安定
砦の中に戻った。ラズロイ先生を含む先生たちが倒れていた。祭壇の階段を降りた。部屋の中に、全員が倒れていた。セレナ、ティオ、エルンスト、ルグ、クロカワ、ヴァルド。六人全員。
皆、生き返生き返らせている。呼吸も安定している。だけど、意識が目覚めない。
しばらく様子を見ていると、ラズロイが目を開けた。
「・・・なんだ、お前は。あと、酒は?」
「レティシアです。先生の生徒。酒は砦の食糧庫にあります。」
「そうか。・・・なんで生きている。俺もお前も死んだはずだ」
「世界律に選ばれました」
「・・・覚醒勇者か」
「そうみたいです。それが何なのかは分かりませんけど」
ラズロイは少しの間天井を見ていた。それから起き上がろうとして、体がうまく動かず、壁に背を預けた。
「俺が死んだのも分かっているな」
「はい」
「それでも生き返らせたか?」
「はい」
「何故だ?」
「先生が生きていた方が、色々と都合がいいので」
「それだけか」
「・・・それだけじゃないですけど、言葉にするのが面倒なので」
ラズロイは少しだけ表情を動かした。笑ったのかもしれなかった。
「相変わらずだな」
「そうですか?」
「そうだ。」
レティシアは立ち上がった。エネルギーの消耗が、体の重さとして感じられた。動けないほどではない。でも、普段より確実に重い。
「砦の外に、レインが倒れています。依頼主の集団がいた天幕も、砦の南側にあります」
「依頼主は?」
「まだいるかもしれません。確認していない」
「そうか。俺が行く」
「先生、体は」
「死んで戻った直後でも動ける程度には頑丈に生きてきた。心配するな」
ラズロイは壁を伝って立ち上がり、廊下を歩き始めた。手に酒瓶がなかった。それが今の状況を、言葉より正確に示していた。
レティシアは祭壇の部屋に戻った。
六人が、それぞれ意識を取り戻しかけていた。
セレナが目を開けた。視線が定まっていなかった。それから、ゆっくりと部屋の天井を見て、隣にいるティオを見て、レティシアを見た。
「・・・レティちゃん?」
「うん」
「私、死んでた?」
「死んでた」
「マジ?」
「ティオさんも、エルンストも、ルグも、クロカワも、ヴァルドも全員死んでた」
「全員?!」
「全員」
セレナは起き上がろうとして、腕が震えてうまくいかなかった。死んで戻った直後の体は、まだ動き方を思い出せていないらしかった。
でもよかった。セレナちゃんがちゃんと生き返ってくれて。これなら、多分みんな生き返るかも。
「レティちゃんは何で生きてるの」
「世界律に選ばれた」
「何それ」
「覚醒勇者になった。詳しくは後で話す。今は全員の状態を確認したい」
「・・・分かった」
エルンストが静かに起き上がった。自分の手を見て、胸を見て、頭を触った。それから周囲を確認して、一言だけ言った。
「死んでいたんだな」
「そう」
「世界律のエネルギーで蘇生した、か。理論上は可能だが、実際に見るとは思わなかった」
「うるさいのが役に立った」
「うるさい?」
「頭の中で世界律がずっと話しかけてくる。それがうるさい」
「・・・それが覚醒勇者の状態か」
「そうみたい。慣れるかどうかは分からない」
ルグが起き上がりながら、静かに周囲を見渡した。自分の傷が塞がっていることを確認して、それからレティシアを見た。
「蘇生に、どれくらい消耗しましたか?」
「少し」
「正直に」
「・・・ほんとに少し」
「一応聞きます。今すぐ動ける状態ですか?」
「動ける。ただ、普段より重い」
「無理をしないでください」
「分かってる」
ヴァルドが頭の傷が塞がっていることを確認しながら立ち上がった。レティシアを見た。その目が、いつもと少し違う何かを読んでいた。
「お前が、やったのか」
「そう、全員を」
「・・・そうか」
ヴァルドはそれ以上聞かなかった。レティシアが「動ける」と言ったことを、そのまま受け取った。それがヴァルドだった。
クロカワが右肩を動かしながら、少し痛そうな顔をした。
「腱、ちゃんと戻ってる?」
「戻ってると思う。後でルグに診てもらって」
「了解・・・ていうかレティシアさん、目が怖い」
「そう?」
「なんか、透明すぎる」
「世界律のせいだと思う」
「そっすか。」
ティオが胸を押さえながら立ち上がった。心臓を刺されたはずの場所を手で確かめて、傷がないことを確認した。
「俺も死んでいたのか」
「心臓を刺された」
「そうか。レティシア、礼を言う」
「いい。生きてる方が都合がいい」
「それだけか」
「それだけじゃないけど、言葉にするのが面倒なので」
「ラズロイ先生と同じことを言ったな」
「先生にも同じことを言った」
ティオは少しだけ苦い顔をしてから、頷いた。
全員が立ち上がった。死んで戻った直後の体は、どこか動きがぎこちなかった。でも、動いていた。全員、動いていた。
「・・・全員、生きてる」
セレナがぽつりと言った。誰も何も言わなかった。でも、誰も否定しなかった。
