咖喱
帰り道は思っていたより長かった。
廃豪邸があったのは村の外れも外れ、街道からも外れた丘の斜面だ。草地の細い獣道を下り、石畳の村道に戻るまでの間、ずっと夕暮れの中を歩くことになった。
「レティちゃん~・・・おなかすいた」
「さっき食べた」
「乾燥パン一切れで満足できる胃をしてないもん、私は」
「そのためのバッグじゃなかったの?」
「次からはちゃんと入れてくる。」
「次もこういう状況になる想定をしてるの?」
「ならないように気をつけるけど!!!」
学校の課題、と言えば聞こえはいいが、実際のところ今回の依頼は難易度の設定が甘すぎた。迷宮虫は確かにFランク相当の魔物に分類されてはいるが、あの「迷宮化」能力の対処法を知らない冒険者が突入すれば、体力と食料が尽きるまで閉じ込められて終わりだ。Fランクという数字が実態と食い違っている典型例と言っていいだろう。
それを踏まえた上での課題なのかもしれないけど。
「ねえ」
「何?」
「レティちゃんって、学校に来る前は何してたの?冒険者?」
「そう。故郷のヴァルゼン帝国を拠点として活動してた。セレナはどうなの?」
「私?私は幼馴染のティオと一緒に冒険者をしていたよ~」
「ティオ・・・ああ——ヴァルド、エルンスト、クロカワ。あの三馬鹿のお目付け役か」
「ふふっ、三馬鹿w」
「何よ?ヴァルドの事、馬鹿にしてる?」
「してないよwむしろ、レティちゃんこそヴァルド君のこと馬鹿にしてんじゃんw」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、事実を言ってる」
「それが馬鹿にしてるってことじゃんw」
「馬鹿な行動を繰り返す奴を馬鹿と言って、何が悪いの?」
「いやまぁ・・・そうなんだけど」
セレナが笑いを堪えながら言った。頬が少し赤いのは夕暮れのせいだけじゃないと思う。
「そういえば、レティちゃんってヴァルド君とはどういう関係なの?幼馴染?」
「・・・友達」
「はは~ん・・・そ~ゆう関係なのねw」
「違う。ただの友達」
「え~?本当に~?」
「本当。」
「でもさ、顔赤くない?」
「夕暮れ・・・」
「じゃあ、なんで目逸らしてるの~?」
「・・・歩きにくいところがあった。」
「どこ?道、真っ平らだよ?」
「!・・・」
レティシアは黙りこみ、セレナがくすくすと笑った。
それ以上追求してこないあたり、セレナは意外と読めない人だな。笑うだけ笑って、さっさと話題を変えてしまう。それが嬉しいような、そのまま突っ込んでほしいような・・・
レティシアによくわからない気持ちが、胸の中で行き場なく揺れた。
・・・一体、何を考えているんだ、私は・・・
「そ~いえばさ、ヴァルド君って、ちょっと変わってるよね」
歩きながら、セレナが聞いてきた。話題は変わっていたが、流れはしっかり続いていた。
「変わってるって?」
「正義感が強いのに戦闘狂なんだよね・・・」
「確かに。とは言え、クロカワとエルンストだって頭おかしいけど」
「クロカワは鉄砲玉すぎるし、エルンストはマッド魔法使いだからね・・・ティオがどんだけ苦労したかわかってるのかな?あの2人・・・」
「ヴァルドもこの2人のこと愚痴ってたし。」
「マジで?」
「マジ。」
そうこうしているうちに、視界の先に村の輪郭が浮かび上がってきた。のどかな田舎の村といった風情があり、特別な警戒態勢が敷かれているような様子もなく、ごく普通の平和な村だ。
そして、村の入り口へと差し掛かった時、二人の目に一つの人影が映った。
その男はヴァルドだった。ヴァルドは、二人が来ることを予期していたかのように、正門の前でこちらを見据えていた。
「ヴァルドじゃん〜何やってるの?後ティオは?」
「レティシアを待ってた。ティオは学校の補修に追われてる」
