バトルロイヤル(1)
窓の外に、二日ぶりの朝の光が差し込んでいた。
教室に入ると、いつも通りの喧騒があった。休み明け特有の、少しだるそうな空気と、休みの間の話をしたくてたまらない空気が混ざっている。
「おー、リュート。腕、もう平気なんか?」
アランが真っ先に声をかけてきた。
「大分な。もう普通に動く」
「なら良かったわ。数学、やっと符号のとこ抜けたぞ」
「早ッ」
「毎日やったからな。おかげで寝不足やけど」
「なら早よ寝ろ。」
自慢げに言うアランの横で、ケルビが小さく頷いた。
「僕も、確率の場合分けが少し整理できた気がする」
「それは良かった」
短くそう返しながら、リュートは自分の席に着いた。
五日間の休みの中で起きたことは、まだ整理がついていない部分もあった。カーベルのこと、カラミスが撤退した理由、白髪の人影。だが、其れを今考えても答えは出ない。今は目の前の日常を優先する。其れでいい。
教室の時計を見た。ホームルームが始まるまで、あと少し。
其の時、教室の扉が開いた。
ルグだった。
いつもより早い。ホームルームの開始時刻にはまだ時間がある。が、生徒たちが気づいて、少しずつ静かになっていった。
「おはようございます。先に一つ、連絡があります」
ルグが教壇の前に立ち、紙の束を掲げた。
「模試戦闘大会について。参加希望を今日中に確認します。実施は来月ですが、代表者の選定に時間がかかるため、早めに決める必要があります」
紙が前列から配られていった。
「参加できるのは、一クラス最大五人まで。希望者はこの用紙に丸をつけて、休み時間中に提出してください」
アランが手を挙げた。
「希望多かったらどうするんですか?」
「其の場合は、選考を行います」
淡々とした答えだった。それ以上の説明はなかった。
リュートは紙を受け取った。参加するかどうか、迷う時間はそれほど要らなかった。
対人戦の経験はまだ少ない。模擬戦は何度かやったが、大勢の視線の中で戦う経験はない。其れに、他の生徒がどう動くかを知ることは、今後にとって意味がある。
目立つことを避けたい、という気持ちは今も残っている。だが、模試戦闘大会という場は、既に目立つ場所として決まっている。其処に出ないことで得られる静けさと、其処に出て得られる情報。どちらが今の自分にとって必要かを考えれば、答えは自然と出た。
特に、名字のアルスについて、知ってる者がいるかもしれない。
それに、カラミスの一件以来、対人の駆け引きについて、まだ足りない部分があると感じていた。魔物相手の戦闘と、意志を持った人間相手の戦闘は、根本的に読み方が違う。其の差を埋める機会は、多いに越したことはない。
丸をつけた。
休み時間になると、教室の後ろにルグが立って、提出された紙を受け取っていった。リュートも列に並んで、紙を出した。
しばらくして、ルグが紙の束を数え始めた。
数える手が、途中で止まった。
もう一度、最初から数え直した。
「・・・多いですね」
小さな声だった。だが、教室の中は静かだったから、皆に聞こえた。
「何人希望したんですか?」
エルナが聞いた。ルグが顔を上げた。表情はいつも通り淡々としていたが、何かを考えているのが分かった。
「三十人です」
教室がざわめいた。
三十六人のクラスで、三十人。ほとんどの生徒が参加を希望したことになる。
「五人までしか出れないのに、三十人って・・・」
アランが呟いた。
「選考基準を今から作るのも、面倒ですね」
ルグがそう言った。誰に向けた言葉でもなかった。独り言に近かった。
リュートは其の様子を見ながら、少し予感がした。此の人が「面倒」と口にした時、大抵、次に来るのは面倒を避けるための最短の手段だ。合理的だが、こちらにとっては大抵、都合が悪い方向に転ぶ。
「・・・決めました」
ルグが言った。
「一時間目のロングホームルームは中止します。代わりに、希望者全員で体育館に移動してください」
「え?」
「模擬戦形式で決めます。希望者限定のバトルロイヤル。五人が生き残った時点で終了とし、其の五人を代表者とします」
教室が一瞬、静まった。それから、あちこちで声が上がった。
「唐突すぎん?」
アランが言った。誰もが同じことを思っていた。
「選考基準を考えるより、直接見た方が早いです。時間も節約できます」
反論の余地がなかった。合理的すぎて、逆に何も言えなかった。
「では、移動してください」
