リュートの楽しい楽しい数学教室(2)
「よし、じゃあ始めようか」
リュートは黒板の前に立った。
チョークを手に取った。教壇に立って授業は初めてだったが、特に緊張はなかった。学会の発表とかで慣れてたからかな?
だが、やることは決まっている。間違えた場所を順番に整理するだけだ。
「今日は4問目と5問目まで解説する」
「理由を聞いても」
「クラウス様。理由は明白で、冒頭の数問は皆解けてて解説は不要と判断しました」
「なるほど、つまり、3問目までは全員正解だったから解説しないと、」
「あと、6問目移行を開設しない理由は単純に、学校で習うのがずっと先っぽいからな。例えば4問目は4年生になったら習うらしいし、」
ルーベルトが少し反応した。
「ずっと先っていうことは、いずれ?」
「其れは其の時に考える」
「分かった」
「では4問目から、」
四問目に入る前に、リュートは一旦手を止めた。
「四問目を解説していきたいと思いますが・・・進む前に確認で、連立方程式という言葉自体を知っている者は、手を上げてほしい」
教室の中で、ぱらぱらと手が上がった。
ルーベルト、ケルビ、クラウス、アリア、エルナが上げた。
アラン、アベル、フィン、リクス、リア、アリスは上げなかった。
リュートは少し意外に思いながら、手を上げた5人を見渡した。
「ルーベルトは分かるだろうな。前に強制的にやらせたから」
ルーベルトが少し笑った。
「強制的、というのは語弊がある気がしますが・・・でも、教えてもらったことには感謝してます」
「俺の数学教室に半ば無理矢理連れていった記憶があるんだが・・・んで、ケルビは?」
ケルビが少し間を置いてから言った。
「祖国にいた時、家の事情で詰め込みの教育を受けていたので」
あの時のか。教育虐待という言葉が前々から頭をよぎっていたが、其れを今ここで掘り下げる必要はない。今のケルビが普通に学園生活を送れていることが、何より大事だ。
「分かった。クラウスとアリアは」
クラウスが答えた。
「上級貴族の子弟は、一般生徒よりも高い成績を求められます。予習として連立方程式は既に習得していました」
「私も同じです」
アリアが続けた。
「家庭教師から、学園の教科書よりも先の範囲を教えられています」
「なるほど。そういう事情か」
「結構頑張っているつもりなんですけどね・・・君ら二人にはかなわないよ・・・」
といっても、総合成績はクラウスとアリア、ケルビの3人が上位トップ3位を取ってるんだよな・・・
「んで、エルナは?」
リュートが聞くと、エルナが少し照れたように答えた。
「私の家、魔法と数学の研究をしている一族で。生まれた時から数式に囲まれて育ったので、連立方程式くらいは自然に覚えてました」
リュートは少し驚いた。
エルナの家がそういう一族だとは、今初めて知った。学園内で理数系の成績が良いことは把握していたが、其の背景までは聞いていなかった。
「初耳ですけど・・・」
「あまり言ってなかったので」
「そうか。今度、其方の話も聞かせてくれ。あと書物も読ませて。」
「いいですよ」
リュートは残りの五人に向いた。
「アラン、アベル、フィン、リクス、リア、アリス。此の五人は連立方程式自体を知らなかった、ということでいいか」
アランが頭を掻いた。
「知らんかった」
フィンとリクスが頷いた。リアが少し気まずそうに言った。
「聞いたことはあるんですけど、内容は……」
アリスも小さく頷いた。
「分かりました」
リュートは黒板に向き直った。
「では、知らない者を基準に説明する。知っている5人は、聞きながら自分の理解を確認してくれ。時々当てるから、答えられるようにしておけ。間違えたら、男子女子身分関係なくチョーク投げるぞ?」
「「「「え?」」」」
「あ、いつものリュートだ…」
「とんでもないミスの場合なら、口にぶち込む。」
「なんか、物騒なこと言ってませんか・・・リュート様…」
アリアがぼそっと呟いて、クラウスが大きくうなずいた。
「当てる・・・投げる・・・ぶち込む、って……」
アランが少し身構えた。
「お前は知らない側だ。安心しろ。」
「あ、そっか」
クラウスが小さく言った。
「私たちは安心できないということですか」
「そういうことになる」
リュートは黒板に問題を書いた。
「連立方程式は、二つ以上の文字を含む式が複数組み合わさったものだ。一つの式だけでは答えが定まらないが、二つ組み合わせることで、文字の値が一つに決まる」
黒板に簡単な例を書いた。
x+y=10
x-y=4
「此の二つの式があるとする。一つ目の式だけなら、xとyの組み合わせは無限にある。例えば三と七でもいいし、五と五でもいい。でも、二つ目の式も同時に成り立つ必要があるとなると、答えは一つに絞られる」
「足し算と引き算をうまく使って、片方の文字を消す。此れが基本のやり方」
黒板に書いた。
(x+y)+(x-y)=10+4