「珍しいね。ティオが補修に追われてるの」
「何やらかしたのかしら?後で私からも説教をしないと・・・」
そういうとセレナの顔が、少しづつ般若の顔になっていく。これ以上刺激したら、巻き込まれそうだ。
レティシアがそう思った矢先、ヴァルドがセレナの頭を軽く叩いた。
「まぁ、落ち着け。ティオが自ら補修を希望したんだ」
「え?そうなの?」
セレナが般若の顔から、元のセレナの顔に戻っていく。よかった、巻き込まれなくて。
それよりも・・・
「それで、何でティオは自ら補修を希望したの?」
「なんかCランクの昇格試験を受けるんだと」
「へぇ・・・ヴァルドは受けないの?」
「俺はいいや。そこまで冒険者という立場に執着しているわけじゃない。ただ、弱者を守るため。強いやつと戦いたい。それだけだよ」
「相変わらず戦闘狂ね・・・」
セレナが呆れながらヴァルドにそう言い放った。
ヴァルドは特に気にした様子もなく、それを認めた。肯定する気も否定する気もない、ただ事実として受け取ったような返し方だ。
「そういえばさ、ヴァルドは色んな人に魔法を教えているんだっけ?」
「まあ、そうだな」
「なんか理由あるのかなって思って」
「ああ、魔法の技術が進めば魔物の発生も少なくなるだろうと思って」
「と言うと?」
セレナが首をかしげながらヴァルドに聞いた。
「そもそも、魔物は魔法使いから出る。駆け出し魔法使いからは特に。だから、その人たちを一人でも減らすようにと思って、魔法を教えているんだ。そうすれば、魔物の発生は減るし、育成した魔法使いが、弱者を守ることができる」
ヴァルドがそう言った時、その目はいつもの軽さとは少し違っていた。普段は戦いに向かっている目が、今は何かを守ろうとしている目をしていた。
レティシアはその横顔を、ほんの一瞬だけ見た。
魔力の制御が優秀な魔法使いを育てることで、制御しきれない魔力が魔物になるのを防ぐ。遠回りだが、確かな話だ。ヴァルドなりの、魔物を減らすための理屈。
そして、この学校でヴァルドが一番信じているのはおそらくそのことだ。戦って倒すより、生まれないようにすること。
「でも、ヴァルド。貴方って火魔法で何回か自爆してたよね?」
「気のせいだろ?」
「気のせいじゃない。」
「で、レティシア。任務はどうだった?」
逃げたな。
「完了。迷宮虫、倒してきた」
「報告書は?」
「廃豪邸の後始末と一緒に提出するつもり」
「そうか」
それだけ言って、ヴァルドは少し黙った。何かを確認するように、レティシアの全身を上から下まで一度だけ見始めた。
「・・・怪我は?」
「ない。」
「そうか」
ヴァルドはそれ以上何も言わなかった。
二人の会話とその様子をセレナがにやにやしながら眺めていた。
「ヴァルド君、心配してたんだ」
「心配じゃない。確認だ。」
「同じことだよ~」
「違う。」
「どう違うの?」
「心配は感情だが、確認は行動だ。俺はただ、必要な確認をしただけだ」
「すごい、ヴァルド君の理屈って一周回って面白いよね。レティちゃんにそっくり」
「「そっくりは言いすぎ」」
レティシアとヴァルドの声が、見事に重なった。
「「・・・」」
「あははははは!!!やっぱり似てるじゃん!!!」
セレナが腹を抱えて笑った。その声が夜の静かな村道に響いて、門火の傍に立っていた衛兵が一瞬こちらを振り向いた。
レティシアとヴァルド、二人とも無言だった。しかし、二人とも僅かではあるが顔を背けていた。
胸の中に、さっきの違和感がまた戻ってくる。
ヴァルドが自分の怪我を確認した。それだけのことだ。
なのに、何故こんなに落ち着かないんだ、私は。
「・・・そうだ、エルンストが『異世界の料理作ったらしいから、それ食べようぜ』って言ってたけど食うか?」
「異世界の料理・・・また食べたい」
