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練習試合(1)

翌日の放課後、リュートは体育館に来ていた。


昨日、五人で提出した予定表の結果か、今日の指導はリュート一人だった。他の四人の姿はない。だだっ広い体育館の中に、ルグと二人きりというのは、少し奇妙な感覚だ。普段の実技訓練は大勢での実施が多く、こうして一対一で向き合う機会は、思えばこれが初めてだった。


「今日はリュートさんだけです。他の四人は、明日以降に順番を組んでいます」


「あーやっぱりか」


「予定が一番自由な人から、順に組んでいるだけです。他意はありません」


淡々とした説明。合理的すぎて、逆に納得してしまう。誰かを優先しているわけではなく、単純に効率だけを見ているのだろう。此の人らしい判断基準だった。


「まず、模試戦闘大会について、もう少し詳しく説明します」


ルグが、体育館の中央に歩み出ながら言った。リュートも其れに続いて、向かい合う位置に立つ。足音が、誰もいない体育館に大きく響いた。


「此の大会は、生存形式のサバイバルバトルです。此処までは以前も伝えた通りですが、形式については、当日まで明かされません」


「形式?」


「個人戦になるか、組対抗の団体戦になるか。其の二択です。どちらになるかは、主催側の裁量で決まります。過去の大会でも、年によって違っていたようです」


「じゃあ、今日の時点じゃ、対策の立てようがないってことかよ」


「其の通りです。ですから、両方に対応できる力を、地道に積み上げるしかありません」


身も蓋もない言い方だったが、事実その通りなのだろう。個人戦なら己一人の力が全てになる。団体戦なら、連携や役割分担が絡んでくる。両方に備えるとなると、結局は基礎の底上げしかない。近道は無い、という話だ。


「他に聞いておきたいことは?」


「参加するクラスの規模とか」


「学年全体、10クラス。此処から代表5名ずつ、計50名が出場します。今回のような選考は、恐らくどのクラスでも似たようなことが起きているはずです」


50人。其の数字を聞いて、リュートは頭の中で規模を捉え直した。此処までの想定より少し大きい。同じクラスの7人ですら、あれだけ均衡していた。他のクラスの代表たちが、どれほどの実力なのか、今の段階では見当もつかない。単純計算でも、50人の中で最後まで残るのは、極一部だけだ。


「では、そろそろ体を動かしましょう。此処からは模擬戦です」


ルグが、腰の短剣に手をかけた。所作に、無駄な動きが一つもない。


「私が相手をします。手加減はしません」


「望むところです」


短く答えて、リュートも剣を構えた。


だだっ広い体育館に、二人分の気配だけが張り詰めていた。三十人規模の乱戦とも、七人での均衡状態とも違う。一対一で、しかも相手が本気だと分かっている状況は、久しく経験していなかった。


「では、始めます」


ルグの声は、いつもと変わらず淡々としていた。だが、其の一言を境に、纏っている空気が明らかに変わった。


一戦目。


始まりの合図と同時に、リュートは踏み込んだ。速度優先の一撃。自分の中で、最も自信のある初速だった。だが、其れが届く前に、視界からルグの姿が一瞬消えた。


「──っ」


気づいた時には、剣先が喉元に突きつけられていた。目で追えなかった、というのとも少し違う。動きの起点そのものが、把握できていなかった。踏み込みの予備動作がほとんど無い。其れが何よりも異常だった。


「一本」


淡々とした声だった。動揺も、達成感も感じさせない、いつも通りの声色だった。此の一撃で、既に格の違いを思い知らされた気がした。


二戦目。


今度は距離を取り、水の弾を織り交ぜながら様子を見ようとした。着弾のタイミングをずらし、判断を迷わせる意図だった。だが、放った端から、其の弾道を正確に読まれ、最短距離で懐に入られた。躱すというより、最初から通り道を空けるように動いている。無駄が一切ない。


「二本」


淡々とした判定の声が、二度目に響いた。手数を増やせば良いという話ではない、というのが、身をもって分かった。


三戦目。


先程の反省を活かし、初手から複数の水弾で牽制しつつ、其の隙に回り込む形を試した。悪くない発想だったはずだ。狙いも、動きの経路も、自分では悪くないと思っていた。だが、牽制自体が、最初から見切られていた。回り込む先に、既に相手が待っていた。


「三本」


判定の声に、揺らぎは一切なかった。三度目にもなると、悔しさよりも、其の徹底ぶりに感心する気持ちの方が強くなっていた。


四戦目。


意識を変えた。速さで劣るなら、初動を隠す。呼吸と重心の動きを最小限に抑え、じりじりと間合いを詰める。焦らず、相手の反応を観察しながら、一歩ずつ。此処までで一番、時間を稼げた。数秒とはいえ、確かな手応えがあった。だが、決定打には至らなかった。詰め切る前に、僅かな隙を突かれた。