2x=14
x=7
「式同士を足すと、yが消える。残ったxの値が出る。其れを元の式に代入すれば、yも分かる」
x+y=10
7+y=10
y=3
「答えはx=7、y=3だ」
アランが筆を動かしながら言った。
「足したらyが消えるって、何でそうなるんか」
「yに対する符号がプラスとマイナスで、ちょうど打ち消し合うからだ。プラスyとマイナスyを足すと0になる」
「ああ、そういうことか」
「其の感覚を掴めば、四問目も同じ考え方で解けるぞ」
リュートは少し間を置いてから、教室を見渡した。
「じゃあクラウス~」
「はい。」
「今の例を踏まえて、もし二つ目の式がx+y=6だったら、片方の文字を消すにはどうすればいいと思う?」
クラウスが少し考えてから答えた。
「足すとxとyが両方とも残ってしまいます。其の場合は、引き算をするか、片方の式を何倍かして係数を揃える必要があります」
「正解」
リュートは続けて、別の方向を向いた。
「んじゃルーベルト」
「はい」
「今の例で、もしx-y=4ではなく、2x-y=4だったら?」
ルーベルトが少し考えた。
「そのままだとxの係数が一致していないので、足しても引いても文字が消えません。最初の式を二倍して、xの係数を二に揃えてから引く、という手順になると思います」
「正解。係数を揃える、というのが消去法の本質だ。足したり引いたりするだけで消えない場合は、まず係数を揃えればいい」
エルナが小さく頷いていた。アリアも同じように頷いていた。
「エルナ~」
「はい」
「連立方程式を解く時、二つの方法があると言われている。加減法と代入法。代入法とはどういう方法か、説明できるよな?」
エルナが少し考えてから答えた。
「一方の式を、xかyについて解いて、それをもう一方の式に代入する方法・・・」
「正解。例えばx+y=10をx=10-yと変形して、其れをもう一方の式に代入する。其の場合、文字が一つに減って解きやすくなる。
まぁ、今回の四問目は加減法の方が解きやすい形になっているから、其方を使うぞ。だが、両方覚えておくと、問題によって使い分けられるからな」
リュートは黒板に四問目を書き直した。
x+y=9 ……①
(10y+x)-(10x+y)=27 ……②
「はい、ケルビ。②の式を展開すると、どうなる」
ケルビが落ち着いた声で答えた。
「10y+x-10x-yを計算すると、yの項は10y-y=9y、xの項はx-10x=-9xになります。だから9y-9x=27かと」
「正解だ。其れを九で割ると・・・」
「y-x=3になります」
「正解、」
リュートは黒板に式を整理した。
x+y=9 ……①
y-x=3 ……②
「アリア。此の二つの式を足すと、どうなる?」
アリアが少し考えてから答えた。
「xが消えて、2y=12になります」
「正解。y=6が出る。其れを①に代入すると・・・」
リュートはアランの方を見た。
「アラン」
アランが少し焦った顔をした。
「え、俺?」
「x+6=9だ。xはいくつになる」
「え・・・っと……3」
「おめでとう、正解だ」
アランが少し安堵した顔をした。
「合っとった」
「最初からこの手順で進めれば、符号を間違えることもない。展開の段階で符号をしっかり処理すれば、其の後は単純な計算だ」
リュートは黒板の式を見ながら言った。
「今のやり取りで分かったと思うが、加減法の基本は、足したり引いたりして文字を一つ消すこと。係数が合わない場合は、揃えてから消す。此れだけ覚えれば、四問目のような文字式の問題でも対応できる」
フィンが手を挙げた。
「もう一度、最初からやり方を見せてもらえますか」
「いいぞ」
リュートは黒板の一部を消して、もう一度、最初の簡単な例から書き直した。
知らない五人が筆記用具を持ち直して、黒板を見つめた。知っている六人は、それぞれ自分の答案を見直しながら、確認するように頷いていた。
五問目に入る前に、リュートは再び手を止めた。
「五問目に進む前に確認したいことがある。解の公式を知っている者は手を上げてくれ」
少し間があった。
ルーベルト、ケルビ、クラウス、アリア、エルナが上げた。
アラン、アベル、フィン、リクス、リア、アリスは上げなかった。
「分かった。では、知らない者を基準に進める。知っている五人はさっきと同様、確認しながら聞いてくれ。時々当てるから」
クラウスが少し覚悟を決めたような顔をした。
「承知しました」
リュートは黒板に五問目を書いた。
縦20m、横30mの長方形に、幅xmの道路を縦横に作る。残りの面積を400㎡にしたい。
「まず、道路の部分を端に寄せると、残りの土地が縦(20-x)m、横(30-x)mの長方形になる」
リアが手を上げた。
「端に寄せる、というのがよく分からないのですが・・・」
