人生で一番つらかった日々
試練の時間だった。これまでの主催大会最高ランクはアジアシリーズ。誘致交渉と契約は松永紘明個人が行っていた。
スカイランナーワールドシリーズは、個人ではなく自治体とスカイマンの間に入った。
契約内容を隅々まで確認する作業だけでも膨大。翻訳は市が行ったが、市には国際弁護士のネットワークがなく、契約内容変更要求をするために、僕のネットワークにある国際弁護士にチェックを依頼。そこでも何度もやり取りが発生。
市は初めての取り組みなので疑問や不安も多く、その内容を逐一リスニングし英訳、僕がスカイマンとの交渉を行った。確認内容や僕自身が行った作業は、契約内容はもちろん、契約金に関するすべて、海外選手とりまとめ、会場設営、備品内容や受け渡し方法、大会の段取り全てなど、細部に至り無限に膨らむ。
終わりの無き全速力が続いた。人生で気が狂うほどつらかった時間。
そのストレスは計り知れず、MT.AWA SKYRACEの1週間後にあったUTMFは、スタート前から終わっていた。恐らく約半年の精神的ストレスで脳が疲れすぎていて、レース中は眠気との闘い。
なんとかゴールしたとき、やっとMT.AWA SKYRACEが終わったと思った。それほどつらかった。
理由は明らかだ。僕が苦手な事務作業が膨大だったこと。ただ、ただストレス。本当につらかった。次回があるとすれば、必ずこの事務作業を行うスペシャリストを入れ、僕自身は得意なことに集中すると決めている。
常に学びがある。




