帰宅(2)
土壇場で設定変更したため、ミスがあるかも。
朝が来た。
カーベルの城壁の上で夜を明かした冒険者の何人かが、広場に集まっていた。医療班が傷の処置が続いていた。リュートも昨夜のうちに右腕の処置を受けて、痛みは残ったが、傷は粗方ふさがった。。光魔法で応急処置をしていたおかげで、治療の一手間が減ったっぽいが、当分動けそうにないな。
朝の光がカーベルの石畳に差し込んでいた。
昨夜の戦闘が嘘のように、街は静かだった。
市民の避難は完了していた。昨夜のうちに裏口から逃げていた市民が、夜明けと共に戻り始めていた。街に人の声が戻ってきた。
領主が広場に来た。冒険者たちを前に、頭を下げた。
「昨夜は此の街を守ってくれて、感謝する」
其の言葉が、広場に響いた。
何人かが応じた。何人かは黙っていた。皆、疲れていた。昨夜の戦いで体力を使い果たした者も、傷を負った者も、其の広場に立っていた。
報酬の話が出た。
領主の側近が、昨夜の防衛に参加した冒険者一人一人に、報酬の袋(中身は30GL)を渡していた。
リュートにも渡された。
「昨夜は本当に助かった。特に、東側の防衛での君の動きは、騎士団長から報告を受けている」
領主が直接声をかけてきた。
「大したことはしていませんよ」
「そうは思わない。若いのに、最後まで動き続けた。感謝する」
「此処に来た理由は、依頼と自分の判断です。感謝されるほどのことでは・・・」
領主が少し笑った。
「謙遜が過ぎる」
「そうでもないですよ」
領主が改めてリュートを見た。
「昨夜、撤退した理由が分かったか?」
「分かりません。突然でした」
「儂にも分からない。カラミスが自ら撤退を命じたとしか思えないが、理由が見えない。斥候を出したが、カラミスの軍勢は既に魔族領の方向に引いていたように見えたが・・・
何か、心当たりはあるか」
リュートは少し考えた。
「特には」
「そうか。まあ、撤退してくれたことは、結果として助かった。今は其れだけで十分だ」
領主が頷いて、別の冒険者の方へ向かった。
リュートは報酬の袋を確認した。
重かった。
依頼票に書いてあった金額より多かった。領主の判断で上乗せされているのかもしれない。
食事を取った。
カーベルの施設が用意した朝食だった。量が多かった。体が消耗していたから、全部食べた。
其れから、出発の準備をした。
今日中に王都に戻る必要があった。学园の休みは今日を含めてあと一日だが、戻ってからやることがある。依頼の報告をギルドに出す必要もある。
馬車の乗り場に向かった其の時、足元に何かが触れた。見ると、白い猫がいた。
「あ、いた」
猫はリュートを見上げていた。金色の目が、昨夜と変わらない温度でこちらを見ていた。怪我はなかった。毛並みも乱れていなかった。
昨夜の戦闘の痕跡が此の猫には何もなかった。
「何処にいたんだ?」
猫は答えなかった。
当たり前か。
「・・・まあ、いいか」
リュートは猫を拾い上げた。猫は大人しく腕の中に収まった。其の後、また頭の上に移動した。
猫は動かなかった。
「・・・好きにしろ」
馬車の乗り場に向かった。帰りの馬車は、行きと同じ路線。御者が来た時と同じ人間だった。
「ああ、帰りも乗られるんですか?」
「そうですね」
「猫は其のまま・・・ですか?」
「其のまま」
「そうですか」
特に何も言わなかった。
馬車に乗り込んだ。
先客は少なかった。二人だけだった。どちらも商人風で、荷物を膝の上に置いていた。リュートが乗り込むと、頭の上の猫を一瞥して、其れから窓の外を見た。
馬車が動き始めた。
カーベルの城門を抜けた。
石畳から街道に出た。
景色が少しずつ変わっていった。昨夜あれだけの軍勢が動いていた草地が、朝の光の中で普通の草地として広がっていた。踏み荒らされた痕跡が、所々に残っていた。それだけだった。
リュートは窓の外を見ながら、昨夜のことを整理していた。が、情報が多すぎで、整理するのに時間がかかる。
