第六章 継承 攻城の果て(10)
吉法師は森三左、平田三位、蜂須賀又十郎、そして橋本一巴の嫡男道一と共に羽黒の城に戻った。城内の座敷では城主の梶原平次郎が心配した様子で吉法師を待っていた。
吉法師の姿を目にした平次郎が開口一番に問い掛ける。
「吉法師様、民の間で吉法師様が二之宮奥の泉に潜り何やら引き上げていたと噂になっておりましたよ。あそこは思いのほか深くこれまで溺れる者も多々おる泉にてたいへん按じておりました」
吉法師はその噂話を聞いて一瞬驚いた表情を見せた。羽黒の民は一体どの様にして聞き伝えるのであろうか、恐るべき伝達能力と思いながらも平静を装って答える。
「あぁ、大丈夫じゃ」
平次郎はその返事に安堵の笑顔を見せると、新たに吉法師と一緒に訪れた二人を見渡しながら改めて問い掛けた。
「御無事でなにより、それで二之宮の不審者は如何でしたか?」
その平次郎の問い掛けに対して今度は吉法師が笑顔を見せた。
「取り敢えず不審者の正体は分かった。何なら連れて来たぞ」
吉法師はそう言って三位の方を振り向く。同時に平次郎をはじめ皆の視線が三位に集まる。その中で当の三位はごまかす様な笑顔の表情を見せている。
(この方は確か……)
その時平次郎は皆の視線の集まる男が尾張の戦略家として知られる平田三位であることに気が付いた。三位が風変わりな姿をしていることも武家の間で良く知られている。この三位殿が不審者の正体であり、戦略における秘密裡の実験を行っていたことが不審者の噂につながったのであろうと思う。
一体どの様な実験を行っていたのであろうか、平次郎が興味を抱きながら三位を見ていると、もう一人の新たに城に訪れた道一が申し訳なさそうに問い掛けて来た。
「平次郎さま、すみませぬ、鉄砲が水に浸かってしまって、この城で整備をさせてもらえないですか?」
その道一の申し出により平次郎は一つ合点の表情を見せた。
その鉄砲は此度吉法師が泉から拾い上げた物なのであろう。なぜ泉に落とした状況はともかく、鉄でできた銃身の錆び付きを考えると一刻も早く整備したいであろうと思う。
「城の奥に作業場があるので良ければ使ってください」
「ありがとうございます、助かります」
そう言うと道一は鉄砲を持って部屋を出て行こうとした。すると吉法師はその道一を呼び止め三左とも顔を見合わせながら訊ねた。
「道一、鉄砲整備の前に今後の盗賊団への対応を考えておきたい。この場で二人に目撃した盗賊団の様子をもう一度聞かせてくれ」
その問い掛けに三左と道一は吉法師の前に出ると、その時の状況を思い起こしながら話し始めた。
「連中は二人、共に杣人の格好をしておりました。あの場は伐採出来ぬ領域でしたから最初に目にした時から違和感がありました」
その道一の言葉に三左も不審な点を思い起こした。
「奴らが手にしていた草鎌は基本短刀の刃に少し湾曲した部分が施されておった。あれは通常の戦闘でも使えるものだ」
その話に道一が納得の表情を見せる。
「それであの三左様と対峙していた時、彼等は自分らの武器と見比べながら驚きの表情を見せていたのですね」
「ははは、そうだな」
二之宮山中で本格的な戦の武器を持ち歩く者に出会うというのは通常考えられない。皆がその時の盗賊団の気持ち察して笑みを浮かべた。
しかしその時、吉法師だけは冷静に別な思いを抱いていた。
「いや、三左の槍と見比べて即座に勝てぬと見込んだ所、戦の判断力にも長けていると見るべきであろう」
戦闘も念頭においた武器を有する者たち、道一を襲った二人が尾張にて横行している盗賊団の一員であることは間違いないと思われる。吉法師が更に問い掛ける。
「他に何か気になったことはあるか、些細なことでも構わぬ」
二人が更に疑問に思ったことを挙げる。
「頭に獣の毛皮を被っていましたね、あれは動くのに邪魔でしょう」
「儂は着物の中から時折大きな数珠が見えておったのが気になっておった」
「確かに杣人として職務を熟すには邪魔なものですね」
二人は互いが目にした状況とその際に思った見解を述べていた。三左と道一が目にした杣人らしからぬその成りは実の正体に通じていると思われる。現状それ以上の見解を求めるのは難しいが、今後に向けた一つの積み重ねにはなると思う。
