37.公女、選んであげる。
ピカピカに磨き上げられた温泉を前に、思わず苦笑いしてしまう。
「う~ん……、グループ交際というよりは合宿ね」
兵士も村の娘も途中からは貸し出したお衣装も着替えて、一緒に汗を流してくれた。
子どもたちも、パトリスと一緒に水を運んだり、露天のお風呂に入る落ち葉やゴミを拾ってくれた。
ゆっくり寛いでほしいという、わたしの企みは失敗してしまった。
だけど、ザザの言う通り、みなで手を動かしながらの見事な連携は、自然な会話を生んでいた。
ひと段落して休憩している間も、和やかなお喋りが続く。
養蜂農家のリーズが、ジトッとわたしの顔を見詰めた。
「……アデール様」
「な、なにかしら?」
「まだ、ありますよね?」
「……え?」
「なにか、ご自分で作業しようとされてますよね?」
〈お試し初回〉に参加してくれているのは『村の娘』だとはいえ、みんな16歳のわたしよりは年上だ。
お姉様方に取り囲まれる。
「知ってしまったからには、アデール様を働かせてる裏で、のんびり寛ぐこともできません」
と、口々に問い詰められて白状してしまった。
みんなの入浴衣を、みんなでお洗濯。
カトランとパトリスが城に帰ってから、わたしがやろうと思っていたのだけど、結局、ふたりにも手伝わせてしまった。
「アデール様……。明日の朝食も一緒につくりますからね。なんなら、私たちだけでつくりますからね。おひとりでやろうなんて、しないでくださいね」
寡黙な性格だけど、有無を言わせない迫力のこもるリーズの言葉に釘を刺され、〈お試し初回〉の初日は解散になった。
男性、女性、それぞれの宿泊棟に戻っていくみんなの背中は、どこか楽しげで充実しているようにも見える。
わたしの思惑とは違ったけれど、これはこれで良かったのかもしれない。
マルクとガビーがしょんぼりしていた。
「……すみません。リーズに気付かれてしまいまして……」
「ふふっ、仕方ないわよ」
「ミツバチの羽音を聞き分けられる耳だそうで……」
「あら、すごいわね」
夜も遅くなったので、カトランとパトリスもそのまま管理棟に泊まる。
カトランが部屋に入る前、声を落とした。
「すまない……。俺が押しかけ、騒がしくしたから皆に気付かれてしまった」
「いいえ。わたしが『こっそり』というのに、無理がありました。いずれにしても時間の問題でしたわ」
薄く興奮したパトリスが声を張った。
「ボクが……、養父上にワガママを言ってしまったから……」
膝を抱き、パトリスの瞳を見詰めた。
「ふふっ、パトリス。今晩は初めて養父上と一緒に寝るわね」
「あ、うん」
「パトリスもカトランも悪くないわ。ふたりが来てくれて、わたしはとっても嬉しくて、心強かったんだもの」
「……ほんとう?」
「ほんとう」
ちょっと様子を見てすぐに帰るつもりだったカトランは、パトリスの傅役であるギオを城に置いてきた。
なので、今晩はカトランがパトリスの側で寝てくれることになったのだ。
パトリスが微かに昂っているのは、きっとそのせいだろう。
「これ以上、夜更かししてカトランを困らせたらダメよ?」
「は、はい……」
「ふふっ、いいお返事ね」
部屋に入っていくカトランとパトリスを見送る。
――2年後、きっと妻としよう。
そのときがくれば、カトランとパトリスと3人でベッドに並ぶのだろうか。
「……おぼこいねぇ」
ザザが呆れたように笑い、マノンが眉間にシワを寄せてうんうんと頷く。
「な、なによぉ?」
「それで、どうやって子どもをつくるんだよ?」
「……え?」
「こ・ど・も。辺境伯様とアデールの子ども」
「え? ……あっ」
ポンッと顔が赤くなる。
妻にするとは……、きっと……、そういうことも含んでの話よね……。
ザザが呆れたように髪をほどいた。
「ま、いっか」
「……アデール様らしい、実に清々しく、清廉なお話です」
「それはそうなんですけどね」