「四本」


其れでも、判定は判定だった。四連敗という数字に、変わりはない。


五戦目。


疲労が溜まっていた。腕が重い。それでも、リュートは剣を構え直した。此処で退く選択肢はない。


──何か一つでも、通用する部分を見つける。


其れだけを考えて踏み込んだ。四戦目の間合いの詰め方に、水弾での牽制を組み合わせる。今出せる、最善の組み合わせだった。だが、結果は同じだった。剣先が届く前に、勝負は決まっていた。


「五本」


五度目の判定が響いた頃には、体育館の中は、すっかり夕暮れの色に染まっていた。


ゼロ勝五敗。


体育館の床に膝をつきながら、リュートは荒い息を整えていた。負けること自体は想定していた。ルグの実力が、普通の人間とは一線を画していることも、薄々分かっていたつもりだった。が、其の差の大きさは、想定を超えていた。手も足も出ない、という言葉が、これほど正確に当てはまる状況を、久しぶりに経験した気がした。


「感想は?」


ルグが、剣を鞘に収めながら聞いてきた。表情には、勝ち誇るような色は一切なかった。


「・・・話にならないな、今の俺では」


「其の自覚があるなら、十分です」


素っ気ない返事だったが、其処には僅かに、評価するような響きがあった。


「一戦目は、初動が単純すぎました。予備動作の癖が、踏み込みの速さより先に見えていました。

二戦目は、水弾の弾道が読みやすい。着弾点をずらす発想は良いですが、放つ角度と体の向きが連動しすぎています。

三戦目は、悪くない発想でしたが、実行までの間が長すぎました。牽制から回り込みまでの一連の流れを、相手に読む時間を与えています。

四戦目は、此処までで一番良かった。初動を隠す意識は、正しい方向です。

五戦目は、疲労で精度が落ちていました。良い形を、疲れた状態でも再現できるかどうかが、次の課題です」


一つ一つ、簡潔な指摘が続いた。感情の起伏はない。だが、其の指摘の正確さに、リュートは内心で舌を巻いた。五回の戦闘の全てを、細部まで、しかも冷静に見られている。自分でも気づいていなかった癖まで、言い当てられていた。


「明日からも、同じことをやるのかよ・・・」


「同じことはしません。今日見えた課題に合わせて、内容を変えます。次は、初動の隠し方を重点的に見ます」


「容赦なしかよ。」


「効率を優先しているだけです。」


「効率中すぎだろ。」


いつも通りの答えだった。だが、其の言葉の裏に、手を抜くつもりが最初から無いという意志が、はっきりと見えた。此の人は、多分、誰に対しても同じ姿勢を崩さない。其れが、少しだけ心地よくもあった。


此の人と、本気で戦ったらどうなるんだろうか。


動きの起点を隠す技術、間合いの読み、疲労を感じさせない体力。学園の教師という立場に収まる人材とは、到底思えなかった。以前、感知で覚えた違和感のようなものが、今更になって腑に落ちた気がした。


聞けば教えてくれるのだろうか。いや、恐らく、必要以上のことは語らない人だ。今は、其れを詮索するより、目の前の課題に集中する方が、優先べきことだ。


体育館の窓の外は、既に夕暮れに近い色に染まっていた。橙色の光が、板張りの床に長い影を落としている。膝をついたまま、リュートは剣を握り直した。


──0勝5敗、か。


悪くない数字だとは、口が裂けても言えない。此処までの自分の中で、これほど一方的に負け続けた経験は、ノクスとヴァルド以来だ。最初から最後まで、勝負になっていなかった。


其れでも、不思議と嫌な感覚はなかった。むしろ、頭の中がはっきりしている。自分に足りないものが、これほど明確に見える機会は、そう多くない。魔物相手には無かった種類の課題。読み合い、間合い、初動の隠し方。どれも、教本を読むだけでは身につかない。


「もう一本、お願いできますか?」


「体力が残っているなら、構いません。ただし、無理はしないでください。明日以降の予定も詰まっています」


「分かってます。今日の分は、今日のうちに、少しでも埋めておきたいだけです」


ルグが、再び剣を構えた。表情は変わらないが、其の構えに、僅かに合わせるような気配があった。生徒の意志を、無理に止める人ではないらしい。


リュートも、ゆっくりと立ち上がった。膝に力を込め、剣を握り直す。六戦目は、まだ始まってすらいない。だが、負け続けている今の状態でも、次に繋がる何かを一つでも掴みたかった。此処で諦めれば、明日以降の指導も、同じように終わる気がした。


夕暮れの体育館に、再び二人分の足音が響き始めた。

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