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石蔵

石蔵は、ゼルが言った通りの場所にあった。


村の東端を抜けた先に、小高い丘の麓に半ば埋まるように建てられた古い石造りの蔵があった。壁は分厚く、窓は一つもない。扉は重く、内側から(かんぬき)をかければそう簡単には破れない。川から距離があるため、霧も届きにくい。


「ゼルの言った通りだな」


ティオが壁を叩きながら言った。その音は鈍く、分厚さを示していた。


「罠じゃなかったな」


「今夜は、ね」


レティシアはそう返しながら内部を確認した。埃は積もっているが、構造に問題はなさそう。かつては穀物か何かを保管していた蔵だろうな。よく見ると棚の跡がある。


「じゃあ今夜はここで」


全員が中に入った。ゼルはヴァルドが担いできた。肝心のゼルは意識はまだ戻っていない。蔵の壁際に寝かせ、エルンストが縄を確認した。


「これで、夜明けまで動けない」


「じゃあ閉めるね」


そう言うと、クロカワは(かんぬき)をかけた。


蔵の中が薄い闇に包まれたため、エルンストが光源替わりの小さな光の球を一つ浮かべた。それだけで、内部全体がぼんやりと見渡せるようになった。


「クロカワ・・・怪我してる」


「ん?あぁ~この腕の切り傷か。ちょっと油断した結果、この様だ。まぁ、心配しなくてもすぐに治るよ」


「クロカワ、見せて下さい」


ルグがクロカワの傍にしゃがんだ。


「いや、大したことないから・・・」


「見てから判断します」


「・・・どうぞ」


ルグはクロカワの腕を静かに取り、傷口を確認した。傷は浅いな。骨にも腱にも入っていない。だが、放置すれば感染の可能性がある。


「とりあえず、治癒魔法かけるね」


「あ、セレナちょっとタンマ」


「タンマ?」


クロカワが少し申し訳なさそうな顔をした。


「タンマは置いといて・・・僕、MPが1しかないから治癒魔法、あんまり効かないんだよね・・・」


「知っています。だから魔法は使いません」


「え?」


ルグはバッグから小さな布の包みを取り出した。中には清潔な布切れ、針と糸、それから透明な液体の入った小瓶が入っていた。


「消毒して、縫います。少し痛みますよ」


「縫う⁉」


「傷の深さから判断すると、二針ほどで済みます」


「針と糸で縫うんですか⁉」


「えぇ」


「治癒魔法より痛そうなんですが⁉」


「クロカワ」


「はい。」


「動かないでください。」


「はい。」


クロカワは諦めたように口を閉じた。

ルグは小瓶の液体を布切れに含ませ、傷口に当てた。クロカワが小さく顔をしかめたが声は出さなかった。それから針と糸を取り出し、慣れた手つきで傷口を縫い始めた。


「ルグって、魔法じゃない方法に詳しいよね?」


エルンストが傍らから覗き込みながら言った。


「少し、そういうことを学んでいた時期がありまして」


「どこで?」


「・・・昔の話です」


それ以上は言わなかった。エルンストも追わなかった。


この蔵の中で、エルンストが追わなかった。それが今日で一番、驚いたことかもしれない。エルンストはいつも好奇心が先に出る人間だ。なのに、ルグには聞かなかった。エルンストなりに読んでいる何かがあるんだろう。

七人でいると、気づかなかった部分がじわじわ見えてくる。


「終わりです。今夜は無理に動かさないように」


「あいよ。ありがとうルグ。なんか、魔法より怖かったけど」


「魔法が効かない以上、これが最善です」


「そうだね・・・」


ルグが立ち上がりかけた時、傍らに来ていたルイスと目が合った。ルイスはルグを見上げ、それからクロカワの縫われた腕を見て、またルグを見た。


「・・・魔法使わなかったの?」


「この方には、魔法の効果があまり出ないので」


「なんで?」


「体の作りが少し違うので」


「へぇ・・・でも、針と糸で治せるの?」


「完全には治りません。ただ、塞ぐことはできます。時間が経てば、自然に治ります」


「魔法がなくても治せるんだ」


「ええ。方法が違うだけで、できることはそれほど変わりません」


ルイスはその答えを聞いて、少し考えるような顔をした。


「・・・村の人も、治せた?」


ルグはルイスを見たまま、答えた。


「どうあがいても、死者は蘇りません。どれだけ、糸や消毒があっても」


「・・・そう」


ルイスは視線を下に落とした。それ以上は何も言わなかった。

責めているわけでも、嘆いているわけでもない。ただ、確認したかっただけのような、静かな沈黙だった。


レティシアはその様子を見ながら、ルイスの隣に腰を下ろした。

ルグの答えは嘘をつかなかった。子供相手に言葉を和らげることも、遠回しにすることもしなかった。それをルイスがどう受け取ったかは分からない。ただ、ルイスはその答えを、ちゃんと聞いていた。


