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帰宅(1)

馬車がオルディナシスの石畳に入った瞬間、空気が変わった。


コルネットの土と草の匂いから、王都特有の石と人の匂いに変わった。五日ぶりに嗅ぐ匂いだったが、不思議と懐かしい感じがした。人間は、短い間でも場所に慣れるものらしい。


広場で馬車が止まると、ルグが前に立った。


「解散します。五日間、お疲れ様でした。次の登校日まで五日間の休みになります。各自、体を休めてください」


生徒たちがそれぞれ動き始めた。


アランが伸びをしながら言った。


「やっと帰ってきた。寮が恋しかったわ」


「五日間だろ」


「五日でも恋しくなるんよ、俺は」


ケルビが静かに荷物を整えながら言った。


「僕は寮の部屋が恋しかった。あのベッドが一番落ち着く」


「確かに。寝心地微妙だったし」


「それもあるけど、自分の場所じゃないから、慣れなかったなんだよね」


それはそうだ。

どこが一番落ち着くかと聞かれれば、今は寮の自分のベッドということになる。此の世界に来てから、落ち着く場所というものが変わり続けてきた。グリーセア村の宿屋、ティオとセレナと過ごした部屋、学園の寮。今は寮が其れになっている。


クラウスが丁寧に荷物を持ち直してから、こちらに向いた。


「リュート君、この五日間ありがとうございました」


「礼を言うほどではないですけど・・・」


「言いたいので言います。班に誘ってもらえて、良かったと思っています」


「其れはケルビに言ってください。最初の発案はケルビです」


「ケルビ君にも既に言いました。リュート君にも言います」


クラウスが静かに頭を下げた。其の動作に、貴族としての所作が自然に出ていたが、今日のそれは形式ではなく本気だと分かった。


「また学園お会いしましょう」


クラウスが人混みの中に消えていった。其の背中を見送りながら、リュートは少し考えた。


公爵家の次男で王位継承候補で、立場が色々と大変そうな人間だと思っていたが、思ったより普通に話せた。虫の話を除けば。


アランがリュートの肩を叩いた。


「リュート、休み何すると?」


「ギルドに行く」


「え、休みやのに?」


「レベル上げと金稼ぎを兼ねる」


「金欠やけん?」


「そう。」


まさか、服屋での出費がこんなにも響くとは思わなかったよ。節約生活してるつもりだったんだけどな・・・


「実家に帰る。たまには、おかんに顔見せんと怒られる」


「そっちはそっちで大変そう。ケルビは?」


ケルビが少し考えてから答えた。


「本屋に行って、あとは部屋でゆっくりする」


「それがケルビらしい」


「そうかな?」


三人でしばらく一緒に歩いて、途中で別れた。アランが手を振りながら人混みの中に消えた。ケルビが静かに頷いてから、寮の方向に歩いていった。


一人になった。


久しぶりに、一人で王都の石畳を歩いていた。五日間、常に誰かと一緒にいた。其れが悪かったわけではないが、一人になると少し体が軽くなる気がした。一人でいることに慣れた時間が、自分には長くある。グリーセア村にいた頃から、一人で動くことの方が多かった。


冒険者ギルドに向かった。


王都の冒険者ギルドは、学園の近くにある。何度も来ているから、道を考えなくても足が向く。石畳を歩きながら、しばらくぶりのギルドの空気を想像した。


乾いた木の匂いと革の匂い。掲示板の前に集まる冒険者たち。受付カウンターの声。あの空気は、転生後のかなり早い時期から慣れ親しんでいる匂いだ。


六歳から冒険者を始めた。最初の頃は、ギルドの中を歩くだけで視線が集まった。子どもが何をしに来たのか、という目が多かった。其れが今では誰も振り返らない。見た目は変わっていないが、此処での立場が変わったということだろう。


