35.公女、考えすぎ。
厨房に戻りながら、あれやこれや噂話に花を咲かせる。
ザザが悪戯っぽく笑った。
「……みんなを打ち解けさせてる、共通の話題ってなんだと思う?」
「え~っ? なんだろう……。まだ、娯楽も少ないし……」
それに、村娘も兵士も笑顔で話せるような「昔話」を持っていない。戦争を経て、互いに過酷な過去しか持ち合わせない。
「……お天気の話?」
「ふふっ、はずれ」
「ええ~……、なんだろう?」
「正解は、マルクの旦那とガビーが『いつ引っ付くのか?』って噂話でした」
「まあ」
「……当人たちは自分がみんなのヒソヒソ話の中心にいるとは、気が付いていないみたいだけど……」
「ふふっ、そうなのね」
「あのふたりも、じれったい感じだからねぇ」
ザザはカラカラと笑って、マノンは目を丸くした。
「……あの、騎士団長のマルク殿とガビー殿は……、その、そういう……?」
「清純でしょ?」
ザザが片目をつむると、マノンは両手の拳を堅く握り締めた。
「はい。清純です」
ザザが目をほそめ、声を潜めた。
「アデール。……養蜂農家のリーズがいるだろ?」
「ええ……。お父様とお母様の残した巣箱を、ひとつだけ大切に守ってる……」
天涯孤独の身になってしまったリーズは、落ち着いた栗色の髪に、華奢な体格。
みんなの助けを借りて畑を耕しなおし、春の蜜を採るために菜の花を植えていた。
寡黙なタチで、わたしはあまり言葉を交わした覚えがないけど、いつ見ても手が動いていた黙々とよく働く娘だ。
「さっき、見た?」
「え?」
「ふふっ、ルコントと話してたでしょ?」
「ああ……、そうね。たしかギオの子分だったっていう……」
「そうそう。ギオの爺さんの元子分で、元錠前破りの元野盗だ。ただ、それだけに手先が器用で、リーズの大切な巣箱を直してやったらしいんだな」
「へぇ~っ!」
ザザがガビーから聞いたところによると、リーズの親代わりの長老も、ルコントのことは気に入っているらしい。
「だけど、ふたりとも口数が少ない性分だからさ」
「……そうねぇ」
「いまいち進展がなかったのを……」
「ふふっ……。マルクとガビーの噂話で盛り上がっているのね?」
マルクとガビーは参加するみんなが楽しめるようにと、ずっとヒソヒソと打ち合わせをしながら気を配ってくれている。
身体の大きなマルクが腰をかがめ、ガビーはその耳元に少し背伸びをして。
その姿が、参加するみんなから注目の的になっているとは気が付かないまま……。
「ふふっ。リーズとルコントも、仲良しになれるといいわね」
ザザがニヤリと笑った。
「いやぁ? ……リーズの方は『脈あり』だと思うんだけどな」
「へぇ! そうなのね」
「畑を耕すときも、ルコントの方をチラチラ見てたし……」
マノンが黒縁眼鏡の向こうで、しみじみと目をほそめた。
「リーズや村の娘たち……、いえ、ご婦人方のお衣装も素敵でしたね……」
「ふふっ、ありがとう。ザザと頑張って縫った甲斐があるわ」
戦乱に巻き込まれ、着の身着のままで山奥に逃れていた彼女たちに、「よそゆき」の服を持つ者はいない。
だけど、せっかくの機会なので、ふだんの暮らしからは少し離れた、「おめかし」をさせてあげたい。
とはいえ、参加した者にだけプレゼントしたら、他の領民に不公平になる。かといって、すべての領民にプレゼントできるほどには、辺境伯家の財政に余裕がない。
色々と考えた結果、この温泉地に滞在中だけ貸し出せるお衣装を、入浴衣と一緒に、ザザと夜なべして縫ったのだ。
マノンが感慨深げに呟く。
「リーズとルコントも今朝とは見違えるような……、まるで本物の紳士と淑女が歩いてるみたいでした」
彼らが昼前に到着したとき、管理棟でのお衣裳の貸し出しをマノンにも手伝ってもらった。
女性に貸し出したのは、ドレスかワンピースかといえば、ギリギリでドレスと呼べるような、Aラインのワンピース。
王都の貴族が好むようなきつい原色ではなく、春の息吹を感じるような淡い色彩。