「ルイス」


「・・・なに?」


「三日間、一人でいたんだ」


「うん」


「何食べてた?」


「・・・家に残ってたパン。あとは水」


「怖くなかった?」


「・・・怖かった」


ルイスは正直に答えた。取り繕う様子がなかった。


「でも」


「でも?」


「出たら、あの人たちがいると思ったから。外に出なかった」


「賢い判断だ」


レティシアはルイスの頭を優しくなでた。


「・・・レティシアさんが来るまで、ずっと部屋の隅にいた」


「そうか」


「レティシアさんって、強いの?」


「人によって、そう言う人もいる」


「あの倒れてる人を倒した。すごいと思う」


「そうかな?」


「そうだよ。だってあの人、怖かった。近くに来るだけで、空気が変わった」


ゼルのことを言っているらしかった。ルイスは蔵の壁際に寝かされたゼルをちらりと見た。


「私も少し怖かった」


「レティシアさんも?」


「うん。でも逃げなかっただけ」


「なんで逃げなかったの?」


「貴方を取り戻す方が先だったから」


ルイスはレティシアを見上げた。しばらくの間、何かを確かめるような目で見ていた。

それから、ぽつりと言った。


「・・・なんで助けるの?僕のこと、知らないのに」


「知らなくても、助ける理由になる?」


「・・・分からない」


「私も分からない。ただ、貴方が生きてたから、助けに行った。それだけだよ」


ルイスはその答えを聞いて、少し目を細めた。納得したような、していないような、曖昧な表情だった。


「・・・変な人だ」


「よく言われる」


「さっきのヴァルドって人も、同じこと言ってた」


「そうかもね」


ヴァルドはその会話を聞いていたのか、壁際に背を預けたまま視線を上げた。レティシアと目が合ったが、何も言わなかった。すぐに視線を戻す。


「腹、減ってないか?」


ヴァルドがルイスの方を向いて、唐突に言った。ルイスは少し驚いたような顔をして、それから小さく頷いた。


「・・・減ってる」


「そうか。セレナ、バッグに何か入ってるか?」


「あるよ!今日はちゃんと入れてきた!」


「偉い。」


セレナが大きなバッグを引き寄せて、中を探り始めた。出てきたのは乾燥パン数枚と、干し肉と、小分けにされた木の実だ。それを見たエルンストが無言で立ち上がり、バッグの中をのぞいた。


「火は使えないから加熱はできないが、水はあるか」


「魔法で出せる」


「火魔法で肉焼いたらよくね?」


「クロカワ、君は体質のせいで魔法とは無縁だろうから教えてあげよう。もし、火力を間違えたらどうなると思う?」


「燃えるね。」


「だろ?」


セレナが水を生成し、エルンストがそれを使って干し肉を少しだけ柔らかくした。それをルイスの前に差し出す。


「食え。硬いが、毒ではない」


「・・・ありがとう」


ルイスは受け取り、少しだけ口に入れた。それからもう少し、もう少しと気づけば黙々と食べていた。


「腹が減ってたんだね・・・」


セレナが小声でそう言った。


「三日間、パンと水だけだったんだから当然だろ」


「そうだけど・・・」


セレナの目が少し滲んでいた。

ルイスが食べている間、蔵の中はしばらく静かだった。壁の向こうから夜風の音がかすかに聞こえる。虫の声もある。


こういう場が、いつからか当たり前になっている。七人が誰かのために黙って動いて、誰も大げさなことは言わない。ただ、干し肉を柔らかくして、前に置く。それだけのことが、こんなにも静かに、当たり前のように起きている。


