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模擬戦闘試合(3)

迫り来る火球の群れを前に、リュートは剣を抜いた。空気を切り裂く音が、幾つも重なって迫ってくる。


一つ目は、体を横に捻るだけで避けた。着弾した建物の壁が、爆音と共に砕け散る。石造りの外壁が、内側から爆ぜるように崩れ、粉塵が舞い上がった。破片が飛び散る中、二つ目、三つ目が、間髪入れずに追ってきた。着弾までの間隔は、恐ろしく短い。


「っ──」


二つ目は、地面を蹴って軌道から逃れる。着地と同時に、三つ目が既に間近まで迫っていた。間に合わない。リュートは即座に水の膜を展開し、其の表面で威力を殺した。膜が音を立てて蒸発し、白い水蒸気が視界を一瞬遮る。膜越しに伝わる熱が、皮膚を炙るほどの威力を持っていることを教えてくる。並の魔法ではない。魔力の込め方一つとっても、教科書通りの基礎とは、明らかに一線を画していた。


四つ目、五つ目は、剣を振るって直接叩き落とした。刃に纏わせた魔力が、火球の勢いを打ち消し、其の場で霧散させる。手のひらに伝わる衝撃が、じんと痺れるように残った。


思ったより、威力が高い。


一つ一つの火球は、単純な軌道で飛んでくる。だが、其の威力と密度は、並の生徒が放てる水準を明らかに超えていた。此処までの精度と出力を同時に成立させられる人間を、リュートは一人しか思い浮かばなかった。


ルーベルトか。


魔法使い体型で、繊細な制御を得意とする戦い方。此処までの威力を、此処までの速度で連続して放てるのは、恐らく彼奴しかいない。半月前の中庭でのやり取りが、脳裏を過ぎった。


全力で行く、と言っていた。其の言葉に、嘘は無かった。姿は見えないが、其の一撃一撃に込められた意志のようなものが、リュートには、はっきりと感じ取れた。


リュートは、火球の飛来元へ向けて、いち早く距離を詰めようとした。此処で膠着していても仕方がない。相手が離れた位置から一方的に撃ってくるなら、間合いを潰して、直接決着をつける方が早い。ルーベルト自身も剣の達人だが、体力自体はそこまでなかったはず。剣を握り直し、大通りを駆け出す。


だが、其の一歩を踏み出した直後、状況が変わった。


爆発音と、火球が壁を砕く轟音。其れが、想定以上に遠くまで響いていたらしい。此の街の静けさが、逆に音の伝わりやすさを助長していたのかもしれない。


視界の端、路地の陰から、複数の人影が一斉に飛び出してきた。得物を構えた足音が、四方から重なるように迫ってくる。


「見つけたぞ、一組の代表!」


「此処で仕留めれば、厄介なのが一人減るな!」


「俺にも一枚噛ませろ!」


口々に叫びながら、剣や杖を構えた生徒たちが、四方八方から殺到してくる。数えている余裕はなかったが、感覚的に十人は下らない。恐らく、複数のクラスの生徒が、爆発音を頼りに、此の場所へ一斉に集まってきたのだろう。


此の状況下では、無理もない反応だ。狩る側から、一転して狩られる側に回られた。


・・・そういうことか。


大きな音と光は、其れ自体が呼び水になる。此の街の何処にいても、此処まで派手な戦闘音が響けば、腕に覚えのある生徒なら、当然様子を見に来る。強い相手を叩けば、其れだけ自分たちの評価に繋がる。此の大会の性質上、そういう心理が働くのは自然なことだった。其の心理を、狙って利用されたのか、それとも偶然か。今は判断している暇がない。


「うわっと!」


最初の一撃を、リュートは半身になって躱した。二人目の剣を、鞘で受け流す。三人目、四人目が同時に間合いに入ってくる。数の暴力は、単純だが厄介だった。一人一人の実力は、リュートに及ばない。だが、十人が同時に襲いかかれば、其の総量は、決して軽視できない脅威になる。武器の種類も、剣、槍、杖と様々で、間合いの読み方も、其の都度切り替える必要があった。


水の刃を放ち、二人の足を止めた。返す剣で、一人の武器を弾き飛ばす。呼吸を整える間もなく、次から次へと、剣先が突き込まれてくる。息をつく暇もない攻防が、何秒も続いた。


其の中でも、一人だけ、明らかに他とは違う動きをする女生徒がいた。金髪を短く切り揃え、双剣を巧みに操っている。連撃の間合いが独特で、一撃ごとに角度を変えてくる。恐らく、今此の場に集まった中では、一番の実力者だった。


「へえ、思ったより粘るじゃない」


「其れはこっちの台詞・・・」


短く応じながら、リュートは其の女生徒の攻撃を捌き続けた。一対一なら、恐らく問題なく制圧できる相手だ。だが、其の背後で、他の生徒たちが隙を窺っている以上、一人にかけられる時間には限りがある。数手のやり取りの末、リュートは相手の懐に入り込み、柄尻で鳩尾を打ち抜いた。女生徒が、短く呻きながら膝をつく。


