リカノ村
昼食は適当なお店でさっと済ませた。出発前に腹を満たす、それだけが目的だった。
正門前に全員が揃ったのは、昼食から三十分も経たない頃だった。
「全員いるか?」
ヴァルドが確認すると、6人分の返事が返ってきた。セレナのバッグは昨日より明らかに膨らんでいる。
「それ、重くない?」
「大丈夫!」
クロカワがその光景を見て、セレナを心配して聞いてきたがそう言い張った。多分大丈夫じゃないと思うが、今は言わないでおく。ほんとにヤバくなったら、手伝お。
「じゃあ行くか」
「ちょっと待って」
ヴァルドが正門を出ようとするとセレナが引き留めた。
「どうしたの?」
「実はこんなの見つけたの~」
「それはカメラか?なんでそんな物を持ってるんだ?」
「へぇ~カメラっていうんだ。昔、ティオと村に住んでいた時に行商人からもらったの。その行商人から風景を取ることができるって言ってたけど、出張任務がてら撮ろうかと思って」
「使い方は分かるのか?」
「いや全く。」
「じゃあなんで持ってる?」
「使い方分かればいいかなと思って・・・」
「ちょっと貸して」
セレナがクロカワにカメラを渡した。それを見たクロカワは懐かしそうな顔をしていた。
「へぇ~チェキカメラだ。でもこの形とこの高機能・・・僕がここに来てからずっと先の品物だな・・・」
「それで、使い方分かった?」
「まあね。僕にとっては未来発明だけど、使い方は変わっていないっぽいから、とりあえず撮ってみようか」
「邪魔にならないように、あのベンチで撮ろうか」
ティオがベンチの方を指さしながら言った。その後、流れ的に私は一緒に写真を撮ることになった。
「あ、これタイマーとかついているんだ」
「なら、みんな撮れるじゃん」
「レティシア、はよこい」
「分かったよ、行きますよ」
「エルンスト、言い方」
「あ、はい。ごめんヴァルド」
「「「パシャッ!!」」」
写真がチェキカメラから出てきた。その写真は皆綺麗に映っていた。仲良くピースをしていて、その顔は皆、今の人生を楽しんでいるような楽しそうな顔をしていた。が・・・
「ねえ、クロカワ君。何で7枚連続で出るのよ」
「連続投影になっていたのでしょうか?」
「すみません。セレナの大事なフィルムを無駄に使って・・・」
「でもよかった。これで皆同じ写真を持つことができる」
「たしかにね、レティちゃん」
レティシアは写真を受け取って、その顔を一人ずつ見た。
セレナが眩しそうに目を細めて笑っている。ヴァルドは前を向いたまま、口元だけが少し上がっている。エルンストは正面を向いて淡然としている。ルグはかすかに微笑んでいて、クロカワは飛び切りの笑顔だ。ティオは全員の位置を把握しているような目をしている。
全員が、同じ写真に収まっている。
これが七人で写真を撮った、最初の記録になる。
「そろそろ、移動を開始するぞ?写真は絶対無くすなよ?」
ティオがそう言い、七人は正門を出た。
出る途中、ヴァルドがたくさんの若手の魔法使い冒険者に囲まれていたけど、駆け出し魔法使いに魔法を教えていたんだろうな。たくさんいるってことは、こんなにも慕われてるんだね。
ヴァルドが魔法を教えるのは、戦いたいからじゃない。魔力の制御が下手な魔法使いが増えれば、その分だけ魔物も増える。それを減らしたいから、ヴァルドは自分の時間を割く。その考えがなければ、あれだけ多くの駆け出しが慕いには来ない。
戦いが好きな人間が、同時に戦いが生まれないようにも動いている。それがヴァルドという人間の、一番分かりにくくて、一番まっとうな部分だと思う。
リューラ街道に出るまでは、村道を東に向かって歩く。この道は何度か課題で通っているが、東端まで行ったことはない。街道に出れば、あとは道なりだ。
道中は静かだった。
おしゃべりをしない、というわけではない。ただ、いつもよりも会話が少なかった。リカノ村のことが、全員の頭の隅に引っかかっているのかもしれない。
