41.公女、耳を澄ませる。
夜の中庭に集まってランタンを並べ、この地に伝わる歌を、みんなで練習する。
気恥ずかしそうな兵士たちを、村娘たちが優しくリードしてくれる。子どもたちは気持ちよさそうに大きな声で歌う。
それから輪になって踊る。
男性の輪と、女性の輪が逆に回転しながら、ひとりずつ、みんなと踊る。
「……なんと温かで、清らかで、尊い輪に、私などまで……」
天を仰ぐマノンにも入ってもらい、パトリスと子どもたち、それにザザも加わると、ちょうど男女が同数。
この場に居合わせたみんな、誰ひとり取りこぼすことなく、ひとつの輪をつくった。
村長の娘だったガビーが指導してくれた振り付けは、単純で簡単。
「でも、伝統的な振り付けなんですよ?」
「ふふっ、それは素敵ね。じゃあ、始めましょうか?」
お衣装は女性も男性も、同じデザインの色ちがい。
辺境伯も王女侍女も、兵士も養蜂農家の娘も、大人も子どもも、みんなで輪になって踊る。
春先の夜をランタンの明かりが照らす、みんなの嬉し恥ずかしな笑顔。
おなじ歌を口ずさみ、おなじステップを踏んで、振り付けには手拍子や足踏みも含まれていて、みんなで鳴らす。
――辺境の輪舞。
高価な楽器もプロの楽士もいない。
だけど、王都の楽士がかき鳴らす享楽的で退廃的な調べとはまったく違う、この地に根ざした「豊穣を祈る歌」をみんなで歌って、手を取り合って踊る。
終わったら、みんなでその場に座り込んで、心から笑い合った。
カトランの苦笑いのような笑顔も、とても寛いでいるように見えた。
翌朝。みんなで朝食をつくり、みんなで味わい、みんなで片付ける。とても手際が良くなってしまった。
そして、村娘たちが管理棟にお衣装を返しにきてくれた。
「終わっちゃった……」
名残惜しそうにドレスを返却してくれる村娘たち。
リーズが、控えめな声をあげた。
「……頑張って働いたら、私たちでも手の届かない品じゃないと思う」
村娘たちの顔があがる。
「そうね。リーズの言う通りだわ」
「……次に来られるときには自分のドレスが着られるように、頑張って働こうよ」
リーズの言葉に、皆の瞳が輝く。
別れを惜しむようだった表情は、未来の再会を約束するように、明るくほころんでいった。
わたしとマノンが同時に天を仰いで、ザザに笑われた。
そして、ザザは優しく微笑んでくれた。
「……良かったね、アデール」
「うん、良かった」
村娘と兵士たち。みんなの帰りを、手を振って見送る。
再会の約束を交わしたペアもいるらしい。
みなが和気藹々と帰路に就く背中に、ホッと安堵覚える。
それから、わたしは〈お試し2回目〉に向けて、貸し出していたお衣装と入浴衣の最後のお洗濯をする。
ザザとマノン、それからカトランとパトリス、そしてマルクとガビーも手伝ってくれる。
楽しげに作業してくれるマルクとガビーの距離も近くなっていて、皆の顔をニヤニヤとさせ、わたしはパトリス監督に押されて、カトランとピタリと密着させられる。
少々、お洗濯がやりにくい。
干した洗濯物を取りこんで、今夜はもうひと晩だけお泊りする。
無事に終わって気が抜けたこともあるのか、さすがにクタクタだ。
パトリス監督は不満げだったけど、皆ですぐに寝室に引っ込んだ。夢も見ずにぐっすりと眠った。
Ψ
「えっ……? いま?」
「そう」
パトリス監督の真剣な表情に抗えず、カトランの馬の後ろに乗せてもらう。
「……初めてなら横掛けがいいだろう」
「それでは、そのように……」
カトランの指示にも、初めてのことなので、そもそも乗り方が分からない。
オロオロしていたら、カトランがそっと優しく抱き上げてくれた。
パトリスとザザ、それにガビーとマノンは馬車に乗る。
「こ、こうでしょうか……?」
「ああ。落ちなければ、それでいい。しっかりつかまれ」
「はい……」
カトランの腰に手を回し、覚悟を決めてギュッと力を込めた。
「……痛くないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
ゆっくりと馬が進む。
のどかな物見遊山のような道行き。