「二人揃って森の奥へと逃げて行きました」
道一は最後にそう言い残すと部屋を後にした。
その時吉法師は盗賊団の拠点について考えていた。尾張で活動の規模を広げている状況から、国内にその拠点が作られていると思われる。もしかするとその拠点は二人が逃げた山深い場所の先にあるかも知れない。その様な場所に吉乃は拘束されているのであろうか、しかし山深い場所の拠点など不便で機能しないとも思える。
(もう少し情報が欲しい……)
吉法師は思考を巡らせつつも新たな調査の必要性を感じ、楽田と犬山に赴いた者たちの報告を待つことにした。
暫くすると楽田城に赴いていた弥三郎が背後に二人を連れて戻って来た。楽田城の協力を得ることを期待していた吉法師であったが、弥三郎の顔付きは重かった。
「断られました、筑後守はその様な面倒なことお断りとの事です」
「何!」
弥三郎は何とか協力を得ようと楽田で必死に食い下がったのであろう。その表情には苦労の跡が覗ける。吉法師は困惑しながらももう少し状況を知り置きたく背後の二人に目を向けた。一人は羽黒から弥三郎と一緒に遣わされた使者の若者だったが、もう一人は先程目にしなかった子供である。しかしその顔に見覚えがある。
「おぬし、万千代じゃないか?」
それは清州守護斯波氏に仕える丹羽家次男の万千代であった。万千代は以前吉法師が父に従って清州に寄った際、歳が近いという理由で吉法師の応対役を務めていて、その時に意気投合した二人はそれ以降時折顔を合わせる間柄となっていた。
「吉法師さま、ご無沙汰しております」
「この様な場で、如何したのじゃ?」
吉法師は思わぬ万千代との再会に驚きの表情を見せた。
「こちらに戻る途中で会いまして、」
そう伝える弥三郎に万千代と平次郎が続く。
「ここは丹羽家先祖所縁の場所でして戦勝祈願に参った所です。我ら子供衆は清州にいても祈ることくらいですからね」
平次郎はそう言うと万千代に笑顔を見せた。
「万千代は事あるごとにちょくちょく来ておるよね」
おそらく平次郎にとって万千代は弟分みたいな存在なのだろう。普段清州で会う万千代の登場に対して少し驚いたが、二人の馴染みの良さは何か和みを覚える。
「楽田の筑後守どのは少し変わり者ゆえ少し思案が必要かと」
そう助言する万千代に平次郎が同意する。
「確かにあの方は観点が普通と異なる上に面倒くさがりだからな」
「なるほど変わり者、合点がいきます」
実際に使者と対面した弥三郎も平次郎の話に相槌を打つ。
「弥三郎、ぬしもそう思ったのか?」
一目会った程度の弥三郎にも分かるほどの変わり者なのであろうか、吉法師は協力を断られたこと残念に思いながら弥三郎に問い掛けた。
「はい、まずその城構えから異様で」
「威容を示す城とは、良いでは無いか」
「いえ、威容ではなく異様にて」
「ほう??」
普通と異なる観点を持ち城に異様さを施す変わり者、三人の話を聞いていた吉法師は楽田城主の織田筑後守に興味を持つようになっていた。
「是非儂も会ってみたいものじゃ、そうだ、明日もう一度儂も訪れてみよう」
その吉法師の対応に今度は弥三郎が驚く。
「吉法師さまが自らですか、大丈夫ですか?」
楽田でいきなり襲われる様なことは無いと思われるが、万が一という事もある。弥三郎は顔を歪めながら不安を口にした。
「大丈夫じゃ、吉法師殿には儂がおる!」
「わいも行こう、商いでもあそこの主は変わり者と聞く。どんな所か見てみたい」
自ら同行を求める三左と又十郎に笑顔を見せた吉法師は次の瞬間その笑顔を端の方にいる三位に向ける。
「三位様にもご同行をお願いしたい」
「え、儂?」
急に指名された三位は驚きの表情を見せた。しかし他の皆は妙に納得の表情を見せる。
「なるほど吉法師さま、三位様のご同行、必須と思います。」
「三位様なら織田筑後守様と意気投合できるやも知れぬ」
「うむ、謎の共感が実現されるやも知れぬ」
「目には目を、歯には歯を、変わり者には変わり者を、ということですね」
「不審者の次は変わり者てか、何かえらい言われ様じゃ」
三位は困惑の表情を浮かべながら渋々承諾していた。
