↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部連載中】嫌われ公女が継母になった結果  作者: 三矢さくら
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/55

38.公女、頬がゆるむ。

暗い表情をしたリーズを緊張させないように、ゆったりとした微笑みを心がけた。


ザザに促されたリーズが、重たそうに口を開く。



「よく考えたら……、知らないふりをすることもできたなって、夜にふかふかのベッドに入らせてもらってから……、気が付いてしまいました」


「ふふっ、そう」


「……アデール様からの、せっかくのお計らいを台無しにしてしまったのではないかと……」


「そんなことないわよ?」



わたしの前で肩を落とすリーズを、隣に座らせた。


しばらく湯面で揺れるフリルを一緒に見詰める。



「……やっぱり、隠し事はよくなかったわ。わたしが反省すべきよ」


「そ、そんな……」


「ふふっ。リーズのお陰で、こうしてみんなと一緒に湯に浸かれて、とても感謝しているのよ?」


「……な、なにもせずにいると」


「うん」


「……なにもせず、なにもできず、山奥でただ怯えて隠れていた頃を思い出してしまって……、落ち着かないんです」


「そうか……」


「すみません」



わたしが裏で『お世話』する音が耳に入って、リーズはつい動いてしまった。


やることが欲しかった。やることがあるなら、わたしがやっているなら、自分にも分けて欲しかった。


心が自然と反応してしまった。


わたしにも覚えがある。


王都の政館で息を潜めていた頃。やることがなにもなくなると、必死で空白の時間を埋めていた。


家政を学び、本を読み、なにかできることはないかと探して、いつか役に立つ日がくるかもと夢想して空白を埋めた。


空白は恐い。


それが、命にもかかわる思い出を呼び覚ますなら、なおさらだろう。



「ううん、リーズ。よく教えてくれたわ」


「……え?」


「ほんとうに寛いでもらおうと思ったら、なにか『すること』を用意しないといけなかったのね」



湯の中で腕組みをして、敢えてわざとらしく難しい顔をして深く頷く。


わたしの意図を汲んでくれたザザが、青い空を見上げた。



「はぁ~ん、なるほどねぇ……。ゲームでもする?」


「ゲームかぁ!」



努めて明るい声を出す。


ザザは悪戯っぽい笑みを浮かべて、わたしの顔を上目遣いにのぞき込む。



「アデール様ぁ、ゲームを考えるのがお得意でしょぉう?」


「ザザったら……。パトリスに考えた『攻城戦ゲーム』は兵法の復習のためだったんだから……、得意ってわけじゃないわよ」


「それじゃあ……、舞踏会?」


「まあ、素敵。だけど、楽器も演奏する楽士もいないわ」


「みんなで歌えばいいんじゃない?」


「ふふっ、なんだか……、素敵ね」


「でしょ? いいじゃない、お試しの初回なんだから。なんでもやってみれば」


「そうねぇ」


「バカバカしくて、みんなで笑い転げてもいいわけだし」


「ふふふっ、そうね」



わたしたちが楽しげに軽口を叩き合っていると、湯船に浸かるみんなも一緒に考えはじめてくれた。


リーズの表情もほころぶ。



「みんな……」


「ええ」


「……アデール様には、とても感謝しているんです。私もです」


「あら……、そう?」


「……荒れた集落にも足繁く通ってくださり、お化粧品や手鏡なんかも、ご自身で配り歩いて、お手渡しに下賜してくださいました……」


「ええ、そうね……」



マノンが贈ってくれた〈女子の復興セット〉だ。


受け取ってくれたときのみんなの笑顔は、わたしも満たしてくれた。



――明日は今日よりも、ちょっといい日になるかもしれない……。



そんな希望を、一緒に抱けるような気がした。



「……下着に使える布も入っていて、村の女衆がどれほど喜んだことか……」


「そうね。女子に下着は大切よね」


「ふふっ……。はい。……それを、アデール様は我がことのように一緒に喜んでくださって……」



気付けば、湯に浸かるお姉様方はみんな静まり返って、うんうんと頷いている。



「なにもかも失くしていた私たちにとって……、アデール様の笑顔がどれほど励みになったか分かりません」


「ふふっ、それは照れちゃうわね」


「ほんとです! 前の子爵夫人様とは大違いだって、みんなで言ってたんです」



一瞬だけ、わたしは笑顔を引きつらせてしまったと思う。


前の子爵夫人とはパトリスの実母、カトランの兄嫁――、セリアのことだ。


その名前はわたしにとってはデリケートなものだけど、領民には関わりのないこと。



「ありがとう、嬉しいわ」



にこやかに微笑み、セリアの話題は軽く流した。


もしも、この話題でお姉様方が盛り上がってしまったら。もしも、そこに食器洗いを終えたカトランとパトリスが入ってきたら……。身震いがする。



「リーズ。あのお化粧品や手鏡だけどね」


「はい」


「実はマノンが贈ってくれたのよ?」


「ええ~っ!!」



みんなの視線がマノンに集まる。



「や、や、や、や……、いや、私というわけではなくてですね……、ち、父からですね、カトラン公の辺境伯叙爵のお祝いとしてですね……」


「おしろいに口紅。農作業にも丈夫な粗羊毛(コースウール)の布地。下着に使える白い麻布。それから、針と糸に、はさみに、石けん……。ふふっ。お父君コルベール伯爵は、ほんとうの『乙女心』をよくご存じでいらっしゃるのね?」