「ねぇ、着くまでどれくらいかかるの?」
「地図だと、徒歩で二時間ちょっとってところかな」
「なら夕方前には着くね」
「そうだな」
それきり、また静かになった。
リューラ街道は整備された石畳の道だ。両脇に草地が広がり、遠くに丘の稜線が見える。空は高く、雲が少なかった。これほど穏やかな景色の中を歩いていると、これから向かう先のことが、どこか現実と切り離されているように感じる。
一時間ほど歩いたところで、クロカワが口を開いた。
「そういえば、ラズロイ先生って、今頃何処にいるんだ?」
「三世界崩壊を止めに行ってるんじゃないの?」
「さらっと言うね、セレナさん」
「だって本人がそう言ってたし」
「まあ・・・そうなんだけど」
街道の終わりが見えてきた頃、ティオが地図を広げた。
「次の分かれ道を右に入ったら、リカノ村の入口になるはずだ」
分かれ道を曲がった。石畳が途切れ、踏み固められた土の道になる。両脇の草丈が少し高くなり、街道の開けた視界が消えた。
その道の先に、村の輪郭が見え始めた。
だが、何かがおかしかった。
村から、煙が上がっていない。炊事の煙も、暖を取る煙も、何一つ。それだけじゃない。音もない。犬の声も、子供の声も、農作業の音も。
全員が自然と足を遅らせた。
「・・・」
レティシアは無言のまま、剣の柄に手をかけた。
「これは・・・ひどいね」
村の住民の死体が転がっていた。一人や二人ではない。入り口だけで二十人、殺されていた。老人も、若い男も、女も。倒れ方からして、逃げようとしていた者もいれば、その場に崩れ落ちた者もいる。
この光景を見た、皆、あまりの惨状さに皆一瞬ではあるが動揺した。セレナは死臭に鼻をやられたらしく、鼻栓を付けた。
「セレナ、大丈夫か?」
「ティオ、大丈夫だよ」
ルグの表情は変わらず、視線が死体の一つひとつを静かに追っていた。怪我の状態を確認しているのかもしれない。
ヴァルドは剣の柄を掴んだまま、唇を一度だけ引き結んだ。感情を整理するような間だった。それから、すぐに表情が戻る。
魔物による被害でも、駆け出し魔法使いの暴発でも、大勢が死ぬことはある。ヴァルドがいくら魔法使いを育てようとしても、こういう光景は消えない。それを知った上で動き続けているのが、ヴァルドという人間だ。
エルンストは何も言わず、死体の倒れ方を一瞥した後、視線を村の奥に向けた。クロカワだけが、口元を押さえながら少しだけ目を逸らした。
「・・・全員死亡か」
「入口周辺だけで二十人。村全体なら・・・」
ティオが言いかけて止まった。続きは言わなくていい。全員が同じことを考えていたから。
レティシアは剣の柄を握ったまま、周囲を見渡した。
建物に燃えた跡はない。荒らされた形跡も、表面上は少ない。だとすれば、略奪が目的ではない。村人を殺すこと、それ自体が目的だった可能性がある。
「死体の状態を確認する。ルグ、一緒に来て」
「分かりました」
「ヴァルド、ティオ。周囲の警戒を頼む。まだ敵が残っている可能性がある」
「ああ」
「了解」
「エルンスト、クロカワ、セレナちゃん。村の奥に生存者がいないか確認したい。ただし、単独行動は禁止。必ず二人以上で動いて」
「分かった」
「わかった」
「うん」
レティシアはルグと並んで、最も近くに倒れていた死体の傍にしゃがんだ。
傷口を見る。鋭利な刃物によるものだ。一撃で急所を貫いている。抵抗した形跡がほとんどない者も多い。
「そうね。逃げる間もなかった者が大半だ」
「それと、これを見てください」
ルグが別の死体の傍に移動し、その手元を指した。レティシアは覗き込んだ。
死体の手に、何かを握りしめた跡があった。しかし、その手の中は空だ。何かを奪われた、あるいは何かを渡そうとして間に合わなかった。
「・・・何を持っていたのかしら」
「分かりません。ただ、これだけ速く、確実に殺せる者が相手なら素人ではない」
レティシアはその言葉を聞いて、視線を村の奥に向けた。
