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天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


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第六章 継承 攻城の果て(13)

 木曽川沿いの高台に建つ犬山の城、万千代はその城が目の前に迫る中、今の自身の状況について考えていた。


 すれ違う人々が自分に対してチラチラと冷ややかな目を向けている。明らかに自分のこの格好が着目されている様に思う。清州の守護斯波氏に仕える丹羽家の自分がこの様な格好で城を訪れて大丈夫であろうか。先程の市場では城の者たちが無礼あれば手打ちにしてくれると言っていたのを耳にした。万千代は不安を伴いながら城への歩みを進めていた。


 城への一本道で若い三人の女中たちがすれ違う。


「何、あの子、あの格好でお城にいくつもり?」

「しっ、だめよ、絡まれたら面倒よ」

「早く行きましょう」


 女中たちがそう言って小走りに走り去って行く。その後ろ姿を目で追う万千代は泣き顔を見せていた。自分はうつけではない、この格好は自分の意志じゃない、そう叫びたかった。しかしそれは普段この格好をしている吉法師がうつけであると叫ぶことになる。心の叫びとして留めるしかなかった。


(これは自身に与えられた宿命だ!)


 そう自分に言い聞かせた万千代は少し冷静さを取り戻すと、一緒に歩く吉法師と三位の方に目を向けた。するとその時二人との距離に何か違和感がある事に気がついた。


(あれ、何か自分が二人を共として連れている感じになってない?)


 二人は少し身をかかげ目立たぬようにして自分の後を付いていた。そして吉法師が含笑しているのが見えた時、万千代はこれから向かう城での自身の役割を理解した。


(身代わりか!)


 吉法師さまが着物を交換したいと伝えて来た時、てっきりその理由をうつけ姿でなく武家の正装が必要という認識に至ったためと思った。しかしその後吉法師さまは商人の子に再度着物の交換を依頼している。吉法師さまの最初よりの意図は自分を身代わりに立てることにあったのだ。そしてその後御自身は商人姿が望ましいと考えられたのだろう。吉法師さまは一体城で如何するつもりなのであろうか、三位様はその辺りまで理解している様に見えるが自身には理解できない。


(うつけ、手打ち、うつけ、手打ち……)


 思考が向かうのはこれからの身の上に予想される事態のことばかりであった。


 やがて犬山の城門の前に着くと、吉法師自ら門番へと話に向かって行った。そして時折自分の方を振り向きながら門番に何か説明している。その様子は明らかにうつけの格好をしている自分を織田弾正忠家嫡男の吉法師として紹介している様であった。


 吉法師が戻ると同時に大きな城門が大きな音を立てて開いた。横の通用門では無く、わざわざ大きな正門を開く様子が、如何にも尾張弾正忠家嫡男を向かい入れる様を見せている。


(違う、自分は吉法師では無い!)


 そう心内では叫ぶも、もはやここまで来て後戻りは出来ない。幸い犬山では本当の吉法師の容姿を知る者がいないと思われる。吉法師の身代わりは自身の意志では無いが帯同は自身の意志である。万千代は城門に集まる多くの者たちが注目する中、吉法師の身代わりを演じながら、見た目堂々と城門をくぐり抜けて行った。


 その後三人は数人の城番に付き添われ本丸へと向かった。そしてその途中広く手入れが整った本丸庭園に通り掛かった時であった。


バサバサッ!


 一羽の大きな鳥が上空から三位の頭に舞い降りた。


くぁー!


 その鳥は周囲の皆が驚きの様子を見せる中で親気な声を上げている。


「飛龍駄目じゃないか、この様な所に舞い込んで来ては!」


 三位が話し掛ける。それは三位の鷹の飛龍であった。飛龍はその三位の注意にお構いなく、頭上で嬉しそうに羽をバタつかせている。


「城内に鷹を連れ込んでもらっては困ります」

「このまま本丸には連れて行けませぬぞ」


 付き添いの城番たちが困惑した表情を見せる。その状況に商人姿の吉法師がここぞとばかりに声を上げた。


「三位様、私が一時お預かり致しましょう。私は城の控え場にてお待ちいたしております」


 それを聞いた三位が申し合わせた様に応える。


「それは助かる、吉……、吉之助、我らが会談に臨む間、飛竜を頼む」


(吉之助?)


