夢の北海道生活
中越地震の混乱を忘れるように家財道具全てを持って北海道留寿都村へかな子とやってきた。長岡の部屋は引き払い完全に引っ越しだった。
覚えやすいように結婚記念日はクリスマスにしよう。ルスツリゾートでのスキーインストラクターとしての仕事3日目、12月25日に勤務後、僕一人で留寿都村役場の時間外受付(守衛室)へ行き婚姻届を提出した。
一人、時間外、しかも上下青い雨合羽姿の男性。相当怪しかったのか、あとで
”最近、詐欺とか色々あるので”
と確認の電話がかかってきた。そういえば、2人で沖縄宮古島への自転車旅初日にも、道端で警察官に呼び止められ
”最近、家出が多くて”
と職務質問を受けたこともあった。
冬のルスツリゾートは過去最高だった。毎日喜茂別町から例の上下青い雨合羽で峠を越え片道45分を走って通った。朝晩はマイナス15℃以下の日々。走る度にきゅっきゅという。気温が低くに濡れないため快適だった。
世界中から人々が集まる理由がよく分かった。気温が低く、積雪豊富で常に2メートル以上。どんなに雪が積もっても軽くてフワァーとあがる雪煙と共に急斜面を直滑降ができるほど軽い。軽い雪は世界中、例えばカナダにもある。軽くて豊富な積雪が北海道。
人も最高だった。北の大地、懐の大きさとでもいうべきか。地元農家が多く、みなのんびり。スキーもスノーボードも老若男女みんな仲良し。気候風土からか、スキーならではの閉鎖感もなくカナダの雰囲気に近かった。
なにかあるとみんなでジンギスカンをした。スキー場の控室、近くの居酒屋そして誰かの自宅。
夜マイナス20℃以下になることもある。この土地ならではの注意事項、それは酔っ払いが外で寝て凍死。毎年何件もあるという。
僕がこのルスツリゾートを選んだ理由。それはもちろんパウダースノーも大事だったが、海外からの観光客が多いこと。カナダに行かなくても、スキーインストラクターとしてカナダよりも沢山のお金を稼ぎながら、カナダのように海外の友達ができ、英語をブラッシュアップできる。
イギリスやオーストリアの友人もでき、一緒に山で遊んだ。12月末から4月頭までみっちり、充実した時間。
休日は京極図書館にかな子と通った。結婚した僕らは、如何に経済的自由を手に入れるか、投資の勉強をしつつ、将来について真剣に話し合った。どうやったら自分らしい、好きなことを仕事に自由に過ごせるか。そればかり考えていた。
僕にとって日本の会社に就職することは死を意味していた。なぜなら、この北海道のような生活は二度とできないから。この最高の時間を再び過ごせるようになるために、どうしたらいいか、真剣に人生を考えていた。
そして、あっという間に夢は覚めた。