なにやら、わたしとカトランの関係について議論を始めようとするザザとマノンも、自分たちの部屋に押し込んだ。
Ψ
翌朝から、わたしもみんなと同じお衣装を着た。淡いライムグリーンのドレスに、カナリーイエローのリボンを合わせる。
ザザは露草色に藤色を自分で選んで、遠慮するマノンにはコーラルレッドに桃色のリボンを選んであげた。
「……わ、私には派手ではないでしょうか?」
「ふふっ、可愛いと思うけど?」
「か、可愛い!? 私がですか?」
いつもは文官めいた素っ気ない黒衣を纏うマノンだからこそ、明るい色合いのドレス姿は、一輪の花がほころんだように場が華やいで見えた。
照れ臭そうに、困ったように、なんども姿見の前でクルクルと回っているのも、とてもいい。
ザザとふたり、ニヤリと笑い合って、マノンの薄い金色をした髪をハーフアップの編み込みに仕上げた。
とても清楚で華やか。
「こ、こういうのは……、私には似合わないと……」
「ううん。とてもよくお似合いですわよ。コルベール伯爵令嬢、マノン様」
「ぷ、ぷしゅぅ……」
朝食づくりのために村の娘たちが合流してくれると、わたしとザザの見込んだ通りマノンを囲んで口々に褒めちぎる。
「お人形さんみたい」
「可愛い~っ!」
「素敵ねぇ……」
顔を真っ赤にしたマノンが天を睨んで、下唇を上唇で堅く覆ってプルプルする姿も愛らしかった。
養蜂農家のリーズが、しみじみと呟く。
「……アデール様もザザ様も、マノン様まで、私たちとまったく同じお衣装を着てくださるなんて……」
ハッとしたマノンが、リーズの手を堅く両手で握り締めた。
「その通りです! なんと素晴らしく、なんと高邁であられることか……」
「は、はあ……」
「どれほど地位が高くとも、民と共に歩まれるガルニエ辺境伯家の高潔なお志を、リーズに教えていただきました! ありがとうございますっ!」
マノンの勢いに困惑したリーズの愛想笑いに、みんながクスッと笑った。
そういうマノンだって伯爵令嬢で、王女殿下の侍女様なのだ。
リーズが困惑するのも無理はない。
あっという間に朝食の準備が整い、中庭で男性陣とも一緒にいただく。
みなと同じロングジレを着込んだカトランとパトリスも姿を見せ、なんだかとても嬉しい。
カトランは、わたしの考えた〈お試し初回〉のルールを尊重してくれているのだ。
やはり昨夜の『共同作業』が、みんなの壁を低くしてくれたのか、爽やかな青空の下で和気藹々とした朝食の時間を過ごす。
パトリスも子どもたちと、なにやら楽しそうにしている。
ふだんは大人ばかりに囲まれるパトリスにとっても、いい時間になっていると思う。
お片付けもみんな一緒。
「料理はつくってもらったんだから、食器洗いは俺たちで……」
と、男性陣が食器を下げてくれる。
カトランも一緒にやりはじめて、兵士たちが恐縮した。
「ふふっ、ここではアデールがルールだ。男たちでやるというなら、俺もやらねばアデールの立場がないだろう?」
「ボ、ボクもやります!」
パトリスもお手伝い。子どもたちも、パトリスに続いた。
手持無沙汰になった女性陣は、先に朝の入浴に赴かせてもらう。
すっかりバレてしまった以上、わたしもコソコソしないで一緒に入浴する。
入浴衣のフリルが、湯面にいくつもゆらゆらと浮かんだ。
――これなら湯に浮かぶし、身体を隠してもくれる。姫様のご要望どおりではございませんこと?
ザザの苦心の作。
湯煙越しに、女性陣の「ふぅ~……」っという深く心地よさそうな声が響いた。
お婿さん探しの〈お試し初回〉も大切だけど、女性だけでの入浴には気安さもある。みんなの表情が安らいで見えた。
「……すみませんでした、アデール様」
リーズが側にきて、暗い顔でわたしに頭を下げる。
なんだか悔しげな表情。
ザザと顔を見合わせ、それからふたりでリーズに微笑みを向けた。




