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血祭り(2)

レインが動いた。

最初の一歩が見えなかった。踏み込みの予兆がなく、重心の移動が起点から読めない。気配が動いたと感知した時には、既にレインは別の場所にいた。


クロカワが剣を構えたが、間に合わなかった。レインの短剣がクロカワの脇腹を抉った。その傷は浅かった。だが確実に肉を削いだ。クロカワが歯を食いしばって後退しながら剣を振った。


レインはその剣をわずかに体を傾けるだけで避け、今度はクロカワの右肩に刃を立てた。腱まで届いた感触だった。クロカワの右手から力が抜けた。剣が、落ちそうになった。


「MPが1の人間か。お前には魔法が通常より効きにくい。だが、物理攻撃は通る」


レティシアが踏み込もうとした瞬間、レインがクロカワに刺さった剣を一瞬で引き抜き、ヴァルドを蹴り飛ばした。


石柱に叩きつけられたクロカワが、頭から血を流しながら、崩れるように膝をついた。残り4人。


「次」


レインが振り返った。レティシアに向いた目は、仕事の対象物を見る目だった。


・・・全部、読まれている。

そう気づいた瞬間、レインが動いた。レティシアは踏み込みを読もうとした。昨日ゼルを相手にした時と同じように、重心の移動、息遣い、視線の先を全部同時に拾おうとしたが、何も拾えなかった。


レインには予兆がない。動く前に動いている。そういう動き方だった。短剣がレティシアの左肩から入った。鎖骨の手前で止まった。骨に当たった。その瞬間、レインが刃を捻った。


「が・・・・っ…」


声が出なかった。痛みが一拍遅れて来て、その痛みの大きさに、一瞬頭が白くなった。左腕が動かなくなった。多分、神経を殺られた。レティシアは歯を食いしばって後退しながら、剣を右手だけで構え直した。


左腕がだらりと垂れた。肩から赤いものが伝って、肘の先から雫になって落ちた。


「思ったより硬いな。やっぱり、昨日のゼルとのやり取りを見ていたが、剣の腕は本物だ。この中では一番面白い動きをする。だから死なないようにした。後で、戦いを楽しむためにね」


「・・・見ていたの」


その近くで魔法陣が展開され、魔物が現れた。エルンストが魔物召喚を行ったのだ。出てきたのは、亜竜種スカルドレイク。Sランクの魔物だ。


「亜竜種スカルドレイク・・・まさかの物理攻撃に適応した魔物か・・・確かに此奴が敵として襲い掛かったら、私は相性的に手も足も出ないな」


「やっぱり分かるんですね。この竜は物理攻撃が一切効かない竜なんです」


「まぁ、()()()()()()()()()()()、だけど」


レインは一直線にエルンストに向かった。そのまま、エルンストの頭に剣を突き刺した。脳の太い血管を貫通した。即死だった。残り3人。


竜は微動だにせず、召喚主が死亡したため消えていった。


「知性のない魔物が何故、人を襲うのか。それは単純だ。魔物は人の魔力が大好物だ。ただ、それだけだ」


レティシアが気付いた。竜がこの女に襲い掛からなかった理由を。


「・・・魔力が全くないから襲い掛からなかったってこと?」


「そうだ。魔力のない人間は、魔物の目には映らない。いないも同然だ」


レインは短剣についた血を、またハンカチで拭いた。兎の柄が、赤く染まっていた。


レティシアは左腕を動かそうとして、動かないことを確認した。神経が死んでいる。右手だけで剣を構えている。肩からの出血が続いていて、足元の石畳が濡れ始めていた。


・・・考えろ


魔法は通らない。魔物は認識しない。物理攻撃だけが有効。だが、この速さと精度を持つ相手に、四人で物理攻撃だけで対抗するのは。


「ルグ」


「分かっています」


ルグが静かに答えた。短刀を抜いていた。ルグが短刀を抜く時の意味を、レティシアは学校生活の中で一度だけ見たことがある。本気で殺しにいく時だ。


「ヴァルドは右から。私は正面。ルグは左。そこで一度分散させる」


三人が同時に動いた。

ヴァルドが右から大きく踏み込んだ。レインが右に重心を移した。その瞬間、左からルグが入った。レインの視線がルグに向いた瞬間、レティシアが正面から詰めた。


レインが前に踏み込んだ。

前に、だ。後退も回避もせず、三人の内側に入ってきた。


ルグの短刀がレインの外套を掠めた。当たらなかった。レインが内側から、ルグの手首の内側に短剣の柄を打ち込んだ。手首の腱に当たる場所だ。ルグの手から短刀が落ちた。同時に、レインがルグの喉を左手で掴んだ。持ち上げるように締め上げながら、ヴァルドの剣を短剣一本で弾いた。