「それと・・・」
「どうした?」
「死体から死臭がする・・・今の季節は夏。てことは今から二、三日前には死んでいた可能性が高い」
「連絡が途絶えたのが三日前・・・」
「つまり、連絡が途絶えた原因は通信手段の障害や封鎖ではなく、村人が全員その時点で既に・・・」
ルグは最後まで言わなかった。言わなくても、意味は通じた。レティシアは立ち上がり、村の奥に目を向けた。
この村はもう三日間、こうして誰にも気づかれないまま、こうなっていたということだ。
「レティシア」
ヴァルドの声が後ろから聞こえた。振り返ると、ヴァルドが紙を持っていた。その紙は役所で見つけた戸籍情報だった。
「どうしたの?ヴァルド」
「今、本当に村人全員皆殺しにされてるかの確認をしていたんだが、一人だけ生き残りがいることが分かった」
「誰?」
「10歳の少年の『ルイス・カルファド』なんだが、律喰の贄となる存在なんだ・・・」
「律喰の贄ってことは、この少年が死んだら・・・」
「三世界は崩壊する」
律喰の贄とは、三世界の均衡を保つ存在の、世界律を稼働させるためのエネルギーのような存在だ。世界律のエネルギー切れが近づくと、地上界のランダムな人間を律喰の贄として選定する。選定された人間は、その身を捧げ、融合し、生きている限り世界律のエネルギーを供給し続けるのだ。極稀に、融合をせずに世界律のエネルギーを供給し続ける者もいるが、それは後程。
そして、贄が死んだ場合、世界律は即座にエネルギーを失い、三世界の均衡が崩れる。その結果が、ラズロイ先生が言っていた三世界崩壊だ。
「・・・だから、この村が狙われた」
「そうだ。ルイス・カルファドがこの村にいた。それが理由で村ごと皆殺しにされた可能性が高い」
「少年を孤立させるために?」
「あるいは、逃げ道を塞ぐために」
ヴァルドはそう言いながら、戸籍の紙に視線を落とした。
「この子の居場所は分かるの?」
「戸籍には住所が記載されているから、村の地図と照合すると・・・」
ヴァルドは地図を広げ、一点を指差した。
「村の外れ。丘の裏側に小さな家がある」
「まだそこにいるとしたら?」
「三日間、一人でいたことになる」
誰も言葉を続けなかった。十歳の子供が、村人全員が殺された後、三日間一人でいた。それがどういう状況なのか、想像するだけで胸の中に重いものが落ちてきた。
「急ごう・・・ただ、一つ問題がある」
「何だ?レティシア」
「これだけの大人数を恐らく一日で殺した。てことは、もし敵が手練れ、または大人数となる場合、戦闘は避けられないよ?」
「それは分かってる。ただ、今の段階では敵の数も実力も分からない。下手に戦闘に持ち込むより、まずルイスを確保することが最優先だ」
「同意。子供を安全な場所に逃がしてから、それから考える」
「逃がすって、どこに?」
後ろから現れたセレナが質問をしてきた。後ろを見ると、エルンスト達がいる。てことは粗方、生存者の捜索は調べ終わったんだろう。
「逃がす先は、後で考える。今は少年の安否確認が先だよ」
ティオがそう答えた。セレナは頷いたが、その表情にはまだ不安の色が滲んでいた。セレナはこういう場面になると感情を表に出す。だが、それでも動けるのがセレナだ。
「・・・それで、生存者の捜索の結果は?」
レティシアがエルンストの方を向くと、彼奴は答えた。
「村の東側と中心部を一通り確認した。生存者はいない。建物の荒らされた形跡もほとんどない」
「・・・そうか」
「一先ず、ルイスを探す」
レティシアはそう言い切ってから、ヴァルドの持っている地図に視線を落とした。村の外れ、丘の裏側。現在地からおよそ五分ほどの距離だ。
「行こう」
七人は村の中を抜け始めた。
倒れた死体の間を縫うように歩く。踏まないように気をつけながら、でも足を止めないように。今は一人の子供の命が先だ。それ以外のことは、その後で考える。
村の空気は淀んでいた。死臭と、それに混じって何か別の、金属的な匂いがした。血の匂いだ。三日経っても消えない量の、血の匂い。