「へぇ~異世界の料理か・・・地上界のものとは全然見た目が違うけど、その分美味しいんだよね~」
「それじゃあ、レティシアとセレナも食うってことで良いか?」
「いいよ。」
「いいよ~」
「分かった。学校の食堂で食うから6時に集合で」
そう言い、ヴァルドは学校の男子寮がある方へ向かっていった。その後ろ姿は、いつもの正義感が強く感じた。
「うちらも戻ろっか」
「そうだね」
そう言うと、二人は女子寮へ向かって歩き、途中でセレナと別れて自身の寮部屋に帰った。壁に掛けられた時計を見ると、針はまだ5時を指していたため、レティシアは椅子に座り、仕方がなく迷宮虫討伐の報告書を書き始めた。
壁に掛けられた時計の針が六時を指した瞬間、レティシアは椅子から腰を上げ、部屋を出た。
廊下を歩くたびに、夕暮れどきの橙色が窓ガラスを染めていた。学校の食堂は一階の奥まった場所にあるため、意外と遠い。
引き戸を開けると、待ち合わせの場所にはすでにエルンスト以外クラスメイト全員が座っていた。自分だけが最後だったことに気づいて、レティシアは小走りになった足をそっと緩めた。
「お、レティシア来たか」
「ねぇ、みんな早くない?てか、ルグ・・・その怪我、どうしたの?」
「エルンストの実験体になりました。その結果がこれです」
「どゆこと?」
レティシアの視線の先には、ルグが全身に包帯を巻き、目の下に薄く隈を作った状態で椅子に座っていた。表情そのものはいつも通り穏やかだが、よく見ると右頬にも小さな痣がある。
ほんと、何が起きたんだ?
「エルンストが『複数の属性を掛け合わせた魔法を使ってみたい』と言いまして」
「断れなかったの?」
「断ったんですが、気づいたら拘束魔法で縛られていました」
「「「「「は?」」」」」
「・・・そのエルンストは何処にいる?」
「多分、料理中じゃないかな?僕の描いたメニュー表、分かりずらかったかな?」
「クロカワ、あのメニュー表は事細かに書きすぎて理解できない人がいるぞ?」
「またまた~、ティオさんはある程度理解できたじゃないですか~?」
「俺じゃなく此奴らが理解できてないんだ」
そう言うと、ティオはレティシアとヴァルドの方を指さした。なんか、腹立つ。それって、私たちが馬鹿って言いたいわけ?
そうこうしているうちに厨房の奥から大皿を持ったエルンストが現れた。
その大椀からは、湯気が立ち上っていてそれが廊下まで漂って来る。
「ほい、できた」
エルンストはテーブルの中央に大皿を二枚置いた。
一皿目には白い米が山盛りになっていた。白く輝いていて、一粒一粒が立っている。米粒の間から湯気が立ち上り、炊き立て特有の甘い香りがじわりと広がってくる。
二皿目には茶色いとろみのある汁が大きな肉や野菜と一緒に入っていた。じっくり煮込まれた根菜の柔らかそうな輪郭、溶けかけた玉ねぎ、ごろりとした肉の塊。スパイスとも香草とも違う、深みのある匂いが鼻をくすぐる。
「エルンスト、これなに?」
「異世界の料理の咖喱だ。色んな食べ方があるらしいが、今回は米にかけて食べる」
「かれー?」
「初めて聞いた」
「クロカワが作ったレシピを再現しようとしたんだけど、途中で材料が足りなくなってオリジナルになった部分もあるかも。クロカワとルグは食べてみれば分かるよ」
全員がしばらく無言で大皿を眺めた。
最初に手をつけたのはヴァルドだった。米とカレーを皿に取り分け、スプーンで一口。
「・・・うまい」
「マジで?」
「ああ。なんか、今まで食ったことない味がする。でも不思議と馴染む」
セレナが続いて一口食べた。目が少し丸くなった。
「何これ、すごい。複雑なのに、まとまってる」
「だろだろ~」
エルンストが機嫌よく笑った。
レティシアも皿に取り分けて、スプーンを口に運んだ。
「・・・!」