マルクが御者を務めてくれる馬車も、それに合わせてゆるゆるとついてくる。
「恐くないか?」
「大丈夫です。……とても、乗り心地がいいです」
「そうか。なら、よかった。……俺も女性を乗せるのは初めてだ」
「そうなのですね」
「……だから、加減が分からない。パトリスのように飛ばせば喜ぶというものではないだろうし」
「まあ。パトリスはそうだったのですね」
「はははっ。……男の子らしいところを見ることができた」
「ふふっ。それは、わたしも見せてもらわないと」
カトランの舌も滑らか。春先の陽気と〈お試し初回〉の余韻だろうか。
――わたしが身体を預けた方が楽だって言ってたわよ……、ね。
と、広い背中に、そっともたれる。
カトランが少しだけ手綱を握り直した。
城に戻る道すがら、少し足を延ばして、リーズの畑に立ち寄った。
「あっ……、ほんとうに来てくださったのですね」
「ふふっ、せっかくのお招きだもの」
そこには、ミツバチが春の蜜を集める、満開の菜の花畑が広がっていた。
息を呑む絶景というよりは、息の抜けていくような、心の安らぐ景色。決して広くはない畑だけど、大地に埋もれていた命が、穏やかに緩やかに呼吸を始めたみたい。
耳を澄ませばミツバチの羽音が微かに響く、訪れた平和を象徴するような光景に、みんなでしばし見惚れた。
わたしの隣で、マノンが呟く。
「……ア、アデール様に伏してお願いしたき儀が……、ご、ございます」
古めかしい言い回し。
黒衣に戻り、いつもの律儀そうな雰囲気をしたマノンが、身を堅くしていた。
「なんでしょうか?」
「……やはり、ソランジュ殿下の温泉地訪問をお許しいただけませんでしょうか」
「う~ん……」
カトランと目を見合わせる。
お忍びであっても王女殿下のご訪問ともなれば、ガルニエ辺境伯家にとっては光栄な話だ。
だけど、〈お試し2回目〉に向けても動き出しているし、3回目も控えている。
それが問題なく終われば、温泉地は有料で開放したい。その上で、領民には年に1回の『無料招待券』を配布するつもりだ。
劇場や酒場さえもまだ充分には整っていないガルニエ辺境伯領で、領民や兵士たちがホッと息を抜ける憩いの場としたい。
とびきりの王侯貴族であられるソランジュ殿下のご訪問ともなれば、その計画に支障が出てしまう。
それに、兄ナタンから申し入れのあった『闘技会』への対応もある。
マノンが硬い表情で俯いた。
「……守っていただきます」
「え?」
「ソランジュ殿下にも、アデール様の定められた『ルール』を守っていただきます」
「……えっと?」
「……この度の『お試し初回』とおなじ体裁で構いません。格式に合わせたもてなしも要りません。御家の領民が寛がれる隅に、どうぞソランジュ殿下のお席もお許しいただけませんでしょうか」
マノンの瞳を見詰める。
わたしに食い入るような視線は、真剣そのものだった。
「……辺境伯閣下と辺境伯夫人であられるアデール様が、その高貴なる御身に纏われたお衣装を拒まれる、ソランジュ殿下ではございません」
たしかに、わたしとカトランが『先例』をつくったとも言える。
――かの温泉地では領民も兵士も、領主も領主夫人も、平民も貴族も。皆、おなじデザインのお衣装と入浴衣で寛いですごす。
という『先例』だ。
それでもいいからというマノンに、わたしが重ねて難色を示せば、
――辺境伯夫妻には許した待遇を、王女には認めないのか。
という抗弁も成り立ち得る。
だけど、そこまでして、ソランジュ殿下のご訪問を実現させたいというマノンには、なにか別の思いがあるように感じた。
わたしとカトランの様子を察した、マノンが深く息を吸い込む。
「じ、実は……」
黒縁眼鏡のブリッジを押さえたマノンが響かせる硬い声に、耳を澄ました。
本日の更新は以上になります。
お読みくださりありがとうございました!
もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、
ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。




