第六章 継承 攻城の果て(14)
三位と万千代は城の老臣たちが待つ本丸御殿の会見の部屋とは別の母屋で着物を脱いでいた。
「足元には気を付けてください」
城門から付き添って来た城番が困惑しながら二人に話し掛ける。三位は吉法師と別れた直後、庭園の道の横を流れる小川に飛び込んでずぶ濡れになっていた。
「いやぁ、すまぬ、庭園の飛び石は良く滑るようで、いやぁまいったまいった」
その言い回しは如何にもわざとらしく故意に飛び込んだ様に思える。そして三位の隣では万千代が同様に別の場所で池に突っ込み、その時にずぶ濡れとなった着物を脱いでいた。
「まったくじゃ、本当に迂闊であった。儂の一帳羅がびしょびしょじゃ、まいったまいった」
万千代はうつけの格好で城の老臣たちの前に参上し無礼手打ちになることを恐れていた。時間稼ぎとばかりに小川に飛び込む三位の様子を見て、その手があったか、と自らも大袈裟な転倒を装って池に飛び込んでいた。
びしょ濡れの状態で本丸御殿に上がり会見に臨む訳には行かない。三位と万千代は困った困ったと呟きながらも笑顔で着物を脱いでいた。
「この格好でも良いかの?」
三位はそう言いながらふんどし一丁の姿で会見の場に向かおうとしたが、すかさず城番の者たちが制止する。
「お待ちください、その様な姿で通したら行かせる訳には参りませぬ」
「替え着を探します、ご家老たちには暫し待って頂きますゆえ」
そう言って城番たちは必死に三位を止めた。
さすがに城番たちも二人を裸で会見に向かわせる訳には行かない。下手をすると自分たちの案内の仕方が問題だと叱責を受けかねない。この場の対応策として城内で二人の替え着を探すことしかなかった。
「そうか、すまぬな、それではここで替え着を待たせて頂こう」
そう言うと三位はその場にどかっと座した。
万千代は三位の会話の流れを感心しながら聞いていた。三位の身を挺した流れで時間稼ぎが出来ている。そして自分はうつけの格好を晒すことも無く、ふんどし一丁での身を晒すことも無い。
(何ともうまい戦略だ……)
万千代は自分と同じ姿の三位に対し静かに畏敬の眼差しを向けていた。その万千代の姿は傍目的に落ち着いた様子で、吉法師の代役を良い形でこなしていた。
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会見の部屋では、留守居の老臣たちが暇を持て余しながら二人が現れるのを待っていた。
「遅いな、吉法師どのは一体何をやっておるのじゃ?」
予定の時刻を過ぎてもなかなか現れない吉法師に苛立ちを見せている。するとそこに一人の城の若武者が現れた。
「吉法師さまですが、こちらに向かわれる途中、庭園で転倒し池に飛び込んでしまったため替え着を準備中とのことです」
その報告に老臣たちは呆れた様子を見せた。
「何じゃ、そりゃ?」
「まったく何をしているやら」
「この様なことで今後弾正忠家は大丈夫かのぉ」
「まぁ 暇だから相手をしてやるがな」
犬山の老臣たちにとって、吉法師との面会は弾正忠本家との顔合わせであるが、公式なものではなく留守居中の暇つぶしくらいで考えていた。そのため盗賊団対応への協力など全く考えていない。
「おい、もう替え着など何でも良かろう!」
「うむ、適当に見繕って早く来させよ!」
老臣たちは憤りを見せていた。
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二人のいる母屋では替え着が見つからず、城の若武者たちが慌ただしく出入りしていた。
「まずいぞ、早く二人をお連れしないと、苛立っておるらしいぞ」
「しかし、替え着が見つからぬのじゃ」
「もう着物など何でも良いとおっしゃっておったぞ」
「それなら確か奥の蔵に宴会の余興で使った物が残っている筈だ」
「それだ、それで行こう!」
ようやく替え着への目星が付いた若武者たちは奥の蔵へと一目散に向かって行った。
その後三位と万千代が母屋の中で寛いでいると、若武者たちが慌てた様子で二人の替え着を運んできた。
「お二方、これを着てください。お早めに願いします」
そう言って二人に替え着を手渡した。
万千代は替え着を受け取ると立ち上がり、少し悩まし気にその着物を纏うことにした。
(そろそろ時間稼ぎも限界か……)
そう思いながら着る着物は何やら華やかで違和感を覚えるが、うつけの格好よりはましであろうと思う。しかし着替えが完了した時、万千代は今し方そう思った自分を殴ってやりたいと思った。
(女子の着物じゃないかー!)