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明くる日は、雲間から陽光が射しつつも時折強風が吹き付ける日であった。吉法師は三位、三左、弥三郎、又十郎、そして万千代と共に楽田の城に向かっていた。
遠景に見えてきた楽田の城に何やら異様な建物が見える。
「あの城では殿主と呼んでいるそうじゃ」
万千代が言及するその建物は重層階の様式だが、城の防衛では無く仏殿の様な様相を見せていた。近くまで寄ると、外装の謎の装飾と共に各階の格子窓に外を覗く人の姿をしたものが見える。
「確かにこれまで見て来た城とは異なる異様さを誇っておる」
吉法師は一層の興味を抱きながら城門へと向かうと、その周辺は訪れる者を拒む様な地獄の世界観が広がっていた。全く陽が当たらない周囲の造りの中で妖怪の様な石仏が不規則に並んでいる。そして城門には怪しい字体で書かれた板が掲げられていた。最初の城への接触と思いながら、皆でそこに書かれていた文字を読んでみる。
(この城攻める者、末代まで祟る也)
それは攻め手に対する呪いの言葉であった。皆の背筋が凍る。
「こりゃ、嫌な城だな」
「うむ、気持ち悪い」
「筑後守殿の趣向か」
「変わり者どころではない、かなり危ない人だぞ」
よく周囲を見渡すと、城壁や石垣などあちらこちらに呪いの言葉や仏罰を示す彫り物などの呪物が貼り付けられている。規模で言えばそれほど難攻な城では無いが、これら呪物を全く破壊せずに落城させるのは難しく、心理的に難攻な城に城となっている様であった。
「城内はもっと凄いですよ」
昨日訪れた弥三郎が更に不安を滲ませた表情で伝える。その言葉に反応して三左と又十郎が振り返る。
「さて、帰ろうか」
「そうだね、城の外観も拝めた事だし」
これ以上この城に入り込む事は心理的な負担が大きいと思った。祟りを以てしては武の強者も意味を成さない。その様な物には一切関わらないことが一番の得策、その様に三左と又十郎は思っていた。この様な得体の知れない城の主たる筑後守に対して積極的に会いたいという感情も沸かない。他の皆も城門の周りの様相に怖気づいている様に見える。二人が引き返そうと吉法師に提案しようと思った時であった。
「何じゃ、鍵掛かっておらぬじゃないか!」
吉法師はいつの間にか一人で城門を開け、城の中へと入って行こうとしていた。それを見た他の皆は慌てた。
「あー!」
「き、吉法師さま!」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
「行くんかい!」
吉法師はその異様な城の装飾や呪物などを特に気にしていない様であった。
「皆、何をしているのじゃ、はよ行くぞ!」
そう言うと吉法師は真っ先に城内へと入って行った。それを見た皆は慌てて吉法師に続き城へと突入して行った。
城内の殿主に続く道は周囲を黒い幕に覆われて極端に薄暗く、大きく何度も曲がりくねっていた。皆は直ぐに方向感覚を失い、五里霧中の中を彷徨う様に進む。するとその後吉法師たちはどす黒い水が張られた池とその池に架かる小さな橋が現れた。他に選択する道は無く、皆でその橋を渡ろうとした時であった。
「ちょっと待て、この橋の横に何か書いてあるぞ!」
「なんて書いてあるのじゃ」
「うーん、暗くてよく読めぬな」
「さんずのはしって書いてありますよ」
「何、三途の橋かよ」
「これ、渡っちゃだめなやつじゃないか」
皆がその橋の欄干に書かれた表記を見て恐れを抱く。そしてまた三位は反対の欄干を見て声を上げた。
「おいこっちにも何か書かれている、皆見てくれ」
皆で橋の反対側を確認すると、そこには恐怖の文字で「このはし渡る者、生きてこの世に戻れず」と書かれていた。皆がそれを見て慄く。
「おい弥三郎、ぬしは昨日もここを通ったのであろう、戻れるよな」
三左がこわばった表情で訊ねるが、その表記には弥三郎も困惑している。
「昨日はこの様な橋の場所を通っておりませぬ。暗がりで分からなかったですが、何か昨日とは異なる別の道の様です」
その弥三郎の答えに皆が頭を抱えた。
皆城門からここまでの暗がりの道は迷路が仕掛けられているのだと思った。ここで引き返したとしても前の城門に戻れるか分からない。この世に戻れなくなるのを覚悟で橋を渡るしかない、皆が進退に困っていた。