それに、カラミスの軍勢が撤退した理由が分からない。後方で起きたことが分からない。白い光の正体が分からない。
其れも分からなかった。
馬車が揺れた。猫が頭の上でバランスを取った。
「・・・お前、本当に何者なんだ?」
猫は答えなかった。金色の目が、窓の外を見ていた。其の目が、何かを見ているのか、ただ外を眺めているだけなのか、リュートには分からなかった。
まあ、いいか。今は其れを追求する手段がないし。
リュートは目を閉じた。
体が疲れていた。昨夜から動き続けていた。矢が刺さっていた右腕が、まだ鈍く痛んでいた。
馬車の揺れが、心地よく、意識が遠ざかっていった。
目が覚めた時、馬車は街道の中間地点にある中継の村に止まっていた。御者が声をかけてきた。
「少し休憩します。三十分ほど、」
「分かりました」
馬車を降り、足を伸ばし、腕の傷の状態を確認した。昨夜より落ち着いていた。光魔法の効果が続いていた。
猫が頭の上から肩に降りた。
村の中を少し歩いた。朝の村は静かだった。井戸の近くで、老人が水を汲んでいた。子どもが走っていた。普通の村。
猫が肩の上で鳴いた。
「腹が減ったか?」
其の辺りの屋台で、干し肉を買った。猫の前に差し出すと、少しだけ食べた。大して食べなかった。
「・・・意外と少食だな」
猫は答えなかった。
休憩が終わり、馬車に戻った。
王都に着いたのは、昼過ぎだった。
城門をくぐった瞬間、王都の石畳と人の匂いが来た。カーベルとは違う匂いだ。降り場で止まり、馬車を降りた。
御者が「お疲れ様でした」と言った。リュートは頷いた。
王都の大通りを歩き始めた。学園のある方向へ。其の途中で、頭の上の猫が降りた。
猫が向いている方向を確認した。城門の方向。。
「此処で別れるのか?」
低い声で鳴いた。
リュートは少しの間、猫を見た。
「世話になった」
金色の目が、一度だけリュートを見てから、城門の方向に歩いていった。人混みの中に、白い毛並みが見えた。其れが少しずつ小さくなっていった。
リュートは歩き始めた。学園のある方向へ。王都の石畳が、昼の光の中で普通に続いていた。
学園の正門が見えた時、リュートは少し足を止めた。
三日間の研修があって、カーベルがあって、其処から戻ってきた。其の間に色々なことが起きた。ベルフェゴールが来た。白髪の人影が来た。カラミスの軍勢と戦った。猫と別れた。
それが全部此の正門の向こうに繋がっていた。
正門をくぐって、石畳の通路を歩いた。
中庭が見えた。昼休みの時間帯らしく、生徒が何人か外に出ていた。ベンチに座って話している者がいた。木の下で本を読んでいる者がいた。
普通の学園の昼だった。
寮の方向に向かって、廊下を歩いていると向こうから声がした。アランだ。
「リュート、おかえり。何処に行っとったんや?」
「カーベルに行っていた」
「カーベル?なんで?」
「依頼を受けてたからね。今絶賛、金欠なんで。そんで、レベリングもかねて高難易度の依頼を受けた」
「てかその腕、大丈夫?」
アランがリュートの右腕を見ていた。包帯が巻まかれていた。昨夜の矢の傷。傷はふさがってるが、念のために着けてたものだ。
「問題ないね、これでも治りきってるし」
「問題ないって言い方も怖い。とりあえず、部屋来てくれん?ケルビも呼ぶけん」
「分かった」
アランが念話でケルビに連絡を入れたらしく、部屋に着いた時にはケルビが既にいた。
ケルビがリュートの右腕を確認した。
「怪我、してる」
「矢が刺さっていたからね。抜いて処置したよ」
「深さは?」
「深くはないな。」
「今は痛みは・・・」
「ないね。治してるから」
「で、カーベルで何があったんよ」
「話すと長いけど・・・」
「聞くから話して」
ケルビにそう聞かれ、リュートは少し考えた。
全部を話すと、相当な量になる。ただ、アランとケルビには話しておく必要がある部分もあった。
「カーベルで防衛戦があった。カラミスという十三魔将が一万の軍勢でカーベルを攻めてきた」
