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【第二部連載中】嫌われ公女が継母になった結果  作者: 三矢さくら
第二部

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53.公女、満たされた。

失われた大切な音楽。奪ったのは帝国軍の侵略で始まった激しい戦争。


もう戻らないと思っていたかもしれない。いや、今日の食事で精一杯な冬を乗り越えたばかり。音楽どころではなかった。


そこに、突然、蘇った旋律(メロディ)。


感動し、帝国軍が現れる前の平和な暮らしを思って、村娘たちは涙した。


その大切な旋律に、たとえ、どれほど学問的には正しかったとしても――、



『帝国の影響がある』



などと言われたら、胸の中の奥の奥のずっと奥に大切にしまい込んでいた過去の思い出までもが、帝国に侵略されたかのように感じてしまう。


ただ、その言葉は、たったいま目の前で旋律を蘇らせてくれた『恩人』の口から出てしまったのだ。


村娘たちの複雑な心中は、沈黙となって現れた。


わたしも一瞬、息が止まりそうになった。


兄ナタンのあからさまな嫌がらせとは違う。無邪気で純粋な情熱から放たれた言葉だからこそ、胸に刺さる。


静寂にパニックになったのだろうか。わたしからは離れた場所で自分の頭をポカポカと叩くニコラに、ハッと我に返った。



――ここに……、悪意のある人はひとりもいないのだ。



わたしは立ち上がり、状況の呑み込めないニコラに一歩、歩み寄る。



「……ニコラは、本当に音楽を愛しているのですね」


「あ、はい。え……、すみません」


「だけど、ニコラ。……この地で生きる者たちにとって『帝国』は、哀しい思い出のある言葉なのです」


「え……、あ、あ……、ああっ!! は、はいっ! すみません。その通りです。僕、またやってしまいました! 音楽となると夢中になって周りが見えなくなって……! す、すみません、決して皆さんの気持ちを傷つけるつもりは……っ!」



顔真っ赤にしたニコラが、ヒョロリと長い身体をブンブン振りながら、またポカポカと自分の頭を叩く。


チラリとカトランを見た。


カトランもまた、静かにニコラを見詰めている。責めるような視線ではない。


ただ、不器用な青年の戸惑いを、静かに受け止めようとしていた。


そっと息を整え、視線をニコラに戻す。



「いいえ、ニコラ。話してくれて嬉しいです。……ニコラの奏でる音色がみんなの心を震わせ、感動させたことも本当です」


「あ、いや……、その」


「ニコラがこの地とわたしたちを想って弾いてくれたからこそね。……ありがとう、ニコラ」



王太后陛下が、厳かなお声を響かせた。



「アデール、カトラン公、パトリス子爵。そして皆の者……。我が従者の『音楽バカ』が迷惑をかけてしまった」


「いいえ、とんでもございませんわ、王太后陛下」


「……だがの」



ニマリと意味ありげに笑われた王太后陛下が、みんなを見回した。



「あの帝国が誇る音律を、我らが奪い取ってやったと思えば痛快なことよのう」



そして、村娘たちの顔をひとつひとつ確認するように、慈愛の眼差しを注がれる。



「……妾の祖国は帝国に攻められ、領土を半分奪われ、兄も弟も討ち取られた。優しかった兄の命も、可愛かった弟の命も、帝国に踏みにじられ、奪われた」



ハスキーなお声に哀切な響きはなく、ただ村娘たちの心に寄り添おうとされるものだった。



「すでに輿入れしておった妾にできることは少なく……。まだ幼かった甥が国王となり、帝国への臣従を余儀なくされ、祖国の民は重税に苦しんだ」



王太后陛下の眼差しが、カトランに向いた。



「しかし、カトラン公が仇を討ってくれたのだ。おかげで祖国は数十年ぶりに独立。カトラン公は妾の恩人であり、帝国の横暴に耐え忍んだそなたらカトラン公の民は、妾の同胞である」


「王太后陛下……」



思わず呼びかけてしまったわたしに、王太后陛下はにっこりと微笑んでくださった。



「帝国の旋律が混じっておろうと、いまやこの温泉郷の皆が笑顔で歌い、笑顔で踊る曲となったのだ。もはや、帝国の調べではなく、王国の調べ。ガルニエ辺境伯領の調べであろう」