その後、レインが喉を掴んだまま、ルグを石柱に叩きつけた。後頭部が石に当たり、鈍い音がした。ルグの体から力が抜け、そのまま石柱に沿って崩れ落ちた。


地面に倒れたルグの頭から、じわりと赤いものが広がっていった。残り2人。


レティシアはそれを見ながら、右手で剣を構え直した。

ヴァルドが再び踏み込んだ。今度は感情が混じっていた。冷えた声で言っていた男が、今は感情を全部動作に乗せていた。それが分かるほど、踏み込みが重かった。


レインがヴァルドの剣を受け流した。ヴァルドの剣の勢いを利用して、体をくるりと回転させながら、その背中を蹴った。前につんのめるヴァルドの首筋に、短剣の刃を横から走らせた。


深くはない。だが、首から血が流れた。ヴァルドが体勢を立て直しながら、傷口を左手で押さえた。


「強い。この中では、お前が一番だな。殺すのが惜しい」


「惜しいなら殺すな」


「依頼外だが、放置すれば後が面倒になる。死ね」


レインがヴァルドに向けて踏み込んだ。


レティシアが間に入った。

右手一本で振った剣は、普段の半分の速度だった。それでも踏み込んだ。レインの動きを一拍でも止めるために。


レインがレティシアの剣を受けながら、そのまま肘をレティシアの顎の下に打ち込んだ。


衝撃が頭の中で弾けた。視界が揺れた。膝が折れた。

石畳に片膝をついた瞬間、レインがレティシアの右手から剣を蹴り飛ばした。剣が床を滑って、壁に当たって止まった。


レインがレティシアの顎を掴んで、顔を上げさせた。


「やっぱり。この中で、一番面白い動きをする。片腕が死んでいても、踏み込みの角度が変わらない。本当に、惜しい」


「・・・」


「でも、死んでもらう」


「させん」


ヴァルドが、血を滲ませながら踏み込んだ。

レインはレティシアの顎から手を離して、ヴァルドに向き直った。一瞬の動作の中で、短剣がヴァルドの腹に入った。


「ヴァルド・・・!」


ヴァルドは短剣が腹に刺さったまま、剣を振った。当たらなかった。レインが一歩引いていた。


「・・・馬鹿め」


レインが短剣を引き抜き、額に短剣を差し抜いた。

どさりという音と共に、ヴァルドが膝をついた。頭と腹から赤いものが溢れた。石畳に、みるみるうちに赤く広がっていった。


「ヴァルド!」


ヴァルドは反応しなかった。声も上げず、レティシアの声が響いた。残り1人。


レティシアは立ち上がろうとした。左腕は動かない。剣は飛ばされた。膝に力が入らなかった。それでも、立ち上がった。


「・・・強情だな」


レインが、レティシアを見た。


「何も武器がない。左腕は死んでいる。みんな死んでいる。それでも立つのか?」


「立つ」


「何のために?」


レティシアは答えなかった。

何のためか。それを今言葉にする気はなかった。言葉にしている時間がもったいない。


レインが踏み込んだ。

今度こそ、完全に速かった。今まで手加減していたのかもしれない。一切の無駄がない、最短の動作でレティシアとの距離が消えた。


短剣が、レティシアの胸に向かっていた。

避けられない。

そう分かった瞬間、レティシアは避けようとするのをやめた。代わりに、残った右腕でレインの手首を掴んだ。短剣の刃がレティシアの胸の左側に入った。


深い。

肺の手前まで届いた感触があった。だが、手首は掴んでいた。


「・・・」


レインが少しだけ目を細めた。


「刺されながら、掴むのか」


「・・・引き抜かせない、ために」


刃が中にある限り、出血は最小限で抑えられる。引き抜かれた瞬間に、大量の出血が始まる。それだけの時間が稼げれば、何かできるかもしれない。そういう計算だった。


計算だけだった。感情じゃない。


「賢いが」


レインが、もう片方の手を動かした。レティシアの手首を掴んで、指を一本ずつ剥がしていった。

力が違った。どうにもならなかった。


手首が解かれた。


「終わりだ」


レインが短剣を引き抜いた。

肺の手前から、刃が出ていった。その感触の後に、熱いものが込み上げてきた。胸の中から溢れるものが、気管まで上がってきた。


レティシアは膝をついた。

両膝が石畳についた。右手が床についた。頭が下がった。視界が、揺れた。石畳の模様が、ぼんやりとした。


床が、近くなった。


・・・考えろ。まだ、考えろ。


考えようとした。


考えられなかった。


視界がすこしずつ暗くなっていく。


最後に見えたのは、私の頭に短剣を刺そうとしているレインの姿と顔だった。


それだけだった。


視界が真っ暗になり、何も感じなくなった。





残り0人。


静寂が、部屋を満たした。レインは部屋の中を見渡した。

全員、倒れている。死んでいるものと、死にかけているものと、意識を失っているものがいる。レインはそれを確認しながら、短剣の血を再びハンカチで拭った。


「・・・全員、片付けた」


そう言い、頭だけのルイスを持って、祭壇を出て行った。


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