「レインはどこだ」
ヴァルドが聞いた。
「砦の外。今は倒れている」
「倒したのか」
「倒した。殺していない。後はラズロイ先生に投げた。それに今は先にやることがある」
「封印の安定か」
「そう。世界律がうるさく言ってくる。早く祭壇に向かえと」
「行こう」
全員が台座の方を向いた。壁の封印が、まだ揺れていた。ルイスが死んだことで、封印の安定が崩れ始めている。そのため覚醒勇者として、それを安定させる必要があるのだ。
「ルイスは」
エルンストが静かに聞いた。
「死んだ」
「戻せなかったのか」
「戻せなかった。私が覚醒した時には、既に遅かった。レインが持っていった後だった」
部屋の中が少し静かになった。
ルイスの名前が出た瞬間に、全員の動きが止まった。誰も何も言わなくなった。
「・・・そうか」
ヴァルドが一言だけ言った。
セレナは何も言わなかった。その目が、少し赤くなっいる。
「今は封印を安定させる。それが最優先だ。ルイスのことは、封印が安定してから話す」
レティシアがそう言い、台座に向かって歩き始めた。頭の中で世界律がうるさかった。でも、うるさい声に従って、足を動かした。
台座に乗った。
床の文様が、また光り始めた。今度は、蘇生の時とは違う光の流れ方だった。壁の封印に向かって、光が伸びていった。封印の揺れが、少しずつ収まっていった。
レティシアはその感触を確かめながら、目を閉じた。頭の中の声が、少しだけ静かになった。
封印が、安定していく。
世界律が、落ち着いていく。
外では、月が傾いていた。夜明けが近かった。山脈の稜線が、東の空のわずかな明るさの中に、静かに浮かんでいた。
封印が完全に安定したのは、夜明けの少し前だった。
台座の上から降りた時、レティシアの体は思っていたより重かった。神聖魔法の消耗と、封印の安定作業の消耗が重なっていた。足元がわずかに揺れる感覚があったが、誰にも言わなかった。言っても今すぐどうにかなるわけではない。
「封印は安定した」
「よかった・・・」
セレナが小声で言った。まだ声がかすれていた。頸を切られた後遺症だ。神聖魔法で傷は塞いだが、細かいところまで完全に戻っているかどうかは、ルグに診てもらわなければ分からない。
「全員、ルグの診察を受けて。死んで戻った直後に無理して動くと何が起きるか分からない」
「自分も受けてください」
「私は後でいい」
「今受けてください」
「・・・分かった」
ルグが全員を順番に確認した。時間がかかった。丁寧に、一人ひとつひとつ確かめていった。全員、大きな問題はないと判断されたが、セレナだけは頸の周辺に微細な損傷が残っていると言われ、数日は激しい動作を避けるよう言い渡された。
「激しい動作って何?」
「戦闘です」
「あ、それは当分無理だと思う。」
レティシアの診察が最後だった。
「神聖魔法の消耗は、体のどの部分に影響が出ていますか・」
「全体的に重い。特に手のひらから肩にかけて」
「感覚は?」
「鈍い。普段より反応が遅れる気がする」
「・・・今の状態で戦闘に入るのは勧めません」
「分かってる。ただ、レインが目を覚ました後の話をしなければならない」
「それは別の問題です」
「そうだね」
ルグは少し考えてから、言った。
「今夜は休んでください。封印が安定した以上、今夜動く必要はないはずです。レインが目を覚ますのを待ちながら、体を休める。それが最善です」
「ラズロイ先生が戻ったら話し合う」
「分かりました」
ラズロイが砦に戻ったのは、夜明け前だった。
外套についた埃を払いながら作戦会議室に入ってきたラズロイの手には、やはり酒瓶が・・・あった。でも、開けた形跡がなかった。その状態で椅子に腰を下ろし、全員を見渡した。
「依頼主の集団は撤退していた。天幕だけ残っていた。追跡は俺の今の体では無理だ」
「集団の名前は分かりますか?」
「三界滅業会だ。三世界の崩壊を信仰するカルト集団で、構成員は少ないが資金が潤沢だ。今回の依頼を出したのも彼奴らだろう」
「レインに依頼を出した組織ですね」
「そうだ。今夜のうちに動いたということは、封印が安定したことを感知して撤退したのかもしれない。封印が安定すれば、彼奴らの目的が遠のく」
ラズロイはテーブルに肘をついた。
「それより、聞かなければならないことがある」
「ルイスのことですか」
「そうだ」
部屋の中が少し静かになった。
「ルイスは死んだ。それは分かった。覚醒勇者の力で、封印は安定した。世界律のエネルギーは今の所維持されている。だが、長期的には覚醒勇者であるお前がエネルギーを供給し続けなければならない可能性がある。律喰の贄の代わりとして、だ」
「世界律も同じことを言っています・・・あと、覚醒勇者って何ですか?授業ではさらっとしか聞いていないので」
「それについては、改めて教える。それに、今後もこの件に関わってくる人間が、複数いる。三界滅業会はまた動く。レインもいる」