温かい。それは当たり前のことだが、それ以上の何かがあった。スパイスの香りが鼻を通り抜け、甘みと辛みが舌の上でぶつかり合い、それでも最後には丸くまとまる。肉の旨みが溶け込んだとろみが、米粒一つひとつに絡んでいた。
「おいしい」
「よかった。異世界の料理は手間がかかるけど、食べてもらうと嬉しい」
エルンストはそれ以上話さなかった。もともとそういう人だ。話したいことだけ話して、それ以外はするりと流す。
食堂の外では、夕暮れが終わりかけて、空の色が藍色に変わり始めていた。窓越しに、星が見えた。
「これ、米って言うんだったっけ?」
「そう」
「うちの国では食べないな。見たことなかった」
「俺もだ」
「ヴァルゼン帝国でも?」
「私もない」
「フィンペル王国も見たことないな。一体誰が作ったの?やっぱクロカワかルグ?」
そうエルンストがクロカワとルグに聞いた。ルグは何も知らないらしいが、クロカワは・・・一心不乱に咖喱を食べている。そのため、ティオがクロカワの頭を叩いて、エルンストはクロカワに聞いた。
「米を作ったのはクロカワ、お前か?」
「買ったのは僕だけど米は作ってないね。学校でだらだら過ごしてた時に、偶々行商人がやってきてその米を買った」
「それ食べて大丈夫なやつなの?」
「一応、検査とかしまくったけど、毒になるものは見つからなかったよ。ただ・・・」
「ただ?」
「な〜んか、行商人の気配に違和感を感じたんだよね。勇者っぽい気配だったけど、人間っぽくなかったんだよ」
「名前ってわかる?」
「確か、行商人は『アラド』って言ってた気がする」
「アラド・・・どこかで聞いた名だ」
それを聞くと、ティオは少し考え込んだ。もしかして、そのアラドとティオは知り合いなの?だとしたら、セレナも知ってるはずだけど・・・いや、セレナは能天気気質があるから覚えてないかも。
「そのアラドって奴、どんな奴だったか?」
ヴァルドがクロカワにそう聞くと、クロカワは米を買った時の行商人の姿を思い返した。
「全身を布で隠してたから体型からは男か女か分からなかったけど、声は女寄りだった。身長は155cmぐらいだったから、年齢は僕らと大して変わんないじゃないかな?後、米を買った時ガッツポーズをしてた。」
「それだけ?」
「ごめん、それだけ」
「そうか・・・」
「まぁ、それは後で考えよう。まずは、俺の作った料理を完食してくれ。残したやつは全員、俺の魔法の実験体になってもらうから」
「はぁ?エルンスト、君はね!人をもっと大事にしてよね!」
セレナがそうツッコミ、それを聞いたエルンスト以外全員が首を縦に振って頷いた。
ルグがそっと目を細めた。一瞬だけ、その表情が柔らかくなる。いつもは何を考えているのか分からないルグが、こういう場ではほんの少しだけ表に出た。
セレナはクロカワの隣で、半ば抗議のように「次は絶対に実験させないからね!」と声を上げながら器を手に取っていて、その横でティオは静かに笑っていた。目は柔らかくて、でも何かを見透かしているような表情だった。
こういう場が、少しずつ当たり前になってきている。
最初は七人並んでいても、それぞれがバラバラに存在していた。今も決して近いとは言えない。でも、誰かが言った言葉に誰かが反応して、そこに笑いが起きる。それが自然にできるようになってきた。
レティシアはそれを、少し遠くから眺めるような感覚で見ていた。自分もその中にいるはずなのに、どこか見物しているような気がする。これが当たり前になるのが、まだ少し不思議だった。
しばらく食べながら、そんな話が続いた。
戦争のこと、学校のこと、課題のこと・・・そういうことは、この場では誰も話さなかった。話さなくていい場だった。ただ、エルンストが作った見たことのない料理を食べながら、それぞれが思い思いに言葉を出した。
