血祭り(1)
レティシアのこの一撃はとても重いものだった。学生とはいえ、レティシアはSランクの冒険者の下位レベルほどの強さをしている。だが、それを短剣一つで簡単に受け止めるレインの姿に、皆衝撃を受けた。
「あの女・・・レティシアの剣を」
「何してんの!さっさと私とエルンストの二人で強化魔法をかけるよ!」
そう言い、セレナとエルンストは強化魔法をほかの五人にかけた。
「とりあえず、レティシア止まれ」
「ヴァルド何で?此奴はルイスを殺した。だから・・・」
「皆で殺す」
「・・・はい」
レインの動きは、速かった。
ただ速いというのではない。動作の起点が見えない。踏み込みの前兆がなく、重心の移動が読めない。剣を抜く動作と攻撃が一つの流れの中に溶け込んでいて、切れ目がどこにあるのかを目で追いきれない。
此奴は、ゼルより速い。
レティシアはそれを、レインの一撃を受けた瞬間に理解した。腕が痺れた。受けた場所から肩まで、衝撃が突き抜けた。受け止めたのに押し返せなかった。力の質が、根本的に違う。
「ヴァルド、此奴の動き、どう見た」
「速い。ただ、隙がないわけじゃない。ルイスを殺した一撃、あれの後に一瞬だけ重心が前に残った。普通なら気づかない程度だが、完璧じゃない」
「つまり殺せる隙はある」
「ただ、一つの動作の中に複数の殺しが仕込まれている。迂闊に入ると死ぬ」
レインはその会話を聞きながら、特に動じた様子もなかった。部屋の中央に立って、全員を見渡している。七人を相手にしているとは思えない落ち着き方だ。
「お前たち、仕事の邪魔をした。本来なら此処で全員消す理由がある」
「やれるもんならやってみろ」
「やれる。ただ、依頼の対象はルイスだけだ。依頼外の殺しはしない主義でな」
「主義があるのか?」
「ある。金のために動く人間でも、一つくらいは筋を通す」
レティシアはレインを見ながら、頭の中で手順を組み立てた。
七人対一人。数の上では圧倒的にこちらが有利だ。だが、ゼルを片腕で捌いたあの速さと、ルイスを一瞬で仕留めた精度を考えると、数の優位がそのまま戦力の優位にならない相手だ。
「セレナちゃん、エルンスト、魔法の射撃援護お願い」
「もう二人ともしてるよ」
エルンストはセレナの隣で、無属性魔法でできた斬撃を次々に飛ばしている。のにも関わらず、ダメージが一切なかった。魔法がそのまますり抜けて、後ろの壁に当たって切断されているから、ちゃんと魔法は発動している。
通常、この人数で戦えば魔法による補助と牽制を組み合わせて戦況を有利に進められる。だが、魔力がすり抜けるならその前提が崩れる。物理的な攻撃だけで攻める必要がある。
「原理は分からないけど、直接魔法を当てようとするとすり抜ける。何かに当てて間接的に攻撃するのも駄目だと思う」
「じゃあ、二人は強化魔法をかけ続けて。此奴は私たちが倒す」
「ただし、隊形を崩さない。単独で突っ込まない。それで行くぞ」
「ヴァルド分かった」
全員が頷いた。
「行くぞ」
ヴァルドが踏み込むと同時に、レティシアが左から入った。そこからティオが右から回り込み、三方から同時に詰めて、選択肢を削る。
レインは動じなかった。
ヴァルドの踏み込みをわずかに体を傾けてかわし、同時にレティシアの斬撃を短剣一本で捌いた。ティオの回り込みに対しては、後ろに滑るように一歩引いて間合いを外した。三人の攻撃が全て空を切った。
「速い」
ティオが歯を食いしばりながら言った。
「正面からじゃ入らない。側面から崩す」
クロカワとルグが柱の影から出てきて、側面に回り込んだ。エルンストが物理的な牽制として石床の破片を蹴り飛ばし、レティシアが正面から連撃を仕掛ける。
レインは平然と、二人の側面からの攻撃を一歩前に踏み込んでかわした。この回避行動は余裕のあるものだった。
ルグとクロカワが態勢を戻そうとした瞬間、レインはまた動き出した。
エルンストの喉元に短剣が走った。エルンストが後退しながら体を反らして避けたが、外套の前面が裂けた。数センチ前に出ていれば、喉だった。
「エルンスト!」
「無事だ」
「ヴァルド!」
ヴァルドがレインの前に割り込んだ。剣でレインの短剣を受けたが、レインは受け止められた勢いのまま方向を変えて、ヴァルドの側面に肘を打ち込んだ。昨日ゼルがレティシアにやったのと同じ動作だ。ヴァルドが大きく体勢を崩した。
「問題ない、続けろ——」
その隙に、レインがティオに向いた。ティオが剣を構えたが、レインの短剣がティオの肩の下から入り込んだ。深い。ティオが膝をついた。
「ティオ!」
「ヴァルド、まだ動く」
動けない。その傷の深さは、レティシアの目から見ても明らかだった。ティオが無理に立ち上がろうとして、足がふらついた。
「無理をするな」
「・・・すまん。だが、大丈夫だ」
・・・強すぎる。
認めたくなかったが、事実だった。速さが違う。反応が違う。こちらの動きを完全に読んでいる。それでいて、向こうの動きの前兆が読めない。
「セレナちゃん、何かできることはある?」
「魔法は直接当たらないけど・・・光で視界を奪うことはできる。一瞬だけ」
「一瞬あれば十分かもしれない。合図したらやって」
「分かった」