「道路が縦と横にそれぞれ一本入ると、その分だけ土地の縦と横が短くなる。道路の幅がxなら、縦は20からxを引いた分、横は30からxを引いた分が残る。其れを掛け合わせたものが、残りの面積だ」
「なるほど」
黒板に式を書いた。
(20-x)(30-x)=400
「此の式を展開する。まず左辺を計算する。よし、アラン君。(20-x)(30-x)を展開するとどうなるかな?」
アランが少し身構えた。
「……足して引いて、みたいなやつか?」
「括弧を外す計算だな。四問目でやった展開と同じ要領。20×30と、20×(-x)と、(-x)×30と、(-x)×(-x)を全部足す」
「ええと……600と、-20xと、-30xと、x²か」
「お、合ってる。それを纏めると」
「600-50x+x²?」
「正解」
アランが少し安堵した顔をした。
リュートは続けて書いた。
600-50x+x²=400
x²-50x+200=0
「両辺を整理すると、x²が含まれた式になった。此の形を二次方程式という。一次方程式はxが一乗の式だったが、二次方程式はxが二乗になっている。連立方程式と同じように解けるか試してみると、上手くいかない。其の場合に使うのが解の公式だ」
リクスが言った。
「解の公式って、暗記するものですか」
「覚えてしまえばどんな二次方程式でも解ける汎用的な道具。戦闘でいう魔法の呪文みたいな物だ。ただし、使い方を理解しないと暗記しても使えない。それは魔法も同じだが・・・まず形を見てほしい」
黒板に書いた。
ax²+bx+c=0のとき
x=(-b±√(b²-4ac))/2a
フィンが目を細めた。
「±というのは何ですか?」
「プラスとマイナスの両方、という意味。二次方程式は原則として解が二つ出るんだ。±はその二つを同時に表している。プラスの場合とマイナスの場合、それぞれ計算して二つの解を出す」
「二つ解が出るのは何故ですか?」
「x²という形が含まれているからだ。例えばx²=4という式があれば、x=2でも、x=-2でも成り立つだろ?この性質から、二次方程式は基本的に解が二つ生まれるんだ」
フィンが頷いた。
「今回の式に当てはめると、・・・x²-50x+200=0の場合、aが一、bが-50、cが200」
黒板に当てはめた形を書いた。
x=(-(-50)±√((-50)²-4×1×200))/(2×1)
=(50±√(2500-800))/2
=(50±√1700)/2
「此処で√1700を整理する。ルーベルト~、1700を素因数分解するとどうなる?紙で計算していいからさ」
ルーベルトが少し考えて紙に計算を書いてから答えた。
「1700=4×425=4×25×17=100×17」
「正解。だから√1700=√(100×17)=10√17になる」
黒板に書いた。
x=(50±10√17)÷2
=25±5√17
「此処で二つの解が出た。25+5√17と、25-5√17だ。どちらが答えになるか確認する。ケルビ、道路の幅xはどういう条件を満たす必要がある」
ケルビが落ち着いた声で答えた。
「xは0より大きく、かつ縦の長さである20より小さい必要があるかと。0以下や20以上だと、土地が残らないか、道路が土地をはみ出してしまいますし」
「正解。なら、25+5√17は?エルナ、√17の値はだいたいいくつになる」
エルナがすぐに答えた。
「4.1231056・・・だった気がする」
「何でそこまで覚えてんだよ。とりあえず、四捨五入で4.1と考えてくれ。・・・だから5√17は大体20.5になる。25+5√17は大体45.5になって、20を大きく超える。条件を満たさないから不適だな」
リュートは続けた。
「25-5√17はどうか。5√17が大体20.5だから、25-20.5で大体4.5になる。これは0より大きく20より小さいから、条件を満たす。つまり、答えは25-5√17m・・・クラウス、此の答えの形に違和感はあるか」
クラウスが少し考えた。
「√が含まれたままの形が答えになるのは、最初は不自然に思えましたが、正確な値を保持するためにはこの形の方が正確なんですね」
「小数に直すと近似値になって誤差が出るからな。√のまま答えにする方が、数学的には正確だしね」
アリアが言った。
「解の公式の中の、b²-4acの部分は何か意味がありますか」
リュートは少し止まった。
「判別式と呼ばれる部分。其の値によって、解が二つ出るか、一つだけか、あるいは実数の解がないかが決まるんだ。今回は正の値だったから、実数の解が二つ出た」
「其処まで知っておく必要がありますか?」
「今の段階では知らなくていいかも。解の公式の使い方を覚えることの方が先だ。判別式の話は其の後でいいし」
そもそも、此れが学園の授業で出るかは分からんけど。
「分かりました」
アランが少し遠い目をしながら言った。
「解の公式、覚えられる気がせんな……」
「最初はそういうものだ。使いながら少しずつ覚えていけばいいし」