「はっ、多いな、こりゃ」


リュートは、思わず苦笑した。だが、其の口元とは裏腹に、頭の中は冷静に状況を計算し続けていた。誰の攻撃が本気で、誰の攻撃が牽制なのか。其の見極めだけは、絶対に外せない。無駄な一撃を貰えば、其れだけで消耗が積み重なっていく。


体を沈め、地を這うように距離を詰め、一人の脇腹を打ち抜く。相手が体勢を崩した瞬間、其の背後にいたもう一人の攻撃を、其の体を盾にする形で受け流した。無駄のない動きで、一人また一人と、戦線から押し出していく。杖を構えていた一人が詠唱を始めるのを見て、真っ先にその間合いを潰しにいく。魔法職から先に潰す、というのは、此処までの合同訓練で染み付いた判断だった。


十人を超える人数を相手にしながらも、リュートは、致命的な一撃を貰うことなく、其の場を凌ぎ続けた。剣筋を見切り、間合いを制御し、必要以上に消耗しない立ち回りを徹底する。何十回と繰り返してきた、ルグとの模擬戦の感覚が、確かに其処に生きていた。あの日、0勝5敗から積み上げてきた時間が、今、目の前の乱戦を凌ぐ力になっている。







数分後、辺りには、戦闘不能となって座り込む生徒の姿が、いくつも転がっていた。彼らの持っていた人形が、淡い光を放って、順に消えていく。送還されたのだろう。だが、リュート自身も、無傷というわけではなかった。息が上がり、肩に浅い切り傷が一つ、脇腹にも打撲の痛みが残っている。汗が、額から顎へと伝い落ちた。


そして、其の状況を、改めて見渡した時、リュートは自分がどんな場所に立っているかを、はっきりと自覚した。


完全に乱戦の中心部にいるな。


自分を取り囲むようにして、複数のクラスの生徒が、まだ入れ替わり立ち替わりやってくる。誰もが、此の場に転がる戦闘不能者を見て、余計に興奮しているようだった。強敵がいる、という噂が、噂を呼んでいる。街の狭い路地から路地へと、噂は勝手に伝播していくらしい。増え続ける人だかりは、まるで祭りの見世物にでも群がるような、異様な熱気を帯びていた。


其の最中にも、時折、離れた場所から攻撃が飛んでくる。火球だけではなかった。時には鋭い風の刃、時には地面を割って突き上げる土塊。属性を切り替えながら撃ち込んでくる其の技量に、リュートは内心で舌を巻いた。狙いは正確で、リュートの動きを僅かに制限する位置に着弾する。周りの生徒を巻き込まないよう、絶妙に狙いを絞っている。無差別に降り注ぐわけではなく、あくまでリュートの動きだけを牽制する、計算された一撃だった。


複数属性を、此処まで自在に使い分けるのか。


魔法使い体型で、繊細な制御を得意とする、と学校では評されていた少年。だが、其の評価は、既に過去のものになっている。単一属性の練度を極めるだけでも困難な中、複数の属性を、実戦の緊張下で瞬時に切り替えている。此の半月で、一体どれだけの稽古を積んだのか、想像もつかなかった。


やっぱりルーベルトか。


其の精度と的確さに、リュートは確信を強めた。此処までの状況を作り上げる冷静さと、其れを実行する技量。かつての彼からは、想像もつかない変化だった。


同時に、頭の中で、状況の全体像が組み上がっていく。


てことは、これ全部最初から誘導だったのか。


派手な火球で音を立て、周囲の生徒を呼び寄せる。集まった生徒たちが、リュートを見つけて我先にと殺到する。其の乱戦の中心に、リュート自身を釘付けにする。そして、其の隙を突いて、遠距離から確実に削っていく。


全力で戦うと言った、其の言葉の意味を、リュートは今、身をもって理解していた。真正面からの力比べではなく、状況そのものを組み立てて、勝ちを狙いに来ている。派手な音を意図的に立てたのだとすれば、最初の一斉射撃自体が、既に此の展開を見越した布石だったことになる。


「ルーベルト、成長したな」


思わず、口の端が緩んだ。悪い意味ではなかった。むしろ、其の変化を、嬉しく思う気持ちの方が強かった。かつて、牢屋に閉じ込められていて、地獄の様な生活を送っていたルーベルトが、こんな緻密な戦術を組み立てられるようになっている。其の事実だけで、ルーベルトを学園に誘ったのは、決して無駄ではなかったことが分かった。誇らしいような、少し悔しいような、複雑な感情が、胸の奥で入り混じった。


だが、感心している場合じゃない。此のままでは、消耗戦に持ち込まれる。数の多さと、遠距離からの継続攻撃。其の組み合わせに、いつまでも一人で対応し続けるのは、現実的ではない。体力にも限りがある。此処で無理に粘り続ければ、いずれ判断力から先に鈍っていくだろうな。


リュートは、意識を集中させ、念話を起動した。


リュート(聞こえるか。状況が変わった。今、複数のクラスの生徒に囲まれてる。数は十人以上。恐らくルーベルトが、音で人を集めて、俺を乱戦の中心に誘導した)


数瞬遅れて、応答が返ってきた。


アリア(十人以上、ですか。今、其方へ向かっていますが──)


其処で、アリアの声が、不自然に途切れた。一拍の間があり、剣戟らしき音が、念話越しにも僅かに伝わってきた。


アリア(・・・すみません、少し邪魔が入りました。誰かに進路を塞がれています)


リュート(誰?)


