経験豊富な運営 メンバーのおかげ
自分でも、薄々気づき始めていた。自分が作ったコースが、とんでもないコースだということに。
だからこそ、経験豊富な運営メンバーが必要だと、直感的に思っていた。日本の一〇〇マイルといえば、もちろん、富士山の周りで行われているあの大会である。その運営メンバー一人ひとりに電話をかけ、大会が実現するかどうかも分からない時から、声をかけていった。どうしても大会を実現したいので、力になってほしい。なぜこの大会をやるのか。どんな大会で、どんなコースなのか。その熱意を、一人ひとりに伝え、賛同者を集めていった。いや、賛同してくれたかどうかは分からないが——。
後になって、そのメンバーが密かに言っていたことが、耳に入った。
"松永、とんでもないことをやろうとしているぞ。しょうがないから、助けてやろう。日本に、そんなレースが一つぐらいあってもいいじゃないか"
そう言ってくれた人がいた。後に大会のテーマソングも作ってくれる、総括責任者の福田六花さんである。
そして、何かあった場合に救助隊を統括してくれる、長岡健一さん。この人も、僕の思いに応えてくれた一人だった。救護体制を統括してくれる、経験豊富な責任者。この二人は、特に初回から、とてつもなく大きな支えとなり、大会を遂行するにあたって大きな役割を果たしてくださった。逆に言えば、もしこの二人がいなかったら、僕は最悪の場合、刑務所行きだったのかもしれない。
この二人が入ってくださり、その流れで、さらに心強い仲間が集まった。富士山の大会で事務局長を務める、これまた経験豊富なオーガナイザーの千葉達夫さん。自身でもいくつも大会を運営している、九州の高木智史さん。八ヶ岳周辺で大会を主催し、富士山の大会にも関わっている松井裕美さん。そして、富士山の大会の立ち上げに大きく関わった、三浦勉さん。
このメンバーたちがいたからこそ、初回の、あのハチャメチャなコースでも、大会は成立した。「成功」とは言いがたいが、なんとか乗り越え、初開催を終えることができた。
全くもって、このメンバーに助けられた。 正直、一生分の借りがあり、次の人生があったとしても彼らには頭が上がらないとさえ思う。




