英語勉強の鬼
大学4年生というとそろそろ、本気で将来を考える時期。
長岡技術科学大学は幸運にも大学院大学と呼ばれ、ほぼ全員が大学院まですすむ。4年+2年の6年の学生生活がほほ保障されているような状態だった。学生としてまだまだやりたいことがある。まだ働きたくない気持ちもあったが、それよりも、どんなことをしてお金を稼げばよいかが見えていなかった。当然、猶予期間を得るために、大学院に進むことにした。
大学院に進むためには企業研修が義務付けられていた。期間は、約半年で10月ごろから2月ごろ。海外のインターンシップに興味はあったが、冬にスキーができないのは嫌だった。今年こそは昨冬失敗したスキーインストラクター準指導員の資格取得を目標としていた。そこで、長岡市内でスキー場の雪上車などを制作している大原鉄工所を選んだ。ここであればスキー場が近く毎日滑ることが可能。勤務時間が終わったら車で約40分ほどの小千谷市山本山スキー場のナイター、週末は、非常勤スキーインストラクターとして神立高原スキー場に行くことができる。好都合だった。
大原鉄工所では、品質保証部で会社員の見習いとして検査の補助をした。毎日あくまで補助。8時15分出勤で17時15分退社。社員は何時まで働いているのか分からなかった。毎日自宅から片道30-40分ほど吹雪の日も走って通った。会社員見習い生活はそこそこ楽しかった。責任はなく空いている時間はひたすら英語の勉強をしていた。そう、イギリス一周から帰ってきてからは英語勉強の鬼となっていた。
日本語のテレビは辞めた。見るとしたら全て英語放送のBBCやCNNニュースのみ。当時付き合い始めていた松永かな子との会話を全て英語にした。独り言など頭の中は英語。1日1通は、イギリス一周で出会った3-40名の友人に英語のメールを出し英作文読解を鍛えた。学習のリズムをつけるために英会話学校にも週2回ほど通い始めた。ペラペラめくる小さな単語帳を作り信号待ちや買い物のレジ待ちなど日常のありとあらゆる隙間時間を暗記に充てた。受験生や浪人生の時よりも英語勉強をした。かな子は迷惑だったと思う。彼女は英語を聞き取れるわけでもないのに、イギリス一周から帰ってきた僕がつたない英語しか話さなくなったのだから。コミュニケーションは本当に大変だったはずだ。
こんな英語の猛勉強をする姿を見て、きっと大原鉄工所の人たちは、大目に見てくれていたんだと思う。