「あ、いや……、私から助言をいたしはしましたが……、その、私が贈ったということでは……」



頬を赤く上気させたマノンが、浸かるお湯をバシャバシャさせながら狼狽える。


お姉様たちが次々に、心のこもったお礼の言葉を述べると、マノンは眉間に深いシワを刻んで、怒ったような顔で頷く。



「……よ、喜んでもらえたのなら……、ち、父が喜びます……」



身分は平民のお姉様方にも、マノンは偉そうぶるところを微塵も見せない。


わたしに気を使っているのかもしれない。


けれど、伯爵令嬢の身にありながらこの純朴な性情では、王都は息苦しいだろうし、堅物王女ソランジュ殿下にお仕えするのは居心地がいいだろう。



――もしも……、もしも、わたしが王都にいた頃に知り合えていたなら……、いいお友だちになれたかもしれないわね。



後悔とは少し違う、夢のような『もしも』を思い浮かべて、頬がゆるんだ。


ザザが耳元で囁く。



「……溺れたビーバーみたいだな」


「うわ、ひど……、ぷっ」


「な?」


「……う、うん。マノンには内緒よ? わたしが同意したって」


「ふふっ、分かってるわよ」



お姉様たちからのお礼に、マノンはいちいち律儀に頭をさげる。


そのたびに、チャプッと鼻先が湯に浸かってしまう。そして、プルッと小さな顔についた湯を払う。


その仕草が、なんともいえず愛らしい。



「がはははっ! なかなか盛り上がっておりますな!」



マルクの豪快な笑い声と一緒に、入浴衣に身を包んだ兵士たちが入ってくる。



「……洗い物、ありがとう」



マノンにお礼していた流れで、男性陣へのお礼の言葉も自然と出てくる。



「いや……、朝食を美味しくいただいたし、このくらいは……」


「いやぁ~! 皆さん、ピシッとされてて、あっという間に終わりました!」



男性陣の『お目付け役』という名目で、マルクの側に押しやられていたガビーも湯に浸かり、賑やかさを増す。


カトランに手を引かれたパトリスは、さらに子どもたちの手を引いて、みんなで足を滑らさないように、そ~っと湯に浸かっていく。


やんちゃな男の子は、お気に入りの兵士がいるようで、その膝の中に収まった。


ひとりいる女の子は、スススッと母親の隣に腰をおろし、ヒソヒソと洗い場でのできごとを報告している。



「がはははっ! いいものですな。……服を着て風呂に浸かるとは、最初は不思議だったものですが。慣れれば、なるほどこれが『社交』というものかと納得しました」


「ふふっ、そうだな」



カトランとマルクは、少し離れたところに並んで湯の中に腰をおろした。


ザザはリーズの背中を押して、ルコントの側に行かせる。


何人かのお姉様はまだマノンを囲んでいて、兵士たちに、その『功績』を紹介して、ますますマノンの顔を赤くさせていた。



「……ありゃ、遊びはじめたな。マノン様で」


「ふふっ、そうね」


「逞しいねぇ」



話題を変えようと必死なマノンが、農地の作付けについて質問した。すると、兵士と村娘が交互に答えて、マノンが深く感心する。


湯煙の中に、和やかな光景が広がる。


だけど、兵士も村娘も、みだりに相手の身体に触れたりはしない。


馴れ馴れしい態度はとらない。



『ふしだらと……、せ、せ、せ、清純な恋の境目が分からなくなっています』



と、カトランに力説して、わたしの定めた家規――恋愛規則を守って、穏やかに交流を深めてくれている。


ここで恋が生まれなくても、集落に戻ったときに『仲良しさん』なペアがあれば、ほかの領民たちの交流のハードルも下がる。


自然で節度ある、ガルニエ家の謹厳な家風にも合った清純な男女交際につながってほしい。


ふと、湯の真ん中で立ち尽くすパトリスに気が付いた。



――あれ……? どうしたのかしら?



難しい顔をしている。


声をかけると、しばらく躊躇ってから、なにかを振り切るようにして、わたしの隣に腰をおろした。


パトリスは口を尖らせ、涙をこらえているようにも見えた。



「……なにか、心配なことでもあるの?」



温泉の湯は心を開いてくれる。


良くも、悪くも。


パトリスが抱く、なにかの不安が湧き出してしまったのかもしれない。



「パトリスが心配なことは、わたしも心配だわ」



モゴモゴと口の中で言葉を濁していたパトリスが、わたしに向き直り、その透んだグリーンの瞳でわたしを見詰めた。


これまで見せたことのない視線の強さに、思わず息を呑んだ。



「……パトリス?」


「アデール」



小さく呟く声が、上手く聞き取れなくて、パトリスに耳を寄せる。



「うん、なあに?」


「……養父上と『仲良し』になってよ」


「うん?」


「追い出されちゃうんでしょ!?」


「えっ……、えっと……?」



わたしが視線をさまよわせると、ザザはススーッと側から離れていく。


パトリスがわたしを見詰めながら、声を一生懸命に潜める。



「……養父上はアデールのことを『2年後に妻にする』って仰ったんでしょ!?」


「え、ええっ!?」


「2年後までに仲良しにならないと、妻にしてもらえないんでしょ!?」


「え、え~っと……」


「ボク、アデールが養父上の妻じゃないなんて、ちっとも知らなかった……」


「あ、う、う~ん……」


「アデールが追い出されちゃうよ!!」


「あ~……」


「……ボク、継母(はは)上は絶対アデールがいい!! 絶対協力するから! アデールと養父上を、仲良しにするから!!」



透んだ瞳に決死の覚悟を浮かべるパトリスの力強い宣言に、わたしは湯の中で口をパクパクさせることしかできなかった。


夫人だけど、妻ではない。


この機微を、まだ6歳のパトリスにどう説明しよう。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、

ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。