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【第二部連載中】嫌われ公女が継母になった結果  作者: 三矢さくら
第二部

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40.公女、預けた。

次々にパトリス監督からの指令が飛ぶ。



「アデール、養父上の髪が跳ねてるよ! 直してあげてよ!」



櫛を通す。


カトランの表情も、なにか『異変』を感じ始めている。


だけど、みんなの目もあるところで、どう相談したものか分からない。



――妻になる……、ということをパトリスが誤解してるようで……。



と、いう話を、ふたりきりなら相談しやすいかといえば、そんなこともない気がするのだけど、みんなのいるところでは、なおさらだ。


パトリスがジッとわたしを見詰める。



「アデール、疲れた?」


「あ……、ううん、そんなこと……。うん、疲れたわ」


「養父上の肩を借りるといいよ」


「……えっ?」


「疲れたとき、肩に頭を乗せると仲良しになれるんだって」



妙に指示が具体的だなと思ったら、村娘のお姉様方に相談していたらしい。



「……男の人と女の人は、どんなときに仲良しになるの?」



兵士たちとの〈お試し初回〉の真っ最中なので、お姉様方は自分たちのことを聞かれたと思い、



「えぇ~っ? ……パトリス様。それ聞きます?」



と、嬉し恥ずかし、あれやこれやとパトリスにご教授くださったらしい。


パトリスが、お姉様方から『おマセさん』だと誤解されていないか、ちょっと心配。



「まあ……、パトリス坊ちゃんも真剣な様子だったし、大丈夫なんじゃない?」



ザザが呆れ笑いをしながら、囁いた。



「もう……、見てたんなら、止めてあげてよう……」


「いや、そんなことはできないでしょ。聞かれた娘さんたちも嬉しそうだったし」


「うっ……。そ、そうなのね」


「いいんじゃない? この場で、正式な夫婦はアデールと辺境伯様だけなんだし、清らかなる男女のあり方を、みんなに見せ付けてやれば」


「み、見せ付けるだなんて……」



ザザは絶対楽しんでるし、マノンは天を仰いでばかりいる。


ランタンの明かりがいくつも灯る夜の中庭で、カトランの肩にそっと頭を乗せる。



――か、堅いのね……。



岩のように微動だにしない。



「……す、すみません。重くはありませんか……?」


「ぷは……」



ぷは? 頭上から降ってきた意外な音に、顔を見上げてしまった。



――カトラン……、息を止めていたんだわ……。



それが意味することは分からない。


ただ、カトランの身体の強張りがゆっくりと解けていくのが、触れている部分から直接、ロングジレ越しに伝わってくる。



「……大丈夫だ」


「はい」


「パトリスが考えていることは分からないが……、ここではアデールがルールだ」


「え?」


「……嫌ならアデールが断ればいいし、俺から断ることはない」


「……はい」



わたしのライムグリーンのドレスと、カトランのロングジレが擦れ合う感覚がする。


自分でも分からない何かの拍子に、ふぅ~っと息が抜けていき、カトランの肩に体重を預けた。



「その方が楽だな」


「……え?」



わたし……、語彙力を失っている。



「力を込められているより、しっかり身体を預けてくれた方が楽だ」


「……はい」



そういうものかと、より身体から力を抜くように心がける。


わたしたちの前では村娘と兵士たちが和やかに歓談し、ふたりきりでクスクスと笑い合いながら散策する者や、何人かの男女で輪になって語らっている者たちもいる。


子どもを肩車して遊んでやる兵士と、その母親もいる。


皆が思い思いに、この穏やかな時間を過ごしている。



「……見事なものだな」



カトランが感慨深げに呟いた。



「荒っぽい兵士たちが、村の娘たちの垣根を越えられるのは、もっと先になると思っていた……」


「……はい」


「アデールの見事な手腕の賜物だ。俺だけでは、こうはいかなかっただろう」


「そ、そんなことは……」


「いや、感服している」


「……お、恐れ入ります」



いまにも立ち上がってターンしたい気持ちでいっぱいだったけど、静かにこの喜びを噛みしめる。


カトランの肩の上で。


衣越しにカトランの体温を感じる。温かい。それから息づかい。そして、わたしが思っていたのとは違う、速い心拍。


いつもとおなじ冷静な声とは裏腹な、カトランの鼓動に気が付いて、なぜだか、わたしの顔が火照る。呼吸も浅くなる。



――カトランも、なにか……、特別な時間だと感じてくれているんだ……。



そう思いが定まって、カトランの逞しい肩に身を預けていることが、なおさら居心地よく感じてしまう。


おなじ景色を眺め、おなじ思いを抱きながら、覚えのない安心感に包まれていた。


そのころのパトリス監督はというと――。


わたしたちの視界からスッと姿を消すという『ご配慮』を覚えていた。


賢い。成長が著しい。


きっと名君になるに違いない。


翌朝。カトランの寝室から、パトリスが一目散にわたしに駆け寄った。


そして、チョイチョイッと可愛らしい手を振って、内緒話を要求してくる。



「ふふっ、なになに?」



しゃがんで膝を抱くと、両手でわたしの耳元を覆った。



「あのね……、養父上も……」


「うん……」



耳元で囁くパトリスの吐息がくすぐったい。



「アデールと『仲良し』になりたいんだって!」


「そ、そう……、嬉しいわ」


「もっと、頑張ろうね!」


「え、ええ、そうね。頑張ろう」



両拳を握ってみせると、パトリス監督は嬉しそうに頷いた。



――が、頑張っちゃうのかぁ~……。



パトリスは駆けていき、わたしも立ち上がる。


両手を腰にあて、駆けていくパトリスの背中を苦笑い気味に見送った。


パトリスは、とても元気になった。


自分の新しい『使命』を見付られたからだろう。


わたしが城から追い出されないように――、というパトリスの頑張りを、セリアに投げ捨てられた過去に重ねると、切ない思いもよぎる。


それでも、二度と城を攻め落とされないようにと、まだ幼い身で兵法の修得に思い詰めていた頃よりは、ずっと笑顔が明るい。


わたしも……、ちょっと嬉しい。


カトランとの距離が縮まったような気もしている。



「……おはよう」


「え?」



朝の挨拶をしてくれるカトランが、わたしを廊下の壁に押し付けるようにして、腕を突き立てた。


わたしは壁とカトランとの間に、完全に閉じ込められている。吐息が近い。



「……え?」


「パトリスが、朝はこのように挨拶するのだと力説していたのだが……」


「ぷっ……。ええ、おはようございます」



微かに耳の先を赤くして困惑するカトランの表情に、思わず吹き出してしまった。



「……城に帰ったら、ご相談が」


「分かった。ここではアデールがルールだ。パトリスの言うことも聞いておこう」


「ええ、そうしてあげてください」



くすぐったいものを感じながら、壁に腕を突き立てたままのカトランと、至近の距離でヒソヒソ話。


きっと、ふたりでおなじ表情をしている。


それからも、頬を赤くしたり、胸を高鳴らせたり、パトリス監督からの数々の指令をこなしながら、いよいよ〈お試し初回〉は最後の夜を迎えた。

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