶を持っていた。一口飲んでから、椅子に腰を下ろした。


「昨夜の続きを話す。レイン、三界滅業会(さんかいめつごうかい)、そしてこれからの動き方についてだ」


「レインはまだ気絶していますか?」


「実は、もう既に消えていたんだ」


逃げられたか。あの時とっ捕まえて、此処に拘束しとけばよかった。


「砦の外を確認しに行ったら、俺が眠らせた場所に誰もいなかった。目を覚まして、自分で歩いて去ったんだろう」


「思ったより早く回復したのか」


「お前が眠らせた時間がどれくらいだったか分からないが、MP0の人間は魔力系の干渉を受けても回復が早い可能性がある。それも今回分かったことの一つだ」


レティシアはそれを聞いて、少しだけ考えた。


・・・また会う、とレインは言っていた。次は手加減しない、とも。


「次に来た時の対策を考えないといけないね」


セレナが言った。首の周辺をさりげなく押さえながら。かすれた声がまだ戻っていなかった。


「対策といっても、MPが0の相手に魔法は通らない。物理で対処するしかない」


「物理で今夜あれほどやられたのに?」


「今夜は神聖魔法が通った。覚醒勇者になったレティシアが、また接触して眠らせることができるかもしれない。ただし、次は相手も分かっているから同じ手は通じない可能性が高い」


エルンストが静かに言った。


「つまり、レインの問題は基本的にレティシアが対処することになる」


「そうなるかもしれない」


「お前以外には対処できない相手だ、ということだ」


部屋の中が少し静かになった。

レティシアはその言葉を聞きながら、何も言わなかった。


エルンストが言ったことは事実だ。MP0の相手に魔法は通らない。神聖魔法が通るのは覚醒勇者だけだ。つまり、この七人の中でレインに有効な手段を持つのはレティシアだけということになる。


・・・それは、分かってる。


三界滅業会(さんかいめつごうかい)についても話す」


ラズロイが続けた。


「昨夜撤退したが、また動いてくる。彼奴らの目的は世界律の崩壊だ。封印が安定した今、直接的な手段は取りにくくなったが、別の方法を探してくる可能性がある。覚醒勇者であるレティシアを狙ってくることも考えられる」


「覚醒勇者が死ねば封印が不安定になる、ということですか」


「そうだ」


「つまり、今後は私が狙われる可能性がある」


「そうだ」


「分かりました」


レティシアはそれを事実として受け取った。感情は、特にわかなかった。世界律がうるさいせいで、感情の声が聞きにくくなっている部分がある。それがいいことかどうかは、まだ分からなかった。


「それと、もう一つ話しておきたいことがある」


ラズロイが全員を見渡した。


「魔物の発生についてだ。昨夜エルンストが言ったことに関連する」


「魔力の歪みから魔物が発生する件ですか」


「そうだ。今朝、砦の周辺を確認してきた。昨夜感じた気配の場所に行ってみたが、魔物はいなかった。ただ、地面に歪みの痕跡があった。魔物が発生しかけて、発生しきらなかった状態の痕跡だ」


「発生しきらなかったのはなぜですか」


「封印が安定したことで、周辺の魔力が落ち着いた可能性がある。ただ、条件が揃えば今後も発生しうる」


「条件というのは、昨夜エルンストが言っていたことですね。強大な魔力を持ちながら制御が不安定な者の周辺で発生しやすい」


「そうだ。この問題に対する根本的な解決策として、俺は一つ考えていることがある」


ラズロイは少しの間、酒瓶を見てから、続けた。


「魔法使いの育成だ」


「育成?」


「魔力制御が完璧な魔法使いの周辺では、歪みがほとんど出ない。逆に言えば、優秀な魔法使いが各地に存在することで、歪みを発生させやすい者の周辺に配置し、歪みを抑えることができる可能性がある。特に、駆け出しの魔法使いを育て、実力を底上げすることで、この問題に対処できるかもしれない」


