模擬戦闘試合(1)
半月は、あっという間に過ぎた。
積み重ねた稽古の日々を振り返る余裕もないまま、気づけば大会当日を迎えていた。前日の夜は、思ったよりも早く眠りに就けた。緊張していないわけではない。ただ、やるべきことは、既にやり尽くしたという感覚があった。
学園の大訓練場には、朝から人が集まっていた。参加する各クラスの代表たちだけでなく、見学の生徒、教師陣、そして保護者らしき姿もちらほら見える。空気には、独特の張り詰めた熱があった。壇上には、見慣れない老年の男が立っていた。白髪交じりの髪を後ろで束ね、質素だが仕立ての良い装束を纏っている。
「今年度、模試戦闘大会の審判を務める、グレイフォード・アルダインだ」
低く、よく通る声だった。壇上に立つだけで、周囲の空気が僅かに張り詰めるのが分かる。
普段、学園内で姿を見かけることはほとんどない。噂だけは以前から耳にしていた。学園の設立に関わった、歴代でも屈指の魔導士だという話も、其の一つだった。
「例年通り、形式は当日まで伏せていた。今から発表する」
一瞬、周囲がざわめいた。リュートも、隣に並ぶアリア、クラウス、アルフォンス、レヴァルトと共に、壇上へ視線を集中させた。皆、思わず息を詰めているのが分かった。
「今年は、団体戦とする。参加は十組。各組最大5名までの代表による、組対抗のサバイバルバトルだ」
其の一言で、体育館の空気が一気に変わった。あちこちで、緊張と興奮が入り混じった声が上がる。
団体戦か。
リュートは、頭の中で素早く状況を整理した。同時に、脳裏に浮かんだのは、半月前の夜、中庭で交わした約束だった。
「ルールを説明する」
審判の声が続いた。
「私の魔法により、独立した空間を展開する。半径5km。此処に、十組全ての代表を同時に転移させる」
「同時に・・・全員をですか?」
誰かが聞いた。
「そうだ。全員が、同じ空間に立つ。相手がどのクラスかは、其の場で分かる」
「5㎞もあるなら、簡単には会わなそうですけど」
アルフォンスが、小さく呟いた。だが、其の呟きに、審判は僅かに口の端を上げた。
「其処が要点だ。此の空間は、私の魔力で維持している。だが、其の魔力は、時間と共に減少していく。二時間後には、空間の半径は、50mまで縮小する」
体育館が、再びざわめいた。
5㎞から50mへ。其の縮小率を想像し、リュートは背筋に僅かな緊張が走るのを感じた。
最初は広く散らばっていても、時間が経てば、否応なく全員が同じ場所に押し込まれていく。逃げ場が、物理的に無くなっていく仕組みだ。序盤は距離を取って様子見をすることも可能だろうが、終盤に近づくほど、其の選択肢は消えていく。
「縮小の速度は?」
クラウスが静かに手を上げて聞いた。
「一定ではない。最初の一時間は緩やかに、残りの一時間で急激に縮む。詳細な数値までは教えない。其れも、駆け引きの一部だ」
含みのある答えだった。予測できない縮小速度は、それ自体が一つの脅威になる。安全だと思っていた距離が、いつの間にか詰まっている可能性がある。
「安全面についても説明する」
審判が、懐から小さな人形のようなものを取り出した。掌に収まるほどの、単純な造形の人形だった。木彫りのような質感で、特別な装飾は見当たらない。だが、其の内側に込められた魔力の密度は、遠目にも感じ取れるほどだった。
「此れを、各自に持たせる。此の人形は、私の空間内でのみ機能し、受けた損傷を計算する。損傷が、命に関わる規定値に達した時点で、所持者は自動的に元の空間へ転移される。同時に、傷は癒える」
「・・・つまり、死ぬ前に強制送還されるってことですか?」
クラウスが、冷静に確認した。
「其の通りだ。安心して、戦え」
安心しろ、と言われても、其の言葉の重さに、リュートは苦笑いを堪えた。
全力で戦えという意味では、其れだけの安全策があるのは、確かに合理的。だが、其の一言が示す前提・・・全力で戦えば、命に関わる損傷が現実的にあり得るという前提が、既に十分に緊張感を煽っていた。
此処は、あくまで模擬戦であり、実戦ではない。だが、其の境界線は、思っていたよりずっと際どい位置に引かれている。
「人形が発動した後、当人は再入場できるのか?」
別の生徒から質問が飛んだ。
「出来ない。一度送還されれば、其のチームの戦力から、実質的に除外される。生存者の人数として、其の時点でのチーム編成が記録される」
「じゃあ、無事に残った人数が、そのまま戦績になるってことですね」
「理解が早いな」
審判は、其れ以上の感情を見せず、淡々と頷いた。
「勝敗条件は、二時間経過時点で、最も多くの生存者を残しているチーム、もしくは、他の全てのチームを戦闘不能にした時点での勝利とする」
審判の説明は、淡々と続いた。