それは何とも可愛らしい花模様が散りばめられた女子用の着物であった。万千代の心中であらためて葛藤が沸き起こる。清州の守護斯波氏に仕える丹羽家の自分が女子の格好で人前に出るなど考えられない。万千代は一言文句をつけようと着物持ってきた若武者を睨みつけた。しかしその若武者は何とも言えない安堵の表情を見せている。
「大きさちょうどで良かったです」
そう言う若武者の目的はとにかく何か着せるとのことの様であった。そもそも時間稼ぎにて池に飛び込んだ自分に非がある中で、その悪気の無い表情には文句が付け難い。しかし、このままででは吉法師さまが見世物扱いとなってしまう。吉法師の名誉にも関わる状況の中で如何するか、その解決を求めて万千代は困惑しながら三位の方を振り向いた。
ぶっ!
その途端万千代は思いも寄らぬ三位の姿を見て吹き出した。
「何やらこの着物、前が見にくいのぉ」
そこには猿の張りぼてを纏った三位の姿があった。
ぷっ
くくく
三位の着替えを仕立てている若武者たちもふくみ笑いを浮かべている。
(この者たち、我らを二人揃って見世物にする気か……、ぷっ)
内心憤りながらも三位の姿を見ると思わず笑ってしまう。やがて二人の着替えが終わると一人の若武者が声を上げた。
「お二方共、着替え終わりましたね、ではいざ!」
そう言って城の老臣たちが待つ会見の場へと急かした。
(いよいよ会見か、吉法師さまも戻られない、もう間に合わない、如何にすれば良いのか……)
さすがにこれ以上時間稼ぎは出来ない。観念した万千代であったが、部屋を出ようとした時、隣の猿の張りぼてが自分の姿を見て声を上げた。
「おい、ぬしら失礼ぞ、こちらの御方をどなたと心得るか?」
その三位の強い問い掛けに城の若武者たちがたじろぐ。一方で万千代はその三位の問い掛けにグッとくるものがあった。三位殿は自らの情け無い姿には何の文句を言わず、自分の女子姿に文句を付けてくれている。このまま人前に出れば武家の恥、もっとしっかりとした男児の着物があるだろう、おそらく三位殿は次にそう言ってくれるのだと思った。
しかし三位の言葉は違っていた。
「ぬしらこの姿で会見にお連れするのか、このお顔では着物と不釣り合いであろう」
その三位の言葉を万千代は理解できずにいた。
(三位どのは何を言っておるのじゃ)
しかしその途端、付き添いに現れた中堅の武者がじっと自分を見つめて声を上げる。
「うむ、確かに三位さまが申される通りじゃ、着物とお顔が釣り合っておらん、戻るぞ!」
そう言うと周囲に新たな準備の声を上げた。それと同時に数人が化粧箱を持って来る。
(えっえぇー!)
驚きの表情を見せる万千代の顔に白粉が塗りたくられていく。化粧にはまた時間がかかるものであった。土壇場での三位の新たな時間稼ぎの戦略に万千代はあらためて畏敬の思いを抱きながらも、一方で自分が何かを失っていく様な気がしていた。
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その時、会見の部屋の老臣たちは二人の登場に待ちくたびれていた。寝そべっていびきをかいている者や、部屋の端で本を読んでいる者、欄間に手を掛けて懸垂を行っている者、各々退屈を持て余し勝手な事を行う様になっていた。
そこに一人の若武者が現れた。
「ただいま織田吉法師さまが参りました」
その報告に老臣たちは部屋の一ヶ所に集まった。
「やれやれ、ようやくか」
「長いこと待たせおって」
「まぁ拝見といこうか、うつけとやらを」
老臣たちは呟きながら吉法師の登場に注目した。世間での噂から、吉法師に対して礼儀を知らぬ生意気な武家のわがままっ子という印象を抱いている。しかし会見の場に現れたのは完璧な化粧を施した女子であった。
はぁー???