ルグが包帯の腕で器用にスプーンを操りながら、少し涙声でエルンストを呼んだ。
「久々に故郷の食べ物が食べれた。まだ、ありますか?」
「エルンスト、おかわりある?」
「あるよ」
「俺もいいか?」
「ヴァルド、そういうとこが頭おかしい」
「レティシアにだけは言われたくない。お前だって先週、魔物の解体を三時間ぶっ続けでやってただろ?」
「あれは仕事の効率化のための研究」
「どこがだ」
「・・・」
「「ふふ、あははは!」」
セレナとティオが同時に吹き出した。
それを片目にルグとクロカワが静かにおかわりをよそっていた。
クロカワはいつも少し浮いているように見えるが、こういう時だけは静かに場の空気に溶け込む。おかわりをよそうルグの隣で、当然のように同じことをしている。二人の間に会話はなかったが、不思議と空間が成り立っていた。
この七人でいると、思いがけない組み合わせで空間ができる。セレナとティオ、ルグとクロカワとエルンスト、ヴァルドと自分。どこかで誰かが繋がっていて、それが少しずつ一つの場を作っていく。
まだ全員が打ち解けているわけじゃない。ルグとレティシアの間には、言葉にならない距離がある。クロカワの思考は時々誰にも追えない方向に飛ぶ。エルンストは人を実験体にする。
それでも、今夜この場にいることを誰も嫌だと思っていないのは、おそらく確かだった。
食事が終わって、各々が食堂を出ていった。
レティシアが席を立ったとき、ヴァルドがすでに入口の近くに立っていた。先に出ようとして、少し待っているような様子だった。
道が途中までは同じなため、一緒に廊下を歩き始めた。
並んで歩くのは、今日で何度目だろう。ヴァルゼン帝国にいた頃も、こうして道場からの帰り道を二人で歩いたことがあった。
あの頃は何も話さなかった。ヴァルドは負けた悔しさを抱えたまま黙って歩いていたし、私も別に話しかけなかった。それが今は、なぜか自然に話してしまう。その理由は一体なんだろうか。
ヴァルドがふと話しかけてきた。
「今日の迷宮虫の話」
「さっきも聞いた。」
「違う。もう少し詳しく聞かせてほしい。目を閉じて動いた、そのことを」
「何で?」
「剣術に応用できないか考えてる。目に頼らない動き方を、もっと練りたい」
「・・・」
レティシアは少し考えた。
「今日やったのは、目を閉じることで偽の視覚情報を遮断した、というだけのことだ。戦闘中に目を閉じるのは別の話になる」
「分かってる。でも、視覚に頼りすぎることの弱点を考えるきっかけになった。お前から話を聞いて、もう少し整理したかった」
「先に気配の感知を鍛える方が先だと思う。例えば魔力感知とか。目を閉じることが目的になったら本末転倒だから」
「そうだな。ありがとう」
「・・・」
廊下の窓から、外の星空が見えた。昼間から数えると、ずいぶん長い一日だった。廃豪邸の中で閉じ込められ、目を閉じて歩き、セレナと並んで夕暮れを歩き、ヴァルドと再会して、エルンストの料理を食べた。
「レティシア」
「何?」
「明日から補修が終わったティオも戻ってくる。しばらくは課題も落ち着くだろうから、訓練を再開しようと思う。付き合うか?」
「いいよ」
「早朝でいいか。五時半」
「分かった」
「じゃあな」
女子寮と男子寮の分かれ道に来た。ヴァルドは一度だけこちらを振り返って、それから自分の方向に歩いていった。
レティシアは、その後ろ姿をしばらく見ていた。
いつも通りのヴァルドだ。特に何も変わっていない。それなのに今日は何度か、胸の中で何かが揺れた。
・・・何を考えているんだ、私は・・・
今日、何度目かの自問を繰り返すが、答えはいまだに出ていない。いや、出なくていいのかもしれない。
レティシアは女子寮に向かって歩き出した。