アランが固まった。
「・・・十三魔将?」
「魔王軍の幹部」
「「魔王軍幹部⁉」」
2人の声がきれいピッタシに重なった。
「ぇ?直接戦ったんか?」
「直接はしていないよ。城壁の防衛に参加しただけ」
「城壁の防衛・・・」
アランが頭を抱えた。
「お前、休みに何しに行っとんよ?」
「依頼を受けに行ったら、そうなった」
「其うなったって言えることじゃないやろ。」
ケルビが静かに言った。
「カラミスは?」
「撤退した。理由は分からないが、」
「怪我はこれだけ?」
「他は擦り傷程度、」
「そう」
アランが、まだ頭を抱えていた。
「十三魔将と戦争して、帰ってきて、普通の顔しとる・・・」
「普通の顔はしていないと思うけどな、」
「十分普通に見えるわ。てか、よく生きて帰ってきた」
「城壁の防衛だから、直接の交戦は限られていたからな」
「其れでも矢が刺さっとるやん」
「其れは仕方ない。」
アランが溜め息をついた。
「まぁ・・・帰ってきてよかったわ。本当に」
其の言葉は、短かったが真剣だった。リュートは少し間を置いてから言った。
「心配かけた?」
「かけたよ。でも、無事ならいい」
ケルビが静かに頷いた。
「うん。戻ってきてよかった」
三人しばらく黙った。
「ルーベルトには話したか?」
「まだ。今日会ってないんよな?」
「後で話す。最悪念話でいいし」
「何を話すんよ?」
「カーベルのことと。後、猫」
「猫?」
アランが顔を上げた。
「此処に来る前に、猫を拾っていた。カーベルまで一緒にいて、王都の入り口で別れた」
「猫を拾ってカーベルまで連れていったんか。戦場に」
「頭の上に乗ったまま離れなかった」
アランが少し笑った。
「お前らしくない話やな」
「そうか」
「猫、大丈夫やった?」
「大丈夫だったと思う。怪我もなかった」
「そっか。よかった」
ケルビが窓の外を見ながら言った。
「其の猫、また会えるといいね」
「どうだろうな」
リュートは其れを言いながら、猫が城門の方向に歩いていった後ろ姿を思い出した。
金色の目が、一度だけ振り返った瞬間。其れが今でも頭に残っている。また会えるかどうかは分からなないけど、あの猫はまた会える気がしている。根拠はない。其の感触があっただけだ。
「とりあえず、飯食いに行こか」
アランが立ち上がった。
「時間的にちょうど食堂やろ」
「あ、ホントだ。」
「腕、大丈夫?」
「歩けるから問題ない」
「食えるか?」
「利き手じゃないから問題なし」
「よっしゃ。ケルビも行こ」
「うん」
三人で部屋を出た。
廊下を歩いていると、食堂の方向から生徒の声が聞こえてきた。
此処に戻ってきた、という感触が、廊下を歩きながらじわじわと来た。
カーベルで起きたことは、まだ頭に残っていて、整理できていないことがたくさんあった。カラミスが撤退した理由。白髪の人影の正体。猫が何者なのか。ベルフェゴールが確認しに来た傲慢の気配とは何なのか。
が、今日はそれを全部持ったまま飯を食いに行く。
其れで今日は十分だ。多分
食堂の扉を開けると昼の光と話し声が一緒に来た。アランが「何食べよっかな」と言いながら先に入っていった。
ケルビが後に続いた。リュートも其の後に続いた。
普通の昼がそこにあった。
食堂から戻った後、リュートは寮の部屋に荷物を置いて、王都の冒険者ギルドに向かった。
依頼を受けたなら、報告書を出す必要がある。其れが冒険者の基本的な手順だ。依頼の結果を報告して、記録を残す。其の記録が、後の依頼の参考になったり、状況の把握に使われたりする。
今回の件は、記録として残しておく価値がある。
十三魔将がカーベルを攻めた、という事実は、王都のギルドにも伝わっているかもしれなかった。ただ、実際に現場にいた人間の報告書は、其れとは別の意味を持つ。
王都のギルドに入った。
昼過ぎの時間帯だったから、中は適度に混んでいた。受付に向かった。
「カーベルへの依頼の報告をしにきました。報告書の用紙をもらえますか?」