 吉法師は困惑の表情を見せる三位から咄嗟に出たその名前に少し驚きの表情を見せつつも、直ぐに笑顔を見せて返答した。


「吉之助、承知しました」


 飛龍の一時的な預かりと吉之助の命名、吉法師は笑顔を見せながら三位と万千代に近寄ると、神妙な面持ちで呟いた。


「後は頼む」


「うむ、無理はせぬ様にな」

「また後ほど」


 厳しい表情を見せる三位と不安気な表情を浮かべる万千代、吉法師はその二人に再び笑顔を見せると飛龍を受け取り、城番が指し示す控え場の方へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 二人と別れた吉法師は控え場に向かう振りを見せながら、城内の探索を始めた。


(さて十郎左は何処か……)


 恐らくあのまま本丸に向かっても勝三郎たちの時と同様、対面するのは犬山の老臣ばかりで進展見込めず、現状を打開するには十郎左への直談判しかないと考えていた。十郎左は城内の何処かにいると思う。しかし万千代に身代わり立てている状況で時間的な余裕は無い。


(早く情報を取っていかないと)


 そう思った吉法師は城の台所に向かった。城内を居としていれば確実に城の台所から食膳を得ているはずである。台所はまた食材の配達もある事から唯一商人も違和感なく出入りできる場で、また情報源としても人、物、金を主として様々な情報が飛び交う場所でもある。


 台所を散策する吉法師、その場の格好はまさにそのために合わせたものとなっていた。そして程なく吉法師は体格の良い女中たちに見つかって声を掛けられた。


「ぼくは見かけん子やね?」

「商人の子かね?」

「こんな所でどうしたの?」


 その声掛けに不審に思われている様子は見られない。吉法師は演技を以て少し俯きながら返答した。


「今商い見習い中の吉之助と言う者なのですが、親方から注文取って来いって言われてどうして良いか分からく困っているのです」


 そう言うと吉法師は少し泣き顔を見せた。それは女中たちの心情に訴えるものであった。


「こんな幼いのに、可哀想になぁ」

「何とも親げないことをさせる」

「何があるのか、見せてもらえるかい」


 そう言って吉法師に憐れみを寄せた女中たちは、吉法師に商いの中身について問い掛けた。吉法師が用意していた手ぬぐいの中の商品を見せと、そこには少量ではあるが魚干物、干し肉、味噌、こんにゃく、もちなどの商品が収められていた。


「この魚、この間猫に盗まれた分を補えそうじゃない」

「そうね、足りなくなった分を補えそう」

「ちょうど良かったじゃない」


 女中たちが歓喜の声を上げる。吉法師はその一つ小さな商談が成立したことに何か高揚感を得つつ、そのきっかけをもたらしてくれた猫について気になっていた。


「城内にはやんちゃな猫がいるのですね?」


 その吉法師の軽い問い掛けに対し女中たちは一斉に思い表情を浮かべる。


「えぇ、私たちは犬山の困猫って呼んでいるのよ」

「狛犬は縁起ものだけど、困猫は困りものなのよ」

「そうそう、基本ここを餌場だと思っているよね」


 女中たちが猫の問題を語る。するとその時吉法師は少し離れた場所に一匹の白猫が何かを狙っているのが目にした。


「もしかしてあの猫ですか?」


 吉法師が指し示した方に目を向けた女中たちは一斉に困惑の表情を浮かべた。


「あー、あの猫、また何か狙っている!」

「まずいわ、あそこには先ほど届いた鮎が置かれているはず!」

「はやく追っ払わないと!」


 慌てて追い払おうと駆け寄る女中たち、しかし白猫は既に目の先にある鮎に狙いを定めて身を伏せながら近付いている。


(間に合わない!)