「どうする?」
「どうするって言っても困ったぞ」
「吉法師さま、如何しますか?」
皆は吉法師に進退を求めた。
「あれ?」
しかしその時目の前にいたはずの吉法師の姿はまた見えなくなっていた。まさかと思った皆であったが、次の瞬間そのまさかの方向から吉法師の声が聞こえて来る。
「皆、何をしておるのじゃ、はよ行くぞ」
吉法師は欄干の表記など気にもせず平然と橋を渡っていた。
「吉法師様、この橋は危険です!」
「渡ったらこの世に戻れなくなりますよ!」
「戻ってきてください!」
皆は大声で吉法師に戻って来るように促すが、吉法師は聞く耳を持たず橋を渡って行く。そして笑みを見せながら皆に向かって言い放った。
「端じゃなくて、真ん中を渡れば大丈夫じゃ!」
吉法師はもう橋を渡り終えようとしている。もはや行くしかないと思った皆は現世の最後になるかも知れないと恐れを抱きつつ、一列になって橋の真ん中を渡って行った。
「一休さんかーい!」
最後に渡る又十郎はやけくそになりながら叫んでいた。
その後、殿主に続いているであろう道はさらに暗がりが深まる中で続いていた。
ピチャ、ピチャ
今度の道には何か濡れた柔らかいものが敷かれているらしく、歩くごとに恐怖を煽る様な音を立てる。皆が緊張した面持ちで歩を進めていたその時であった。
「うわー!」
突如三左が大声で叫んだ。
「うわ、びっくりした!」
「三左、脅かすな!」
「心臓一瞬止まったぞ!」
「わいはちょっと寿命縮んだ!」
皆が驚いて振り向くと三左は硬直した状態に陥っていた。その表情は今尋常ではない状況になっていることを窺わせている。もしかしたら何か城側から予想もつかぬ攻撃を受けたのかも知れない。この城が敵意を見せたとすれば三左が真っ先に戦闘不能となる状況は拙い。
「如何した?」
皆は心配しながら三左に問い掛けた。すると三左は恐怖に顔を歪めながらゆっくりと自分の首の後ろを指差した。
「な、な、何かが憑りついた~~~」
何か得体の知れないものが首に憑りつき、自分の首を狙っていて動くに動けないと三左は言う。皆は三左の背後を覗き込んだが、周囲の暗さもあり特に何も見えるものはない。相手はこの世の者では無いのか、皆がそう思い始めて恐怖を感じ始めた時であった。
「三左殿の首のほくろは動けるのか?」
万千代が笑みを見せながら三左にそう問い掛けた。他の皆が万千代は一体何を言っておるのか、と思いながら三左の首に着目すると、三左の首に一匹のてんとう虫が這っているのが見えた。
「何じゃ、てんとう虫かーい!」
「おのれは何をてんとう虫にびびっておるのか!」
「危うくぬしに討たれる所であった!」
「わいの縮んだ寿命どうしてくれるんや!」
皆が過剰に反応した三左に憤りを見せていた。
「いやぁ失敬失敬、まったくひどい城じゃ、恐怖の仕掛けにてんとう虫まで使うとは」
その後も恐怖の暗がりや仕掛けは延々と続いていたが、てんとう虫にびびる三左への憤りはそれらの恐怖を吹き飛ばす。
「首に引っ付いたてんとう虫は偶然じゃろ!」
「単にぬしがびびりなだけじゃ!」
「三左殿には違う鍛錬が必要そうですね!」
「もう一人でこの城で修行するが良かろう!」
恐怖の仕掛けを受け付けず無双となった一行は程無くして殿主の入口に辿り着いた。すると殿主の門が開き中から異相な姿の者が現れた。
「よく参ったのぉ、皆の衆、儂がここの大王様じゃ~」
それは閻魔大王を模した男であった。周りには鬼や骸骨を模した配下の者たちが並んでいる。本来はここで恐怖の極みとなるのであろうが、もう一行の恐怖は何処かにすっ飛んでしまっている。
「まったく趣味の悪い城じゃ!」
「ふざけ過ぎじゃ!」
「全くいい加減にしてもらいたいものじゃ!」
「はよう中に案内せいや!」
皆が憤りの感情そのままに閻魔大王へと迫って行く。
「あ、どうもすみませぬ、こちらへどうぞぉ」
一行の勢いに押された閻魔大王は頭を下げながら一行を迎え入れていた。
(お天道様が皆の暗闇への恐怖をすっ飛ばしおったわ)
吉法師はその閻魔大王の対応に笑みを見せていた。




