県に一人、直談判(新潟県)
正直、ここからが大誤算の連続だった。
コースが決まれば、あとは許可をもらうだけ。そう考えていたのが、甘かった。
何を言われても、たとえ"お前なんか死ね"ぐらいのことを言われても、"はい、分かりました。すぐ修正します"と頭を下げる。そんなイエスマンで乗り切る日々が始まるなんて、この時は夢にも思っていなかった。
知らぬが仏。正直、この先に起こることが分かっていたら、ここから先へ進めたかどうかも分からない。人格を完全に否定されるような、人間として扱われていないぐらいの断られ方や対応を、笑ってしまうぐらい、星の数ほど受けることになる。それを、この時の僕は全く知らなかった。だからこそ、進めたのかもしれない。
まず、新潟県。国定公園の特別地区を通過するにあたって、許可を得る必要があった。
新潟県庁の担当課へ、一人で乗り込む。僕がどんな人物で、どこの誰なのか、先方は全く知らない。県の職員は、僕のことを知らない。
だから、まずはその説明から始まった。自分が見てきた山々、プロとして世界中を回ってきた山々。その経験を伝え、この新潟県の国定公園内の山々は、世界中のどの山に勝るとも劣らない魅力を持っていることを、熱弁した。そして、この大会の意義を伝えた。本気で新潟の魅力を世界に発信するために、この大会の許可をいただきたいと、率直に。
加えて、世界中を回ってきて、いつも疑問に思っていたことがある。日本のことは知っていても、新潟を知っている人は、今まで誰一人いなかった。
誰も知らない、この新潟の魅力を、世界に、本気で、発信する。新潟を、世界に知ってもらう。その大義名分を前面に掲げて、あとは、新潟県の反応を待った。