三十人の希望者と、見学する残りの生徒が、体育館に向かって歩いた。廊下を進みながら、リュートは頭の中で今日の予定を組み直した。
急な話だが、悪くはない。三十人相手の模擬戦は、経験としては貴重だ。
体育館に着くと、ルグが中央に立って、簡単に結界を展開した。
「殺傷力を抑えた模擬武器を使用します。戦闘不能と判定された者、また場外に出た者は失格。判定は私が行います」
「殺傷力を抑えたって、どの程度ですか」
クラウスが冷静に確認した。
「骨は折れません。痛みは普通にあります」
「普通に、というのが此の人の場合、あてにならないんだよな・・・」
アランが小さくぼやいた。リュートも内心同意した。
「開始位置についてください」
三十人が体育館の中に散らばった。リュートは端の位置に立った。
「開始」
其の一言で、周囲の空気が変わった。
最初の数十秒で、脱落者が一気に出た。実力差がはっきりしている者同士がぶつかると、勝負は早い。アランが早々に一人に狙われ、押し込まれながらも粘っていたが、数十秒後に膝をついた。
「くっそ、まだ弱いな俺」
悔しそうに端に下がっていった。
リュートは無理に人数を減らしにいかなかった。三十人相手に消耗するより、様子を見ながら、動きの少ない位置取りを続けた。近づいてきた相手だけを対処する。其れで十分だった。
水の弾を軽く放って、二人ほどの動きを止めた。派手にする必要はない。
体育館の中央付近では、アリアが冷静に相手の剣筋を見切っていた。無駄のない動きで、一人、また一人と失格にしていく。クラウスは距離を保ちながら、確実に的を絞って落としていた。動きに焦りがない。
ケルビは目立たない位置で、慎重に相手の攻撃パターンを分析しながら、隙を突く形で二人を沈めていた。地味だが、着実だった。
エルナは、意外なほど的確な魔法の照準で、複数人をまとめて牽制していた。座標計算が得意だと言っていたことを、リュートはふと思い出した。実戦でも其れが生きているらしい。
アルフォンスは真正面から力押しで数を減らしていた。粗いが勢いがある。取り巻きの一人であるレヴァルトが、其の後ろに張り付くようにして、アルフォンスが崩した相手を確実に仕留めていく形で生き残りを稼いでいた。
十分が経過した頃には、残りは十人を切っていた。
其処からは、実力の近い者同士がぶつかる展開になった。決着がすぐにはつかない。
リュートも、近づいてきた相手と何度か打ち合った。大きく削る必要はない。最小限の動きで、確実に一人ずつ落としていく。
一度、アルフォンスと正面から目が合った。
「よぉ、そろそろ潰し合うか?」
「今じゃない。まだ人数が多い」
「つまんねぇ返しだな、おい」
アルフォンスは笑いながら、別の相手に向かって行った。合理的な判断を茶化されたが、其れで構わない。此処で消耗戦をする理由がない。無駄な体力の消費は、最後まで残ることを難しくする。
視界の端で、アリアが一人を綺麗に場外へ押し出すのが見えた。無駄のない足運びだった。剣を合わせるより先に、間合いと角度で勝負を決めている。
クラウスの方は、複数人に囲まれた場面が一度あった。だが、慌てる様子は一切なかった。落ち着いた声で「そちらから来てください」と促すと、来た相手の勢いをそのまま利用して、二人まとめて崩した。此の人、意外と容赦がないんだよな。
時間の感覚が、少しずつ意識に入ってきた。
一時間目の授業時間は、限られている。ロングホームルームを潰したとはいえ、無限に続けられるわけではない。
其の時点で、残っていたのは七人だった。
リュート、アリア、ケルビ、クラウス、エルナ、アルフォンス、レヴァルト。
均衡していた。誰も無理に攻めなかった。攻めれば隙ができる。其の隙を突かれれば、此処まで残った意味がなくなる。七人が互いの間合いを測りながら、動かない時間が続いた。
七人の中に、見慣れた顔がほとんど揃っていた。其れが今後どういう形に落ち着くのかは、まだ分からない。ただ、目の前にやるべきことが増えたことだけは、はっきりしていた。
アルフォンスがレヴァルトの肩を軽く叩いた。
「お前、よく残ったな」
「アルフォンス様の後ろにいただけです」
「謙遜すんな。其れも実力のうちだろ」
レヴァルトが少し照れたように視線を逸らした。此奴、意外と要領がいいんだよな。目立たない位置取りで最後まで生き残る、というのも一つの戦い方だ。