「今夜の見張りをどうするか」


ティオが口を開いた。


「交代制にする。二人ずつ。三交代」


ヴァルドが答えた。


「最初は俺とレティシア。次がティオとエルンスト。最後がセレナとクロカワ」


「ルグは?」


「ルグはルイスの側にいてくれ。何かあった時に対処できる人間がいた方がいい」


「分かりました」


「ゼルの様子は?」


「今は安定しています。意識が戻るとしたら、夜明け前後かと。ただ、足首に負担がかかっていますから、目を覚ましてもすぐには動けないはずです」


「そうなる前には此処を出る。夜明けより前に動く」


「移動先は?」


「学校への帰路を取りながら、街道まで出る。街道に出れば人目がある。ゼルの組織も動きにくくなる」


「ゼル本人はどうするんだ」


クロカワが拘束されたゼルを見ながら言った。縫われた腕をそっと庇いながら。


「縛ったまま連れて行く。街道に出たところで騎士団か冒険者ギルドに引き渡す」


「引き渡したとして、この人が大人しく拘束されたままでいるかな」


「いないかもしれない。ただ、街道に出れば其処で動くことがゼルにとっても不利だ。組織の動きが外に知れる」


「・・・そうか」


「何か他に気になることがあるか」


「いや、ない」


それで話はまとまった。

ルイスはいつの間にか食べ終えて、蔵の床に座ったまま目を細めていた。眠そうだ。三日間まともに眠れていなかったのだろう。


「眠くなったら、眠っていい。今夜は見張りがいる」


レティシアがそう言うと、ルイスは少し迷った顔をした。


「・・・起きてたい」


「何故?」


「眠ったら、また一人になりそうで」


「眠っても、此処にいる」


「・・・ほんとに?」


「ほんとに」


ルイスはそれを聞いて、もう一度周囲を見渡した。ヴァルドが壁に背を預けて目を閉じている。セレナがバッグを整理している。ルグが静かに傍に座っている。エルンストとクロカワとティオが小声で何かを話している。


「・・・分かった」


ルイスは壁に背を預け、目を閉じた。

しばらくして、規則正しい呼吸になった。・・・眠った。

レティシアはその寝顔を一度見て、視線を扉の方に戻した。


「見張りを始める」


「ああ」


ヴァルドが立ち上がり、扉の傍に移動した。レティシアも続いた。蔵の外は思ってた以上に静かだった。

星が多く、雲がなく、空が広かった。村の輪郭が闇の中にぼんやりと浮かんでいて、煙もなく音もない。


「今夜は何も来ないといいな」


「来ないかもしれない。来るかもしれない」


「どちらだと思う?」


「来ない。ゼルの組織はボスを失った。他に動ける戦力がどれだけ残っているか分からないが、今夜すぐに再編成はできない」


「そういえば・・・」


レティシアがふと思い出した。


「今日、誰かに見られていた気がした」


「・・・いつ?」


「村についてから、ずっと。ゼルを追っている間も。気配は感じなかったけど、悪寒が走る視線だった。多分観察してた」


「観察?」


「攻撃の意図はなかった。ただ、見ていた。でも、村を出る時には消えていた」


ヴァルドはそれを聞いて、少しの間黙った。


「何者だと思う?」


「分からないけど、ゼルの組織とは別だ。ただ、敵意はなかった」


「敵意がなければ、味方というわけでもない」


「そうだね」


「・・・明日以降、また動く可能性がある」


「そうなれば、その時に対処する」


「そうだな」


風が一度、吹いた。夜の冷たい空気が流れて、遠くの草が揺れた。


「レティシア」


「何?」


「今日よくやった」


「そう?」


「ゼルから子供を連れ戻した。それだけで、今日の最大の成果だ」


「・・・ヴァルドにしては素直だね」


「事実を言っただけだ。」


レティシアはその言葉を聞いて、少しだけ口の端が動いた。


「それ、私がよく言うやつだ」


「そうか。うつったかもしれない」


「やめて。」


「俺だって嫌だ」


「「・・・」」


二人とも、黙った。

おかしいな、と思う。こうして夜の見張りをしながら、何でもないことを話せる。ヴァルゼン帝国にいた頃は、こういう時間がなかった。あったとしても、お互いに黙って歩いていた。


今夜は沈黙も悪くない。それ以上でも以下でもない。ただ、ここにいる。


そのままの静けさが、二人の見張りの交代時間が来るまで続いた。


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