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迷宮虫

ここからは過去篇に入ります。

この投稿と同時に今後の展開に矛盾がある所を少しづつ修正していきます。

それから数十年前。

場所はフィンぺル王国。


ルグがヴァルドと笑っていた頃の話を、ここから語る。


ヴァルドが、なぜ魔法使いを否定するようになったのかを。

その始まりを。










【レティシア・ヴァイスクロイツ(18歳)】



フィンぺル王国のとある小さな村。

レティシアはセレナと共に、学校の課題である迷界蟲と呼ばれる魔物の討伐を、廃豪邸の中で行っていた。迷界蟲は一つの大きな建物に住み着き、その建物そのものを迷宮に変えるという能力を持っている。今回は廃墟なためか、今はまだ被害者が出ていない。


だけど、早く討伐しないといけない。その焦りをセレナは感じてしまって、今現在、二人はその能力の術中にはまり、廃豪邸に閉じ込められていた。


「ね~え~レティちゃん・・・どうやって出るの・・・?」


「私だって分からないわよ。」


「じゃあどうするの?」


「・・・壊す?」


「相変わらず脳筋だね・・・」


「原因は貴方なんですけど。」


「ごめんなさい・・・」


セレナは涙目をしながらレティシアの方を向いた。


「それで、セレナちゃん。何か分かったことある?」


「多分、方向感覚を狂わせる魔法をかけられてる。しかも、解除してもすぐにまたかけられる。それに脱出の糸口も見つからない。おまけに壁がとても固い」


そう言い、セレナは近くの壁をたたいた。その音はどっからどう聞いても廃虚の建物とは思えないほどの固い音がした。


「・・・てことは、まぁ・・・ざっくり言うと、今私たちは迷宮虫の腹の中に居るのと同じだね。迷宮虫は虫型魔物。此奴ら(虫型魔物)は再生速度がとても速く、装甲が固い。だから、壁を壊そうとしても剣が先に折れる。仮に壊せてもすぐ再生するだろうね」


「え?レティちゃんの滅多切りでもそうなのかな?」


「さあ?やってみる」


そう言い、レティシアは腰についてる細身の長剣を抜き、思いっきり滅多切りにした。しかし、壁には傷が一切付いておらず、むしろ細身の長剣の方が傷が入ってた。


「やっぱり」


「え~・・・じゃあどうする?」


「もう少し歩いてこの空間の事を調べようか」


「わかったよ・・・」


二人はできるだけ離れずに行動を開始した。一つ一つ部屋を開けてはそこに転がっている荷物、家具などを見ていく。そして、行った部屋には分かりやすいオブジェクトを設置していく。それを繰り返していく。


「はぁ~・・・ねむ」


外はまだ明るいのに、レティシアの体内時間が就寝時間のアラームを鳴らしている。どうやら、相当長い時間、この空間に囚われているみたいだ。

すごく眠たい。


セレナも同様だった。セレナは眠気でちょくちょく目をつぶって歩いてる。何なら、目を開けているときの方がセレナはコケていなかった。

なんで?


「セレナ、なにか食べれる物ある?」


レティシアはそうセレナに聞いた。セレナは背負っている大きなバッグを一度床に置き、何かないか探し始めた。探していると小分けにされた乾燥パンが出てきた。


「一応、乾燥パンぐらいなら。でも、今食べたら、あと二日分しかない・・・」


少ないな。


「・・・もっと入れといてよ。」


「し、仕方ないでしょ・・・だって、こんな苦戦するとは思わなかったもん!!!」


「はいはい・・・」


セレナとレティシアは渋々、乾燥パンを食べ始めた。

乾燥パンだからやっぱり固い。何日も食べたら歯を痛めそうだけど・・・


「・・・乾燥パンにしてはおいしいね。誰が作ったの?」


「エルンストが料理の失敗作を私に押し付けたものだけど・・・」


「やっぱエルンストか。でも十分おいしいね。これが失敗作・・・私のとは比べられ物にはならないね」


「レティちゃんとヴァルド君・・・君たち二人の作る料理はさ、見た目、味、におい、音、舌の感覚すべてが色々とすごくて・・・エルンストですらも辿り着けない境地になっているんだよね・・・」


なんか・・・腹立つ。


「それ、褒めてる?」


「ホメテル。」


本当にほめているのだろうか?