その姿を見た老臣たちは脳を混乱させた。
「おい、我ら待っていたのは女子だったか?」
「いや分からぬ、そうだったか?」
「無礼打ちがどうとか言っておらんかったか?」
それは見るほどに美しい女子であった。何か神々しく感じるものがあり、思い描いていた吉法師の印象とは全く異なるものであった。
「とりあえずあの美しき女子は我が子の嫁としてらっていく」
「いや、あの可憐な女子は我が家に迎えるのが最善じゃ」
「いや、あの麗しさは我が家こそふさわしい」
「いや、あの美貌は我が家に通じているわい」
老臣たちの混乱は老化によるボケを一気に進行させた様であった。
その時万千代は皆の注目を浴びながら複雑な思いを描いていた。会見の場に女子姿で現れ老臣たちに絶賛されている自分はこの後如何すれば良いのだろうか、もし女子でないことがばれたら、そもそも吉法師さまでないことがばれたらその先どうなるのであろうか、と不安に思う。そしてその不安に向かって状況が進み始める。
「え、あっと、ぬしは吉法師さまなのか?」
「あ、そうであった、我ら吉法師さまと面会であったはず」
「いやいや、この様な美しい女子、吉法師であるはずなかろう」
「おう、何かの間違いじゃ」
老臣たちが疑惑の目を向けてきている。何か話さなければならない。しかしうまい説明の言葉が浮かばない。先ず吉法師であるかどうかという是非から返答できない状況であった。
そして万千代が困惑して俯いたであった。何やら外から多くの人々の話し声が耳に入ってきた。
「一体何事か?」
そう言い合いながら老臣たちが皆で外を覗くと、多くの人が塊となってこちらに向かって来るのが見えた。城の者、城に出入りしている商人の者、近隣に住む民の者、老若男女多様な者たちが集まり塊を成している。そしてその塊の中心には二人の子供がいた。
「中心の一人は十郎左さまじゃないか、一緒にいるもう一人は誰じゃ?」
「吉法師さまと共に来た新米商人の吉之助と申す者の様です」
一人の若武者が答える中で、その横にいた万千代は吉法師の対応を確信して大きな声を上げた。
「吉法師さまー!」
声と共に手を振って会見の場にいる自分の位置を知らせる。その様子に老臣たちは驚きの表情を見せた。
目の前のこの女子の姿をしたのは吉法師では無い。本物の弾正忠家嫡男の吉法師は地元分家の嫡男と共に多くの地元民衆を携えて目の前に向かって来ている。如何にして吉法師は民衆とあの様な友好な関係を作り上げることができたのか、逆に内輪では無礼打ちにしてやるなどと大口を叩いている。もしそれが伝わっているとすればただでは済まないかも知れない。老臣たちにとって突然の多くの民衆の接近は恐怖に感じられた。
その時十郎左と共に民衆に囲まれながら御殿へと向かっていた吉法師は目の前の一室から見慣れぬ女子が必死に手を振っているのを見ていた。
「十郎左、あれはぬしの嫁候補か?」
問い掛ける吉法師に十郎左が返す。
「さぁ、ぬしの愛好者じゃないか?」
その様な会話を交わす二人の肩にはそれぞれ一羽の鷹と一匹の白猫が乗っていた。十郎左の横を歩く幼い子供がお爺さんに話し掛ける。
「じい、あのねこがね、すごいんだよ、びゅーってとんでくるとりにがーってむかっていくの」
「へぇー、それは凄いねぇ」
その時鷹の飛龍と白猫の李白の名勝負は城の内外で大きな話題となっていた。二人の周りに集まる民衆はその名勝負を目にした人々、そしてその噂を耳にした人々であった。
「いやぁ何とも凛々しい猫じゃのぉ」
「あの鷹も気品に満ちた強さを感じる」
「あぁ名勝負の名にふさわしい戦いであった」
吉法師と十郎左は名勝負に関心を示す民衆たちを連れたまま老臣たちが集まる会見の部屋へと向かって行った。
