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【第二部連載中】嫌われ公女が継母になった結果  作者: 三矢さくら
第二部

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44.公女、差し出す。

先触れが届き、カトラン、パトリスと連れ立ってエントランスに出る。


兄ナタンの来訪は、姉ファネットが押しかけたときのような非公式なものではなく、ランベール大公家の公子ナタンとして、正式に申し入れられたもの。


母女大公からの祝賀使としてセリアが来訪したときのように、受け入れにあたっては格式や儀礼の調整も行われた。


カトランとの事前の打ち合わせも、入念に行わせてもらった。



「……姉のときのようなことは、ないと思うのですが……」



胸元の大きく開いた深紅のドレスに、連れてきた男性の指先が差し込まれていた。



――このクソ寒い中、乳を放り出して……、何を考えてるんでしょうな?



と、マルクが呆れていたものだ。


あんなものは、パトリスに見せられない。見せたくない。



「ふむ……。パトリスもガルニエ家の世子だと王家に認められ、子爵位にある」



執務机の前で催行の要覧を手にしたカトランは、もう片方の手にあごを乗せた。



「……はい」


「立ち会わせてやらねば、パトリスの将来に支障が出るのではないかな?」


「……カトランの言う通りです」



姉ファネットのときは、まだカトランが子爵で、パトリスはその養子だった。


下級貴族の、それも王家や王国に、正式には認識されていない存在だった。


だけど、いまは違う。


王国で三本の指に入る高位貴族、ガルニエ辺境伯の世子、パトリス・ガルニエ子爵として、ソランジュ殿下の第二王女裁可のもと爵位継承の承認状まで授けていただいた身の上だ。


大公家の公子に対して礼を失すれば、その名に関わる。


要覧を置いたカトランが、顔をあげる。



「……アデールの心配は理解できるが、何があろうと俺が守る」


「カトラン……」


「そうだな……。初めてお目にかかるが、ナタン殿が……、その、姉君のような恋人でもお連れなら……」


「……はい」


「傅役(もりやく)のギオに、パトリスの目をふさぐように言っておこう」


「……えっ?」


「こう、パッと」



真剣な表情で両手をサッと動かすカトランが、妙に……、なんだろう。


可愛らしかった。



「……分かりました」


「なんだ? なにか、おかしかったか?」


「いいえ。感心しておりました。そうですわね。目をふさげばいいですわね」



シンプルな解決策。わたしが難しく考えすぎだったかと、顔がほころんだ。


兄が、そんな〈みだら〉な女性でも連れていたなら、格式も儀礼もない。パトリスの目を覆ったところで礼を失したことにもならないだろう。


わたしからも、ギオにはよく頼んでおいた。


ギオは真面目な表情で何度も素(・)振(・)り(・)をしてくれていたので、きっとパトリスを〈みだら〉や〈ふしだら〉から守ってくれる。


そして、エントランスに並び、もう間もなくとなった兄の到着を待つ。


兄に隙を見せないよう、わたしができる備えは、すべて整えたつもり。


主たる催しである『闘技会』は、兄が連れてくる貴族令息たちとガルニエ騎士団による対抗戦――すなわち、主君カトランの上覧試合として執り行われる。


これは、マルクをはじめとしたガルニエ騎士団の『武』を信頼している。


兄がなにを企もうと圧倒してくれる。



――それでも……、落ち着かない。



果たして、城門の向こうから、耳触りの悪い享楽的で退廃的な音楽が響き、それが徐々に近付いてくる。


兄が引き連れた楽団だろう。


不協和音や半音階をわざと多用し、聴く者の不安や官能、愛欲、憂鬱を煽る。極端に速くなったり、気怠げに遅くなったり。


すすり泣きや甘い吐息にも似たねっとりとした音色は、まるで絡みつく毒蜘蛛の糸。


聴く者の理性を麻痺させ、甘重い情欲へと引きずり込もうとする。



――あの……、温泉郷での輪舞(ラウンドダンス)の清らかな調べが汚された気分ね……。



眉間にシワが寄る。


城門から、露悪的で倒錯的な意匠で飾り立てられた馬車が入ってくる。


兄と顔をあわせるのは、わたしの政略結婚を一方的に告げられた、最後に母女大公の城に登城したとき以来となる。



――敵も味方もかまわず斬り込む〈血みどろの狂戦公〉! ……げにも厭わしい。アデール、ちゃんと血を拭いてやれよ?



大袈裟に身震いし、わたしを嘲弄してみせた兄ナタンのにやけ顔が思い浮かぶ。


思わずグッと奥歯を噛みしめたときだった。


パトリスが、わたしとカトランに囁いた。



「……アデールは、養父上のほっぺたにキスしてあげたらいいよ」


「……、……、……は?」



思考が3周半した。


あげく、パトリスに聞かせるべきではないような声が出てしまった。


兄の馬車は、いまにも停まろうとしている。



「パ、パトリス……?」


「……これから、養父上は大事なお仕事なんでしょう?」


「そ、そうよ。だから……」


「大事なお仕事に行くとき、ほっぺたにキスしてあげるといいんだって!」



キュッと首が動いた。


カトランと見詰め合う。目が泳いでいる。そんなカトランは初めて見た。



――えっ!? できないことは、やんわり断るって言ってましたよね!?



と思うのだけど、兄の馬車は目の前だ。


パトリスと押し問答になれば、兄が馬車から降りてしまう。兄の目に入る。



『はっ! 辺境の者は礼も知らぬ! さすが無粋なアデールの嫁いだ先だな。いい見世物で出迎えてもらい、光栄の限りだ!』



兄の嘲笑が頭をよぎる。


パトリスに、カトランに。そんなものを浴びせさせたくはない。


チラッと、馬車を確認する。



――パッとやって、サッと姿勢を正せば、……間に合う。



カトランの真っ赤な瞳を見た。



――ああああああっ!! こ、これ……、ほっぺたとはいえ、わたしの初めての……、キ、キスなんだわ! !



しかし、ガルニエ辺境伯家の名誉のために捧げるのだ。悔いはない。


わたしが半歩、歩み寄ると、カトランの視線も定まった。


きっと、カトランが戦場に赴くときは、こんな表情をしているのに違いない。


凛々しくて、素敵……。そんな場合ではない。


パトリスの眼差しは、ずっとまっすぐだ。


カトランがわずかに身をかがめた。



――い、いくしかないわ。



つま先を立て、えいやっと唇を差し出した。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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