二人は乾燥パンを食べ終え、口直しに水を飲んだ。水は魔法でいくらでも生成できるため、二人の魔力が残っている間、水不足に心配はなさそうだ。


今思ったが、その水魔法で乾燥パンふやけさせて食えば、多少マシに食えたかも。次回食べるときにそれ教えとこ。


そろそろ眠い。


「それで、寝る?ここで?」


「嫌だよ・・・埃やクモの巣で汚いし」


「じゃあ出る方法が分かるまで探索しようか」


「・・・そうだね」


それからしばらく、二人は探索を再開した。しかし、そう易々と脱出の糸口が見つかるはずもなかった。それにセレナの体力の限界が近づいていた。その為、仕方がなくできるだけきれいなベッドで寝ることにした。


「うう・・・汚い・・・」


「諦めなさい。」


私だって寝たくないよ。こんな汚くて、危険な場所に。


「仕方がないよね・・・おやすみ」


「おやすみ」


レティシアは目を瞑った。ただ、そのまま眠らずにここからの脱出を考えていた。


まず、この空間から物理的な方法で出たり壊したりするのは不可能だ。剣は通らないし、壁は再生する。どうしようか。


仮説A。


方向感覚の麻痺。これがこの空間の核心なのではないか。

セレナが言っていた通り、解除魔法をかけても即座に上書きされる。つまり、迷宮虫は何らかの形で常時、この空間に作用し続けている。その作用の正体を突き止めれば、打開策が見えてくる。


ただ、どうやって突き止める?解除魔法が弾かれるということは、相手の魔法の構造を分析する段階に辿り着いていない。表面を叩いているだけで、中には入れていない。


だとしたら、この仮説はまだ不完全だ。「方向感覚を狂わせている」という結果は分かっている。しかし、その手段が何なのかまでは掴めていない。


レティシアは目を瞑ったまま、天井を向いた。


薄暗い部屋の中で、埃が舞っている。天井の隅にはクモの巣が張り、空気は澱んでいる。どれだけ経ってもここが廃豪邸の一室であるという事実は変わらない。


ふと、今日のセレナを思い返した。


目を閉じていた時の方が、転んでいなかった。


そこにひっかかりを覚えたのは、本当に些細なことだった。眠気で足元がおぼつかないなら、目を閉じている時の方が不安定になるはずだ。普通は。

なのに実際は逆だった。


それは小さなズレだった。見過ごしても不思議ではない程度の、ごく些細な違和感。

ただ、レティシアはそのズレを記憶の中でもう一度なぞった。


決定的な矛盾だ。方向感覚を狂わせているなら、目の開閉は関係ない。内耳や平衡感覚に直接作用しているなら、目を閉じても改善しないはずだ。

なのにセレナは、目を閉じた時の方が安定していた。


これは矛盾している。


つまり、迷宮虫が作用しているのは方向感覚そのものではない。もっと手前にある何かだ。




仮説B。


視覚への干渉。


目に映る情報そのものが書き換えられているのだとしたら。見えているものが嘘だから、見えているものを信じて動くほど体が狂う。目を閉じれば偽の情報を受け取らなくて済む分、本来の平衡感覚だけで動ける。