「全滅勝利は、現実的には稀だろう。十組全てを相手に、其れを成し遂げるのは容易ではない。基本的には、二時間後の生存者数で決すると考えておくといい」
其の言葉に、リュートは頭の中で計算をやり直した。全滅を狙うより、生き残ることそのものを優先する方が、確率としては現実的だ。攻める理由と、守る理由。其のバランスを、其の場その場で判断していく必要がある。
「言い忘れていたことがあった。魔物召喚は無論禁止だ。契約魔物の召喚の場合、契約魔物自体が戦うのは禁止だが、その力を召喚者自身が行使することは許可する。
質問がなければ、開始十分前に、各自転移用の陣に案内する。準備をしておくように」
其の一言で、集会は終わりを迎えた。
会場を見渡すと、そこかしこに、見知った顔と見知らぬ顔が入り混じっていた。少し離れた場所に、5組の面々らしき集団が見えた。中心にいるルーベルトが、緊張した面持ちで、周りの仲間と何か言葉を交わしている。目が合うことはなかったが、其の背中を見ているだけで、リュートの中に、静かな覚悟のようなものが固まっていくのを感じた。
生徒たちの間に、緊張と興奮の入り混じったざわめきが広がる。誰もが、自分のクラス、自分のチームの顔ぶれを確認しながら、其々の表情を浮かべていた。
リュートは、5人揃って、割り当てられた待機場所へ移動しながら、頭の中で今聞いた情報を整理し直していた。
5㎞が50mまで縮む。2時間。縮小速度は非公開。
最初の内は、各クラスがそれぞれ距離を取って様子を見るはずだ。だが、時間が経てば、必ず衝突が起きる。其の衝突の中に、5組が含まれる可能性は、決して低くない。むしろ、十組全てが同じ空間にいる以上、最終的には、ほぼ全てのクラスと顔を合わせることになる可能性すらある。
「リュート」
アリアが、隣から声をかけてきた。
「ルーベルトさんのクラス、5組でしたよね」
「あぁ」
「もし、当たったら」
「狩る。」
半月前に、本人と交わした言葉が、そのまま自分の中に残っていた。手加減はしない。其れが、リュートなりの筋だった。だが、其の言葉を口にした時と、実際に其の場面が現実味を帯びてきた今とでは、心の重さが微妙に違って感じられた。
転移までの残り時間で、リュートは五人を集めた。
「軽く、方針だけ決めておきたい」
「聞くだけは聞いてやる」
アルフォンスが、腕を組みながら言った。其の口調には、明確な線引きがあった。
「言っとくが、俺はお前が平民だからって、無条件に指示に従うつもりはねぇぞ。筋が通ってるなら聞く。通ってなきゃ聞かねぇ。其れだけだ」
「聞いてくれるだけでもありがたいよ・・・」
リュートは、其の言葉を素直に受け止めた。身分で言うことを聞かせようとする気は、最初からなかった。
「まず、前提を整理する。勝敗は、二時間後の生存者数がほぼ全てだ。全滅勝利は現実的じゃないと、審判自身が言ってた」
「だから?」
「だから、無理に敵を探して潰しにいく必要はない。生き残ることそのものが、目的に直結してる」
「・・・逃げ回れって言いたいのか?」
アルフォンスの声に、僅かに険が混じった。
「逃げるとは言ってない。空間が広い序盤は、無理に戦わず、位置を把握することに集中する。他のチーム同士がぶつかれば、勝手に数が減っていく。其れを待つ方が、俺たちの消耗を抑えられる」
「其れは、俺たちが何もしなくていいって話じゃないだろ」
「あぁ。空間が縮み始めたら、話は変わる。逃げ場がなくなれば、誰かと当たるのは避けられない。其の時は、其の時で真っ向から戦う」
アルフォンスは、少しの間、黙って考えていた。
「・・・理屈は通ってる。序盤に無駄な傷を作らない、ってのは分かる」
「役割も決めておきたい。アリアとクラウスは、状況把握が得意だ。周囲の索敵と、接触の判断を任せたい」
「構いません」
「私も、問題ありません」
「アルフォンスは、前に出て抑える役だ。槍の間合いは、防御にも攻撃にも向いてる」
「其れは、まぁ、性に合ってる」
「レヴァルトは、状況を見て、隙を突く動き。無理に前に出る必要はない」
「・・・分かりました」
「俺は、全体を見ながら、動く。誰かが押されたら、其処に入る」
一通り話し終えると、アルフォンスが、もう一度腕を組み直した。
「悪くねぇな。文句はない」
「意外と素直」
「筋が通ってりゃ従う。最初にそう言っただろ?」
其の言葉に、リュートは小さく頷いた。身分ではなく、理屈で人を動かす。此の男なりの、一貫した筋の通し方だった。
「時間だ。転移用の陣に向かえ」
案内の声が響いた。五人は、光る魔法陣の上に立った。
「行くぞ」
短い一言と共に、視界が白く染まった。
次の瞬間、足元の感覚が消え、五人の姿は、大訓練場から掻き消えていた。