派手すぎないパステルカラーが、農作業で日焼けした村娘たちの肌にも優しく馴染んで、上品な透明感を引き出してくれる。
兵士にも用意した。
膝丈ある長いチョッキ――、いわゆるロングジレだ。
サッと羽織れば、肩幅を広く、ウエストをスッキリと、縦のラインを強調した立体的な裁断が、荒っぽそうな――女性から見れば、すこし恐く感じることもある――体格の良さを「頼もしさ」に変えてくれる。
そして、純白の首布を巻く。
「……避暑地に訪れた清純なご令嬢と、知的な紳士のようです……」
「ふふっ。マノンも似合ってたわよ?」
「わ、私など……。アデール様こそ、とても可憐で……。ザザ殿も凛とよくお似合いでしたし……」
マノンは頬を赤くして、黒縁眼鏡をクイッとあげる。
貸し出すお衣装を事前にカトランに確認してもらうため、城でちょっとしたファッションショーを開いた。
体格差に合わせて、マノンにも参加してもらい、カトランからの許可を得てから、皆に貸し出した。
ザザが得意げに呟く。
「まあ、やっぱり腰のサッシュリボンも選べるようにしたのは正解だったわね。簡素なデザインだけど、取り合わせは無限ってヤツだ」
「はい。それは、私も思いました。……到着したとき、管理棟でお衣装の色とリボンを選ぶ娘たちの華やいだ笑顔が……。ああっ!」
「……え?」
急に苦しそうに頭を抱えたマノンの顔を、ザザと一緒にのぞき込む。
「……私はもうダメです。『素敵』以外の語彙力をなくしています」
「ふふっ……、なんだか嬉しいわ」
「……小さなお子さん、男の子も女の子も、大人と同じデザインを小さなサイズで……、その……、温かいですね」
温かい――、とマノンがひねりだしてくれた「語彙力」に、ザザと目を見合わせ、クスリと笑った。
だけど、わたしも同感だ。
「そうね。……カトランに見せるとき、モデルを務めてくれたパトリスも気に入ってくれたみたいだったし」
子どもサイズのロングジレを着てもらったパトリスの、照れ臭そうな、だけど、誇らしげな表情が、とても愛らしかった。
ザザがあごに手をやる。
廊下で立ち止まって、スッとその腕がわたしの前に伸びた。
「……誰か、厨房にいるな」
低く落とした声に、わたしとマノンがビクッと身構える。
わたしたちの手元にはランタンがひとつ。
暗い廊下の先。すぐそばにある厨房の入口を、ザザが睨んだ。
耳を澄ませば、なにやら小さな音が響く。
人の気配がする。
ザザがもう一段、声を潜めた。
「マルクの旦那を呼ぶか?」
「……いえ。まずは、わたしたちで確認しましょう。せっかくの雰囲気を壊したくないわ」
「……分かった」
忍び足で厨房の前まで進む。
――賊? ……いや、温泉地自体には兵士を配置してないけど、街道には巡回の兵もいる……。警備を手厚くするってカトランも言ってたし……。
マノンは後ろにさげ、わたしとザザは廊下に干してあった桶とまな板で『武装』して慎重に進む。
どうしても、嫌な考えが湧き上がる。
――お母様の手の者……? あるいは、お姉様……、お兄様かも……。
母女大公、姉ファネット、兄ナタンの顔が代わる代わるに思い浮かぶ。
わたしの、ささやかな幸せを踏みにじることなど、なんとも思わない人たち。
あるいは、こんな清純で清廉な場などは『無粋』のひと言で嘲弄し、蔑んで、笑いものにして……。
――ううん。考えすぎ。考えすぎ。……まだ、考えすぎ……。
首を小さく鋭く左右に振って、厨房の入口まで進んだ。
そっとのぞき込むのだけど、すぐに逃げ出せるように、重心は後ろ。
薄暗がりの厨房の中で、体格のいい男性の身体が月明りに照らされている。
ごくりと息を呑み、声を発した。
「何者ですか? ……ここが、辺境伯カトラン・ガルニエの治める地だと知ってのことですか?」
男性の身体がゆっくりと動き、暗闇の中から鋭い眼光がわたしを射抜いた。
ビクリと身体を震わせてしまったとき、男性とは別の何者かかが、姿勢を低くしてわたしの足下に素早く飛び掛かる。
思わず手にしたまな板を、両手で力いっぱい振り抜いた。