ラズロイが少し間を置いた。
「今夜の戦闘で、もう一つ気になることがあった」
「何ですか?」
「此処に来る前、砦の周辺で魔物の気配を感じた。山岳地帯に通常出没する種類ではなかった。どこかから流れてきたのか、あるいは発生したのか、判断できなかった」
「魔物が発生した?」
「可能性だ。確認できていない。ただ、発生源があるとすれば、人間の魔力の歪みから来ている可能性がある」
エルンストが少し顔を上げた。
「魔力の歪みから魔物が発生するというのは、文献で確認されている現象だ。魔力制御が不安定な人間、特に強大な魔力を持ちながら制御を習得していない者の周辺で、稀に起きる」
「今夜、此処では激しい戦闘があった。複数人が死んで、復活した。その過程で魔力が大量に放出された可能性がある」
「発生しやすい条件が揃っていましたね」
「そうだ。ただ・・・」
ラズロイは全員を見渡してから、一人で視線を止めた。
ヴァルドだった。
「今夜、お前の魔力が乱れていた。戦闘中に感知した。制御が崩れかけていた」
「・・・」
「仲間が目の前で死んだ。感情が入った。それは分かる。だが、お前の魔力の質は元々不安定な傾向がある。強大で、荒い。感情と連動しやすい」
ヴァルドは何も言わなかった。
「魔力制御が完璧な魔法使いや、MPが極端に少ない人間からは、魔力の歪みがほとんど出ない。セレナやエルンストがそれにあたる。ティオやルグの様な屈強な体を持つ純粋な戦士も同様だ。歪みを出す余地がない。まぁ、お前の嫁はそれを両立してる化け物の中の化け物だが」
エルンストが静かに続けた。
「逆に言えば、強大な魔力を持ちながら制御が甘い者は、常に歪みを生み出すリスクを抱えている。それが蓄積されると、周辺に魔物が発生しやすくなる。文献によれば、歪みが極限まで達した場合、本人自身が魔物化する事例も報告されています」
「魔物化、か」
クロカワが小声で繰り返した。
「実例は少ない。ただ、記録にはある」
「僕のMPは1だから、歪みはほとんど出ない。あの女もMP0だから同様ですよね」
「そうだ。お前たちは逆に、魔物が発生しにくい体質と言える」
ヴァルドがエルンストを見た。
「俺が魔物を発生させる可能性がある、ということか」
「今夜の状態が続けばという話です。通常の状態では、お前の魔力制御は水準以上に保たれている。ただ、感情が大きく動いた時、制御が崩れる傾向がある。それは今夜、俺も確認した」
「・・・」
「魔力が強いほど、歪みの規模も大きくなる。お前の魔力量は、この中で一番大きい」
部屋の中が静かになった。
レティシアはヴァルドを眺めていた。ヴァルドは自分の手を見ていた。普段は何も考えていないような、事実だけを見るような目をしている男が、今は少しだけ違う顔をしていた。
「制御を鍛える方法はあるか?」
「あります。ただし、時間がかかります。感情と魔力の連動を切り離す訓練が必要で、それは一朝一夕では身につかない」
「俺には向かない訓練だな」
「向かないかもしれません。でも、やらなければ、今夜のようなことが繰り返された時に、リスクが上がり続ける」
ヴァルドは少しの間、黙っていた。
「分かった。考える」
「考えるだけでなく、始めてください」
「うるさい。」
「うるさくても言います」
エルンストはそれだけ言って、視線を地図に戻した。
レティシアはその会話を聞きながら、頭の中で一つのことを確認していた。
今夜、ヴァルドは感情を抑えられなかった。セレナとティオが死んだ時、あの目をしていた。冷えた声で言いながら、でも踏み込みに全部乗っていた。それが今夜のヴァルドだった。
普段は抑えている。だが、抑えられなくなる瞬間がある。それが積み重なれば、何が起きるか。エルンストが言った通りだった。
・・・訓練だけの問題じゃないかもしれない。
でも、今夜それを言う必要はない。今夜は皆、死んで戻ったばかりだ。言える夜と言えない夜がある。今夜は、言えない夜だ。
「今夜は休む。全員」
レティシアが言った。
「明日、改めて話し合う。レインのこと、三界滅業会のこと、これからの動き方、全部。今夜は休む」
「ルイスのことも」
セレナが静かに言った。
「ルイスのことも、明日話す」
「・・・うん」
全員が頷いた。
部屋の中に、夜明け前の静けさが戻った。石の壁から冷気が染み出してくる。遠くで風が鳴っている。山脈の夜は、まだ長かった。
ヴァルドはしばらく自分の手を見ていた。それからしばらくすると、目を閉じた。
その横顔を、レティシアは一度だけ見た。それから視線を壁に戻した。頭の中で世界律が、また何か言っていた。うるさかったが、今夜はそれを聞き流した。
明日になれば、また動き始める。今夜だけは、休んでいい。
それだけのことだった。
次の篇を書く際、ちょっと論文とか色々漁ったりするから投稿スピード落ちます。




