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ローザリア公国への準備

夜明け前に全員が目を覚ました。

石蔵の中はまだ暗く、エルンストが浮かべていた光の球だけがぼんやりと空間を照らしていた。見張りの交代を繰り返した夜だったが、外からの侵入は一度もなかった。


「全員荷物は持ったか?出発するぞ」


ヴァルドの声で全員が動き始めた。

ゼルは未だに意識を取り戻していない。その為、ルグが状態を確認したが問題ないと判断した。ヴァルドが拘束したまま肩に担ぎ上げた。

ルイスは自分で立ち上がり、レティシアの隣に来た。誰かに促されたわけでもなく、自然に。


「歩ける?」


「歩ける」


「無理だったら言って」


「・・・うん」


全員が石蔵を出た。

昨日と何も変わらない光景で、此処には誰もいない。


全員が黙って歩いた。

村の中を抜ける時は、誰も余分なことを言わなかった。倒れている死体の傍を通り過ぎる時も、足を止めなかった。何故なら、止まっても今の自分たちにできることはないから。


ルイスは一度だけ振り返った。それから前を向いて、また歩き始めた。


その横顔を、レティシアは少しだけ見た。

十歳の子供が、これを見た。三日間一人でいて、これを見続けた。それがどういうことか、言葉にしようとすると上手くいかななかった。



街道に出るまで、一時間ほどかかった。

石畳の道に足が乗った瞬間、空気が変わった気がした。村の中の澱んだ空気と、街道の開けた空気は、明らかに違う。遠くから荷馬車の音が聞こえ、人がいた。


「騎士団の詰所がこの先にある。ゼルを引き渡す」


ヴァルドが言い、全員が頷いた。

詰所は街道沿いの小さな建物だった。夜明け前でも、当番の騎士が二人いた。ゼルを見て、二人とも顔色が変わった。


「此奴は世界律解放同盟(リベレイト・ロウ)の首領だ。拘束して、上に報告しろ」


「は、はい・・・!」


書類のやり取りに少し時間がかかったが、それが終わると全員が詰所を出た。


「これで一つ片付いた」


「そうね」


「次は学校に戻る」


「うん」





学校に着いたのは、午前中も半ばを過ぎた頃だった。

門をくぐった時、校舎の空気がいつもと違うことにレティシアは気づいた。生徒の数が少ない。廊下を歩く教師の姿もない。


「・・・なんか変じゃない?」


セレナが周囲を見渡しながら言った。


「変だね」


「先生たちがいない」


「授業は?」


「今日は出張任務の代わりだから、授業はないはずだけど・・・」


「それにしても、人が少なすぎる」


レティシアはそのまま廊下を歩き、まずラズロイの教員室へ向かった。ラズロイ先生は担任で、この学校で何か分からないことがあればラズロイ先生に聞くのが一番早かった。三世界崩壊を止めに行くと言って出て行ったきり、戻ったという話は聞いていない。もしかすれば戻っているかもしれない。


教員室の扉を開けた。

机の上には、酒瓶が一本置いてあった。それだけだった。

書類もない。荷物もない。人の気配もない。


「・・・いない」


「出て行った時のまま、か」


ヴァルドが室内を見渡して言った。


「ラズロイ先生は元々、酒以外物を置かない人だったけど・・・」


セレナがぽつりと言った。


「他の先生は?」


レティシアが聞くと、クロカワが廊下を確認してから戻ってきた。


「他の教員室も確認してきたけど、全員いない。荷物が残っているから、完全に姿を消したわけじゃないと思うけど・・・今この瞬間、この学校に先生が一人もいない」


「生徒は?」


「いた。でも、誰も先生たちが何処へ行ったか知らないらしい。今朝、気づいたら全員いなくなっていたって」


教師が全員、理由も告げずに姿を消した。ラズロイは前から不在だったとして、残りの教師たちが今朝突然いなくなったということは、何らかの理由で動いた可能性がある。たとえば・・・


「三世界の崩壊・・・多分、これが原因じゃないのか?」


「可能性としては高い。ラズロイが三世界崩壊を止めに行くと言って出て行った。その後、他の先生たちも全員同じ方向に動いた。理由が共通しているとすれば、三世界の件以外に考えにくい」