ギルドの扉を開けた。


木と革の匂いが来た。想像していた通りの匂いだった。


中は適度に混んでいた。昼過ぎの時間帯だから、依頼をこなして戻ってきた冒険者と、これから出発する冒険者が混じっている。受付は少し並んでいた。


まず掲示板に向かった。


習慣だ。ギルドに来たら、まず掲示板を確認する。どんな依頼があるかを把握してから動く方が効率がいい。


掲示板の前に立った。


白の依頼票、青の依頼票が並んでいた。いつも通りだ。其の中に、赤い依頼票があった。


赤はBランク以上の依頼だ。


珍しい。

高ランクの依頼は貼られると同時にすぐになくなる。実力のある冒険者が先に取っていくからだ。赤い依頼票が残っているのは、時間的に貼られたばかりか、あるいは何か理由があって手が出しにくい依頼かのどちらかだ。


依頼票を取って読んだ。依頼内容は魔族の討伐だった。


場所はカーベル。確認すると、魔族領の隣に位置する地域だ。魔族領の境界に近い場所で、時折魔族が侵入してくるという話を聞いたことがあった。


Bランクの依頼だが、内容は魔族の討伐だ。魔族はただの魔物とは違う。知性を持ち、魔法を使い、集団で動くことがある。Bランクという分類は、あくまで目安に過ぎない場合もある。


受付に向かった。


「此の依頼について、教えてほしいことがある」


受付の女性がこちらを見た。


「何でしょうか」


「Bランクの依頼がまだ残っている理由を聞きたいんだ。高ランクの依頼は通常、すぐになくなるはずだが・・・」


「ああ、其の依頼ですか。実はさっき貼ったばかりなんです。十分も経っていません」


「十分も経ってないのかよ。」


「そうですね。特に手が出しにくい理由があるわけではないですよ」


単純な理由だった。貼ったばかりだから残っていた。それだけだ。


リュートは依頼票をもう一度確認した。


カーベルまでの距離。依頼の詳細。討伐対象の魔族の種別。報酬。8GL(ゴリュム)。日本円で8万円。


報酬はかなり高かったが、魔族領の近くという場所の危険度が、報酬に反映されていた。


レベル上げと金稼ぎを兼ねる、という最初の目的に、此の依頼はよく合っていた。Bランクの依頼なら、今のリュートのレベルであれば相応の経験になる。魔族相手の戦闘は、人間相手の練習戦とも、魔物相手の戦闘とも違う。其れを確認しておくことは、今後に向けても意味がある。


それに、五日間の研修で少し体がなまった気がした。


剣の練習はしていたが、本格的な戦闘はしていない。ベルフェゴールの件は、リュートは防衛側にいたため直接戦っていない。体を動かしたい、という感覚が、少し前から出てきていた。


「此の依頼、受けます」


「確認いたします。リュート・アルスさん、Bランクの冒険者ですね」


あの戦争で防衛に参加していたためか、俺とルーベルトはランクが上がってBランクになったのだ。


「カーベルへの魔族討伐、承りました。出発はいつ頃をお考えですか」


「今日中に向かおうかと」


「了解しました。カーベルまでは馬で半日ほどかかります。道中に複数の中継点がありますので、必要であればそちらをご利用ください」


「分かりました」


依頼票を受け取った。


ギルドの外に出た。王都の昼の光が当たった。


カーベルか。

魔族領の隣。其処にいる魔族の討伐。内容だけ聞けば、普通のBランク依頼だ。だが、魔族領の近くという場所は、何が起きるか分からない部分がある。単純な依頼として終わるかもしれないし、思わぬことに繋がるかもしれない。


此の世界に来てから、思わぬことに繋がる経験の方が多かった。


ただの依頼のつもりで動いたことが、思いもしない方向に展開することが何度もあった。今回がそうなるかどうかは分からない。分からないから、確認しに行く。


其れだけのことだ。


アイテムボックスから剣を取り出した。重さを確認した。手に馴染む感覚があった。五日間、練習で使い続けた剣だ。アリアとの打ち合いを重ねた剣でもある。


学園はまだ五日間休みだ。


やるべきことをやる。


リュートは王都の大通りを、カーベル方向の出口に向かって歩き始めた。

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