レティシアはヴァルドに目配せした。ヴァルドが頷いた。
正面から二人で同時に入る。セレナが光で視界を奪う。その一瞬に全力を叩き込む。
「行くぞ」
「うん」
踏み込んだ。ヴァルドが右から、レティシアが左から、同時に詰めた。
「セレナちゃん!」
閃光が部屋の中に広がった。
レインの目に直撃した。一瞬だが、確実に視界が奪われたはずだ。レティシアは全力で踏み込んだ。今まで出した中で、最速の踏み込みだった。
その瞬間を、レインは待ってたかのように笑った。
「が・・・っ・・・」
セレナの声と共に、突き刺さる音がした。
「セレナちゃん、大丈夫・・・ぇ・・・」
光が止むと、そこにはレインに喉頭を短剣で刺されたセレナがいた。柄だけを残して、刃はほとんど見えなかった。
「セレナちゃん!」
セレナは倒れていなかった。まだ立っていた。セレナは何かを伝えようとしているが、喉頭に剣が刺さってあるため声が出ない。震える唇だけが、虚しく動かしていた。
レインが刺さった剣を抜いた。その瞬間、傷口からせき止められていたセレナの鮮血が噴き出した。その鮮血はセレナの白い喉を赤く染め上げ、どさり、という音とともに倒れた。
「頸動脈・・・だっけ?とりあえず、其処刺したから約10秒後に死ぬだろうさ」
レインの言った通りだった。確認しなくてもわかる。セレナは死んだ。残り6人。
「お前!!!」
「だめだ!突っ込んだら・・・」
ティオはヴァルドの静止を聞かず、レインに突っ込んでいった。
「あ~らら、そんなに突っ込んだら、死んじゃうよ?」
ティオはレインに切りかかった。が、それをいとも容易く躱し、剣を蹴りで吹き飛ばした。その光景をティオは見た瞬間、ドスッ、と重い衝撃が胸の真ん中を叩いた。
レインがティオの心臓に短剣を突き刺したのだ。激痛を通り越し、胸の奥で何かが爆発したかのような、凄まじい熱量だけが全身を駆け巡った。その感覚を味わった瞬間、剣を引き抜かれ、セレナと同じようにどさり、という音とともに倒れた。
残り5人。
「やっぱり、未熟者だ。だってそうだろ?私が魔法をすり抜ける原因とか、分かっていないんでしょ?」
図星だったが、皆黙り込んだのは其処を突かれたのではない。友人が目の前で殺されたのだ。一気に。二人も。
「・・・仕方ない。ハンデで教えてあげる。私はMPが0なんだ」
「・・・」
聞いたこともなかった。MPが1に至る人間は100年に一人いるか、いないかの確率だ。しかし、確率である以上それは起こりうることだ。実際にクロカワのMPは1である。
だが、0の人間はこの世界が誕生するまで、一人もいなかった。・・・はずだった。
「MPが、ゼロ・・・」
クロカワが呟いた。声が、かすれていた。
MPが0。それが何を意味するか、エルンストが最初に理解した。理解したから、すぐには口を開けなかった。
「MP0の人間に魔法が通らない理由は、単純だ」
レインは短剣についた血を、ポケットから出した兎柄のハンカチで拭いながら言った。急いでいる様子もなく、説明する気があるらしかった。
「魔法というのは、対象の魔力に干渉することで効果を発揮する。治癒魔法なら対象の回復力を増幅させ、攻撃魔法なら対象の魔力抵抗を貫く形で作用する。
だが、MPが0の人間には干渉する魔力そのものがない。だから、魔法の効果が乗る基点がない。すり抜けるんじゃない。そもそも、作用する対象が存在しないんだ」
「だから・・・あの光魔法の目晦ましも」
「そうだ。あれは魔法で作り出したもの。だから、意味はないんだ」
「魔法が無効な相手に、魔法使いが二人いても意味がなかった。俺たちは最初から、五人で戦っていたのと変わらなかったのか」
「そういうことだ」
レインは特に勝ち誇る様子もなく、ただ事実として言った。
レティシアは床を見た。セレナが倒れている。ティオが倒れている。二人とも、動いていない。
・・・セレナちゃんが、死んだ。
理解しているのに、実感が来ない。さっきまで声が聞こえていた。笑っていた。自分のバッグが重いと言って、ティオに荷物を半分持ってもらっていた。乾燥パンをルイスに渡していた。その人間が今、動かない。
感情が来る前に、頭が止めていた。今感情に飲まれたら、次の瞬間に死ぬ。
・・・落ち着け。落ち着いて、考えろ。
「お前たちに選択肢を与える」
レインが言った。
「此処を退け。ルイスの件に関与するのをやめろ。そうすれば、今日この場で残りの五人を殺す理由はない。依頼外だ」
「・・・」
「依頼はルイスの暗殺だ。既に果たした。後は依頼人に報告して報酬を受け取るだけだ。お前たちを全員殺しても、金にならない。効率が悪い」
「お前には、仲間を殺されたことが効率の話だと思うのか?」
ヴァルドが静かに言った。
感情がなかった。怒りでも悲しみでもない。ただ、冷えた声だった。
「俺は、セレナとティオが死んだことを、効率の話にするつもりはない。お前がどんな理由で動こうと関係ない。お前はこの場で俺の仲間を殺した。だから、俺はお前を倒す。それだけだ」
「・・・感情的だな」
「感情的で何が悪い?」
「死ぬわよ?」
「やってみろ」
レインは少しだけ目を細めた。
「そうか。なら皆殺しだ。」