アリア(リクスです。此方の動きを、読まれているような気がします)


其の言葉に、リュートは僅かに眉を寄せた。単に音を頼りに人を集めるだけでなく、援軍の進路まで読んで妨害する。其処までの布陣を、限られた時間で組み上げていたとすれば、其れは相当な準備と判断力が必要になる。


クラウス(私の方も、同様です。フィンに、進路を妨害されています。単独ですが、動きが巧妙で、簡単には突破できません。厄介な相手です)


其の名前を聞いて、リュートは頭の中で状況を再構築した。五組の面々は、ルーベルトの周りを固め、リュートの援軍を意図的に遅らせているらしい。中心にリュートを釘付けにし、其の周囲を切り離す。徹底した連携だった。フィンとリクスが、最悪なタイミングで戦場に登場するとは。


アルフォンス(俺の方は、まだ動けそうだ。だが、此処からじゃ距離がある。時間はかかるぞ?)


レヴァルト(俺も向かいますが、正直、自信ないです・・・)


リュート(無理はするなよ。誰か一人でも欠けたら、其れこそ相手の思う壺だ。各自、無事でいることを最優先にしろ)


念話越しに伝わる情報を整理しながら、リュートは、周囲の状況にも意識を配り続けた。時折飛んでくる火球を躱しながら、新たに近づいてくる生徒の気配にも対応する。二正面、三正面を同時に処理する状況が、既に何分も続いていた。剣を振るう腕にも、僅かに疲労が滲み始めている。


これは、想像以上に嫌な状況だな。


助けを待つだけでは、埒が明かない。援軍が来る前に、状況が悪化する可能性の方が高い。かといって、無理に突破を図れば、体力を大きく削られる。


リュートは、荒くなった呼吸を整えながら、素早く思考を巡らせた。


此の状況を、どう切り抜けるか。


まず考えるべきは、優先順位だった。目の前の雑多な生徒たちを一人ずつ相手にするより、根本の原因――ルーベルトからの遠距離攻撃を、如何にして止めるか。其れが出来れば、少なくとも継続的な消耗は防げる。だが、其の為には、遠距離攻撃の出所へ、自ら踏み込む必要がある。乱戦の中を突っ切って、其の先にいるはずのルーベルトへ辿り着く。


危険は大きい。だが、此のまま防戦一方を続けるより、余程建設的な選択肢に思えた。此のまま留まり続ければ、援軍が来る前に体力の方が尽きる。動くなら、早い方がいい。迷っている時間そのものが、既に無駄になりつつあった。


リュートは、剣を握り直しながら、周囲に群がる生徒たちの配置を、改めて見極め始めた。

突破口は、何処にある。最小限の消耗で、最短の距離を進むには、どの方向から仕掛けるべきか。人数が薄い方角、地形を盾に出来る位置、火球の着弾を読みやすい角度。其れら全てを、頭の中で同時に組み立てていく。


魔力感知の感覚を、もう一度広げ直す。乱戦の只中にいると、形が歪になるが、其れでも意識さえ研ぎ澄ませれば、周囲の魔力の流れは読み取れる。フィンとリクスに阻まれているというアリアたちの位置、遠く離れた場所で今もなお魔力を練り上げているルーベルトの気配。其の全てを、一つの盤面として捉え直す。


正面から乱戦を突っ切れば、確実に体力を削られる。かといって、迂回すれば時間がかかりすぎる。此処までの動きを見る限り、五組は、リュートの動きを常に読んで対応してくる。単純な力押しでは、恐らく同じ手を繰り返し使われるだけだ。


二時間という制限時間のことも、頭の片隅にあった。此処で無駄に時間を消費すれば、其の分、後半の縮小した空間での立ち回りに響いてくる。悠長に構えていられる状況ではなかった。


何か一つ、向こうの想定を外す動きが要る。


例えば、援軍を待つふりをして、あえて此の場に留まる。あるいは、逆に一気に距離を詰めて、狙い撃ちの精度そのものを崩す。いくつかの選択肢が、頭の中に並んでいく。其れぞれの利点と欠点を、瞬時に天秤にかけながら、リュートは剣を握る手に、改めて力を込めた。


頭の中で、幾つかの経路が、同時に組み上がっていく。


呼吸を整えながら、リュートは、周囲の敵意が僅かに緩む一瞬を、じっと待った。其の一瞬を逃さず、次の一手に繋げる。此処からが、本当の勝負だった。

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