「ええ、仰る通りかと存じますわ」


「戦勝の調べ、戦勝の証として、胸を張って歌い踊ろうぞ」



王太后陛下のお言葉に、村娘たちは次第に頷き始める。



「そうね……」


「……取り返したんだもの」


「私たちの曲なんだから」



そして、村娘たちは、ニコラに悪戯っぽい笑みを向けた。



「とても美しい調べだったわ。元よりいいかも……? ふふっ、すこしビックリしちゃってごめんなさいね」


「あ、いや……」


「すみませんは、なしよ?」


「……え?」


「ねぇ、アデール様」


「ふふっ、そうね」



村娘たちとクスクス笑う。


ニコラの『口癖』が気になっていたのは、わたしだけではなかったのだ。


村娘たちの様子に、兵士たちも緊張を解いていき、和やかな雰囲気が戻ってくる。


ソランジュ殿下が改めてニコラを紹介してくださり、宮廷楽士となる前の音楽院の学生時代に民族音楽の研究をしていたのだと教えていただいた。


村娘のお姉様のひとりが、興味津々にニコラに尋ねた。



「へぇ~っ! ……で、民族音楽って、どんなのですか?」



もちろん、それは『やらかして』しまったニコラへの、温かな心遣いでもある。


ニコラはおどおどと前髪をかき分け、恐る恐る口をひらく。



「すみ……、あ、いや。そ、そうですね。じゃあ、たとえば、この地とは王都を挟んで真反対になる王国の南方だと……」



サラリと演奏してみせるとき、ニコラの指先は震えない。


見事な音色と、初めて耳にする旋律に皆が「おお~っ」と感嘆の声を漏らす。


わたしも初めて聴いた。


心の浮き立つような軽快な調べ。


パトリスが旋律に合わせて身体を小さく左右に揺らしていたのが、とても可愛らしかった。


カトランと目が合い、微笑み合ってから、その後ろで、涙の止まらなくなったルコントの姿に気が付いた。



「え、え、え? ……どうしたの?」



リーズが声を潜め、ルコントの様子をうかがう。



「俺の……、故郷の歌なんだ」



絞り出すようなルコントの声に、わたしの胸が締め付けられた。


一度は盗賊にまで身を堕としていたルコントが、どういう遍歴をたどってきたのか。


カトランと出会い、リーズと出会い、それでも抑えきれない望郷の念が溢れ出たような声の響きに、ふと目頭が熱くなった。


みんな哀しみを抱えて生きている。


王太后陛下が立ち上がられた。



「よしよし。では、せっかくであるから、この南方の旋律でも踊ろうではないか」


「え……」


「なんだ、アデール?」


「……お、お元気ですね。王太后陛下」



つい先ほどまで、みんなで『バカみたいに踊って』いたのだ。


カトランも立ち上がり、ルコントに歩み寄った。



「ふふっ、王太后陛下の思し召しであるぞ。せめて一曲なりとも踊らねば、若者として矜持を示せまい?」


「はは……、カトラン様の仰る通りで」



王太后陛下が口を尖らせる。



「なんじゃ、なんじゃ。みなで妾を年寄り扱いしおってからに」


「……お祖母様。ここにいる全員が孫でもおかしくないお歳ですのよ?」



ソランジュ殿下のお言葉に、みながドッと沸き立った。


王太后陛下は満足げに微笑んでくださり――不敬を咎められても、おかしくない場面だというのに――、わたしは敬仰の思いを新たにした。


ニコラの演奏する南方の音楽で、みなが思い思いに踊る。ふり付けも適当で、ただ身体を動かしているだけ。


ルコントは泣き笑い。


踊り終わるや、みんなで大笑いして、今夜は解散となった。


男女それぞれの宿舎に戻っていく、みんなの背中を見送る。


演奏が久しぶりだったからか、感慨深げに楽器を撫でるニコラに歩み寄った。



「……ありがとう、ニコラ。おかげで、みんなが楽しい時間をすごせました」


「い、いや……、僕……、いえ、私の方こそ……」



ソランジュ殿下からおうかがいしたニコラの前歴を思えば、こちらも胸が詰まる。


ひとり寂しかった王都を思い出し、ポツリと漏らしてしまった。



「……素晴らしい演奏、素晴らしい音楽ですのに……。王都では力を発揮できなかったことでしょうね」


「……こ、これからは……、迷いなく演奏できそうです。……アデール様……」


「ふふっ、それはよかったです」



前髪を指で小さく上げたニコラが、わたしをまっすぐに見詰めてくれた。


眠たそうに目をこするパトリスの手を引いて、管理棟へと戻る。


カトランは目をほそめ、普段よりも、ゆっくりと歩いている。蘇ったこの地の旋律を、また噛みしめているのだろうか。



「……素晴らしい演奏でしたね」


「ああ、素晴らしかった。……武の力だけでは成し得ない平和があるな」


「カトランのお陰です。この地とは縁(ゆかり)のない南方の音楽で踊ることも許してくれて」


「はははっ!」


「え?」


「……さすがに、あの雰囲気で『やめろ』と言えるほどの勇気は、俺にはないな」


「ふふっ、そうですね」


「それに、この温泉でのことは、アデールに任せると言ったはずだ」


「はい……、ありがとうございます」



泣いたり笑ったり、大変なこともあったけれど、とても温かい夜だった。


それはきっと、村娘も兵士たちも、みんなが温かな時間をつくろうとしてくれているからだ。


翌朝、筋肉痛で目が覚めて、パトリスと一緒にカトランからストレッチを教わってから朝食に向かうと、配膳するニコラがヘアピンで前髪を留めていた。


ザザがニマッと笑う。



「ほら、あの。そつのない方の従者、金髪の、長い髪をくくってる」


「うん」


「……あっちの従者から借りたんだと、ヘアピン」



まだ、おどおどした感じはするけど、どこか笑顔が柔らかい。


それに、無理をせず最初から、自分の運べる量のお皿だけを持つようにしたようだ。


まだ完全に音楽家として復帰する気にはなれないのか、王太后陛下となにか約束があるのか、それは分からない。


ただ、ニコラの肩からは力が抜けたように感じる。指先は震えず、元宮廷楽士らしい気品も……、ちょっと感じられた。


なにより、丸かった背筋が伸びている。


そして、お試し2回目が最後の夜を迎えたとき。



「……実は、アデールに頼みがある」



と、王太后陛下が切り出された。



本日の更新は以上になります。

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