 女中たちが困惑の表情を浮かべる。その時に目を向けた飛龍は首を上下に動かしていた。飛龍は状況を承知している。


「行け!」


 吉法師はそう叫びながら大きく腕を振り、白猫目掛けて飛龍を放った。飛龍は吉法師の指示を理解したかの如く、一直線に白猫に向かって飛んで行く。


 その鷹の接近を白猫は気付かずにいた。目の前の獲物の鮎に気を全集中させていた白猫は狙いとの距離を縮め、最後に飛び掛かる瞬間を計っている様であった。その背後から音も無く爪を立てて飛び掛かる飛龍。すると次の瞬間、白猫は鷹に襲われる寸前でその接近を察し、勢いよく飛び跳ねると同時に爪を立てて振り向き、応戦態勢へと切り返しを見せた。


(おお、何とも鋭い!)


 その様子を見ていた吉法師は思わず猫の対応に感嘆した。


 その後も互いに牽制し合いながら対峙する鷹と猫、その様子は何か珍妙な光景であった。飛龍の口ばしと爪、そして羽ばたきを伴う攻撃力は白猫に勝る要素であるが、白猫の瞬発力という要素が一様にそれを封じており、逆に反撃の様子を見せるなど勝負として負けていない。


 その鷹と白猫の勝負の光景は城内を移動し、多くの城の者たちが目にする事態になっていた。たまたま訪れていた城の家臣の子供たちも見慣れぬ鷹対猫の攻防に興奮している。その後その攻防は暫く続いた後、白猫は鮎を諦めてその場を去って行った。


「吉之助、あなたすごいね」

「鮎を守ってくれてありがとうね」

「鷹は商売品ではなかったのね」


 白猫を追っ払ってくれた吉法師に感謝する女中たち。吉法師はその彼女たちに驚きの表情を見せていた。


「今の白猫、すごいですね!」


 鷹に向かって恐れずに立ち向かい勝負を演じる白猫、吉法師はその猫に敬意を表していた。しかし女中たちは逆に一様に困惑の表情を見せている。


「いえ、困った猫なのよ」

「でも無下には出来ないのよね」

「十郎左さまが飼われている猫だからね」


 その女中たちから出た名はまさに今吉法師が求める者の名であった。


「え?!」


 吉法師は思わず驚きの表情を見せた。


 犬山の城に住み着く白猫、それは城内に住む十郎左が飼っている愛猫であった。猫のことも去ることながら今は彼の城内での所在が知りたい。そして可能であれば面談に持ち込みたいと思う。しかし下手にその様な要望を表に出せば警戒されかねない。吉法師は要望を押し殺して訊ねた。


「それは困ったものですね、でもなぜ五郎左さまは猫を飼われているのでしょうか?」


 その問い掛けに女中たちは一様に険しい顔を見せる。


「おそらく寂しいのでしょう、考えれば十郎左さまも気の毒なお方です」

「えぇ、本家からこちらに移られて未だ馴染めておられない様ですからね」

「あの屋敷では難しいでしょう」


 そう言って一人の女中は台所から少し離れた場所にある高い壁に囲まれた屋敷を指差した。その屋敷は城内で何か人の接近を拒絶する様な雰囲気を醸し出している。


「でも美濃遠征に反対する者も多いからあの様な屋敷でないとね不安よね」

「なので、あの高い壁を越えて十郎左様の友達になれるのは猫くらいでしょう」

「えぇ、今は御父上も出陣されているから更に寂しがっておいででしょう」


 犬山における美濃遠征への意識、普段の生活慣習の差異、そしてあの近寄り難い高い壁の屋敷、吉法師は十郎左の環境を想像した。


(孤立しているのか……)


 そう思った時、何か犬山に移った後の十郎左の苦悩が心に刺さる思いがした。記憶の中の十郎左の笑顔が籠る。


「味噌とこんにゃくありますけど、何か慰められませんか?」


 吉法師は手持ちの味噌とこんにゃくを取り上げて女中たちに提案を促した。すると一人の女中がポンと手筒を打って声を上げた。


「十郎左さまは味噌田楽がお好みでしたよ」


 その提案にその場の皆が賛同する。


「作って持って行きましょう」

「良いですね」

「ぜひぜひ」


 吉法師は持ってきたこんにゃくと味噌を手渡すと、女中たちと一緒に調理場へと向かって行った。


 その後、吉法師は数人の女中たちと共に即席で拵えた味噌田楽を持って十郎左の住む屋敷を訪れた。屋敷の内側から見上げる高い壁は良く言えば守りが固いと言えるが、手狭な印象もあって解放感に乏しく、何か幽閉されている様な感覚がある。


 吉法師は他の女中たちに付いて共に屋敷の部屋に入り、付き添いの商人らしく皆の後ろに座した。部屋の上座には既に一人の男児が座して待っていた。


(十郎左なのか?)