その後二人は恐縮した表情の老臣たちに迎えられ部屋へと入った。いつもは横柄な態度を見せている老臣たちが畏まっている。その中で十郎左が声を上げる。
「皆の者、我ら弾正忠家の吉法師さまが自らたっての依頼である。尾張の治安維持に我ら犬山勢としても一肩担う」
それは民衆を含めた皆の前で吉法師への協力を表明するものであった。民衆の間ではその意味は良く理解できるものでなかったが、鷹と白猫が友好の演武を披露する中での犬山織田家嫡男としての十郎左の初の意志表明に民衆から歓声が湧き上がった。その状況は依頼に対する反対勢力の老臣たちを少数派とさせていた。老臣たちは拒絶が困難となる中で戸惑いながらも拒否に向けた声を上げる。
「恐れながら十郎左さま、人も費用も余裕がありません」
「美濃出征で動ける者たちはほとんどおりませぬ」
その老臣たちの返答に十郎左が強い失望の目を向ける。
「ぬしらその様な発言、この民の前で恥ずかしくないのか、この犬山の力はその程度のものなのか?」
もはやそれは民衆たちの前で公開説教となっていた。委縮した老臣たちが一斉に黙り込む。それを見ていた吉法師は皆が着目する中、静かに老臣たちの前に出て正座し声を上げた。
「美濃出征に加えての此度の依頼、誠に以て申し訳ない、しかし儂はこの尾張に暗躍して民に被害を与える者たちを放置しておけぬ。犬山の皆には何とか少しでもご助力願いたい」
そう言うと吉法師は老臣たちに向かって深々と頭を下げた。
子供の吉法師が国の安定を願って頭を下げている。それは衝撃的な光景であった。吉法師の姿を見て民衆たちの中には涙を流す者もおり、老臣たちも何も言い返せず静寂な時間が流れる。するとその時一人の幼き子が老臣の一人に向かってかけ寄り声を上げた。
「じい、あのひとこまっているみたい、たすけてあげようよ」
その小さな一言に対して、皆の視線がその老臣の返答に集まる。その幼子はあの老臣にとって可愛い孫なのであろう。老臣は表情を緩ませながら答えた。
「そうじゃのぉ、困っている人は助けないといかんよのぉ」
それは老臣にとっては孫への機嫌とりの言葉であった。しかし膠着したこの場においては皆の総意に向けた言葉となる。
「儂も家を上げて協力させてもらおうぞ」
「うむ、儂も喜んで協力致すぞ」
「儂もじゃ」
「犬山勢、この後全力を以て吉法師さまを支援する」
老臣たちは一斉に吉法師への助力を伝える様になっていった。その老臣たちの総意に対して十郎左は深く頷き、吉法師は笑顔を見せていた。
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その後犬山衆の協力を取り付けた吉法師は三位、万千代と共に羽黒への帰路についた。吉法師は城を出てからというもの延々と笑い続けていた。その吉法師の隣には相変わらず猿の張りぼてを纏った三位が歩いていた。
「あはははは、三位様の捨て身の戦術、恐れ入りました。儂の交渉が失敗したら皆を笑いで攻め落として交渉するつもりだったのですよね?」
その吉法師の問い掛けに対して猿の張りぼてが無表情に答える。
「その様な思案は全くなかった。成行きじゃ」
その一言がまた笑いを誘う。
「あははははは、三位様、その成行きのままお帰りとは、余程このお姿がお気に召されたのですね?」
再び猿の張りぼてが無表情に答える。
「その様な訳ない、あの後、着物盗まれたのじゃ」
三位にとっては気の毒な話だが笑える話にしかならない。更に吉法師は張りぼての後ろを見て大笑いする。
「あはははははは、三位様、お尻丸出しじゃないですか、これは三位様の趣味ですか?」
しかしこの問い掛けに対しては吉法師が大笑いしている横で女子姿の万千代が恐縮した様子を見せている。
