ランナーとして、ビジネスマンとして
UTMB7回,CCC2回。今度は初のTDS。
TDSは、UTMBの中で、最もワイルドで、最も美しいと言われている。UTMBやCCCと共通する箇所は少なく、新鮮な気持ちで臨む。
試走では、いつものようにReneさんに、バイクで送ってもらう。10年通っていてもまだ見ぬ景色が無限に広がる。バイクの上でそう感じた。
印象に残っているのは片手を失ったクリスタルハンター。試走で行ったある峠でクリスタルを路地販売していた。代々クリスタルハンターで小さいときから山へ行き、洞窟を掘って、クリスタルを探していたという。写真も見せてくれた。世界中には景色だけでなくまだ見ぬ人との出会いも無限に広がる。
2週間ほど現地で調整して大会当日。いきなりアクシデントで始まる。なんと、スタート時間とコースが変更になっていた。大会ホームページにはアナウンスなかったがメールが来ていたらしい。知らずに現地へ向かうと誰もいない。2時間後、人が集まってきてその事実を知る。スタートに遅れなかっただけラッキー。
コース変更部分はTDSで一番大きな標高差の個所。そこがカットされロード部分が増えた。7年前、走っている最中に距離が伸びたときよりはまし。この大会での様々な経験は僕を成長させてくれた。
コース周辺隅々までトレイルを把握しているからこそできる、この迅速なコース変更ならびにマーキングの対応。主催者として学ぶべきことは多い。UTMBはその組織力も世界一だ。
大会は、暑さを感じていたが、中盤すぎ80㎞地点辺りで運よく雪がちらつき、体を冷やすことができた。最後のエイドステーションでは、夜間にもかかわらず暑さのあまり、わき水を貯める桶につかり、体ごと冷やす。ラスト10キロは後ろから迫るライトから逃げ切るために常にダッシュ。
ゴール後は、一歩も動けない廃人のようにカラカラ。エネルギーを全て使い果たすまで出し切った。
総合33位。 17時間01分30秒。
帰りの飛行機の日。実はこの旅で一番大事な仕事。僕が設定した、粟ケ岳でワールドシリーズを誘致するための三条市長、スカイマンを交えた3者会談がジュネーブ空港で行われた。
ここで僕が通訳者兼交渉人として話をまとめ、3者合意。翌年ワールドシリーズ実現に向け本格的に始動することとなった。
ランナーとしてビジネスマンとして、収穫の多い旅となった。




