表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下の再構築 ~信長幼将戦記~   作者: 飛里信成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/132

第六章 継承 攻城の果て(9)

 吉法師と又十郎は二之宮の山中で草木を搔き分けながら池の反対側を目指していた。周りの見通しが利かずいつ、どこから不審者の襲撃を受けるか分からない状況の中、逆回りにて池の反対側を目指している三左を頼ることはできない。吉法師は不安に怯えながら進む又十郎に声を掛けた。


「大丈夫じゃ又十郎、すぐに辿り着く」


 先程見た池の反対側はさほど遠くない様に見えていたため、直ぐに到着して三左と合流するであろうと思った。しかし池は複雑な形で横に広がっており、時折目の前に現れる水面や沼地に行く手を阻まれながら一進一退を繰り返す様になっている。


「全然辿り着けぬではないか!」


 憤りを見せる又十郎を何と言って宥めようか、吉法師は歩きながら考えていた時、近くの草むらに何か生き物の気配を感じた。


バサッバサッ!

「うわっ!」

「うぉ!」


 咄嗟に不審者の襲撃と思った二人は驚きと同時に手にしていた槍を構えた。すると草むらから数頭の鹿が現れ、飛び跳ねながら目の前を通り過ぎて行った。


「何だ、鹿か!」

「まぁ、鹿くらいはおるよな」


 不審者の襲撃では無かったことに安堵する二人であったが、現れる動物は鹿だけでは無かった。


ドドドドドド

バサッバサッ

ヒョッヒョッ


 自分たちが向かっている先から幾種もの鳥獣たちが現れ、慌てた様子で後方に去って行く。


「い、一体何事じゃ?」


 鳥獣たちの様子を見ていた又十郎はそう言ってまた不安気な表情を浮かべた。自分たちの向かう先に鳥獣たちが逃げる原因がある。それは噂の不審者に関するものかも知れない。そう考えるとこの先を進む事に恐怖に感じる。しかしその時隣にいる吉法師は笑顔を見せていた。


「ははは、何か儂らだけ方向に逆らって進んでいる様じゃな!」


 鳥獣たちはおそらく池の反対側にいち早く到達した三左に驚いて逃げて来たのであろう。その時吉法師はそう推測していた。そして鳥獣たちの様子から、それはつい今し方の様に感じられる事から、自分たちもかなりその場に近付いていると思われる。この推測を又十郎にも伝えて安心させたいと思う。しかし先ほど池の目測を外しており、今回もまた確証があるものではない。そのため吉法師は差し障りの無い笑顔を以て又十郎の不安を取り除こうとした。しかしその吉法師の笑顔を又十郎は自分の臆病さを嘲笑している、と受け止めていた。


 自分は平気だけどおぬしは恐いの、と言っている様に見える吉法師の笑顔に途轍もない対抗心が湧き上がる。


「おもしろい、この先に何があるのか、わいが確かめたる!」


 又十郎はそう言って吉法師の前に出ると、手にする槍で草を搔き分けながら力強く林の中を進んで行った。


(ん? 又十郎、どした?)


 突如態度が変える又十郎を不思議に思いながら吉法師はその後を付いて行った。


 その後、暫く池の周囲を進んだ二人は前方に木々の生えていない開けた空間があるのを目にした。


「あそこは何か開けているな」

「うむ、おそらくあそこが反対側の場所だな」


 それは三左と別れる前に池の反対側に見えていた場所と思われる。二人は周囲を警戒しながらその空間に出てみると、池の向こう側に元にいた場所を見る事ができた。


「ここで間違いなさそうじゃな」

「あぁ、その様じゃ」


 ここが目的の池の反対側の場所で間違いは無さそう。しかし鉄砲の様な音の原因も三左の姿も見当たらない。吉法師は疑問に思いながら周囲を見渡たすと、奥の草むらの中に何やら黒いものが蠢いているのが見えた。


「気を付けろ、何かおるぞ!」


 又十郎に注意を促す。また何か野生動物の可能性が高いと思われるが不審者の可能性もある。注意深く見定めるが、薄曇りの中でいまひとつその正体が掴めない。


 次の瞬間であった。


バッサー!