受付の女性が少し驚いた顔をした。
「カーベルの依頼ですか。実は昨夜の件で、ギルドにも報告が入っています。現場にいらっしゃったんですか?」
「そうです」
「分かりました。報告書の用紙をお持ちします。こちらにお座りください」
受付に近い席に案内された。
暫く待つと用紙を渡された。リュートは用紙を確認した。
依頼の番号、受注者名、依頼の内容、実施結果、特記事項。其の欄が並んでいた。
筆を取って、依頼の番号を、受注者名を書いた。依頼の内容の欄に、魔族の討伐と書いた。
実施結果の欄で、少し手が止まった。
結果をどう書くか。
魔族を討伐した、とは書けない。カラミスを倒したわけではないからな。カラミスの軍勢を壊滅させたわけでもないし。防衛に参加して、其の中で戦ったけど、最終的にカラミス側が自ら撤退したし。
とりあえず、其の通りに書いた。
防衛に参加。城壁上での水魔法による遠距離射撃。右腕に矢の傷を負ったが、戦闘継続に支障はなかった。
其れから、特記事項の欄に移った。
此処に、今回の核心を書く必要があった。
少し考えてから、書き始めた。
特記事項
今回の依頼は、当初の依頼票に記載のある魔族の討伐ではなく、十三魔将第十三位、焦燥のカラミスによるカーベルへの攻撃への防衛参加となった。
カラミスは一万の軍勢を率いてカーベルに侵攻した。防衛側は冒険者と騎士団が連携し、城壁での防衛戦を展開した。
防衛戦の中で、防衛側の連携に説明のつかない崩れが断続的に発生した。疲労や恐怖とは異なる質の焦りが、防衛側全体に広がっていた。其の原因については、現時点で把握できていない。騎士団長も同様の違和感を感じていた、との確認を取っている。
カラミスの軍勢は、援軍として二万の別働隊を準備していた模様。ただし、其の別働隊は途中で壊滅したとの情報がある。援軍が到達しなかったことが、カラミスの撤退判断に影響した可能性が高い。
別働隊が壊滅した原因については、現場を確認していないため断言できない。
カラミスの撤退は突然だった。戦闘の流れからは説明がつかないタイミングだった。撤退の理由について、現時点で確認できた情報はない。
書き終え、用紙全体を読み返した。事実として確認できていることと、確証がないこととを、分けて書けた。
筆を置いて、受付に持っていった。受付の女性が受け取った。内容を確認し始めた。特記事項の部分で、目が止まった。
「此れは・・・カラミスが一万の軍勢で来たということですか?」
「そうですね」
「そして、援軍の二万が途中で壊滅した・・・」
「後方からの情報として確認しているだけです。現場は見ていません」
受付の女性がもう一度用紙全体を見た。
「報告ありがとうございます。此の内容は、上に上げます。冒険者ギルド副総帥が確認する案件だと思いますので」
「そうしてほしい」
「追加で確認したいことがあれば、後日連絡が来る場合があります。よろしいですか?」
「いいですよ、」
「分かりました。お疲れ様でした」
報告書の受け取り証を貰って、ギルドを出た。王都の午後の光が、石畳に当たっていた。人が行き来していた。馬車が通った。遠くで子どもの声がした。
普通の王都の午後だった。
カーベルで起きたことが、此処では何も関係ない顔をして、普通の時間が流れていた。
報告書は出した。
其れで今日のやることの一つが終わった。
リュートは学園の方向に向かって歩き始めた。
模試戦闘大会までまだ時間がある。やることは整理できた。
が、カーベルで起きたことの整理は、まだついていなかった。
焦燥のカラミスが撤退した理由。白髪の人影。後方で起きたこと。ベルフェゴールが確認しに来た傲慢の気配。
其れらが、別々の出来事なのか、あるいは一つの何かに繋がっているのか。今は分からなかった。
石畳を歩きながら、夕暮れが近づいてきた王都の空を少しだけ見た。此処で普通の一日が続いている。
其れが今は、少し大事だと思えた。