「お尻は申し訳ありません、それは私の戦術の不手際にて」
それは万千代の化粧が完了し、さあ今度こそ会見の場に、となった時であった。万千代は三位の戦術の真似をして、三位が纏った猿の張りぼての尻が赤くないのは猿らしくないと声を上げた。これで更に時間稼ぎができる、そう見込んだ万千代であったが、事態は三位の時の様にうまくは働かなかった。
(三位様の方は我らで改善手を打った後に向かってもらいます。吉法師さまはもう待てませぬので先に向かわれてください)
そう言われて万千代は一人で会見の部屋へと向かう事となっていた。無表情な猿の張りぼてが怨めしそうに訴える。
「あの後、急には張りぼての尻を赤く染めるのは無理だとなってな、張りぼての尻の部分を切り取られ、バンバン手を打たれて尻を赤くされたのだ」
それを聞いてまた吉法師は大笑いし万千代は頭を下げた。
「も、申し訳ございま……ぷっくくく」
万千代は己の戦術の未熟さを詫びていたが、吉法師共々張りぼて姿を見ると自然に笑みが浮かんでいた。吉法師がその万千代の笑みを見て反応する。
「しかし万千代の女子姿は良いな、犬山の者たちが驚いていたのは良く分かる」
会談が終わった後も万千代は暫く老臣たちにチヤホヤと付きまとわれていた。自分が特別な存在と着目されている。それまでその様な経験の無い万千代は何か自分の存在価値が上がった様に思うが、あくまで女子姿の自分のことである。
「皆に驚かれても武家の者としての事ではありませぬからね、それより私が驚いたのは吉法師さまの土下座ですよ」
そう言って万千代は吉法師の土下座について触れた。犬山衆の協力受け入れは一人の老臣の小さな孫が最後の引き金となったが、その前に吉法師のその対応にてその返事は一択になっていたと思う。織田弾正忠家の嫡男吉法師という身分で分家の家臣に頭を下げるという対応は考えられないと思った。
それを聞いた吉法師は一度真剣な面持ちで天を仰ぐ様子を見せた後、再び万千代に向かって笑みを見せた。
「万千代、今の儂の身分はそれほど高くない。あの場ではあれが最善の策だと思ったまでじゃ」
その言葉に万千代はここまで吉法師と共に行動した出来事の数々を思い起こした。確かに吉法師の行動は常に必要な時、必要な場所で必要な者たちにその状況での最善策を講じており、その外見からしても身分を頼ったものとはなっていない。その事実は万千代にとって衝撃的であった。
(吉法師さまは身分に囚われない最適解で、課題の解決を図ることができるお方……)
自身はこれまで清州守護斯波氏に仕える丹羽家の中で常に身分を意識して生きてきた。身分の上の者に対しては常々頭を下げて、異論を唱えず、絶対服従という日々があたりまえになっていた。しかし吉法師は課題解決において、自身の身分に依らずに有効的な最善策を優先している。それは行動における選択の幅を大きく広げるもので、戦乱の世における大きな考え方の変革と思った。
深刻な表情を見せる女子姿の万千代、そして無表情に歩く猿の張りぼて、何か少し重く感じられる雰囲気の中で吉法師は一歩前に出た後、二人に向かって振り向いた。
「今日の二人には我が家臣でもないのに多大な苦労を掛けました。心より感謝致す」
吉法師はそう述べると二人の表情を和らげようとして頭を下げた。
万千代はその吉法師の様子に何かこの世における偉大さを感じた。そして同時にこの状態を続けさせておく訳にいかないと思った。
「吉法師さま止めましょう、恐いです」
万千代は慌てて吉法師に頭を上げることを求めた。
「ははは、そうだな、では羽黒に戻るとしよう」
「はい」
その後笑顔の二人と無表情の猿の張りぼては揃って羽黒へと戻って行った。




