運命の出会い
結局、プロサッカー選手は高校で、プロのスキー選手は大学院で、それぞれ挫折した。
しかし、ずっと心のどこかで、
”プロスポーツ選手”
への夢を持ち、チャンスを探していたからこそ、あの、ハセツネの記事が、引っかかった。
ハセツネ初出場の年は、全てぶっつけ本番。準備は適当。自転車旅のノリに近かった。
スノーボードを始める時、続けるかどうかもわからないのに上から下まで全て買って揃えるようなタイプではない。
全て代用で済ませた。ヘッドライトは高価だったので自宅にあった懐中電灯。途中で落とし、反射板を失くして豆電球になったのは誤算だが話のネタにはなった。
専用のバックやハイドレーションも高価なので代用。自転車旅で使っていたThe North Faceのウエストバッグのボトルホルダーに充実野菜のペットボトル2本をさした。充実野菜にこだわりがあった訳ではない。レギュレーションが2リットルだったので、1リットルのペットボトルが2本必要、ただそれだけの理由だ。
予想通り、スタート直後に振動でペットボトルが飛び落ちる。これで両手が塞がった。鉄アレイのようにゴールまで終始持って走った。これも話のネタになった。
夜中に山を走るのも、雨でぐちゃぐちゃの山道を走るのも初めて。正直、
”なんでこんなことしているんだろう”
夜間ぐちゃぐちゃの山中を豆電球になった懐中電灯の明かりでツルツル滑りながら下るとき、そう思った。
そんな中、ずっと抜きつ抜かれつした選手がいた。人生初めてのハセツネで一緒になったのが、この後長い付き合いになる、山本健一だった。
登りで抜き、下りで抜かれる。逆もあったかもしれない。最後、御岳神社で水を飲む彼と言葉を交わした。
ゴール後、かな子にも紹介。
”彼にはまた必ず会う”
はっきりとした運命を感じ、彼女にそう告げた。