 大きな羽ばたき音と共に上空から舞い降りたものが突如又十郎の頭に掴みかかった。


「うわーっ!」

「何じゃ!」


 吉法師は驚きと共に絶叫する又十郎の方に目を向けた。


 すると絶望の表情を見せる又十郎の頭の上に一羽の鷹が乗っかっているのが見えた。


くぁー


 それは何か懐かしく思える鷹の声であった。目の合った鷹が何やらお辞儀の仕草を見せる。それを見た吉法師は思わず笑みを溢した。


「飛龍か!?」


 吉法師がそう訊ねると、その鷹はそうだと言わんばかりに羽をバタつかせた。


「あたたたた」


 又十郎にとっては迷惑でしかなかったが、それは吉法師との再会を喜ぶ飛龍の歓喜の様子であった。吉法師はその様子を見て笑みを浮かべていると、草むらの奥にいた黒いものが近寄り声を掛けて来る。


「吉法師か、この様な所で何をしておる?」

「三位様こそ、この様な所で何を?」


 それは以前孫氏の兵法について指南を受けた平田三位であった。目の前に現れた鷹が飛龍と分かった時から近くにいるのであろうとは認識していたが、どうやら草むらに見えた黒いものがそうであったらしい。


「いや、最近この辺りは鷹狩りに良いと聞いて試していたのじゃ」


 そう言う三位に吉法師は呆れた表情を見せた。


「相変わらずですね」


 鳥の巣の様なもじゃもじゃ頭に草木を身に纏った姿で、二之宮の禁猟区での鷹狩り、吉法師はその相変わらずという言葉に色々な意味を含めていた。しかしその含みは三位に理解されない。


「そうか、ははは」


 相変わらず元気ですね、とでも言われたかのように笑みを浮かべる三位に吉法師が話を続ける。


「私は最近この二之宮周辺で不審者が出没するという話を聞いて確認に参ったのですよ」


 この訪問理由に対して三位は怪訝な表情を見せる。


「ほう、それは聞き捨てならぬな、して、その正体は分かったのか?」


 その問い掛けに対し、今度は吉法師が笑みを見せた。


「はい、今分かりました」


 そう言って吉法師は三位を指差した。思いがけぬ指先に三位は面を食らった表情を見せる。


「どうやら三位様のことにて!」


 この姿態と行動から不審者の噂はこの三位様の事なのであろうと思う。しかしそこで一つ疑問が浮かぶ。


「先程鉄砲らしき音を耳にしましたが、あれは三位殿ではなかったのですか?」


 先程耳にした鉄砲の音、おそらくそれにも関わっていると思うが、目の前の三位を見る限りその様子は窺えない。


「いや、あれはな……、」


 三位がその吉法師の問い掛けに答えようとしたその時であった。


バッサーン!


 少し離れた林の奥で何かが水に飛び込む大きな音がした。


「何じゃ?」

「向こうの方からだ!」

「うむ、行ってみよう!」


 吉法師と三位、そして頭に飛龍を乗せた又十郎は皆で音の方に向かって行った。


 その場所は池から少し離れた所にある泉であった。泉の畔では三左と一緒に一人の男児が立ち呆けていた。一体何が起きているのか、その様子からは状況を窺い知ることはできない。


「三左大丈夫か? 如何した? その子は?」


 吉法師が矢継ぎ早に問い掛ける。すると三左は我に返ったように吉法師に状況を話し始めた。


「おそらくあれは盗賊団の者であろう。儂がここを通り掛かった時、二人の杣人がこの子の持っていた鉄砲を奪って儂の方に逃げて来たのじゃ。それで儂が取り返そうと一撃を浴びせたらここにぼっちゃんと」