「つまり、魔法使いの数を増やして、歪みが起きやすい場所に配置する」


「そうだ。特に、強大な魔力を持つ剣士タイプの周辺には、優秀な魔法使いの存在が抑止力になる」


レティシアはその言葉を聞きながら、何かが引っかかった。

言っていることは理解できる。魔力の歪みが問題なら、その歪みを抑えられる存在を用意する。それは合理的に聞こえる。でも・・・


・・・何かが、おかしい。


言葉にしようとして、うまくまとまらなかった。


「つまり、ヴァルドの問題への対処として魔法使いを育てるということですか」


エルンストが確認するように言った。


「それも含む。ただ、より広い話だ。この世界全体の問題として、魔力の歪みによる魔物発生は今後も起きうる。その対策として、魔法使いの育成は有効だ」


「育成する対象は?」


「駆け出しの魔法使いを中心に、素質のある者を選んで訓練する。バルガファルイス養成学校の枠を超えた形で、より広く育成の仕組みを作ることを考えている」


「その育成に、私たちも関わる、ということですか」


「封印が安定した今、お前たちには動ける状況がある。関わってほしい、という話だ」


ヴァルドはその会話を黙って聞いていた。

特に何も言わなかった。でも、レティシアはヴァルドを横目で確認した。その顔に、普段のような剥き出しの感情はなかった。何かを飲み込んでいるような、少し重い顔だった。


・・・何を考えている。


「一つ聞いていいですか」


レティシアが口を開いた。


「なんだ」


「魔法使いを育てて配置するというのは、歪みを抑えるための手段ですよね」


「そうだ」


「その歪みを発生させている側の人間は、どうなりますか」


「訓練で制御を改善できれば問題は解決する」


「改善できなかった場合は?」


「その時のための魔法使いの配置だ」


「つまり、歪みを発生させやすい者は、魔法使いに管理される側に回る可能性があるということですか?」


ラズロイは少しだけ間を置いた。


「言い方の問題だ。管理ではなく、補助だ」


「言い方の問題ではないかもしれません」


部屋の中が静かになった。

セレナがレティシアを見た。エルンストがレティシアを見た。ルグも見た。


「どういう意味だ?」


「魔法使いを優秀に育てることは、否定しません。歪みへの対処として有効なのも分かります。でも、歪みを出しやすい者が常に魔法使いの補助を必要とする状況が当たり前になれば、それは補助ではなく、監視に近い形になっていく可能性があります」


「それは拡大解釈だな」


「そうかもしれません。でも、今の話を聞いた時に最初にそう感じました。感じたことは言っておきたかったので、言いました」


ラズロイはレティシアを見た。その目が、少しだけ細くなった。否定でも肯定でもない、読みにくい表情だった。


「お前は覚醒してから、随分はっきり物を言うようになったな」


「元々はっきり言う方だったと思います」


「以前よりさらにだ」


「世界律がうるさいので、余計なことを考える余裕が減った分、思ったことが直接出やすくなっているかもしれません」


「・・・そうか」


ラズロイはそれ以上は言わなかった。

ヴァルドがその会話を、ずっと黙って聞いていた。

会議が終わり、全員が部屋を出た後、廊下でセレナがレティシアの隣に来た。


「さっきの話」


「うん」


「レティちゃんが言ったこと、私も少し思った」


「そう」


「でも、うまく言えなかった。ちゃんと言えてよかったと思う」


「言わなくてよかったかもしれないけど」


「なんで?」


「先生の考えを否定した。それが正しいかどうかは、まだ分からない」


「否定したんじゃなくて、疑問を出したんじゃないの?」


「そうかもしれない」


「レティちゃん、昨夜から少し変わった気がする」


レティシアはセレナを見た。


「どう変わった?」


「なんか、遠くなった気がする」


セレナは少し迷ってから、それだけ言った。責めているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。ただ、正直に言った、という感じの言い方だった。


「・・・そう」


「うん。遠くなった。でも、レティちゃんはレティちゃんだと思う。それは変わってない」


「そうかな」


「そうだよ」


セレナはそれ以上言わなかった。廊下の先に歩いていった。レティシアは壁に背を預けて、一人になった。


遠くなった、とセレナは言った。

自分では分からない。自分の中にいると、自分がどう見えるかは分からない。ただ、世界律が常に話しかけてきて、覚醒勇者としての役割が常に頭の中にある状態が続いている。その中で、昨日と同じように誰かと話すのが、少しだけ難しくなっている感覚はあった。


