34.公女、仕込み中。
第二部の連載を開始します!
どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
日が暮れた管理棟の厨房に腰を降ろし、ランタンをひとつ灯して、ウキウキとお芋の皮を剥いていく。
ついに迎えた温泉地での〈お試し初回〉。
わたしが考え、カトランからも許可をもらった、領民の村娘と兵士たちとの『グループ交際』の試みだ。
向かいで一緒に包丁を握ってくれる第二王女侍女のマノンが、眉間にシワを寄せた。
「……アデール様は辺境伯夫人という高貴なお立場にありながら……」
マノンは何度も首を左右に振りながら、だけど包丁を動かす手は止めない。
「このように領民のお世話をされるなど……、か、感激です!!」
「大げさね」
皮を剥き終えたお芋をチャプンと水を張った桶に入れ、マノンに苦笑いを返した。
次のお芋を手に取る。
「いえ、素晴らしいことです」
「ふふっ。マノンが手伝ってくれて、助かっているわ」
「……無理をお願いして見学させていただいているのです。このくらい当然です」
黒縁眼鏡の向こうでマノンの瞳は手元のお芋と包丁を睨みながら、今度は首を何度も縦に振った。
領民の村娘と兵士たちは、越冬から荒れた農地の再耕作業、救荒作物の植え付けと、大変な日々が続いた。
その前には戦争もあった。
張り詰めた心と疲れ切った身体を、ゆっくり休める機会にもなればと思っている。
結果、彼らの食事やお掃除、お洗濯などのお世話係を領民や兵士にお願いしたら、
――ほかの者を働かせながら、自分だけ休んでいるのも……。
と、参加者が心から寛ぐことができないのではないかと、わたしがこっそり引き受けることにしたのだ。
こっそりというのは、領主夫人がお世話しているとなれば、それはそれで恐縮させてしまいそうだからだ。
お給仕などみんなの前に立つ仕事は侍女のザザにお願いして、『監督役』という名目で管理棟に滞在しているわたしが、目立たないように作業する。
いまは明日の食事のための仕込み中。
皮を剥いたお芋を井戸から汲み上げた冷たい水にひと晩晒しておけば、煮崩れしにくくなるし、桶の底に溜まる真っ白なデンプン質をつかって、料理にとろみを付けることもできる。
幸い、ザザによれば、初日である今日の昼食と午後のおやつの評判は上々だったようだ。
豪華なお料理というわけではないけど、みんなが喜んでくれてると思うと、地味な作業にもなんだかウキウキしてしまう。
「あっ、ザザが戻りますわね」
「……え?」
廊下から、ワゴンの車輪の音と食器が触れ合うカチャという音が小さく響いた。
夕食の食器を下げてくれたのだ。
皮剥きの作業を中断して立ち上がると、マノンがわたしを熱い視線で見詰めていた。
「え……、えっと?」
「素晴らしいです。……あのように小さな音も聞き逃されないほどに、ザザ殿のお戻りを心待ちにされている」
「あ、ええ……」
「早くザザ殿から、領民の反応を聞きたいと、まるで戦勝の報告を待たれるかのように……。どこまでも領民に寄り添う、高貴でお優しい心に感銘を受けました!」
「……そこまで言われると、さすがに照れてしまいますわ」
「私も早くソランジュ殿下にご報告したい気持ちでいっぱいです」
マノンが黒縁眼鏡のブリッジを中指で突いて、瞳をキラリと輝かせると、食器が満載のワゴンを器用に押すザザが厨房に入ってきた。
「おっ、夕飯も好評だったわよ?」
「そう! ……みんな、量は足りてた?」
ワゴンの前側を持って、ザザを手伝いながら洗い場まで一緒に食器を運ぶ。
「ああ、大丈夫。ひとり、やんちゃな坊主が食い足りなさそうにしてたけど、兵たちが分けてやって、それはそれで、いい雰囲気づくりに役立ってたよ」
「そう! ふふっ、みんな優しいのね」
参加している村娘には子持ちが3人いる。
残念ながら戦争で旦那様を亡くされたのだけど、あたらしく兵士からお婿さんを迎えるならお子さんとの相性も大切だと思う。
気兼ねなく子連れで参加してほしいと、村長の娘だったガビーを通じて伝えた。
「……気性は荒くても、気のいいヤツばっかりだしな。それに、マルクの旦那の選抜が利いてる」
「マルクは?」
「はははっ。ガビーと一緒に、みんなを盛り上げてくれてるよ」
マルクとガビーは、半ば『主催者側』として参加してくれている。
せっかくの「グループ交際」でも、村娘と兵士が交流し合わないまま、温泉だけを楽しんで帰ったのでは、少し寂しい。
食器をすべて洗い場の水に浸け終わると、大きく伸びをしたザザが腰をポンポンと叩いた。
「……いまは就寝時間まで食後の散策で、みんな中庭に出てる。のぞきに行く?」
ザザの提案で、いそいそと管理棟を登る。
最上階のバルコニーに、そ~っと忍び足で出て、身をかがめて手すりの隙間から様子をうかがった。
いくつかのランタンが、ポツリポツリと会話を交わす男女の姿を、夜闇にふわりと照らし出している。
いい雰囲気。
わたしの感覚では〈ふしだら〉の対極にある――。
「……ロ、ロマンチックですね」
マノンが羨望するような吐息を漏らした。
「……自分の中にまだ『ロマンチック』などという言葉が残っていたことにも驚きますが……」
「そうね……」
「素敵な情景です……」
乱倫の王都。退廃的な愛欲が渦巻く、爛れ切った紊乱の都。
乱れた社交界を忌まれ、離宮に引き籠る〈堅物王女〉ソランジュ殿下の侍女を務めるマノンには、『清く、正しく、節度ある、男女交際』が、まさしく輝いて見えるのだろう。
ふだんは「がははははっ!」と豪快に大口をあけて笑うマルクも、中庭の隅でガビーとふたり、皆の邪魔にならないように、そっと見守っている。
領民は戦争で働き盛りの男手をなくしている。
帰農も視野にこの地で落ち着きたい兵士たちとの『親睦』を深めてもらうことは、ガルニエ辺境伯領の今後のためにも、とても重要だ。
だけど、それ以上に、みんなに穏やかな幸せを味わってもらいたい。
――わたしも……、いつかカトランと、こんな風に夜の散策を楽しんだりして……。
少し肌寒い夜風の中で、あの大きくて傷だらけの手に、そっと引かれたり……、が、外套の中に入れてもらったり……。
つい幸せな想像を巡らせ、きっと赤くなっている火照った頬は、夜の闇が隠してくれている。
ただ、闇の向こうに思い浮かぶのは、いまは沈黙を守る母女大公。
パトリスの実母、セリアを祝賀使として派遣してきただけで終わるはずがない。必ずこの地をかき乱しにくる。
わたしは守りたい。
カトランが命懸けで帝国からの侵略を退け、再び立ち上がろうとしているみんなの小さな幸せを。
わたしが生まれ育った王都の紊乱な空気とはかけ離れた、温かくて甘酸っぱい光景を、しばらく眺めつづけた。