村の外れに差し掛かると、道が土になり、両脇の草が高くなった。丘の裏側に回り込むように細い踏み分け道が続いている。その先に、石造りの小さな家が一軒あった。
家は小さかった。窓は閉められていて、扉も閉まっている。煙突から煙は出ていない。外から見る限りでは、ひっそりとしている。
だが、レティシアは歩みを緩めながら、その家の窓の端に一瞬だけ視線が動くのを見た。カーテンが、ほんの少しだけ揺れた。
「中にいる」
小声でそう言い、ヴァルドに目配せした。ヴァルドも同じものを見ていたのか、僅かに頷いた。
「私が話す。全員少し下がって」
誰も異論を挟まなかった。六人が数歩後ろに引き、レティシアだけが家の扉の前まで進んだ。剣から手を離した。武器を持っていないことを示すために、両手をそっと広げて、扉に向かった。
扉に着き、ドアノブを持って扉を開けようとした瞬間、突如として家が爆発した。
地面を揺さぶるような轟音ではなく、鋭く炸裂するような破裂音だ。それと同時に、扉が内側から弾け飛ぶ。レティシアは咄嗟に身を翻し、飛来する木片を肩で受けながら距離を取った。
「レティシア、無事か⁉」
「私は大丈夫。私は」
セレナの声を制して、レティシアは煙の中に視線を走らせた。扉の枠が残っていた。爆発の起点は扉の内側ではなく、扉そのものに仕掛けが施されていたようだ。
「罠が仕掛けられたのか」
「そんで、もし子供が巻き込まれたら俺たち皆、極刑だぜ?・・・ってあれは・・・」
クロカワがそんなことを言うと、視界の端で変な格好をした人間が、子供を持ってどっか行くのを見掛けた。その光景を見たクロカワは指し、その方向に七人全員の視線が向いた。
全身を黒い外套で包み、頭から布で顔を隠している。腕に、小さな人影を抱えていた。子供だ。抵抗している様子はない。気を失っているか、あるいは。
「追う。セレナちゃん、ルグ、ルイスの身体確認を頼む。エルンスト、クロカワ、村周辺の警戒。ティオとヴァルドは私と来て」
「させん」
森の陰から、複数の人間が現れた。数はざっと、20人ちょい。その人間も同様に、全身を黒い外套で包み、頭から布で顔を隠していた。恐らく仲間だろう。
「誰?・・・って、レティちゃん行動早すぎでしょ!!!」
レティシアはこの場にはいなく、既に子供を攫った方を追っていた。
「あ~あ、あの子絶対死んだ」
「そうだな。だって、あの子が追っている方は、世界律解放同盟のボスでもあり、最高戦力の『ゼル・ヴァリオン』様だもんな」
「取り合えず、此奴ら全員ブッ殺してやる」
そう言うと、黒外套の人間たちは色んな武器を取り出した。一人は短剣、一人は槍、一人は弓、一人は杖と全員が違う武器でバランスの取れたパーティーになっている。
「そうそう最後にいいこと教えてあげる。ブッ殺してやるってセリフは・・・終わってから言うもんだぜ。」
「クロカワ・・・すげー煽るじゃん」
「追いついた。」
レティシアは、ゼルに追いつくと近くの石を子供に当たらないように狙いを定めて、猛スピードで投げつけた。石はゼルの頭に当たり、動きが鈍くなった。
その瞬間をレティシアは見逃さず、すぐに長剣を抜いて切りかかった。だが、ゼルは間一髪で短剣を取り出し、レティシアの剣を受け止めた。
「・・・なるほど、追いついたか」
ゼルの声は予想外に落ち着いていて、その声音に動揺の欠片もないことは分かった。
「その子を、置いていけ」
「嫌だね」
「なら、その子を置かせる」
「試してみろ」
「・・・足が広すぎる。そんな構えで刃の間合いに入ったら、勝手に転ぶよ?大丈夫?」
「・・・クソガキ、いやメスガキと呼んだ方がいいかな???」
「どっちも嫌。剣が迷子になっている耄碌お爺さん」
それを聞いたゼルは、何かがはち切れる音が聞こえたと同時にレティシアの方に襲い掛かった。
はち切れる音が聞こえたと同時にレティシアの方に襲い掛かった。