・・・遠くなった、か。


頭の中で世界律が、また何か言いかけた。


「うるさい」


小声でそう言った。


世界律は気にせず、続けた。


その日の午後、砦の地下を改めて確認していた時に、ヴァルドがレティシアに話しかけてきた。

廊下で、二人きりだった。


「さっきの話」


「どの話?」


「ラズロイへの」


「うん」


「俺のことを指して言ったのか」


レティシアはヴァルドを見た。


「全体の話として言った。でも、一番当てはまるのがヴァルドだということは、分かって言った」


「正直だな」


「包んでも意味がない」


ヴァルドは少しの間、石の壁を見ていた。


「俺が魔物を発生させる可能性がある、というのは、昨夜から考えていた」


「そうだろうと思った」


「制御の訓練が必要なのも分かっている。エルンストが言った通りだ。ただ」


「ただ?」


「俺は、感情を切り離して動くことが正しいとは思っていない」


「私もそう思う」


ヴァルドが少し驚いたような顔をした。そういう表情をヴァルドがするのは珍しかった。


「ラズロイへの話とは矛盾するか」


「しない。感情を切り離すことと、感情と魔力の連動を切り離すことは、別のことだと思ってる。セレナちゃんとティオさんが死んで怒ること自体は、おかしくない。その怒りが魔力の歪みになることが問題なんだ。怒らなければいいということじゃない」


「・・・なるほど」


「ラズロイ先生の案に引っかかりを感じたのも、その理由から来てるかもしれない。魔法使いで補助するという発想は、根本的には感情が制御できない者を外から管理する発想に繋がりやすい。それが嫌だと感じた」


「俺も同じことを思ったが、言わなかった」


「なんで?」


「俺自身が対象だから。自分のことを自分が言うのは、説得力がない」


「私が言った方が良かったと思う?」


「そうは言っていない。ただ、言ってくれてよかったとは思った」


レティシアはその言葉を聞いて、少しだけ黙った。

昨夜から何かが遠くなったような感覚がある。世界律のせいで、頭の中が常に占有されていて、誰かと話すことへの集中が以前より薄くなっている気がする。

でも、今ヴァルドとこうして話していることは、以前と変わらない感じがした。


「一つだけ聞いていい?」


「何だ」


「今、魔力の状態はどうだ」


「昨夜よりは落ち着いている」


「落ち着かせるために、何かした?」


「何もしていない。ただ、眠った」


「眠れたのか」


「少し」


「そうか」


「お前は?」


「眠れなかった。世界律がうるさいから」


「ずっとか」


ヴァルドは少しの間、レティシアを見た。


「遠くなった、とセレナが言ってた」


「聞こえてたのか」


「廊下だったから」


「・・・そうか」


「俺には、遠くなった気はしない」


「そう?」


「ただ、お前が今重いものを持っていることは分かる。前よりも重いものを。それだけだ」


レティシアはヴァルドの言葉を聞いて、少しの間、返事をしなかった。

頭の中で世界律がまた話しかけてきた。封印の状態を確認しろ、エネルギーの残量を把握しろ、次にやるべきことはこれだ、と。


「・・・うるさい」


「俺がか」


「違う。世界律が」


「そうか」


「ヴァルドの話は聞いていた」


「分かっている」


二人は少しの間、廊下の石の壁を並んで見ていた。

砦の外から、風の音が聞こえた。山脈の風だ。遠く、稜線の向こうから来る風の音だった。


「これから、どうなると思う」


ヴァルドが言った。


「分からない。世界律が色々言ってくるけど、全部が正確かどうかも分からない」


「お前自身はどう思う」


「まだ、まとまっていない。ただ」


「ただ?」


「昨夜ルイスを助けられなかった。それは今も胸の中にある。世界律がうるさくて感情の声が小さくなっているけど、それだけは消えていない」


「そうか」


「ヴァルドは?」


「俺も同じだ」


それきり、二人とも黙った。

廊下の石が、冷たかった。山の昼間でも、砦の内部は冷えている。その冷たさが、足元から伝わってきた。


世界律が、また話しかけてきた。

レティシアはこの時だけ、少しだけ従うのを後回しにした。

今はまだ、此処にいていいと思ったから。

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