 そう言いながら三左は目の前の泉を指差した。


「またか?」


 先のくらの方の着物の時と同じ状況に吉法師は呆れた表情を見せながら泉の底を覗いた。しかしかなり底が深く、沈んでいる鉄砲を確認できない。


「取り敢えず奪われずに済んだのは良かったのですが……」


 そう言って泉の中を覗き込む男児を見ていた吉法師に三位が伝える。


「この子は橋本一巴殿のご嫡男で、道一という者じゃ」

「ほう、あの弓の者で有名な一巴殿の!」


 橋本一巴は尾張の国で弓の達人として有名であった。その嫡男が鉄砲を所持しているという状況に吉法師は興味を抱いた。


「最近一巴殿は威力が全く違うとか言って、国友の鉄砲生産に関与しながらその開発に夢中になっておるのじゃよ」


 弓を極めた者が鉄砲に興味を持ってその開発を進めている。それは弓での限界を打開するためであり、また戦での圧倒的な勝利を求めてのことであった。


「それで今、儂と共に鉄砲を使ったこれまでに無い戦法を開発しておるという訳じゃ」


 一巴と三位は近い将来に必要とされるであろう鉄砲を用いた戦での戦法についての研究を進めていた。そして一巴が不在の時はこの嫡男の道一に代役を担ってもらっていたのであった。


「へぇ~」


 吉法師があれこれと興味を示す中でも、道一は困惑した様子で泉を覗いていた。その様子を見ていた吉法師は道一に問い掛けた。


「取れぬのか?」


 黙って頷く道一に続き三左にも問い掛けるが、同様に困惑した表情を見せる。


「泉が深くて拾えませぬ」

「潜って取ればよかろう」

「それが……」


 どうやら二人共に金づちで、水に潜るのは苦手のようであった。するとその様子を見ていた又十郎が声を上げた。


「ふっ、なさけなや!」


 又十郎は元来自家が水運業を担っていることから泳ぎは得意で、過去に何度も川底に落ちた荷物を拾い上げるという様なことを行っていた。先程の槍遣いというお題では武家の者たちに勝つこと難しいが、この水中からの物拾いというお題であれば三左にも勝てると思う。


「さすがは又十郎、頼りになる、頼むぞ!」


 吉法師はうまく又十郎を褒め上げながらうまく泉へと導いた。


「ほな、軽く回収してくっから」


 そう言って又十郎が泉に潜ると、吉法師はあらためて三位に鉄砲を使った戦法について問い掛けた。


「それで何かうまい戦法は見つかったのですか?」


 鉄砲がまだ世に広まっていない事もあるが、これまで鉄砲を戦法に組み入れた戦というのは耳にしたことが無い。興味を持って訊いて来る吉法師に三位はいつになく真剣な表情で答える。


「あれこれと検討を進めておるが、今の所成果としては何とも言えぬ」


 戦乱においてこの鉄砲という武器は様々な可能性を秘めている。連射に乏しいとの欠点でその可能性が否定されることもあるが、その威力は他に比類なきもので戦術に活かす要素は多分にある。三位は鉄砲の特徴を捉えた上で、有効な戦術を編み出すべく、鷹狩りに見立てながら極秘の戦術開発を行っていたのであった。


「あれは国友で特別に仕込んでもらった鉄砲なのです」


 道一がぼそっと呟く。彼が持っていたのは国友の職人たちが試行錯誤で子供向けに改良した特別仕様のものであった。唯一無二なものだけにここで失う訳にはいかない。


「そうか」


 吉法師は道一を見ながら先ずは極秘で鉄砲を使った戦術の開発が進められていることに感嘆していた。おそらくそれは将来を見越した父上の指示によるものであろう。確かに鉄砲の武器利用が広まっても戦術が確立しなければ戦での戦力とはならないと思う。


(さすがは父上、早くから将来に向けての準備を進めておる)