だからセレナは、目を閉じている時の方が安定していた。


これなら矛盾しない。全部、繋がる。


「・・・セレナちゃん、起きて」


「んん・・・あと五分・・・」


「今すぐ。」


「ぅわぁ・・・レティちゃん、目が怖い・・・」


半分眠ったままのセレナが目を細めてレティシアを見た。それから、ゆっくりと体を起こしはじめた。


「どうしたの?脱出の方法でも思いついた?」


「思いついた。目を閉じれば歩ける」


「・・・え?」


「さっき、セレナちゃんが目を閉じて歩いていた時、転倒していなかった。多分、この空間の迷宮化は視覚への干渉で行われている」


「あ~・・・つまり、目を閉じれば動けるってこと?」


「そうだね」


「・・・私が転びすぎてたの、ただ眠かったからだと思ってたんだけど」


「そこから気づいた」


「・・・なにその天才みたいな発見の仕方」


「観察してただけだよ。」


レティシアはそう言いながら立ち上がり、部屋の隅に置いておいた剣を腰に戻した。


「じゃあ、実際にやってみる?」


「そうだね。でも、その前に確認しておきたいことがある」


「本体の場所?」


「そうだね。この空間が本体の体内であるなら、臓器に相当する何かが存在するはず。廃豪邸の中で、異様に有機的な質感を持った部屋なり構造物なりがあった記憶は?」


「一応あった。さっき探索してた時に、廊下の突き当たりに、一つだけ微妙に色が違う扉があった」


「それが核(コア)の場所かもしれない」


「核(コア)まで辿り着けたとして、そこをどうするの?」


「壊す。」


「だから脳筋だって言われるんだよ・・・」


「でも他に方法がある?」


「・・・ない」


「なら行くよ」


レティシアは目を閉じた。

視覚から切り離された分だけ、他の感覚が鮮明に研ぎ澄まされていく。

空気の流れ。足の裏から伝わる床の微妙な傾き。耳に届く遠い振動。


「セレナちゃん、私の右腕を掴んで。目は閉じたまま」


「う、うん」


セレナの細い手がレティシアの右腕をしっかりと掴んだ。


「行くよ」


目を閉じたまま歩くのは、慣れていないと恐怖を感じる行為だ。闇の中に向かって足を踏み出す感覚は、どんな訓練を積んでも少しだけ心臓がキュッとなる。私でもなる。多分、彼奴も。


しかし、体は正直だった。何故だ?

足元が一切揺れない。体の軸がしっかりと通って、歩くたびに自分が前に進んでいるのが分かる。


「レティちゃん、本当だ。歩けてる」


セレナが小声で言った。驚きが声に滲んでいた。


「そのまま話さないで。気が散る」


「ご、ごめん」


廊下の感触。扉の把手の冷たさ。階段の段差の微妙なずれ。目を閉じることで、今まで見えていたものの偽りが剥がれ落ちて、本物の空間の輪郭だけが浮かび上がってくる。


一つ一つ扉を調べていく。

暫く歩くと、他の扉とは違う感触のある扉にたどり着いた。ドアノブが気持ち悪いほど生暖かい。


「ここ?」


「多分」


「じゃあ、どうする?」


レティシアは剣の柄に手をかけた。


「ここで一度、目を開ける。どうせ一瞬だから」


「一瞬で済む?」


「私が斬る速さで済む」


「・・・やっぱ脳筋じゃん。」


セレナが呆れたような、ため息をついた。しかし、そのため息はどこか信頼のこもったものだった。


「・・・わかった。じゃあ行って」


「開けるよ」


レティシアは目を開けた。

それと同時に、ドアを蹴破り、その先の部屋を見渡した。部屋の中央に、脈打つ塊があった。壁と癒着しており、不規則に膨らんでは縮む、臓器そのものの形状。そこから細い膜状の何かが放射状に伸び、部屋全体に張り巡らされている。


「うわ・・・」


レティシアはその光景を見て、気持ち悪さに一瞬鳥肌が走った。

だが、すぐに冷静になり、神速連断(ジンス・レンドラン)でその部屋を切り裂いた。


神速連断(ジンス・レンドラン)は神速の踏み込みと同時に、目にも止まらぬ速度で連続斬撃を放つ剣技。一振りの動作の中で数十回の斬撃が発生し、敵は一撃しか受けていないように見えるが、内部では無数に切断されている。


細身の長剣が空気を裂き、脈打つ核の中心とし、ためらいなく部屋全体を切り裂いた。

断末魔に似た振動が廃豪邸全体を揺らした。床が震え、壁がきしみ、天井から埃が降ってくる。


その振れが収まった時、セレナが恐る恐る目を開け始めた。


「・・・終わった?」


レティシアは剣を抜き、周囲を確認した。核(コア)だった塊は干からびたように縮み、膜状の張り巡らされていたものも次々と萎れていく。


「終わった」


「やった!!!」


セレナが飛び上がって喜んだ。そのはずみで踏み台のようになっていた乾燥した何かに足を取られ、盛大に転倒した。


「いたっ!」


「・・・」


「なんで笑ってないの!!!!」


「笑ってない。」


「表情筋。動いてるよ?」


「気のせいよ。」


何でばれるの?


レティシアは手を伸ばした。セレナがその手を掴んで立ち上がる。二人は並んで、迷宮の要素がなくなった廃豪邸を歩き始めた。窓の外には、夕暮れの空が広がっていた。オレンジと紫が混じり合う、きれいな空だった。


「ね、レティちゃん」


出口の扉を開けながら、セレナが言った。


「何?」


「よく気づいたね。目のこと」


「・・・セレナちゃんが見ていてくれたから」


「え?」


「私一人だったら気づかなかった。隣で歩く人間の様子を観察する機会がなかったから。セレナちゃんがいたから分かった」


「・・・それ、褒めてる?」


「事実を言った」


「素直に褒めてって言ってもいいのに」


「何で?」


セレナが噴き出した。夕暮れの中に笑い声が溶けていった。

二人は廃豪邸を背にして、学校への帰り道を歩き始めた。


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