 それは自分の知る十郎左ではなかった。女中たちから聞いた話の通り孤独の中で生活をしてきたためであろうか、その表情は暗く沈んでいる。その男児に女中の一人が話し掛ける。


「十郎左さま、夕食前ですが美味しい味噌田楽をお持ちしました。ぜひご賞味ください」


 そう言ってその女中は十郎左の前に小皿に盛られた味噌田楽を差し出した。すると十郎左は不思議そうに一度覗き込んだ後にその一つを口にして目を潤ませた。


「十郎左さま、如何されました?」


 その十郎左の様子に女中の皆が動揺する。


 その時吉法師は一瞬十郎左と目が合った様に思った。その次の瞬間、十郎左は顔を伏せながら手にした箸を自分の方に向けながら呟いた。


「皆の者、ずるいぞ、吉法師がおるではないか!」


 十郎左が思い出したのは織田弾正忠家の宴でこの味噌田楽を吉法師と取り合った時の思い出であった。今は無き過去の楽しかった時の思い出、その相手がふと見るとこの部屋にいる。感情が一気に高まり涙腺が崩壊する。


「吉法師……、さま?」


 女中たちは状況が理解できず、十郎左の言葉に動揺していた。十郎左さまが指し示しているのは吉法師では無く新米商人の吉之助です、そう伝えようと思ったが、本人の吉之助は当たりです、自分は吉法師ですという様な含笑を浮かべている。


「あ、あなた、吉之助ちゃんじゃないの?」

「ほ、本当の吉法師、さまなの?」

「だ、弾正忠家のご嫡男の?」


 更に思い起こすと、吉之助は手持ちの材料から味噌とこんにゃくの食材を選定して提案しており、この味噌田楽に辿り着く流れを作り込んでいる点は、この五郎左の反応を狙った演出と思えた。


「皆申し訳無い、儂の本当の名は織田吉法師である」


えぇー!?


 その言葉に女中たちは心底からの驚きを見せた。これは城の台所から五郎左への味噌田楽の差し入れでは無く、織田弾正忠家の本家と分家の嫡男同士の会談で、女中たちは心ならずもその会談を設定したことになっていた。


 女中たちはその場で畏まり頭を下げた。本家嫡男の登場にその場の皆が驚きと共に畏敬の念を見せていた。その中で十郎左に寄り添いつつ吉法師には敵意を見せている猫がいた。それは先程の白猫であった。


「よせ、李白」


 白猫は先程獲物を邪魔された恨みであろうか、威嚇の声を上げながら背中の毛を逆立て敵意を見せている。恐らく吉法師の背後に隠れている生き物の存在に気が付いているからと思う。吉法師はその様子を見て背後の飛龍に指示を出した。


「仲直りだ、飛竜!」


 吉法師が飛龍にそう伝えると、飛龍は翼を閉じたままトットッと前に進み、加えていた物を白猫の前に差し置いた。それは高級鴨肉であった。すると白猫は少し警戒の様子を見せながらもさっとそれを咥えて五郎左の背後へと身を隠した。そしてあらためてその肉の上質さを確認すると飛龍に向かって首を上下に振って見せた。吉法師の下でその動きを飛龍が真似る。それを見て吉法師と十郎左は笑顔を見せた。


「ははは、何やら和議が成立した様じゃ」

「ははは、その様じゃな」


 それは拠点が離れた弾正忠家嫡男の二人が再び結び付いた瞬間であった。


 その後吉法師と十郎左は昔の思い出や互いの嫡男としての苦労など、意気投合しながら談笑の時を過ごした。


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