 吉法師は今尾張の軍勢を率いて美濃出征に出ている父信秀を思い描いていた。


 その後暫く又十郎が泉に潜った状態が続いていた。そして皆がそろそろ危ないのではないかと思う様になった時、ようやく水面まで浮上してきた。しかしその手に鉄砲は無い。


「又十郎、如何であった?」


 問い掛ける吉法師に又十郎は残念な様相を見せる。


「だめだ、泉の底で何かに引っ掛かっているらしく全く動かぬ、もう一人くらいおれば動くかも知れぬのだが」


 そう言う又十郎の話に三左と道一が即座にうつむく。次に又十郎は三位の方に目を向けるが、その瞬間三位は飛龍と一緒にそっぽを向いていた。


「では儂が行こう!」


 皆の困惑した様子を見ていた吉法師はそう言うと徐に上着を脱ぎ始めた。


「吉法師様、大丈夫ですか?」


 三左が驚きの声を上げる。織田弾正忠家の嫡男が泉の底に落ちた鉄砲を拾いに行く、何か事が起きたらその場にいた者は只では済まないであろうと思う。皆が困惑の表情を見せる中で吉法師は笑顔を見せた。


「大丈夫じゃ、又十郎ほどではなかろうが、儂も泳ぎにはまあまあ自身がある」


 又十郎はその領主の嫡男らしからぬ吉法師の行動力に感心しながらも忠告する。


「ぬしが溺れてもわいは助けらぬぞ」

「心配無用じゃ」


 そう言って吉法師はまた笑顔を見せた。そして他の皆が心配を寄せる中、吉法師と又十郎は二人並んで泉に潜って行った。


 吉法師の目の前には瞬時にして水の世界が広がっていた。地上で普段目にする世界とは全く異なる世界、その環境の違いにこれまでに無い思いが浮かぶ。


(そうか……)


 全ての生命の根源が水にあるとすれば、この湧き水を有する泉は全ての生命の源泉ということになるのだと思う。天下の再構築を進める自分が一度その生命の源泉に向かうという事は何か将来に向けた一つの必要事項に思えた。


 やがて泉の底に着いた時、又十郎の指差す先に鉄砲が沈んでいるのが見えた。吉法師は手に力を込めて持ち上げようとしたが、先に又十郎から聞いた通りで、何かに引っ掛かっているのか全く動かない。なぜ動かないのか、解明すべく顔を近づけて見ると、銃身が岩に引っ掛かっているのが見えた。


(その辺が引っ掛かっている。一度こっちにずらそう)


 吉法師は身振り手振りで又十郎に方策を伝えると、共に泉の底にある鉄砲に向けて力を込めた。そしてその何度目かの後、ようやく引っ掛かっていた場所から移動させることが出来た。しかしその直後鉄砲は底の砂の中に沈み始める。


(何!?)


 それを見て二人は慌てて鉄砲を押さえ込んだ。それは想定外の出来事であった。泉の底は細かい砂地になっており鉄砲は自らの重みで砂の中に沈み込むようであった。何とかこのまま二人で持ち上げたいが、泉の底での力作業は息の消耗が激しく先に息継ぎが必要となる。しかし一度息継ぎに戻れば砂地に埋もれて見つからなくなる可能性が高い。


(このままではまずい……)


 自分も又十郎も息が限界になってきている。もう限界か、吉法師が一度諦めて浮上しようと水面を見上げた。すると石が括られた蔓枝が舞降りて来るのが見えた。


 その意図を察した吉法師は又十郎に伝えると、泉の底まで降りて来た所でその蔓枝を鉄砲に絡めた。そして蔓枝を二度ほど引っ張ると鉄砲と共に浮上を始めた。


 ほどなく吉法師が地上に戻るとそこには蔓枝を引っ張っている三人の姿があった。三人はただ地上で待っている訳には行かないとばかりに丈夫な蔓枝を見つけてはつなぎ合わせ、即席の救助縄を作っていたのであった。


「ありがとうございます!」


 鉄砲がその手に戻った道一が歓喜の声を上げる中、吉法師と又十郎は任の完遂に手を叩き合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