「でも、何で生徒に何も言わずに?」


セレナが言った。その声に少し不満の色があった。


「生徒を巻き込まないためじゃないか?危険だと判断したから、黙って動いた。それが先生たちの判断だった、ということだ」


「・・・それは分かるけど」


「分かるけど、腹は立つよな」


「そう!!!」


セレナが声を上げた。廊下に響くほどの大きさだったため、クロカワが苦い顔をした。


「セレナ、声デカい」


「ごめん・・・でも、何も言わずにいなくなるって、どういうことかと思って」


セレナの言葉は正直だ。その正直さが、今は悪くないと思った。七人の中で、こういう時に声を上げるのがセレナだ。それがなければ、全員が黙って飲み込んでいた。


「その気持ちは分かる。でも今は、何処へ行ったかを探す方が先だ」


ティオがそう言い、全員が頷いた。


「ギルドに行こう」


レティシアが口を開いた。


「ラズロイ先生が依頼を受注していれば、行き先の記録がある。他の先生たちも同様だ」


「行ってみる価値はある」


ヴァルドが頷いた。ルイスがレティシアの袖をそっと引いた。


「・・・僕は?」


「一緒に来て。一人にしておく方が危ないから」


「うん」






冒険者ギルドは学校から歩いて十五分ほどの場所にある。

ギルド入ると、受付の女性が顔を上げた。学校の生徒が複数で来ることは珍しくないが、小さな子供を連れているのは珍しかったらしく、一瞬だけ視線が止まった。


「ラズロイという人物の動向を調べたい。直近の依頼受注か、行き先の記録があれば確認させてほしい」


レティシアが告げると、受付の女性は端末を確認し始めた。しばらくして顔を上げた。


「ラズロイ様ですね。三日前に依頼を受注されています。依頼内容は護衛および現地調査。行き先の記録はリューラ村南方の山脈地帯。ローザリア公国との国境付近にある山岳砦を目的地として登録されています」


「地図で確認できますか?」


「こちらをご覧ください」


受付の女性が地図を広げた。フィンペル王国の南端に、大きな山脈が走っている。その山脈を越えた先にローザリア公国の領域が広がり、山脈の中腹に小さく砦の印がついていた。


「此処が、ドレイン砦です。現在は使われていない廃砦のはずですが、最近その周辺で不審な動きがあるという報告が複数入っています。砦から夜中に光が出ている、人の出入りがある、という目撃情報です」


「他に、バルガファルイス養成学校の教員の記録はありますか」


エルンストが静かに聞くと、受付の女性が端末を確認した。


「昨夜の深夜に複数名が同じ方面へ向けて出発した記録があり、行き先は全員同じです」


「ドレイン砦か」


「はい」


全員が地図を見た。


「地図の写しを一枚、もらえますか」


「こちらをどうぞ」


受付の女性が写しを渡してくれた。八人はギルドを出た後、適当なベンチに地図を置いた。


「山脈越えか」


クロカワが地図の稜線をなぞりながら言った。縫われた腕を庇いながら、もう片方の手で山脈の印を指す。


「この時期の山岳地帯は気温が低いから、今の装備では話にならないぜ?」


「何が必要だ?」


「防寒具、登山用の靴、ロープ、それから食料を多めに。最低五日分入ると思う。でも、この山脈の高さによって食料の数は変わると思う」


「調達には半日いるかも。あ、でもこの街のギルド売店か装備屋で一通り手に入るかも?」


「移動時間は?」


「砦まで山道込みで二日から三日ぐらい。ただ、天候次第ではそれ以上かかるぜ」


「急いだ方がいい理由が二つある」


ヴァルドが言った。


「一つは、ラズロイが三日前に出発している。既に砦に着いているはずだが、其処から連絡がない。何かが起きている可能性がある。二つ目は、ゼルを拘束したが、世界律解放同盟(リベレイト・ロウ)が次の手を打ってくるのは時間の問題だ。ルイスをこの場所に長く置いておくのは危険だ」



全員の視線が、自然とルイスに向いた。ルイスは地図を見ていた。山脈の印と砦の印を小さな指でそっとなぞっていた。


「・・・僕が原因なんだよね」


「原因じゃない」


レティシアがすぐに答えた。


「僕がいるから・・・」


「貴方がいるからじゃなく、貴方を()()()()()()からだ。原因は其奴らにある」


ルイスはレティシアを見上げた。


「・・・行くの?そこに」


「行く」


「僕も行っていい?」


「危ない場所かもしれない」


「此処にいても危ない」


レティシアは少し考えてから、答えた。


「いいよ。ただし、危なくなったら必ず私の言うことを聞いて」


「分かった」


「準備を始めよう」


ヴァルドが地図を折り畳みながら言った。


「手分けして動く。セレナとルグはルイスと一緒に学校で各自の荷物を準備。ティオとクロカワは食料と登山用具の調達。エルンストは防寒具を頼む。ヴァルドと私は装備の最終確認をしながら合流する」


「了解」


「任せて」


「分かった」


全員が動き始めた。

レティシアは地図をもう一度見た。山脈の稜線が、フィンペル王国の南端を区切るように走っている。その向こうにローザリア公国があり、その手前の廃砦にラズロイが向かった。先生たちも続いた。


三世界崩壊。律喰の贄。世界律解放同盟(リベレイト・ロウ)。正体不明の存在。そして教師たち全員の消失。全部が別々に見えて、全部が同じ方向を向いている。


何もかも大きすぎる。自分たちがどこまで関われるかも、分からない。それでも行く以外の選択が思い浮かばないのは、最初からそういう人間だからだろうか。それとも、この七人でいるうちにそうなったのか。


でも、どちらでもいい、と思ってしまう。


「行けば分かる」


小声でそう呟いた。隣でルイスが小さく頷いた。


「怖い?」


「・・・少し」


「私もだよ」


ルイスが少し驚いたような顔をした。


「レティシアさんも怖いの?」


「怖くても行く。それだけだよ」


「・・・そっか」


二人は別れて、準備のために歩き始めた。

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